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離縁まで、あと九十日。去り状を書かない夫が、縁切りの社に毎月わたしの菓子を届けに来ます。

掲載日:2026/10/06

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


少しでも心に残るところがありましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。

 夫が去り状(さりじょう)を一枚書けば、その日に縁は切れる。夫が書かないから、わたしは三年、縁切り(えんきり)の社にいる。

 籠もった女は、千九十五回目の夜明けを迎えれば、夫の家がどう言おうと縁が切れる。そのあいだに一度でも門の外へ出れば、数えは初めからになる。

 今朝で、千五回目だった。

 あと九十日。


 解(ほどき)の社の台所は、坂の上の杉木立(すぎこだち)に半分埋もれている。朝のうちは手がかじかむので、わたしは鍋を火にかけてから襷(たすき)をかける。

 砂糖と水飴を煮つめ、泡が細かくなったところで火から下ろす。銅の板に薄く流し、固まりきる前に、竹べらで真ん中に一本、溝を引く。

 溝は深すぎると、持ったとたんに折れる。浅すぎると、割るときに斜めに欠ける。指の腹で押して、ぱきんと、まっすぐ二つになる深さ。三年かけて、やっとそこまで来た。

 縁切り飴、と参拝の女たちは呼ぶ。二つに割って、半分を社に納め、半分を自分で食べる。わたしが籠もってふた月目に、暇つぶしのように始めたものだ。いまでは晦日(みそか)ごとに百枚流しても足りない。

「多恵(たえ)さん。柚木屋(ゆのきや)さんの箱」

 刀自(とじ)のふささんが、勝手口から桐の箱を差し入れた。七十を過ぎて背は曲がっているのに、坂を上がっても息ひとつ乱さない人だ。

 わたしは手を拭いて、箱を受け取った。

 柚木屋は、八重京(やえきょう)で百五十年続く菓子屋で、わたしの嫁ぎ先だった。いまも、まだ嫁ぎ先だ。毎月の晦日に、社の神前へ菓子を納める。届けに来るのは、当主の直次郎(なおじろう)、つまり夫だった。

 わたしは三年、一度も門まで下りていない。

 蓋を取った。

 黒い羊羹(ようかん)が五つ、行儀よく並んでいた。切り口の真ん中に、柚子の蜜煮(みつに)がひと粒だけ沈んでいる。暗い空に、星がひとつ。

 ひとつ星、とわたしが名をつけた菓子だった。

 嫁いだ最初の週に、姑の菊代(きくよ)さんに出した。菊代さんはひと口食べて、黙って皿を押し返した。

「甘すぎる。お茶の邪魔や。砂糖屋の娘の舌やな」

 それから三年、わたしの考えた菓子は、ひとつも柚木屋の品書きに載らなかった。直次郎さんは、その場にいても、何も言わなかった。

 わたしの実家は、同じ八重京で西の砂糖を扱う問屋だった。幼いころから、舐めた砂糖の数なら誰にも負けなかった。柚木屋との縁談がまとまったとき、父は、老舗の暖簾に娘をくくりつけたと喜んだ。わたしは、毎日菓子のそばにいられると喜んだ。

 嫁いでみると、釜場の鍋の前に立てるのは、当主と古い職人だけだった。嫁の仕事は、洗い物と、餡(あん)の裏ごしと、薪(まき)運びと、帳場の掃除。菓子のことを口にすると、菊代さんは手を止めずに言った。嫁が口出すことやない。

 わたしは、思いついた菓子を、夜ごと帳面の隅に描いた。描いては、朝になって、菊代さんの目に触れないように閉じた。それでも何度か見つかって、破られた。

 三年前の冬至の夜、明星祭の提灯がまだ消えないうちに、わたしは帳面だけを懐に入れて、勝手口を出た。坂を上るあいだ、一度も振り返らなかった。振り返れば、釜場の灯が見えると知っていたから。

 二年前から、晦日の箱の中身が変わった。最初は、わたしが帳面の隅に描いて、菊代さんに破られた栗の茶巾(ちゃきん)だった。次の月は、花びら餅に味噌でなく白餡を合わせたもの。その次は、梅の寒天。

 どれも、わたしが考えて、通らなかった菓子だった。

 一度も、手紙はついていなかった。わたしも一度も、返事をしなかった。

 ひとつ星だけは、二年のあいだ、一度も来なかった。

 ふささんは黙って箱に蓋をし、神前へ運んでいった。夕方、おさがりの一切れが、台所に戻ってきた。

 わたしはそれを、口に入れた。

 黒糖の照りも、柚子の香りも、わたしが思い描いたとおりだった。ただ、甘さが足りない。あの人の手の味だった。いつも、ほんの少し、遠慮している。

 なんで、いまになって。

 声に出すと、台所に誰もいないのが、よく分かった。



    *



 菊代さんが坂を上ってきたのは、それから五日目の昼だった。

 門の脇で落ち葉を掃いていたわたしは、石段の下に、杖をついた小さな人影を見つけた。三段上がっては止まり、また三段上がる。

 三年、一度も来なかった人だった。

 逃げる場所は、いくらでもあった。台所でも、奥の繕い部屋でも。けれど足が動かなかった。わたしは箒(ほうき)を握ったまま、菊代さんが鳥居の前に立つのを待った。

 鳥居の内と外。あいだには、敷居のように一本、石が埋めてある。籠もった女は、その石を越えてはいけない。

「痩せたな」

 菊代さんが先に言った。わたしより、よほど痩せていた。藍の着物の衿(えり)が、首からずいぶん浮いている。

「お義母さんこそ」

「年や」

 それきり、しばらく二人とも黙った。杉の上で鴉(からす)が鳴いた。

「戻っといで」

 菊代さんは、門の内を見ずに言った。

「戻ってきたら、帳場も釜場も、あんたに渡す。品書きも、あんたが決めたらええ」

 箒の柄が、手のひらに食いこんだ。

 三年前のわたしが、何より欲しかった言葉だった。毎晩、帳面の隅に菓子の絵を描きながら、いつか言ってもらえる日を待っていた。

「お断りします」

 声は、思ったより落ち着いていた。

「九十日で、わたしは柚木屋の嫁ではなくなります」

 菊代さんは、ゆっくりとこちらを向いた。

「嫁やなくなったら、あんたは何になるんや」

 答えようとして、口が開かなかった。

 砂糖屋の娘で、菓子屋の嫁だった。そのどちらでもなくなったら。

 菊代さんは急に背を丸め、咳きこんだ。長い咳だった。杖にすがって、袂(たもと)で口を押さえる。わたしは思わず石の手前まで足を出し、そこで止まった。

 咳がおさまると、菊代さんは何事もなかったように背を伸ばした。

「ひとつ星、食べたか」

 返事を待たずに、菊代さんは石段を下りはじめた。三段下りては止まり、また三段下りる。

 わたしは、その背中が杉の陰に消えるまで、箒を握っていた。

 台所に戻ると、鍋の飴が焦げついていた。火から下ろすのを忘れていた。三年で初めてのことだった。

 焦げた飴を削りながら、何になるんや、という声を何度も聞いた。砂糖屋の娘でもなく、菓子屋の嫁でもないわたしが、鍋の前に立っている姿を、思い浮かべようとした。うまくいかなかった。浮かぶのはいつも、誰かの家の釜場の隅だった。

 削った飴の欠片を、ひとつ口に入れた。苦かった。



    *



 明星京(みょうじょうきょう)から人が来たのは、十月の半ばだった。

「春日井堂(かすがいどう)の、鞠子(まりこ)と申します」

 門の外で頭を下げたのは、四十半ばの、洋装の上に羽織をはおった女の人だった。八重京では見かけない格好で、参拝の女たちが遠巻きに振り返っている。

「夏の宵祭(よいまつり)に来たとき、こちらの飴をいただきました。割って、半分を納めるんでしたね。わたし、半分を納めずに、持って帰ってしまって」

 鞠子さんは笑った。

「この甘さは、八重京では叱られるでしょう。明星京では、売れます」

 春日井堂は、明星京の星見通り(ほしみどおり)に店を構える、パンと洋菓子の店だという。二階が喫茶室になっていて、近ごろは和の菓子も置きたい。それで、職人を探している。

「釜場をひとつ、お任せします。品書きには、考えた人の名を載せます」

 胸の奥で、何かが鳴った。

「ただし、離縁が成ってからです。人さまのお嫁さんを明星京へ連れていったら、うちの暖簾が笑われますから」

 冬至まで待つ、と鞠子さんは言った。

「どうして、わたしなんですか。明星京なら、職人はいくらでもいるでしょう」

「いますよ。腕のいい人は」

 鞠子さんは、懐から紙に包んだものを出した。夏に持って帰ったという、わたしの飴の半分だった。

「でもね、この飴の溝。割る人のことを考えた溝です。斜めに欠けないように、深さを何度も試したでしょう。こういう溝を引く人は、食べる人の顔を見て菓子を作る。明星京の新しいお客は、西の甘さに慣れていて、八重京の上品な甘さだと物足りないって言うんです。でも、ただ甘いだけのものは、すぐ飽きられる。あなたの甘さは、加減がいい」

 加減がいい、と言われたのは、生まれて初めてだった。甘すぎる、としか言われたことがなかった。

「わたしもね、一度、家を出た女なんです。出た先で、自分の店の暖簾を上げました。暖簾ってね、上げてしまえば、案外、誰の家のものでもないんですよ」

 それから鞠子さんは、少し言いにくそうに付け足した。

「来る途中、柚木屋さんにも寄りました。新しいお菓子の品書きに、考えた人の名がありましたよ。多恵、と」

 鞠子さんが帰ったあとも、わたしは門の内に立っていた。

 行き先ができた。冬至を越えれば、わたしの名で菓子を作れる。

 なのに、もう一つの言葉が、喉に刺さった骨のように残っていた。

 わたしの考えた菓子が、柚木屋の品書きに載っている。わたしの名をつけて。わたしがここで縁を切ろうとしているあいだに。

 わたしの菓子は、また、柚木屋のものになっている。



    *



 夜、ふささんと二人で、参拝の女たちが置いていった着物の綻び(ほころび)を繕った。行灯(あんどん)の火が、針の先で小さく光る。

「お義母さんが、来ました」

「見とりました」

 ふささんは針を動かしたまま言った。

「戻ってこいと言われました。店を渡すと」

「そうですか」

「断りました」

「そうですか」

 ふささんは糸を歯で切り、しばらく黙っていた。それから、行灯の火を見たまま言った。

「四十一年前にな、ここに若い嫁さんが籠もっとりました」

 わたしは手を止めた。

「よう泣く子でしたな。それでも、三百日辛抱した。三百一日目の朝、姑さんが倒れた、と使いが来ましてな。その子は、門を出ました。止めましたけど、出ました」

「戻ってきたんですか」

「いいえ。二度と」

 ふささんは新しい糸を針に通した。

「その翌月からです。柚木屋さんが、晦日にお菓子を納めてくれはるようになったのは。籠もってる女に、甘いもんを、言うて」

 針が指に刺さった。

 血の玉が、白い襦袢(じゅばん)の上にぽつんと落ちた。

「その嫁が……」

「菊代さんです」

 行灯の油が、じりと鳴った。

 嫁いだ三年、菊代さんがわたしに言ったことを、一つずつ思い出した。甘すぎる。砂糖屋の舌や。嫁が口出すことやない。跡取りもまだやのに。どれも、菊代さんがどこかで、誰かから言われた言葉だったのかもしれない。

 そして菊代さんは、門を出て、戻って、四十一年、あの店そのものになった。

「どうして、いままで言ってくれなかったんですか」

「訊かれへんかったからです」

 ふささんは、それが当たり前のように言った。

「ここに来る女は、自分の話をしに来るんです。人の話を聞きに来るんやない。三年目になって、ようやく人の話が聞けるようになる。多恵さんも、そうでした」

「お義母さんは、どんな人でしたか。ここにいたころ」

 ふささんは針を止め、少し考えた。

「お菓子の好きな子でしたな。社に納まるお供えのおさがりを、誰よりうれしそうに食べとった。甘いもん食べてるときだけ、泣きやむ子でした」

 甘すぎる、と皿を押し返した手を、わたしは思い出した。その手が、四十一年前、ここで、おさがりの菓子を握りしめていたのだ。

 わたしは指の血を吸い、針を持ち直した。

「わたしは、出ません」

 ふささんは何も言わなかった。

「何があっても、門は下りません」

 口に出してしまうと、それがかえって怖かった。



    *



 三十四回目の晦日、ふささんが台所に来て言った。

「旦那さんが、話がしたい、と言うてはります」

 三年で、初めてのことだった。

 箱だけ受け取ってください、と言えばよかった。わたしは襷を外し、前掛けを外し、それからまた前掛けを着け直した。何を着ていけばいいのか、分からなかった。

 石段を、門まで下りた。ふささんが、少し後ろについてきた。

 鳥居の向こうに、直次郎さんが立っていた。

 痩せた、と思った。三年前より頬がこけて、目の下が青い。それでも、桐の箱を両手で持つ持ち方は、昔のままだった。職人は、菓子の箱を傾けない。

「多恵」

 名を呼ばれたのは、いつ以来だろう。

 わたしは石の内側に立った。あいだには、一本の石と、三年があった。

「母が、胸を患っています」

 直次郎さんは、前置きなしに言った。

「医者は、年は越せないと言いました」

 杉の葉が、一枚、二人のあいだに落ちた。

「それを、言いに来たんですか」

「いいえ」

 直次郎さんは、箱を持ち直した。

「それでも、出てこないでください、と言いに来ました」

 わたしは顔を上げた。

「三年を、あなたのものにしてください。母に何があっても、知らせません。弥吉(やきち)にも、そう言ってあります」

「……どうして」

 直次郎さんは、しばらく言葉を探していた。この人は昔から、話す前に長く黙る。わたしはその沈黙が嫌いだった。嫁いだ三年、菊代さんに何を言われても、この人はその沈黙のまま、釜場へ戻っていった。

「あなたが出ていったあとで、分かったことがあります」

 ようやく、直次郎さんは言った。

「母は、父と兄が死んでから三十年、一人で暖簾を守りました。私は、その三十年に、何も言えなかった。何も言わないでいれば、誰の味方もしないでいられると思っていました。でも、何も言わないことで、私はあなたを、いちばんひどく扱いました」

 言い訳は、続かなかった。それきり、直次郎さんは黙った。

「品書きに、わたしの名を書いたそうですね」

「はい」

「わたしの菓子を、柚木屋のものにするために」

「違います」

 初めて、直次郎さんが強く言った。

「あれは、母に逆らった最初の一つです。考えた人の名を品書きに書く菓子屋は、八重京にはありません。母は怒りました。ひと月、口をききませんでした」

「それで」

「ひと月たって、品書きの前に立って、言いました。字が汚い。書き直し」

 わたしは、笑ってしまった。三年ぶりに、声を立てて。

 直次郎さんは、困ったような顔をして、少しだけ笑った。

「ひとつ星だけは、母が許しませんでした。あれだけは作るなと。それが、この前、母が言いました。作り、と」

 その「作り」の声が、耳の奥で聞こえる気がした。菊代さんの声で。

 わたしは石の内側で、両手を握った。

 いけない、と思った。このまま話していたら、足が出る。

「直次郎さん」

「はい」

「いまのうちに、去り状を書いてください」

 直次郎さんの目が、まっすぐこちらを見た。

「九十日も待っていたら、わたしは、きっと揺れます。揺れる前に、終わらせてください。一筆で済むことです」

「書きません」

 すぐの返事だった。三年前と同じ返事だった。

 胸の奥が冷えた。やはり、この家は嫁を手放さないのだ。

「理由は」

「三年が満ちたら、言います」

 それきり、二人とも黙った。言い返す言葉を探しているあいだに、直次郎さんの目が、わたしの前掛けに落ちた。飴の粉で、白くなっていた。

「それが、縁切り飴ですか」

「……ご存じなんですか」

「町の女の人が、みんな持っています。うちの店にも、割った半分を持ってきて、これと合う菓子はあるかと訊く人がいます」

 わたしは前掛けのかくしから、一枚取り出した。売り物にならなかった、溝の少し曲がったものだった。

 石の上で、手だけを外へ出した。門を出てはいけないのは、体だった。手のひらに載せた飴を、直次郎さんが受け取った。指が、一瞬だけ触れた。三年ぶりに触れた手は、昔より荒れていた。

 直次郎さんは、飴を割らずに、そのまま懐紙(かいし)に包んだ。

「割らないんですか」

「割ったら、半分を社に納めないといけないでしょう」

 この人は、冗談を言うときも顔が変わらない。それを思い出した。

 直次郎さんは箱をふささんに渡し、深く頭を下げて、石段を下りていった。一度も振り返らなかった。

 わたしは台所に戻り、縁切り飴を一枚取って、溝で二つに割った。

 半分を神前に納めようとして、手が止まった。

 その晩、わたしは半分の飴を、袂に入れたまま眠った。



    *



 初雪の朝、十九の娘が駆けこんできた。

 きぬ、と名乗った。織物の町の、染め屋の嫁だという。素足に下駄で、指が赤く腫れていた。鳥居をくぐったとたん、石段に座りこんで泣いた。

 三年前のわたしと、同じ顔だった。

 わたしはきぬちゃんを台所へ連れていき、火のそばに座らせた。足を湯で温めるあいだに、きぬちゃんはぽつぽつと話した。嫁いで半年。姑に、染めの色が悪いと言われ続けた。夫は、母さんの言うことも分かってやれ、と言うだけだった。昨日、仕上げた反物を目の前で藍甕(あいがめ)に沈められた。それで、夜のうちに家を出た。

 どこの家も、同じなのだと思った。言葉も、黙り方も。

 わたしは、社の決まりを話した。千九十五回目の夜明けで縁が切れること。門を一度でも出れば、初めからになること。門の外の人とは、石を挟んでなら話していいこと。

 それから、流したばかりの縁切り飴を一枚、渡した。

「割って、半分を社に納めて、半分を食べるの」

 きぬちゃんは、言われたとおりに割った。斜めに欠けた。初めての人は、たいてい力が入りすぎる。

 甘い、ときぬちゃんは言った。甘い、と泣きながら、もう一度言った。

「三年って、長いですか」

「長いです」

 わたしは答えた。

「でも、わたしの三年は、わたしのものでした」

 言ってから、自分の声に驚いた。

 三年前、この台所に座りこんだとき、わたしには何もなかった。懐の帳面一冊のほかは、名も、行き先も、言葉も。いまは、溝を引く手がある。明星京で、わたしの名を待っている人がいる。嫁でなくなったら何になるのか、という問いに、まだ答えは出ていない。けれど、何者でもないわたしではなかった。

 ふささんが、竈(かまど)の向こうで、黙って薪を足した。


 その十日後、実家の兄が門の外に来た。

 父の言付けだった。冬至が来て縁が切れても、丸屋(まるや)の敷居はまたがせない。出戻りに社上がり(やしろあがり)では、妹たちの縁談に障る。兄は、それを門の外で、帳面でも読むように言った。言い終えると、気まずそうに、懐から紙包みを出した。

「おまえの好きやった、白双糖(しろざらとう)や。父さんには、黙っとけ」

 わたしは石の上で手を出して、それを受け取った。

 兄が石段を下りていくのを見送りながら、帰る家がもうないことを、不思議なほど静かな気持ちで受け止めた。行き先は、一つだけ残っている。明星京の、春日井堂の釜場だ。冬至の朝を越えさえすれば。

 あと二十日だった。



    *



 冬至の前の晩、わたしは眠れなかった。

 明日の朝が、千九十五回目の夜明けだった。

 寝床を抜けて、門の内に立った。細かい雪がちらついていた。凍った石段の向こうに、八重京の町が沈んでいる。明星祭の提灯は、まだ灯っていない。その暗い町の中に、一つだけ、灯りの点いた窓があった。

 柚木屋の釜場の窓だった。三年、毎晩見てきたから、間違えようがない。

 こんな夜更けに、釜に火が入っている。

 石段を、誰かが駆け上がってきた。提灯も持たずに、何度も滑りながら。

「多恵さん!」

 弥吉だった。柚木屋の小僧で、わたしが嫁いだ年に奉公に来た。もう十四になる。息が切れて、言葉にならない。

「おかみさんが……今夜、もたへんって、お医者が」

 手のひらの中で、袂の飴の半分が、かちりと鳴った。

「旦那さんが、ひとつ星を炊いてはるんです。おかみさんが、食べたいって。けど、ひと口食べて、甘さが足りんって。旦那さんのは甘さが足りん、多恵のが、ええって」

 弥吉は鳥居の柱にすがって、泣き出した。

「旦那さんは、呼んだらあかんって言わはりました。三年がだいなしになるって。せやから、おれ、黙って来ました。怒られてもええです。けど、おかみさん、ずっと、多恵のがええ、って」

 背中で、戸の開く音がした。

 ふささんが、提灯を持って立っていた。寝間着の上に綿入れをはおっている。わたしの隣まで来て、提灯を少し持ち上げた。足もとの石が、ぼんやりと浮かんだ。

「門を出たら、三年は初めからです」

 止めもしなかったし、勧めもしなかった。

 わたしは、石を見下ろした。

 越えれば、三年が消える。明日の朝の縁切りの書き付けも、春日井堂の釜場も、品書きに載るはずのわたしの名も。また、柚木屋の嫁に戻る。四十一年前の菊代さんと同じように、呼ばれて門を出て、二度と戻らない女になる。

 越えなければ、夜が明ければ、わたしは自由になる。

 そのかわり、直次郎さんは今夜、一人で母親を看取る。甘さの足りないひとつ星を、何度も炊き直しながら。

 出てこないでください、とあの人は言った。三年を、あなたのものにしてください、と。

 ふささんが、ぽつりと言った。

「四十一年前も、こんな晩でしたな。あの子も、ここに立って、長いこと石を見とりました」

「お義母さんは、どうして出たんですか」

「呼ばれたからです。嫁は、呼ばれたら行くもんや、と言うてました。泣きながら」

 呼ばれたから。わたしは、その言葉を口の中で繰り返した。

 誰も、わたしを呼んでいなかった。

 菊代さんが欲しがったのは、嫁ではなかった。わたしのひとつ星だった。直次郎さんは、呼ぶなと言った。弥吉は、知らせに来ただけだ。

 だから、もしわたしがこの石を越えるなら、それは、わたしが行きたいからだ。

 義理でも、嫁の務めでもなく。


 わたしは、行きたかった。


 台所に引き返し、黒糖の袋と、柚子の蜜煮の壺と、使い慣れた竹べらを風呂敷に包んだ。戻ってくると、ふささんが籠もり帳(こもりちょう)を開いて、筆を持っていた。

「ふささん」

「はい」

「三年、ありがとうございました」

 ふささんは小さく頭を下げた。


 わたしは、石をまたいだ。


 何も起きなかった。雪は同じように降り、杉は同じように黒かった。ただ、足の裏の冷たさだけが、さっきまでと違う石の冷たさだった。

 弥吉の手を引いて、わたしは石段を駆け下りた。ふささんの提灯が、背中でずっと、門の内に灯っていた。



    *



 柚木屋の勝手口を開けると、甘い湯気が顔を打った。

 釜場の真ん中で、直次郎さんが鍋をかき回していた。襷をかけた腕に、黒糖が点々と飛んでいる。振り向いて、わたしを見て、木べらを持ったまま動かなくなった。

「どうして」

 その顔が、怒りかけて、それから崩れた。

「どうして、出てきたんですか」

「火、見ててください」

 わたしは風呂敷を作業台に置き、襷をかけた。三年ぶりの釜場だった。鍋の位置も、砂糖の壺の位置も、何も変わっていなかった。変わったのは、わたしのほうだった。

 いや、一つだけ変わっていた。

 釜場の奥の壁、品書きの下書きを貼る板に、古い紙が何枚も留めてあった。破れ目を、裏から薄紙で継いである。墨の線がところどころ途切れた、菓子の絵だった。栗の茶巾。白餡の花びら餅。梅の寒天。

 わたしの帳面の切れ端だった。三年前、菊代さんに破られて、屑籠に捨てられたはずの。

 いちばん端に、ひとつ星の絵があった。黒い四角の真ん中に、丸がひとつ。わたしの字で、甘め、と書いてあった。

「……拾っていたんですか」

「捨てられなかっただけです」

 直次郎さんは鍋から目を離さずに言った。

 鍋の中の羊羹を、竹べらですくって、舌にのせた。

 やはり、甘さが足りない。

「黒糖を、あと二合」

 直次郎さんは、何か言いかけて、黙った。それから壺を取り、黙って量りはじめた。

「火を、もう少し落として」

 直次郎さんが薪を一本抜いた。

 嫁いでいた三年、わたしはこの釜場で、洗い物と、餡の裏ごしと、薪運びをした。鍋の前に立たせてもらったことは、一度もなかった。直次郎さんと並んで一つの鍋を見ることも、なかった。

 いま、わたしが甘さを決め、直次郎さんが火を見ている。

 何も話さなかった。話す必要がなかった。鍋の照りが変わる。わたしが顔を上げると、直次郎さんがもう火を細くしている。二年のあいだ毎月、この人がわたしの菓子を一つずつ炊いてきたことが、その手の速さで分かった。

 流し缶(ながしかん)に流し、柚子の蜜煮をひと粒、真ん中に沈める。粗熱が取れるのを、二人で待った。奥の間から、細い咳が聞こえた。

「毎月」

 わたしは、流し缶を見たまま言った。

「毎月、何を思って、炊いていたんですか。わたしの菓子を」

 直次郎さんは、しばらく黙っていた。鍋の底に残った羊羹を、木べらで集めながら。

「あなたが、食べるかどうか。それだけです」

「食べていました」

「知っています。ふさ様が毎月、箱を返すときに、ひと言だけ言ってくれました。食べはりました、と」

 わたしは、何も言えなくなった。二年、わたしは返事をしなかったつもりでいた。ふささんが、毎月、わたしの代わりに返事をしていたのだ。

 菊代さんは、奥の間で、布団の中にいた。

 枕元に、医者の置いていった薬包みと、手つかずの湯呑みがあった。行灯の明かりで見る顔は、この前、門の前で会ったときより、またひと回り小さかった。

「お義母さん」

 菊代さんは、目だけをこちらへ動かした。

 驚いた顔はしなかった。そうなると知っていたような、それでいて、少し怒っているような目だった。

 わたしは、まだ温かいひとつ星を、楊枝(ようじ)で小さく切って、菊代さんの唇まで運んだ。

 菊代さんは、ゆっくりと口を動かした。長いあいだ、動かしていた。

「甘すぎる」

 やっぱり、と思った。三年前と同じ言葉だった。

 菊代さんは、目を閉じた。それから、もう一度開けて、天井を見たまま言った。

「……けど、これが、ひとつ星や」

 わたしの手の中で、楊枝が震えた。

 後ろで、直次郎さんが膝をついた音がした。

「なんで、出てきた」

 菊代さんが、天井を見たまま言った。

「門を出たら、あかんやろ。わたしと、同じになるで」

「わたしが、来たかったからです」

 わたしは答えた。

「呼ばれたからではありません。わたしが、来たかったんです」

 菊代さんは、長いあいだ黙っていた。行灯の芯が、じりと鳴った。

「わたしは」

 かすれた声だった。


「わたしは、来たなかった」


 それだけだった。

 謝りもしなかったし、わたしの手を取りもしなかった。四十一年前の三百一日目の朝、あの門の石をまたいだ若い嫁が、四十一年かけて、ようやく口にした一言だった。

 わたしは、菊代さんの布団の端を、そっと直した。

 それから三人で、夜を過ごした。菊代さんは、ときどき目を開けて、わたしと直次郎さんがそこにいるのを確かめるように見て、また目を閉じた。ひとつ星を、もうひと切れだけ食べた。甘すぎる、とは、もう言わなかった。

 明け方、遠くで明星祭の鐘が鳴りはじめた。

 一つ。二つ。

 三つ目の鐘を聞かないうちに、菊代さんの息は、静かに止まった。

 本当なら、わたしの三年が満ちた朝だった。

 直次郎さんは、母親の手を握ったまま、声を立てずに泣いた。肩だけが震えていた。わたしはその背中に手を当てた。嫁いだ三年、一度も触れたことのない背中だった。思っていたより、ずっと薄かった。

 台所で、弥吉が竈の前に丸くなって眠っていた。泣き疲れたのだろう。頬に、黒糖のしみがついていた。



    *



 障子が白みはじめても、直次郎さんは母親の手を握ったまま動かなかった。

 わたしは、その横顔をずっと見ていた。

 この人は、母親を亡くしたばかりだ。いちばんつらい朝だ。分かっていた。それでも、今でなければ言えないと思った。日が昇って、弔いの人が来て、柚木屋の暖簾に忌中(きちゅう)の紙が貼られたら、わたしはまた、この家の嫁として、そこに座ってしまう。

「直次郎さん」

「はい」

「去り状を、書いてください」

 直次郎さんの肩が、小さく動いた。

 けれど、こちらを向いた顔は、思ったほど驚いていなかった。

「三年が満ちたら、理由を言うと言いました」

「はい」

「満ちるはずだった朝ですから、言います」

 直次郎さんは、母親の手を布団の中に戻した。

「三年前、あなたの家から、去り状を書いてくれと言われました。書けば、その日に済んだ。でも、去り状で離縁された女は、八重京では、去られた女と呼ばれます。追い出された女です。あなたは、追い出されたんじゃない。自分で、選んで、出ていったんです。それを、私の一筆で塗りつぶしたくなかった」

 わたしは、膝の上で手を握った。

 三年、わたしはこの人を、嫁を手放さない家の息子だと思っていた。

「だから、今も書けません。あなたが三年を失ったのは、私のせいです。そのうえ、去られた女の名まで負わせることは」

「今日は、わたしが頼んでいます」

 わたしは、直次郎さんの目を見た。

「だから、これは、わたしの去り状です」

 直次郎さんが、口を開きかけて、閉じた。

「わたしは、あなたが好きです。三年前も、好きでした。だから、嫁として戻りたくない。お義母さんみたいに、来たくなかったのに来た、と、最期に言うような一生を、あなたの隣で送りたくない」

 声が震えた。わたしは、袂の中の飴の半分を握った。

「あなたの嫁ではなく、あなたの隣に立つ人になりたい。そのために、一度、他人にしてください」

 長い沈黙だった。この人の沈黙を、わたしは三年、嫌いだった。けれど今の沈黙は、言葉を探している沈黙だと分かった。

 直次郎さんは、立ち上がって、菊代さんの枕元の文机(ふづくえ)から硯(すずり)を取った。

 墨をする音が、明け方の座敷に響いた。

 筆を取る手が、震えていた。ひと文字ごとに止まり、また動いた。最後に名を書き、筆を置いた。

 差し出された紙を、わたしは両手で受け取った。

 字が、汚かった。

 ところどころ墨がかすれて、行が曲がっていた。字が汚い、書き直し、と言う人は、もういなかった。

「ありがとうございます」

 わたしは紙をたたみ、懐に入れた。

 立ち上がる前に、一度だけ、釜場をのぞいた。壁の板に、継ぎだらけのわたしの帳面の切れ端が、朝の光に透けていた。持っていこうかと思って、やめた。あれはもう、この人が三年かけて拾い集めたものだった。

 かわりに、作業台に残っていたひとつ星の端を一切れ、懐紙に包んだ。

 勝手口を出ると、雪がやんでいた。明星祭の朝の光が、屋根の雪に跳ね返って、目が痛かった。本当なら、この光を、わたしは社の門の内側で見るはずだった。

 坂を上り、社に寄った。

 ふささんは、もう起きて、門の内を掃いていた。わたしは石の外側に立って、頭を下げた。ふささんは箒を置き、籠もり帳を持ってきて、開いて見せた。

 わたしの名の下に、ふささんの細い字で、こう書いてあった。


 千九十四日。門を出る。


「社上がりには、なれませんでしたな」

「はい」

 わたしは懐の上から、去り状を押さえた。

「去られた女です」

 言ってみたら、なぜだか、笑えた。ふささんも、皺の奥で、少しだけ笑った。

 わたしは懐紙の包みを、石の上で差し出した。

「お義母さんが、最後に食べたひとつ星です」

 ふささんは包みを開き、黒い一切れを、その場で口に入れた。長いこと噛んでいた。

「甘いなあ」

 それから、四十一年前を見るような目をした。

「あの子が、いちばん好きな甘さや」



    *



 三月の終わり、明星京の星見通りは、桜で白くなる。

 石畳の上を、人力車が行き交う。呉服屋の隣に洋品店があり、その向かいに、春日井堂の硝子戸がある。二階の喫茶室では、袴の女学生たちが、紅茶と羊羹を前に笑っている。

 売り場の品書きの端に、一行、新しい札が下がった。

 ひとつ星 多恵。

 明星京の人は、甘いものが好きだった。ひとつ星は、ひと月で品書きの真ん中へ移った。甘すぎる、と言う人は、ここにはいなかった。言われたら、少し寂しいかもしれない、と思った。

 春日井堂の釜場は、柚木屋の倍ほども広い。西の焼き窯と、敷島の蒸籠(せいろ)が並んでいる。わたしは朝いちばんに鍋を火にかけ、昼までに羊羹を流し、午後は縁切り飴の溝を引く。明星京にも、縁を切りたい女は多いらしい。けれど、ここで飴を買っていく人は、半分を誰に渡すのか、楽しそうに相談している。

 ふささんから、一度だけ便りが来た。きぬちゃんが溝をまっすぐ引けるようになったこと、柚木屋の暖簾は直次郎さんと弥吉の二人で守っていることが、短く書いてあった。

 昼過ぎ、硝子戸の鈴が鳴った。

 顔を上げると、直次郎さんが立っていた。旅の埃をかぶった羽織で、帽子を手に持っている。八重京から馬車で二日の道だった。

 直次郎さんは、売り場の飴の棚の前で長いこと迷ってから、縁切り飴を一枚、取った。

「これを、一枚」

「四文です」

 わたしは包まずに、そのまま渡そうとした。直次郎さんは受け取らずに、言った。

「見合いを、申し込んでもいいですか」

 店の奥で、鞠子さんが手を止めたのが分かった。

「仲人は、ふさ様にお願いしてあります。返事は、いつでも」

 わたしは、手の中の縁切り飴を見下ろした。

 割って、半分を社に納め、半分を自分で食べる。縁を切るための飴だ。三年、わたしは何百枚も流して、何百人もの女に渡して、半分を、神さまに納めさせてきた。

 指の腹を、溝に当てた。

 ぱきん、と、まっすぐ二つに割れた。

 わたしは、半分を、直次郎さんに差し出した。

 直次郎さんは、しばらくそれを見ていた。それから、菓子の箱を受け取るときと同じように、両手で受け取った。


 縁切り飴の半分を、神さまにではなく、人に渡したのは、これが初めてだった。

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