婚約者より妹が大事なのは当然だろう?
「おかしいのではなくて?」
うん、まあシャーリーンがそう言いだすだろうということはわかっていた。
明らかに不満顔だったものな。
侯爵令嬢が内心を顔で悟られるのはどうかと思うけれども。
あえてしらばっくれてみる。
「おかしいとは何が?」
「妹さんのことですよ!」
「プーぺがどうかしたか?」
「可愛がり過ぎでしょう! 婚約者であるわたくし以上に重視するってどういうことですの!」
何でもストレートに言えるところはシャーリーンのいいところだな。
理由も考えず口に出すところは悪いところだが。
「我がオールカッスル侯爵家では妹に優しく接することになっているのだ」
「おかしいでしょう! 婚約者同士の語らいをしたいのに、いつもカーチス様はプーぺ様を膝に乗せているではないですか!」
「シャーリーンさま、すまぬな。このじかんはカーチスにいさましかおらぬものだから」
「使用人がいるでしょう!」
残念ながらアウトだ。
シャーリーンはオールカッスル侯爵家の嫡男たる僕の婚約者に相応しくない。
こんなに可愛いプーぺを認めないなんてなあ。
「失礼いたしますわっ!」
プンスカして帰ってしまった。
まあシャーリーンにしてはよく我慢していたと言うべきか。
「プーぺ、ごめんね」
「いや、わらわもわるいのであろう?」
「プーぺはちっとも悪くないよ」
ぎゅっとしてやる。
プーぺ可愛いよプーぺ。
「しかしシャーリーンさまはおこりすぎだとおもうのじゃ」
「確かにね。シャーリーンは幼馴染で性格もよく知ってるけど、辛抱の利かないところがあるんだ。僕の婚約者には向いてないと最初から思ってた。けどパートリッジ侯爵家とは家格も合うし、昔からの付き合いもある。まず一度僕の婚約者という体裁を取らないと、誰もが納得しないという側面があってさ」
「さいしょからこんやくかいしょうはおりこみずみなのか。カーチスにいさまはれいせいであるの」
「というか、プーぺを受け入れてくれる人じゃないと問題外だから」
僕の婚約者になったのだからと最近プーぺの存在を明かしてみたが、案の定このざまだ。
面と向かってストレートにおかしいと言われるとは思わなかったけど。
でもシャーリーンは気持ちのいい令嬢ではあるよ。
きっといい相手が見つかると思う。
「にいさまとシャーリーンさまのこんやくはどうなるのだ?」
「解消になるだろうね。うちから動くことはないけど、早晩向こうから言ってくると思う」
「ほんとうにすまぬの」
「ん? プーぺは悪くないよ」
全然気にすることはないんだよ。
もう一度ぎゅっとしてやる。
オールカッスル侯爵家にとってプーぺは何より大事だからね。
「とにかく次の婚約者を探さなければならないな。父上に心当たりがあるかなあ?」
◇
―――――――――― シャーリーン主催のお茶会にて。モニカ・スチュアート伯爵令嬢視点。
「……というわけなのよ。信じられないでしょう?」
一大ニュースです。
似合いのカップルと言われた、カーチス・オールカッスル侯爵令息とシャーリーン・パートリッジ侯爵令嬢との婚約が解消されたのです。
シャーリーン様が怒りながら話してくださったところによると、カーチス様にはプーぺ様という妹がいるのだそうです。
カーチス様がプーぺ様を猫可愛がりしているがために、婚約関係がうまくいかなかったということでした。
……でもわたし、オールカッスル侯爵家にプーぺという名の令嬢がいることは知りませんでした。
洗礼式前だと貴族名鑑に名を載せない家もあると聞きますから、そういうケースですかね?
いえ、カーチス様は洗礼式前から載っていました。
毎年の貴族名鑑を眺めるのはわたしの趣味ですから間違いありません。
とするとプーぺ様とは?
「とにかく重度のシスコンとはわたくし、合いませんでしたわ」
「ええ? でもカーチス様はオールカッスル侯爵家の跡継ぎでしょう? シャーリーン様、思いきりがよ過ぎではありませんの?」
「後悔はしておりませんわ。やはりわたくしは婚約者の一番でありたいのですもの。妹さんが可愛いのは理解できますけれども、わたくしより優先するというのは考えられないのですわ」
皆さんが頷きます。
そういうものですかね?
どんな妹さんかにもよると思うのですが。
「シャーリーン様。そのプーぺ様とはどういう方ですの? わたしカーチス様に妹がいるとは存じ上げなかったものですから」
「そういえば他所で話になったのは聞いたことがないわね。七、八歳くらいで黒髪の、カーチス様がいつも膝に乗せて溺愛するだけあって、大変な美少女ですわよ」
「そうなのですか」
「わたくしも婚約するまで妹がいるなんて知らなかったのですわ」
えっ?
シャーリーン様のパートリッジ侯爵家って、オールカッスル侯爵家と付き合いがかなり親密だと聞いていましたが。
にも拘らず、婚約前には妹がいることすら知らなかったのですか?
そんなことあります?
「ずっと領地で養育されていて、最近王都に来たのでしょうね」
「わたくしもそう思います。カーチス様に聞いたことはなかったですが」
存在を外に知らしめない、それでいて猫可愛がりされているとなると……。
きっとカーチス様や弟のイーデン様、また御当主様がすごく大事にしている令嬢なのですわ。
身体がお弱いのかもしれませんね。
それで外に嫁に出さない方針なのだとすると説明がつきます。
プーぺ様は黒髪の美少女ですか。
美しい黒髪って幸運の持ち主とも言います。
会ってみたい気がしますね。
「シャーリーン様、お気を落とさないでくださいな。きっと新しい素敵な出会いがありますわ」
「そう願っているわ」
◇
―――――――――― オールカッスル侯爵家邸にて。カーチス視点。
モニカ・スチュアート伯爵令嬢との婚約が決まった。
それはもう、トントーンと音がするくらいすんなりと。
弟のイーデンが言う。
「兄上の次の婚約は遅れるかなと思ってたんですよ」
「僕がシスコンだと、シャーリーンが盛んに言いふらしているからな」
苦笑しながらも頷くイーデン。
僕の膝の上にいるプーぺが言う。
「わらわのせいじゃろう? すまんのう」
「いや、プーぺのせいじゃない。全然気にする必要はない」
世にも可憐なプーぺは、妹という体裁を取っているが人間ではない。
オールカッスル侯爵家に伝わる幸運のマスコットみたいなものだ。
付喪神というのか。
元は人形だったものが人格を具え、年月を経るに連れ人間と見分けがつかなくなったそうだ。
当主や嫡男に待遇よくされると福をもたらす……らしい。
本当のところはよくわからない。
プーぺに聞いても、『どうじゃろうのう? わらわにたいそうなちからはないとおもうのじゃが』と言う。
まあどっちでもいい。
プーぺが愛らしいのには変わりがない。
プーぺを可愛がるのはオールカッスル侯爵家を継ぐ僕の役割だと考えている。
僕がいない時はイーデンも構ってるみたいだが。
プーぺは大人しいしな。
満足してくれていると僕も嬉しい。
「プーぺを認めないのであっては、オールカッスル侯爵家の嫁たる資格がない。シャーリーンには悪いが、僕の婚約者としてはとても認められない」
「兄上は言うなあ」
「当然のことだ」
シャーリーンとの婚約を解消したあと、すぐにスチュアート伯爵家から縁談が来た。
モニカはシャーリーンのお茶会仲間だから、シスコンシスコンと散々聞いてると思われたのに。
「モニカ嬢はプーぺのことを承知していて、兄上の婚約者になりたいと考えたのでしょうか?」
「わからん」
が、今日のお茶会である程度ハッキリするだろうと思う。
モニカとは初めてのお茶会なので、探り探りになるか。
「兄上自身のモニカ嬢に対する印象はどうなのです?」
「正直あまり印象がないのだ」
「でしょうね」
幼い頃から将来シャーリーンと結婚するんだろうなと思ってたし。
正式に婚約者となったし。
プーぺとの相性を見てこりゃダメだと思ったけど、それまではシャーリーンしか考えていなかったから。
「わらわのことはあとまわしでよいのだぞ?」
「プーぺと仲良くできる令嬢でないとダメだ。これは絶対条件だ」
「ええ?」
居心地悪そうにモソモソ動くプーぺ。
そういう仕草も愛おしい。
「おっと、どうやらモニカ嬢がいらしたようです。挨拶がてら自分が迎えますよ。そして退散します」
「む? イーデンはお茶会に参加してくれないのか?」
「初回からそりゃまずいでしょう。圧迫するような形になってしまいますって」
そうか。
プーぺもいるしな。
「わかった、頼む」
―――――――――― モニカ視点。
カーチス様と婚約が成立しました。
ウソみたいです。
カーチス様は美形貴公子として有名な方ですしね。
カーチス様とシャーリーン様が破談になってから、すぐ動いたのが功を奏したようです。
お父様ありがとうございます。
「やあ、モニカ嬢、いらっしゃい。待ってたよ」
「イーデン様、御機嫌よう」
カーチス様の弟のイーデン様が出迎えてくれました。
「兄は妹を構うのに忙しくてね」
「プーぺ様ですよね? 話は聞いております」
うふふ。
本当に妹さんを可愛がっていらっしゃるのですね。
カーチス様は普段貴族学校でも、高位貴族らしく表情を表に出さないように努めていらっしゃいますから、何か微笑ましく思えます。
「ああ、御存じでしたか。それはよかった。どうぞ」
イーデン様のエスコートで屋内へ。
「モニカ、待っていたよ」
「カーチス様、御機嫌よう」
カーチス様のお膝にちょこんと座っていらっしゃる、サラサラとした黒髪の女の子。
あれがプーぺ様でしょう。
わあ、本当に美少女ですね。
「プーぺ様でいらっしゃいますか? わたしはモニカ・スチュアートと申します」
「うむ、わらわはプーぺじゃ。モニカさまはカーチスにいさまのこんやくしゃなのであろう?」
「はい、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくたのむのじゃ」
古めかしい喋りが板についていて可愛いいいいいいいい!
妹さんってこんな方だったのですか。
可愛がるのも当然ではありませんか。
ああ、もう我慢できません。
「カーチス様、大変不躾であることは重々承知しておりますが、プーぺ様を抱っこさせていただいてよろしいでしょうか?」
「む? 僕は構わんが、プーぺはどうだ?」
「おねがいするのじゃ!」
プーぺ様が飛びついてきました。
何と元気がよくてキュートなのでしょう。
はあ、和みますねえ。
「プーぺが初対面の令嬢に抱きつきに行くなど珍しいな。初めてじゃないか」
「うむ。モニカさまはいい。かんぜんにごうかくじゃ!」
「ほう、プーぺがすぐに懐くとは。モニカは大したものだな」
「いえいえ」
プーぺ様を抱っこしていると、心が落ち着いてきて安らかな気分になりました。
カーチス様と初めてのお茶会ということで緊張していましたのに。
プーぺ様のおかげですねえ。
感謝いたします。
「にいさま。モニカさまにははなしていい」
「おお、モニカはすごいな。何という親和性」
「何がでございましょう?」
「今からプーぺの素性を話す。一応内密にしておいてくれ」
「はい」
やはりプーぺ様はただの妹さんというわけではないようです。
ここで貴族名鑑に載っていなかった秘密が明らかに?
侯爵様の庶子とかでしょうかね?
ワクワクいたします。
「プーぺは人間ではないんだ」
「は?」
突然の人外宣言。
思わず侯爵令息の婚約者に相応しからぬ間抜けな声が漏れてしまいました。
大いに反省です。
「プーぺはオールカッスル侯爵家に伝わる人形なんだ。それに人格だか神格だかが宿って、人間のように見えている」
「うむ、カーチスにいさまのせつめいでまちがいない」
「いわゆる付喪神と呼ばれるものに相当する」
ええ?
プーぺ様が付喪神?
いや、でも離したくないフィット感というか初対面なのに謎の愛着があるというか。
懐かしさを思わせるような不思議な感覚があるのは事実です。
「プーぺの正体はシャーリーンも知らないことなんだ」
「シャーリーン様でも?」
カーチス様と親しくて、オールカッスル侯爵家に最も詳しいと言われていたのに?
でも確かに婚約するまで妹がいることを知らなかったと仰ってました。
秘密だから?
「プーぺに関しては、厳重な秘密ということではないのだがな。話題になっても困るというのは理解できるだろう?」
「はい」
社交界で格好の話題になって、面白おかしく話されそう。
笑い者になんかなったらプーぺ様が気分を害して、とんでもないしっぺ返しが行くということも考えられる?
幸運をもたらす人形なんて知られたら誘拐されそうでもありますし。
「でもシャーリーン様が話していましたよ?」
「いいんだ。虚弱体質のため滅多に外に出せない妹がいる、とだけ補足しておいてもらえれば」
「よろしくたのむのじゃ」
「はい、任されました」
「モニカさまはやさしいの。いいにおいがするのじゃ」
まあ、プーぺ様は可愛らしいのですから。
キュンときますね。
「モニカ、ありがとう」
「えっ? 何がでしょうか?」
「僕の婚約者はプーぺと相性のいい令嬢でないとムリだと思っていたんだ」
「ちょっと言い出しにくいことですものね」
プーぺ様はオールカッスル侯爵家の繁栄に関わっているのでしょうし。
多分ですけれども、間違いない気がします。
だってとってもいい雰囲気なのですもの。
「モニカさまがカーチスにいさまのこんやくしゃでよかったのじゃ。わらわもうれしいのじゃ」
もう、プーぺ様はわたしの心のツボをくすぐってくるのですから。
ぎゅーしてしまいますよ?
カーチス様が優しい目で見ています。
カーチス様ほどの貴公子からこんな眼差しをわたしが受けるだなんて。
もったいなく思えるほどですねえ。
これもプーぺ様の恩恵なのかもしれません。
オールカッスル侯爵家の一員として受け入れられたという感覚があるのです。
まだ婚約して初めてのお茶会でありますのに。
こんなに早く馴染めそうなのもプーぺ様のおかげですか。
本当にありがたいです。
カーチス様と視線が合います。
微笑を浮かべ、軽く頷いていらっしゃいます。
わたし、うまくやっていける確かな手ごたえがあります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。




