住み着いた災厄4
「は、はあ、あと何匹いやがるんだよ!」
クロノスと別れた後、俺はセンスゼロのグール探知機の反応する方に行ってはグールを倒しまくっていた。もう二時間以上は動き回っただろう。多分二十匹以上グールを狩った。だが、一向にグール探知機はまだ反応している。
勘弁してほしいもんだ。いくら身体能力が上がってもこうも動きっぱなしだとさすがにきつい。あとさっきから人が誰もいないから何か気持ち悪い。
グール探知機が新たな方向を指し示す。……今度は大通りのほうか。
俺は人ん家の屋根やらを踏み台にして跳ねるように目的地に向かう。
こう人がいない不可思議な街を全力で走っているとなんか日頃の悩みとか一瞬で消え去るぐらい気持ちいい。まるで自分が漫画やアニメの中の主人公になった気持ちだ。
少し行くと交差点のど真ん中に黒い塊を見つけた。あれが探知機が反応していた奴だろ。
……さっさと片付けるか。
俺は一気に跳躍してグールのいる方へ降りると同時に日本刀を振り下ろす。グールは光る粒子となってグールに吸い込まれ、少し銀色になっていた日本刀の刀身が再び赤く染まった。
決まった。なんかスッキリするな。グール狩るの。これはきっといいストレス発散になるに違いない。
さて次はどこだ。
あれ?
おかしい。探知機が反応しない。
……………壊れたか?
「一通り狩り終わったかな?」
「おわっ!」
驚いて視線を上げるとクロノスが立っていた。
「心臓に悪いからいきなり現れるのやめてくれ!」
「ん? ああ、ごめん、ごめん」
まあ何にせよナイスタイミングだ。
「おい、なんか探知機壊れたみたぞ。さっきから全然反応しない」
「壊れてないよ。もう狩り終わってグールがいなくなったから反応しないだけ」
「あ、もうグールいないのか?」
「言ったでしょ、全部狩り終わったら合流するって。まったく人の話全然聞いてないんだから」
そういえばそんな言っていたな。
「にしてよく俺の居場所が分かったな」
「君も一応ヴァーリーに蓄えられたエナジーで身体能力を強化してるからなんとなく居場所分かるかるんだよね」
「なるほどな。どうりで俺を見つけられたわけだ」
「じゃ、クロード、ヴァーリー返して」
「ああ」
持っていた刀を鞘に収め、クロノスに返す。
すると途端に体が重くなり、地面に膝をついてしまった。まるで宇宙から帰還した宇宙飛行士の気分だ。宇宙行ったことないけど。
「体、重っ」
「今までヴァーリー使って身体強化してたんだからヴァーリーの補助がなくなったら重く感じるのは仕方ないって」
「なんとも不便なもんだな」
「ま、それなりの代償ってやつかな」
「代償ねえ……」
このくらいの代償なら別にいいか。命とか削られるよりマシだ。
よし、大分この重さに慣れてきたようだ。俺は膝をついた状態から立ち上がる。
「じゃあ、一通り狩り終わったしこの空間を解くね」
先ほど渡した刀に向かって小さく「戻れ」と声をかけ、大きさを元のキーホルダーサイズに戻すと静かに手をかざす。
何をするんだ? てか、「戻れ」って言えば元に戻るのか。
次の瞬間、クロノスの手から見えない透明な波のようなものが広がった。
パリン。
何かが割れる音が聞こえたと思ったらいつの間にか俺は人混みの中にいた。
「これはどういうことだ?」
「空間を解除しただけ」
「じゃあ、いつも通りの空間に戻ってきたってトコか?」
「そう」
よくもまあそんな簡単に言ってくれる。こんだけすごいことして。まあ、今さら何言っても状況が良くなることもないからいちいちツッコミ入れないけど。
近くにあった時計の時刻は先ほど俺がクロノスによって変な空間に入れられてから二時間ほど経って五時ちょっと過ぎになっていた。
もう夕方だし、グール狩りとやらが終わったのなら俺がこれ以上ここにいる必要もない。
家帰ろ。
俺が家の方へ歩を進め始めると後ろからクロノスがキョロキョロと辺りを見ながら着いてきた。
「おい、なんで付いてくる」
「だってぇ、私、クロードの家にホームステイしてるわけだしぃ」
と語尾を伸ばして言ってくる。
わ、忘れてた!
我が愛しきマイハウスには厄介事とともにこのアホが転がりこんだんだった…………
ああ、思い出して絶望的な気分になった。
ふと、厄介事の元凶たる少女を見ると辺りをキョロキョロと見ている。
「そんなに珍しいか? この街並み」
「いずれここも離れて違う場所にいかなくちゃいけないからね。ちゃんと目に納めておかなくっちゃ」
「そういえばクロノスって旅してるんだったけな。何のために旅してんだ?」
「う~ん、捜し物、かな?」
「へー、捜し物か。何捜してんだ?」
「私―――いや、師匠と私にとって大切なモノかな」
「なるほどな。その捜し物とやらのためにこの世界に来たんだな」
「そっ」
旅か。そういうのもいいよな。それも色んな世界を旅しながら色んな物を見たり、触ったりできるんだ。
何にも縛られない自由な生き方。
あまり自由のきかない学生である俺にはとても羨ましく思うね。
でも、まあ羨ましく思うだけで実際に旅しようなんて思わないが。
それから少し二人で歩いて行くとたこ焼きの屋台を見つけた。
ちょうどいい。少し動き回って腹が減っていたところだ。もう少しで夕飯時だが、まあいいちょっと買ってくか。
「おじさん。たこ焼きひとつ」
「お、兄ちゃん、デートかい? 二つじゃなくていいのかい?」
デートじゃねえよ。と内心思いつつ、笑顔で「はい、ひとつで結構です」と返し、できたてのたこ焼きを受け取る。
するとクロノスが興味深げに俺の持っているたこ焼きを見てきた。
「始めに言っておくがあげないからな」
「ケチ。食べさせてくれたっていいじゃん」
「うっさい。食べたいなら買え」
これは俺が自費で買ったたこ焼きなんだ。無料で、しかも勝手に家に泊まり込んでるやつには絶対あげん。
そう思い、近くのベンチに腰掛けて一人で食おうと思った瞬間―――
「いででででででででで!」
いきなり電流が全身を迸るような痛みが走り、俺はその場に倒れ込んだ。
俺はこの痛みを知っている。中学の陸上部に所属していた頃、何度も味わった痛みだ。そう―――筋肉痛だ。
でも、この痛みは普通の筋肉痛とは比較にならないぐらい超痛い。てか、なんでいきなり筋肉痛?
必死に立とうとしたが無理だった。動こうとすると尋常じゃない痛みが走る。
「何してんの?」
倒れた俺をしゃがみ込んで話しかけてきた。
「俺が聞きてえよ。なんかいきなり筋肉痛っぽい痛みに襲われて動けないんだ」
「ふ~ん」
人ごとのようにそう言い、いつの間に伸びていたその手で俺の近くに転がっているたこ焼きを拾い、食い始めた。
「おい、それ俺のたこ焼きだ! 食うな」
「だって筋肉痛で動けないんでしょ。冷める前に私がおいしくいただいてあげるから心配しないで」
「クソッ、俺だって」
必死に立ち上がろうとしたが無理だった。ああ、自分が情けない。
「ていうか周り気にしないでいいの?」
「?」
クロノスに言われて周りを見ると帰り行くサラリーマンや部活帰りの学生やらに不審な目で見られまくっていた。てか、俺ら二人が見られまくっていた。
……そりゃあ、倒れこむ男がいたら見るだろうし、おまけにワイシャツネクタイ、ミニスカートの女の子が黒いコートを羽織っているいたら自然と目も吸い付けられるだろう。
でも、でもだ――――――――――
いやあああああ! そんな不審者見るような目で見ないで!
あまり人前で目立ちたくない俺にとっては羞恥心のオンパレードだった。
「はあ、おいしかった」
いつの間にか俺から離れてたこ焼きを食っていたクロノスが感想を述べていた。まるで「自分はカンケーありませんよ」といった具合だ。
「で、いつまでそうしてんの」
たこ焼きを食べ上げたであろうクロノスが近寄ってきた。
「し、仕方ないだろ。痛いんだから。てか俺を助けろよ」
「仕方ないなあ。ま、さっきの食べ物の料金代わりってことにしといてあげる」
そう言って倒れていた俺の腕を引っ張り――――
「いだだだだだだ! 痛い! 痛いって!」
俺の抗議を無視して無理矢理起き上がらせた。
そしてありえないことに俺を背負い始めた。
「ちょ、クロノスさん。なにしていらっしゃるんで?」
「おんぶ」
「いや、見ればわかるわ! なんでおんぶかって聞いてんだ!」
「だってこのままクロードに合わせて家まで帰ってたんじゃ日が落ちるからね。だから私が背負って家まで連れてってあげる」
「やめろ! 恥ずかしい」
「はいはい。じゃ、恥ずかしくないようにさっさと帰ろうね」
言うが速いかいきなりクロノスは走り出した。
クロノスが足を動かす度に体が揺れて持たれてる太ももが凄く痛い。でも、それ以前に道行く人達の視線が何より痛かった。きっと女の子におんぶされている俺は傍から見ればとてもおかしい光景だろう。そして何よりおかしいのはこいつだ。俺をおんぶしてるっていうのにそれを微塵も感じさせないスピードで走りやがる。お前、オリンピックに出れんじゃね?
にしてもこうやって密着していると空気抵抗で直になんか甘い女の子な匂いがしてくる。なんていうか見た目だけ女の子なこいつからしてくるなんて以外だ。
とまあそんな感じでクロノスに背負われ、恥ずかしい思いをすること十分ちょっと。さっきの場所から二キロちょっとはあったか思うんだが、いつの間にか俺の家のすぐ近くまで来ていた。
はやっ!
「あー、ストップストップ!」
「あ、ここだっけクロードの家」
「ああ」
「じゃあ、ここでいいね」
ポイッ。
まるでゴミを捨てるような気軽さで『朝野』と書かれた表札の前に放り出された俺は受け身もとれずアスファルトに転がる。
「いてっ! おい、ただでさえ筋肉痛なんだからもうちょっとソフトに扱ってくれよ」
「ここまで運んでくるの大変だったんだからね。文句言わない」
のわりには全然疲れてなさそうなんですけど。
「ま、いいや。とりあえずまだ全身痛んで体動かせないから家まで入れてくれ」
「えー、家すぐそこじゃん」
「だから体動かせないって言ってんだろ」
「はいはい分かりましたよ」
クロノスは仕方なさそうに俺の右足を持った。
おい、なんかおかしいだろ。
それから俺は引きずられるようにして家に入った。
途中、玄関前の段差がとても痛かった。