危ない二人と災厄と5
爆発音がしたと思われる辺りに着くと一帯が黒焦げになっていた。ビルの窓ガラスは散り、信号機はへし折れ、アスファルトには大きな凹みが出来ている。
「な、なんだよこれ」
いくら現実の空間じゃないからってやり過ぎじゃないのか。別段グールもそんなに強いわけでもないしここまでやる必要はないと思うんだが……
でもそんな俺の疑問はすぐに解決することになった。
「あ~あ、逃げられてしまいましたわ」
「志水さんが派手に魔法を連発するからよ」
不意にいきなり声が聞こえてきた。数は二つ。声からして二つとも女の声。聞いたことのない声だ。
誰だ?
急いでビルの角に身を隠す。
あいつらか? この辺をこんな風にしたの。
―――ん、ちょっとまて。あいつら……?
この空間には俺とクロノスしかいないはずだぞ。なんで俺達以外の人の声が聞こえるんだ。おかしいだろ。
細心の注意を払いながら声が聞こえきた方に視線を移す。
すると黒焦げになったビルの中から黒と白の服に身を包んだ俺と同じ年くらいの赤みがかった茶髪の外国人と思しき女の子と五メートルぐらいの大きさの灰色の機械がビルの壁面をぶち壊して飛び出してきた。
少女と一緒に飛び出してきた機械は胴体と思わしき部位があり、そこから二本の腕のようなアームと頭部らしき物があるのがわかる。一見、上半身はやや図太い人間のような形をしているが、しかし、人間とは違い移動手段となる足はまるで蜘蛛を思わせるような多脚型で、その先端には車輪のような物が見て取れる。
「ぶっ!」
いきなり視界にとんでもない物が飛び出してきて思わず吹き出してしまった。あ、あれロボットだよな! な、なんでいきなりロボット?
「ん?」
吹き出したのが聞こえたのか、一瞬女の子がこちらを振り返った。が、少し俺の隠れているビルの方を見たのち気にした風もなく顔を元の位置に戻した。あ、あぶねえ。なんとか気づかれなかったようだ。
ていうかいきなりロボットって何? 俺の住んでるこの世界ってロボットもののアニメかなんかですか?
……やばい。もう自分がどこにいるのか分からなくなってきた。これホントに現実ですか? まあ、どこにいるのかはともかくこれは否定しようの現実だ。悪夢だったらとっくに覚めてるはずだしな。
それにしてもあのロボットっぽいのどこか見たことがあるような気がしなくもない。なんだったけな………
ビルの角から少し顔を出して様子を覗っていると赤っぽい茶髪の少女が何やら話始めた。
「一体ここは何なのかしら……」
「わかりませんわ。でもこの空間は現実空間を元に作られた物であるというのは予測できすけど……こんな魔術は見たことありませんわ。それにこれだけの空間をコピーする魔術があったとしても大人数の、それも選りすぐりの魔術師が軽く千人以上は必要になると思いますし……もしかしたら今回の事件には大きな組織が絡んでいるかもしれませんわね」
くそ、何かブツブツと話しているが距離があって良く聞こえない。
もう少し近づいて良く聞こうとして近づこうとしたその時、俺は不注意にも近くに転がっていた瓦礫を蹴ってしまった。
――――しまった。
次の瞬間、俺に気づいたのか灰色のロボットがその手に持っていたであろう銃器で俺の隠れていたビルを狙ってきやがった。
「ひいいいいぃぃぃぃ!」
ギリギリ俺には当たらなかったが、視線をすぐ横に向けるとすぐ目の前の壁に弾痕ができていた。あ、あぶねえ。もう少しで当たるところだった。
俺が安堵に胸をなで下ろしていると拡声器で大きくようなした声が聞こえてきた。
「誰! 出てきなさい」
驚くことにロボットだと思われる物からこれまた女の子の声が聞こえてきた。あれって中に人でも乗ってるのか?
「………」
「早く出てこないと撃つわよ」
黙ったままで誤魔化せると思ったがどうやらあちらには俺のことがバレバレのようだ。もしかしたらさっきの銃撃も威嚇だったのかもしれない。
俺は仕方なくロボットからの声に従い、ビルの陰から出る。
「「人間!」」
俺の姿を見た少女とロボットの驚きの声を上げる。
隠れていた時はよく分からなかったが少女の方はその赤みがかった茶髪をカールさせていてよく見ると結構可愛い。ロボットの方に視線を移すと何とも無骨でまさに兵器のような感じだ。
「あなたはなんでこの空間にいらっしゃって? この空間には人っ子一人いないというのに」
茶髪ロールの方の女の子がいきなり俺に問いかけてきた。
……お嬢様口調とは恐れ入る。本当にそんな口調で話すやつがいるとは………漫画かアニメの中だけだと思ってきたぞ。
「というかあなた確実に一般人ではありませんわね。その刀と羽織っているコートからも微量に魔力を感じますし、それに一般人が普通に持てる魔法具のようにも見えませんわ」
そう言ってまるで犯罪者を見るように俺を睨み、俺を手を指差した。
ん? 今魔力を感じると言わなかったか。
「……もしかして君はウィザード?」
「ええ、そのとおりですわ。いかにもわたくしはウィザード。魔術師ですわ。それも優秀な」
やっぱりウィザードか。
魔術師とロボット。魔法と科学。
ゲームとかだと全く相容れない二つが俺の目の前に存在している。
「君は何なんだ。どうしてこの空間にいる」
「人に尋ねる前に自分から名乗るものじゃなくて」
「俺はただの善良な一般市民だよ」
俺がそう言うと少女はこめかみをひくつかせながらなぜか顔を徐々に赤くしていった。
「へ、へー、一市民がよくこの謎の空間に入り込めましたわね」
「入れられただけだよ」
「入れられた?」
「ああそうだよ」
無理矢理な。
茶髪少女はちょっと考える仕草をしたあと、
「……あなたには少しお伺いしなくてはいけないことがあるようですわね。まあ、元よりこの空間にいるいたのですからどちらにしろ本部へ連行しなくてはいけないのですが」
お伺い? 連行? 本部? 何を言ってるんだ一体。
「ではおとなしくお願いしますわ」
「はあ! なんで俺が」
「あくまでとぼけますのね。この状況では無関係とはとても言えないというのに。いいですわ。あなたを入界管理局の権限で強制的に捕縛します」
俺は告げられた言葉に驚いた。
―――――――入界管理局。
確か、ゲートターミナルの管理、運営を担っている全世界規模の巨大組織だってテレビで言っていたような気がする。
「なんで入界管理局がここに……」
「ふふ、説明してさしあげましょうか」
どこか威張ったように入界管理局の局員であるという女の子が妙に強調した感じに言ってくる。
「入界管理局にはゲートに周辺を警備、治安維持を任された戦闘を主とした―――」
「志水さん。そんなことはいいから早く彼の身柄を」
ロボットからの声に言葉を遮られたのがイラッときたのか『志水』と呼ばれた女のこが僅かに顔をしかめる。
「……分かっていますわ。ではあなたには捕まってもらいましょうか」
「はあ! 話の脈絡がなさ過ぎだろ!」
こんな所で意味も分からず捕まってたまるか!
すぐさま後退し、少し距離を取る。
「あら、もしかして逃げるつもりでいらっしゃって? やめておいた方がいいと思いますけど」
どこか余裕とでも言いたげな感じで入界管理局の局員であるという少女が言ってくる。俺が逃げようとしているのになんだこの余裕の態度?
……いや、今はそんなことはどうでもいい。この空間に絶対いるであろうクロノスと早く合流しなくては。あいつに頼るのは癪だが今は仕方ない。俺にはこの意味の分からない状況は俺にはどうにもできないんだから。
それにだからと言って入界管理局に捕まるのもダメだ。捕まったら高校合格が取り消されるかもしれない。それだけは絶対に勘弁だ。今の御時世高校を出てないとまともに職にありつけないからな。
俺はバックステップで後退すると同時に少女に背を向け、刀で強化された身体能力を使い一気に駆ける。
「無駄だというのに」
後ろで何か言っていたが無視してさらにスピードを上げる。
まずはクロノスを捜さなくては。
どこにいるか分からないが、この空間にいることは確かなんだ。ならグールのいる場所にいけばいずれ出会うはずだ。
バックの外ポケットからグール探知機を出すと一定の方向を示した。
「あっちか」
「何があっちですの?」
「なっ――――」
振り向くと少女とロボットが俺のすぐ後ろをついてきていた。しかも『志水』と呼ばれる少女の方は生身で今の俺についてきている。ありえない。
そういえばさっき自分でウィザードとか言ってたな。きっとあれもなんらかの魔法なんだろう。くそ、普通って単語がなんだか分かんなくなってきたぞ。
「さあ、おとなしく観念なさってはどう?」
「ふざけんな! 何もしてない俺を捕まえようとするヤツらに捕まってたまるかよ!」
「あら、なら少々手荒く行きましょうか」
ヒュン。
少女がそう言った瞬間、後ろから赤い何かが通り過ぎていった。
「火の玉!」
俺は今の光景に見覚えがあった。正確には昨日の夜見たんだ。
足を動かすのを止め、後ろを振り返る。
「あら、もう追いかけっこおしまいですの? 案外もの足りませんわね」
「あんたらか。昨日俺に火の玉やら銃弾を飛ばしてきたのは」
言われて今気づいたと言う表情で『志水』という少女が驚いた顔をする。やっぱりか。
「――あなたでしたのね! 昨日の不審者は!」
「刀に黒いコート。……確かに昨日、私達が追っていた人物と特徴が一致するわ」
ロボットも志水という少女に同意見なのか驚いたような声を上げる。
「ならなおさらあなたを逃がすわけにはいきませんわ」
「だから俺は何もしてないって!」
「問答無用!」
再び志水という少女が手をかざすと無数の火の玉が現れ、一気に俺に迫ってきた。
なんとか横に跳んで避けると外れた火の玉が前方で大きく爆ぜた。
昨日は夜ということもあり、また全力で逃げていたからあまりよく分からなかったが、あの火の玉は見た目以上に威力があるようで、当たった場所に視線を向けるとアスファルトが小さく砕け散っている。
―――ていうか俺を捕まえるんじゃないのかよ! あんなのが当たったら怪我どころじゃ絶対済まないぞ!
何発も連発してくる火の玉を再び走りながらひたすら避け続ける。
「以外にすばしっこいですわね―――ならっ」
再び火の玉が出現し、俺の方へ飛んでくる。
危なっ!
先ほどと同じように避けようと身構える。しかし火の玉は俺を通り過ぎ、俺の少し前の方へと飛んでいき爆ぜた。
すぐ近くに飛んでいったということもあって走っていた足を止める。
連発していたせいもあって疲れたんだろうか。
そう思った瞬間―――
「成宮さん、今ですわ!」
少女の声がして振り返ると、先ほど志水なる少女と一緒に後ろから追いかけてきていたはずのロボットがいつの間にか俺の横にいた。
「分かったわ」
少女のに了解の意を返し、俺のその人間じゃとても持てなさそうな銃をこちらに向けてきた。
「お、ちょ、ま、待った!」
俺の制止も聞かず、すぐ真横で銃口が光った。
ああ、死んだ。確実に死んだ。こんな至近距離であんなでかい銃で撃たれたんじゃ生存率ゼロだ。こんなところでわけも分からず死ぬのか。思えば短い半生だったな。走馬燈っていつ出るのかな一体………
でも、いつまで経っても走馬燈なんてものは出てこなかった。代わりと言ってはなんだが体に何か重い何かが覆い被さっている感覚ならある。
―――ん、重い何か?
恐る恐る目を開けると編み目状の物が俺を包み込んでいた。
なんだこりゃ? 網?
「引っかかりましたわね」
状況がイマイチ飲み込めず、頭を悩ませていると近くで声がした。志水とかいう少女の声だ。
「さあ、本部に戻って事情聴取致しましょう」
「ええ、そうね」
視線を巡らせると上から少女とロボットが俺を見下す形になっている。
……まさか。
「
「なんか俺、捕まえられとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
そうか! 先ほど外したと思った火の玉は俺の足を止めさせるためのもので、その隙に捕獲用のネットを発射し、俺を捕まえたってことか。
くそ、まんまと引っかかっちまった。
「出せ! 俺は何もしてない! 無実だ!」
「はいはい。話は本部でお聞きして差し上げますわ」
まるで犬でもあしらうように軽く受け流し、スタスタとどこかに歩いて行く。
「おい、ちょっと待て!」
必死にネットを破ろうと刀を動かすが体に巻き付いてうまく刀を鞘から出すことができない。
「……無駄よ。その捕縛用ネットは特殊炭素繊維で作られているからそう簡単には破けはしないわ」
ロボットが呆れたように顔面らしき部位に付いているカメラらしき物を向けて言ってくる。
今さらだが、なんでこのロボットさっきから普通にしゃべってるんだ? おまけに女の声だし。ボーカロイドでも搭載してんのか?
「では本部に戻りましょうか」
「ええ」
俺が入ったネットをロボットがぐいっと持ち上げ、体が重力に引かれてくの字に曲がる。体の硬い俺にとってはかなり辛い。
「おい、出せ! 出せ! とにかく出せ!」
「うるさいですわね! 少しは静かになさってはどう?」
……やばい。非常にやばい。
このまま行くと入界管理局に捕まって最悪、刑務所に入れられるかも。日本なら少年ということで少年院に入れられるかも知れないが、異世界の組織だからそこらへんのことは分からない。というか少年院だからっていいわけじゃない。前科が付くのは絶対に嫌だ。それに兄さんにどう顔向けすればいいんだよ。「変な空間にいたら捕まえられました」なんて言えるわけがない。
焦る俺を尻目にロボットは志水とともに俺を入れた網を持ち上げたまま道路を滑走し始めた。
ああ、きっと漁師に捕まった魚はこんな気持ちなんだろうな。知りたくないけど十五年生きてきて初めて知ったよ魚の気持ち。
そもそも出しゃばってこんな空間ウロウロするんじゃなかったな。あのまま駅でじっとしておけば良かった。そうしたらこんなことにならなかったのに。それに俺、ただの一般人だし、別にこんな空間に好きでいるわけでもないし……あ、もしかしたら無実ってことにならないか? いや、無理か。そもそも刀も持っている時点で銃刀法に引っかかるし、無実ってことにはならないだろうな。
後悔の念の中に僅かな悲しみが混じってきてなんだか泣きたくなってきた。
これで人生破滅決定だ。終わった。兄さんごめん。こんな弟で。
後悔と悲しみが混じった何とも言いがたい感情がピークに達した時、金色の閃光が目の前を通り過ぎていった。そして次の瞬間、俺が入ったネットを持っていたロボットの腕が俺ごと地面に落ちた。
「―――痛っ」
視線を上げると、大剣を片手に金色の瞳を持った少女が栗毛をなびかせながら悠然と立っていた。
「クロノス!」
そう。そこにはすべての元凶を作った最悪なヤツがいた。だが今だけはありがたい。
「まったくだから動くなって言ったのに。面倒かけさせないでよ」
持っていた大剣で網を切ってもらいやっとのことで脱出する。
「なっ―――あなたは!」
腕を切り落とされたロボットが驚きの声を上げ、後退する。
「クロードの保護者ってとこかな?」
「おい、誰が保護者だ」
ピーピーピー。
いきなり携帯のアラームのような音が辺りに鳴り響いた。
俺の携帯? ……じゃないよな。
「えっ!」
入界管理局の志水という少女が驚いて時計っぽい物から空中にディスプレイを出し、驚いた顔でクロノスとディスプレイを交互に見る。
……空中投影ディスプレイって………マジか。
「アンノンエネルギー確認。この反応は………」
驚いた顔でクロノスを少女が見る。
「き、金色の瞳………アンノンエネルギーの反応………まさか………」
ディスプレイを何回も見る少女の顔がどんどんと青ざめていく。
「「災厄の使徒!」」
ロボットと少女が同時に叫ぶ。
………えーと何それ?
「その呼ばれ方はあまり好きじゃないんだけど、バレちゃ仕方ないか」
「ではやはりあなたは………」
「そう、君たちが『災厄の使徒』と呼ぶ者」
「ならこの特殊空間の出現は………」
「ま、隠しても仕方ないか。そう、私が作った空間だよ、ここは」
「……空間……コピー能力」
ロボットがどこかビクビクした声色で言った。
「へえ、察しが良いね」
「前に本部の記録ベースにアクセスした時にそういった記録が残されていたからもしやとは思ったけど………」
災厄の使徒? なんだそれ。
「それにしてもよく私の空間に入ることが出来たね。入れてもないのに」
「ゲ、ゲートの技術を応用しましたのよ。それでもこの街の消費電力の半日分は使用しましたが」
は、半日分? 嘘だろ。そこまでここに入るの大変なのか。
「なるほどね。さすがにゲートの技術を使われちゃどうにもできないね」
「まさか、ただの以上空間の調査で災厄の使徒と遭遇するなんて………」
「そのただの調査に人機まで投入してくるなんて入界管理局は相変わらず大げさだね。ってイーフェルノ支部の件があるから当たり前か」
イーフェルノ支部だか災厄のなんとかだとか知らない単語を出され、いまいち会話につけず、一人のけ者になっている俺だがクロノス達の会話で今さらだが思い出したことがあった。
そうだ。あのロボットは人機だ。
異世界フィロソフィア製のロボットで確か正式名称は人型なんとかで………とにかく略して人機って呼ばれてる物だ。今沖縄の米軍基地に配備されるとかで戦後最大の憲法違反だとか言われて世論を騒がせているから俺でも知っている。
でもなんでそんな物がここに。確か配備もまだ未定のはずなのに。
人機について一人考えを巡らせているとクロノスが肩をツンツンと小突いてきた。
「なんだ?」
「しーっ。小声でしゃべって」
「……何だよ」
「グール探知機持ってきてるよね」
「ああ、持ってきているけど」
「ならまだグールが残ってるから私の代わりに狩ってきて」
「はあ? なんで。お前がやれよ」
「私はこの二人の相手しなくちゃならないから無理。それともクロードが二人の相手しててくれる?」
「あ、了解です。ただちに向かいます」
入界管理局の人間を相手に戦ったりしたらどうなるか分かっちゃもんじゃない。それよりはグールを狩ってるほうがかなりマシだ。
というわけでなぜか驚いている入界管理局の連中をほっといて一気にグール探知機の示す場所へと向かう。
「―――はっ。逃がさない!」
俺に気づいたであろう人機と志水が追いかけてきた。
「うおっ、こっち来んな!」
「まかせて!」
クロノスが言うか早いかいきなり地面に右拳を打ち付けた。瞬間、地面が大きな音とともに爆発し、辺りを土煙が覆う。
「えええええええええ!」
地面にクロノスの拳が当たる瞬間、右腕が黄金色に輝いていたように見えたが……あれはなんだ?
―――いや、今はそんなことはどうでもいい。早く行ってグールを狩らなくては。ここでグールを全部狩れば俺はクロノスから解放され、晴れてこの意味の分からない非日常にさよならできるんだ。
土煙を抜けたと同時に後ろから声が響いてきた。クロノスの声だ。
「ごめんクロード人機の方そっち行った!」
「ん?」
言われて後ろを振り向くと、何かが道路を滑走してくるような音とともに土煙の中から人機が飛び出して来た。
見るとさっきクロノスに切断された方とは逆の右腕が肘から無くなっていた。多分クロノスの仕業だろう。少しは手傷を負わせてくれたらしい。
やれるか。幸いにも相手は両腕がないんだ。破壊はできなくても行動不能にならできるかもしれない。
「やってやるよ」
刀を構え、突進しようとしたその時、いきなり人機が動きが止まり、次の瞬間、人機の胴体がプシューという空気の抜けるような音とともに四方に展開した。
そしてそこから現れたのは先ほどのウィザードの少女志水と同じような服装をした少女だった。
長い黒髪が印象的で、顔立ちの整った美人とでも形容するにぴったりな少女。年は見た感じ俺と同い年ぐらいといったところだろう。時折、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していると言った方がいいのか、普通の人とはどこか違う感じがする。
「おとなしくしなさい」
いきなりのことでボーッと突っ立っていた俺に少女が人機から出て、声を掛けてきた
「あなたがおとなしく投降してくれたらこちらも手荒な真似はしないわ」
「よく言うな。さっき思いっきり手荒な真似したくせに」
「仕方ないわ。あなたが逃げようとしたんだから捕まえないと。それが私達の仕事なんだから」
「仕事ねぇ……」
さて、どうやって逃げようか。見た所この黒髪の少女は武器らしき物を何も持っていない。いわば丸腰だ。そんな少女からなら身体能力絶賛強化中の今の俺なら普通に逃げ切れるんじゃないか? あくまでこの少女がウィザードでもなかったらの話だけど。
「言っとくけど俺は好きでこの空間にいるわけじゃないから。それだけは覚えといてくれ」
逃げ切れると思った俺はそれだけ少女に言って再び走り出そうとした。が―――
「だから逃がさないと言ってるでしょ!」
突然少女の片手にはめてある時計のような物が光り出し、右手、左手と少女の手が光だした。
「おいおい、嘘だろ………」
少女の手にはいつの間に現れたのか拳銃が握られていた。それも結構な大口径の。
そして手にした銃を両手にいきなり俺目掛けて発砲してきた。
「この距離はヤバいだろ」
咄嗟に横へ飛んでなんとか銃弾を受けずに済んだ。しかし、俺に当たらなかった銃弾の方へと視線を向けると、銃弾が当たった場所が黒い半球状の小型ドームに覆われていた。
「なんだよ……あれ」
「捕縛用結界弾。実弾じゃないから当たっても怪我はしないから安心しなさい」
捕縛用結界弾? なんだそりゃ?
「さあ、いくわよ! 実弾じゃないから容赦はしないわ」
「え、ちょ―――」
いきなり拳銃がノズルフラッシュを瞬かせた。銃弾は見えないがとにかく横の方に飛び退くと先ほどと同じように複数の黒い半球体が俺のいた場所を覆っていた。
「早ッ!」
なんという早技だ。絶対普通の人間には反応できないだろう。というか身体能力が格段に上がっている今の俺でも全然分からない。
こうなったらあれを使うしかない。
そう思った俺は高らかに叫ぶ。
「あ、UFO!」
と。
「えっ、嘘っ!」
適当に遠くの方を指差しながら叫ぶと入界管理局所属の黒髪の少女は俺の指差した方をバッと振り返った。
うわぁー、まさかそんな小学生が引っかかりそうな手に引っかかるなんて。入界管理局もアホだなあ。ま、何にしてもとにかく好機だ。今の内に早く逃げなくては。
「―――なっ。しまった」
俺が走り出すと俺に気づいたであろう黒髪少女が何秒か遅れて追ってくる。
無駄無駄無駄無駄ァ! 今の俺は常人よりすばやく動けるんだ。簡単に追いつけるわけがない。
じゃあな。アホな入界管理局職員。
心の中でそう呟いた瞬間、
ヒュン。
何かかが頬を掠っていった。
「逃がさない!」
「ええっ!」
何と驚くことに少女は走りながら俺を狙ってきたのだ。だが、驚くべきことはそこじゃない。
振り返ると黒髪少女はなんと俺と同等かそれ以上の速度で俺を追ってきていたのだ。
「マジで!」
さすがにこの距離で何発も連射されたら下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式でどんなに避けたって絶対当たるぞ。
案の定背中に何か硬い物がぶつかる感覚。
……やばい。あの変な黒い半球状の物に包まれてしまう!
だが、一行にあの黒い半球状の物体に包まれることはなかった。
「対魔法障壁!」
対魔法障壁?
頭に?マークを五個くらい浮かべて後ろを振り返ると少女が驚いた声を上げ、左手の時計みたいな物から出たディスプレイを見ている。
「まさかそのコートも魔法具なんて……」
コート?
ああ、朝クロノスに貰ったやつか。このコート、なんか知らんが俺を守ってくれたようだな。クロノス様々ってやつだ。
「捕縛用結界弾が駄目なら――――」
カシャン。
銃からマガジンを取り出すとと同時に少女の右腕が光り、そこに新たなマガジンが現れた。
「実弾を使用します。なるべく急所は外すけど覚悟しなさい」
「実弾!」
瞬間、銃撃音とともに再び、少女が接近してくる。
辺りにある店のショーウィンドウや街灯が派手に割れる音が連続して響く。
実弾っておい! 今度はシャレにならんぞ。シャレに。
大通りを必死に蛇行して走りながらグール探知機の指す場所に向かうが、銃弾を避けているせいで中々思った道に入れない。
このまま適当に避けるのも限界があるぞ。ていうか冗談抜きで死ぬ。
ちょうど差し掛かった十字路を左に曲がるとなんとそこは狭い路地だった。
―――しまった。こんな所じゃ避けきれない。
狭い路地をなんとか抜けるため、路地の途中にある横道に入り、さらに突っ走る。が、最悪に最悪を重ねた結果、なんと行き止まりだった。
「お、おい………嘘だろ……」
今日何度言ったであろう言葉を吐き、後ろを振り返る。
「さあ、追いかけっこはおしまいよ」
俺を追ってきた入界管理局職員たる少女と壁に挟まれ、逃げ場無し。なんでいきなりこんな漫画みたいな展開になんの!
少女が銃口を俺に向けてくる。
「観念なさい」
「ちょっと待て! さっきも言ったが俺はただクロノスに言われてグールを狩っていただけだ! 別に悪いことなんてしてない!」
「グール?」
「こう真っ黒い球みたいなやつだ」
「準知的生命体のことかしら?」
顎に手を当て何やら神妙な顔を作り、再び俺を見る。
「たとえ、どんな理由があろうとあなたには本部まで来て貰うわ」
「待て待て待て! 話ちゃんと聞こ!」
「大丈夫。装填してあるのは麻酔弾だから」
「そういう問題じゃねえええええええええ!」
ドンッ。
発砲音が狭い路地に響き渡る。
だが不思議と痛みを感じない。麻酔弾だからだろうか。と一瞬思いかけたがどうやら違うようだ。
なぜなら俺の目の前に麻酔弾と思われる弾が転がっていたからだ。
「対物理障壁まで! 何なのそのコートは!」
よく分からんがまたこのコートに救われたようだ。クロノスっていうかコート様様だ。
「仕方ない接近戦で」
両手に持っていた拳銃が消え、再び少女の手に光りが集まっていき棒状の物質を形作っていく。
「さあ、今度は手加減できないわよ。素直に投降しなさい」
光の収束とともに少女の手に握られている物の正体がはっきりしてきた。剣だ。剣が握られている。それも何やらメカニカルな剣でまるでアニメにでも出てきそうな感じの。
「コートと武器を捨てなさい。これは忠告よ」
「嫌だね」
戦況はどうやら俺に傾いてきたようだ。遠距離用の武器相手にはさすがにどうにもならないが同じ接近戦用の武器なら俺にも分がある。
刀を鞘から抜き、下段に構える。
「もしかして私と戦う気? やめておいた方がいいわよ。この剣はただの剣じゃないんだから」
「こっちだってただの刀じゃないんでね」
「手加減はするけど怪我させない保証はないからっ」
言うなり少女が一直線に俺に向かってくる。
ギィィィィィ。
少女が振るった剣を受け止めると異常なくらいに火花が散り、辺りに甲高い音が路地に甲高い音が響く。
「な、高周波ブレードで切断できない。やっぱりただの刀じゃないみたいね」
「ああ。なんでもクロノスの師匠のお手製らしくてねっ」
剣を押し返し、追撃の一振り。もちろん峰打ちで。
「くっ」
決まったかと思ったがガードされた。
今の俺の攻撃を防ぐなんて。やはり伊達に入界管理局じゃないってことか。
「だが、負けわけにはいかないんでね」
地面を蹴り、一気に少女に迫る。
「しつこい!」
刀を振る直前になぎ払いを受け、後退すると同時に、後ろ壁を足場に突貫。
キンッ。
「がッ……‥」
うまく躱され腹に蹴りを入れられた。感覚でいうと友達とじゃれててたまたま鳩尾にパンチが入ったような感じだ。
「はあっ!」
振り下ろされた剣を受けようとするが痛みで反応が鈍り間に合わない。
キンッ。
俺の右肩部分に当たるはずだった剣は何かに弾かれるように甲高い音を立て跳ね返された。
「そんな……対物理障壁まで。それにここまで強力だなんて………」
どうやらこのコートのおかげで何とか斬られずに済んだようだ。危ない危ない。
にしてもこのコート盾代わりにもなるのか。―――なら、
「うおりゃあああああああ!」
地面にしゃがみ込んだままキックを繰り出し、少女を牽制すると同時に体勢を立て直し、後退。
そして刀を構え、再び少女に迫る。
俺の攻撃を受け、少女は後ろに後退。それからカウンターに剣を突き刺してくる。
――来た!
纏っていたコートで体を包むようにして自分の前へと広げる。
キンッ。
俺に刺さるはずだった刀はコートに弾かれ、逸れる。
「なっ―――」
驚きの言葉を上げる少女に女の子相手に悪いとは思いつつ、パンチをお見舞いする。が、器用に足でガードされた。
「以外とやるようね」
「まあな」
と言ってもこの刀無しじゃ俺はただの常人なんだが。
路地の壁面などを足場にしたりなどして幾撃もの剣戟の後に俺ははね飛ばされ、壁にぶつかった。
「痛っ」
咄嗟に体勢を立て直し、地面に着地した瞬間に突っ込んできた少女と鍔迫り合いの状況になる。
「くっ……」
この子力強すぎだろう。先ほどから魔法を使ってこないことから見てウィザードじゃないとは思うけど………普通の人間じゃまずないだろう。
そんなことを考えていると路地に吹いてきた風で少女のさらさらな黒髪が舞い上がる。
「!」
舞い上がった髪の隙間から見えたのは………尖った耳。俺はこれに見覚えがある。正確に言うと連日放送しているニュースの中で。
「……あんた、エルフか」
そう。エルフだ。このこの少女は。
エルフは寿命も長く身体能力も高いとテレビで言っていた。それならこの少女の異常な身体能力に納得がいく。
「あなたこそただの人間じゃないでしょ。私の見立てだとハーフエルフってとこかしら?」
「ハーフエルフが何かは知らんが俺は普通の人間だよ」
「そんなバカなことあるわけないでしょ! 普通の人間があんな動けるはずないもの」
少女の驚く顔を見て、先ほどクロノスを見た時の入界管理局のもう一人の少女(お嬢様口調の方)のことを思い出した。
なんでクロノスを見た時にあんなビビったような顔をしてたんだろうか? それに『災厄の使徒』とかなんとか言ってたような気もする。
「なあ、さっきクロノスのこと最悪だか『災厄の使徒』だとか言ってたよなあれってなんだ?」
ふと、戦闘中だというのになんとなく訊いてしまった。なんていうか気になったんだ。
「あなた災厄の使徒と一緒にいたのにそんなことも知らなかったの?」
「いや、だから俺は無理矢理巻き込まれただけだって」
「まあいいわ。教えてあげる。災厄の使徒っていうのはね、別名神の力をその身に宿した者って言われているわ」
「神の力?」
「そう。神の力。災厄の使徒について詳しいことは今だわかっていないから災厄の使徒の強大な力を神の力に例えているのよ」
「強大な力ってなんだよ」
「あなたも今いるこの空間がそう。こんな空間一流の魔術師が何千人と集まらないと普通なら作れないものよ。それを彼女は一人で作った。いえ、彼女はコピーしたと言ってたかしら」
「……なるほど。災厄の使徒っていうのは空間をコピーする能力を持っているのか」
「いいえ。災厄使徒が持つ能力は各それぞれ異なるの。でも共通してるところはあるわ。どれも常軌を逸した力持っているというところは、ね」
「クロノスのヤツがそんな力を………」
俺が今まで異世界人だからこのぐらいできて当然か、と思っていた主観はやっぱり間違いだったのか。今にして思えば空間コピーって……うん。ありえん。
「だからクロノスにビビってたのか」
「な、ビビるって。当たり前じゃない。災厄の使徒よ」
「当たり前って。俺は別に怖くないけど―――」
「あなたは何も知らないからよ! いい、災厄の使徒っていうのはさっきも話したけど強大な力を持っているの。そしてその力のせいで今までどれだけの被害が出たと思っているの! 逆に恐れない方がおかしいわ!」
少女は必死な形相で俺に言う。
と、そこで先日クロノスが寝言を言いながら涙を流していたのを思い出した。
確か、逃げないでとか何とか言ってた。
……もしかしたらその災厄の使徒っていうことで常に恐れられて、嫌われて、だからそれを夢に見て泣いていたんじゃないだろうか。
色んな想像が頭を過ぎり、俺を思案させる。
「わかったかしら? あなたがもしただの一般人だとしたらあなたはとんでもない者に関わったことになるのよ」
「……そうだな。確かにとんでもないヤツに関わっちまったようだな、おれは。でも――」
一つ。確かな、絶対にわかることはある。
「あいつは悪いヤツじゃない。それだけは分かるよ」
「悪いヤツじゃない? いい、彼女は災厄の使徒よ。良い悪いなんか関係な―――」
「うぉっ!」
俺がちょうど背中を預けていた壁が何の予兆無しにいきなり吹っ飛んだ。
「見つけた!」
「!」
聞き慣れた声が聞こえ、上体を起こしつつ振り向くとそこには拳を突き出したクロノスがいた。
「なっ、災厄の使徒!」
「―――悪く思わないでね」
目の前で絶句している入界管理局職員の少女と俺との間に目にも留まらぬ速さで割って入ったクロノスが少女の腹部にパンチを入れた。
「がっ―――」
「でも安心して命は取らないから」
「一発KOかよ………」
身体能力の上がった俺でも応戦するのに精一杯だったっていうのに一瞬で倒しやがった。相変わらずムチャクチャだ。
気を失った少女を地面に横たえ、クロノスがこちらを振り向く。
「もう、遅すぎ。このぐらいちゃちゃっと片付けてよ」
「無茶を言うな。無茶を」
俺はただの一般人なんだ。そんな普通人の俺がエルフ、おまけに入界管理局なんかを相手にできるわけがない。それこそアサルトライフル一丁で戦車に挑むようなもんだ。
「じゃ、あっちも片づけたし、さっさと行こう」
「ああ」
入界管理局の少女をその場に残し、俺たちはグールの元へと向かった。
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