住み着いた災厄5
「後は自分で立てるよね?」
とクロノスが家に入るなり俺を玄関に投げだしてそのまま放置し、リビングに入ること三十分。
その間、必死に「放置すんな!」と何回も呼びかけたがあいつはリビングに入ったまま出てこなかった。
痛みが少しマシになり、やっとのことでリビングに入るとクロノスはソファに横になって、俺の部屋から持って来たであろう漫画を読んでいた。まるで自分の家のように。
「あ、立てた?」
「あ、立てた? じゃねえよ! お前、俺をちゃんと最後まで運んで行けよ!」
「ぐちぐちうるさいなあ。これがゆとり教育の犠牲になった子供というわけか」
とため息混じりにそんなことを言ってくる。
ついているテレビを見るとニュース番組でちょうど子供の教育がなんちゃらなどという特集をやっている。
こいつ、これ見てゆとり教育とか言ってんだな。よく、覚えたての単語を使いたくなるあれだろう。
「犠牲になんかなってねえよ。ていうか、おい、なんだこの筋肉――――」
ぎゅるるる。
俺の言葉を遮るように突然謎の音が鳴った。
見るとクロノスが腹を押さえていた。どうやら今の音はこいつの腹の虫らしい。
「あ、ごめんごめん。なんかお腹減って」
言われてふと、時計を見るとグール狩りが終わってから一時間ぐらい経過してもう七時近くになっていた。
「もうそんな時間か」
そろそろ夕飯作りしないといけない。だが、今料理するのは無理だ。筋肉痛で体がまだ痛む。
「もうちょっと経ってからでいいか? 動くのがきついんだよ」
「きつい?」
「ああ。全身筋肉痛でな」
「なんで筋肉痛?」
考えなくても原因は何となく分かる。
「多分ヴァーリーとかいう刀を使ったからだろ?」
「私が使ってもなんともなかったのに………やっぱり普通の人間にはリスクがあったかな」
「リスクってお前……リスクあるって分かっていて使わせたのか」
「クロードに使わせる段階では知らなかったんだよ。まあいい実例になったからいいか。覚えとこ」
「人事か!」
「なーんてね。大丈夫。すぐ慣れるから」
「慣れるって本当だろうな」
「多分使っていくうちにエナジーに体が慣れていくと思うよ」
「まあ、今より筋肉痛がマシになってくれればいいか」
「頑張って慣れてね~」
できれば頑張りたくないんだが。というか何を頑張ればいいか分からない。
「じゃあ、俺、少し仮眠とるから」
これ以上立っているのがきつくなった俺はクロノスとは反対側のソファに横になる。
「えー、私お腹減ったんだけど」
「ちょ、うるさい。寝れない。あと、自分の分は自分で作れ。自費で」
「ケチ。どうせクロードも食べるんだからいいでしょっ」
ぐいっと反対側のクロノスに服を引っ張られ、ソファから転げ落ちる。
途端、全身筋肉痛の体が悲鳴を上げた。
「いやああぁぁぁぁぁいってええええええええええええええ!!」
痛みで辺りを転がるまくる。
こ、こいつ。やりやがった。こちとら筋肉痛でただでさえ痛いのに。
「なにすんだよ! いきなり!」
「私、なるべくおいしいのがいいなあ」
聞いちゃいねえ。
「はいはい作ればいいんでしょ、作れば」
これ以上何かされたらたまらないので渋々作ることにした。
少し、いや、とても体が痛いが仕方ない。確か、家の冷蔵庫にこの前近所のおばさんから貰った冷凍サバがあったな。
よし、今日はサバの味噌煮にでもするか。
「うん。なるべく早くお願いね」
とクロノスが付け加える。
「はいはい」
適当に返事をしつつ、筋肉痛で痛む体に鞭打って台所に向かう。
……少しぐらいは俺を敬ってくれよ。
「ほら、できたぞ」
「あ、いい匂い」
リビングにできたてホヤホヤのサバの味噌煮を持って行くとクロノスが素早く反応しこっちに寄ってきた。
俺は自分の分のサバの味噌煮とご飯をテーブルに置き、
「いただきます」
食い始める。
「ちょっと、私の分は?」
「ほいっ」
と左手に持っていたマヨネーズを差し出す。
「なにこれ?」
「マヨネーズ」
俺が差し出したマヨネーズをまじまじと見るクロノス。
そこで俺が解説してやる。
「食事とはを生命を維持するための―――つまりカロリーを摂取して体を動かす燃料を得ればいいわけだからカロリーがたっぷり含まれたマヨネーズでも問題ないわけで―――――って痛っ痛い痛い痛い! うそ、うそ、ギャグだから、ごめん、ごめん、もうしないからコブラツイストやめて!」
「分かればよし」
いきなりコブラツイストをしてきたクロノスをなだめ、なんとかやめさせる。
あー、痛かった。まかさコブラツイストされるとは。ちょっとしたギャグのつもりだったんだが……どうやらこいつにはギャグが分からないらしい。
「ほら、ちゃんと味わって食えよ」
台所から俺と同じくできたてホヤホヤのご飯とサバの味噌煮を持って来てクロノスの前に置く。
「わあ、おいしそう」
「ま、不味くはないと思うぞ」
クロノスが待ってましたと言わんばかりに素早く口にサバの味噌煮を運ぶ。
「美味しい、美味しいよ。これ」
そう言って顔を綻ばせる。口にあったようで何よりだ。
「そこまで褒められると照れるな。でもそこまで言って食ってくれるなら作った方としても嬉しいな」
「いや~、ほんとに美味しいよ」
「じゃあ、これ食ったら帰ってくれよ」
「いいよ―――――なんて言うかー!」
流れでオーケーしてくれるかと思ったが、残念、そう甘くはなかったようだ。ていうかなんでノリツッコミ?
「まだあと少しはいるからね」
「てか何で俺なんだ? クロノスならグールが何匹出てきても大丈夫じゃないのか?」
俺はグールを狩りとやらが終わってからずっと疑問に思っていたことを訊いた。
グールを倒している時に思ったが、あいつらは単体では、あの状態ではなんら強くないのだ。それにクロノスがあの空間を作るなら通常の空間にグールが出る心配もない。わざわざ俺に協力させてまでやらなくてもクロノス一人で十分な気がした。
「いきなり何?」
「いやあ、別に俺が手伝わなくてもいいだろって思ってな」
「そうは言うけどあの空間を維持するのはすごい集中力いるし、エナジーもかなり使うんだよ。だから少しでも私の負担を減らすために君に手伝ってもらってるわけ」
「あ、そういうわけか」
ちゃんとした理由があったのか。こいつもこいつなりに結構頑張っているのかもしれない。まあ、理由が何にせよ面倒なことは面倒なんだが。
それから二人で夕食を終え、俺は自分とクロノスの食器を持ち台所に向かい食器を洗い始めた。
食器を洗い終えリビングに向かうとそこにクロノスの姿がなかった。
あれ、さっきまでテレビ見てたのにどこ行ったんだ? トイレか?
ま、いいや。そのうち戻ってくるだろう。風呂にでも入って今日の疲れを癒そう。マシにはなったが全身がまだ痛むからな。
俺は今期一番注目されているアニメのオープニングを口ずさみながら風呂場に向かった。
服を脱いでいざ風呂に入ろうとドアの取っ手に手を掛けようとした瞬間、ドアがいきなり開いた。
あれなんで? まだ開けてないのに。
ふと脱衣所兼風呂場の隅のほうに置いてあるかごが目に入った。見ると見慣れない衣服が入っている。
そして俺はそれに見覚えがある。クロノスの服だ。
再び前を見る。
そこには色白の肌に水滴が結晶のように付着し、その上には控えめながらも柔らかそうなマシュマロが二つ、よくくびれた腰は魅力的でまっすぐ伸びた足はそんじょそこらのモデルよりも綺麗じゃなかと思うほど綺麗だった。
―――っていやいやいやいや、じゃなくて何でクロノスがいんの?
あ、さっきからいないと思っていたら風呂に入ってたのか………ていうか―――
―――やっちまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙の空気がとても痛い。何か言ってくれよ。
とは言っても俺もなんて言ったらいいか分からないしな。
よし、とにかく何か言ってみよう。要は話すきっかけを作ればいいんだ。
「……え、えーと、クロノスって着痩せするタイプなんだな……なんて」
「…………」
あ、やべ、ミスった。
「んじゃ、俺は後で入ろうかな。じ、じゃあ――――ぐふッ!」
ばつが悪くなり脱衣所を出て行こうとしたら、いきなり顔を回し蹴りでけられた。そんなに足あげたら見えるぞ。と言おうとしたがやめた。クロノスが顔を真っ赤にし、怒気を纏わせたオーラを放出していたからだ。
……な、なんかヤバい……
「最低!」
俺は蹴られた頬をおさえながら必死に弁明した。
「いや、あの、悪気はないんだ。まさかお前が入っているなんて分からなかったんだよ。あと余計なお世話かもしれんが前隠したら方がいいんじゃないか?」
「ハッ!」
言われて気づいたのか急いで前を隠すクロノス。
そして一瞬のうちにさっきとは反対側の頬に蹴りを入れられ、俺は蹴られた勢いで近くにあった洗濯機に思いっきり頭をぶつけた。
「いてっ!」
「ホントにサイテーッ!」
そう言い残してクロノスは顔を赤くして小走りで風呂場を出て行ってしまった。
「いたた………」
俺は蹴られた頬を押さえながら体を起こす。どうやら頬を蹴られた時、少し唇を切ったみたいで若干血の味がする。
蹴らなくてもいいだろうに。まったく酷い仕打ちだ。俺ん家に厄介になっている手前これくらい少しは目を瞑ってほしいもんだ。ま、良いもの見れたのは事実だが。
にしてもあいつ少しは女の子っぽい反応するんだな。
と少し意外な一面見た俺であった。