災厄少女と外出を4
「おらよっ」
刀身の三分の一ほどを赤く染めた刀を振り下ろす。
音も立てず黒い球体が真っ二つに割れ、光の粒子と化し、日本刀に吸い込まれていく。 ふうー。
額に浮かぶ汗を手の甲で拭きながら辺りを見回す。
どうやらこの空間は時間が流れているらしく、先ほどまで青空が広がっていたが赤く染まっている。
携帯を見ると時刻はもう夕方。
俺がグールを狩り始めてもう結構時間が経っている。
「まだ来ないのかよ。クロノスのヤツ」
俺は嘆息しつつも、グール探知機に視線を向ける。しかし、グール探知機はピクリとも動かない。
ということはグールが完全にこの空間からいなくなったことを示している。
「お待たせっ」
「―――!」
驚いて振り返るとそこには最悪女ことクロノスがいた。
まあ、この空間には俺とグールとクロノスしかいないことは分かってはいるが、いきなり背後に立たれたらそりゃびっくりするわけで俺はびっくりしてコケた。
「お、おま、昨日もいきなり現れるなと言っただろうが!」
「ごめんごめん」
クロノスが言いながら指を鳴らす。
パリンという何かが割れる音がしたと思った次の瞬間―――いつの間にか仕事帰りのサラリーマンなどが忙しなく行き交っている道に俺はいた。
昨日も見たから分かる。どうやら元の空間とやらに戻ったようだ。
「さて、帰る―――」
か、と言いかけたところで気づいた。
ここがあの場所の近くだと。
少し道を逸れ、家とはやや違う方向へ向かう。
「久しぶりだな」
気が付くといつの間にか俺は呟いていた。
この桜が咲き誇る並木道。
――やっぱりあの場所だ。
「……クロード?」
辺りを見回しているとあとを追ってきたクロノスが不思議そうな顔を俺に向けてくる。
「ここどこ?」
「……ここは昔、父さんと母さんが………家族がまだ全員揃っていた時によく来た場所なんだ」
前はよく桜を見に毎年来てたよな。確か小学校に入学した時だったか、父さんと母さんと兄さんと一緒に入学式が終わった後、ここで写真も撮ったけっな。あの頃はみんな一緒で楽しかったなあ。でも結局その七年後には二人ともいなくなってしまったけどな。
「そうなんだ……」
「ま、とは言っても今は父さんも母さんも死んだし。今はただの楽しかった頃の思い出ってだけで全然来てなかったけどな」
ここで写真撮った時の俺は思いもしなかったよな。兄さんと俺の二人だけになっちゃうなんて。
「―――クロード」
感慨に浸っているといきなりクロノスが声を掛けてきた。
「ん、なんだ」
「感傷に浸っているところ悪いけどなんで今日私をいきなり連れ出してくれたわけ?」
「え、えと、お前家で暇そうにゴロゴロしてたからで………」
「嘘だね」
「うっ」
図星を突かれ、思わず顔が引きずってしまう。
「どう見てもクロードって根暗っぽいし、用も無しに外に出るようなタイプじゃないよね。おまけに私まで誘って………どういうつもり?」
言い訳しようにも裏があるとお見通しのようだな。
仕方ない。ちゃんと話すか。
「お前、今日の朝泣いてただろう?」
「えっ」
「いや、朝起きてリビングに来たらお前が何か寝言言って泣いてたの見たんだ」
「寝ている、それも泣いている女の子の顔見るをみるなんて少しは乙女心考えたら」
クロノスはどこかイラついた様子で俺を睨んでくる。
よほど見られたくなかったのだろう。睨んでくるその目にはいつもの陽気な感じと違い鋭さを感じる。
「あ、いや、見るつもりは全然、これっぽちも無かったんだ。たまたまだ。たまたま」
「……ま、たまたまってことにしといてあげる。で、なんで私を連れ出したわけ?」
「お前が見ていた夢のせいかどうかは知らんが、お前朝からなんか元気無かったろ? で、一緒にいるこっちとしてもお前が元気無いと気まずい。と、そんなワケでお前の気分転換を兼ねて日用品の買い出しとかに連れ出したわけだ」
言い終えて、「あくまで日用品のついでだから勘違いしないでよねっ」なんて悪ふざけでツンデレでも混ぜようかと思ってクロノス方を見たら、
「へ?」
クロノスはどこか嬉しそうな顔をして何やら微笑んでいた。
「そっか……えへへ……」
な、なんだ………いきなり。
「じゃ、お腹減ったし、もう帰ろっか」
桜が舞い散る中、夕日を背に微笑むクロノスは――――
――――不意に、ほんとに不意にドキッとしてしまうほど綺麗だった。
………とは言っても見た目だけだけどな。