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第一章 中編 「探索」

 街道を外れ、険しい森を数日間かけて抜けた先。斜面の死角になる場所に、人工的な石造りの入口が確かにあった。


「ここが...遺跡の入口」


 マークは目の前にぽっかりと空いた洞窟を見て、激しく鼓動が高鳴るのを感じていた。物語でしか読んだことのない、未知への冒険が目前にある。その事実に、心を弾ませない者はいないだろう。


「おっと、それ以上はストップな」


 ゆっくりと入口に足を進めていたマークを、大柄な体格が遮る。険しい顔をした斥候スカウトの青年がそこにいた。数日前に緩い顔を浮かべていた男と同一人物とは思えないほど、真に迫った表情だ。

 慣れた雰囲気で、ケーベストは入口の周囲を観察し、実際に手を触れて確認してみる。


「あれ、何やってるの?」


「多分、何か仕掛けがないかを探ってる...のか?」


 アスリィの疑問に、セイザンが曖昧に答えた。何となくの知識では知っているが、実際に斥候スカウトの仕事を目にするのは初めてだ、無理もない。


「...おい、ケーベスト、まだかかるのか?」


「もう少し待っててくれ...っと、よし、OKだ」


 遺跡の入口まで来てお預けをくらい、さすがに焦れたマークが急かすと、そこでケーベストが両手を叩いた。


「なぁ、マークよ、ちょっとそこに立ってみてくれ」


「え、こ、ここか...?」


 いつもの軽い表情に戻ったケーベストに促され、マークは指された場所に立ってみた。遺跡の入口の真ん前。先ほどマークが近寄ろうとしていた場所だ。

 ガシュッ!


「はっ!?」


 何か機械的な音が響き、マークは咄嗟に両手で防ぐ動作をしながら屈む。しかし、音が響いただけでそれ以上は何も起きなかった。


「ふむふむ、なるほど、やっぱりなぁ」


 1人だけ何かを納得した様子のケーベスト。

 マークは冷や汗をかいたまま固い表情を作り、他の3人も軽く青ざめている。


「な、なんだよ、何があったんだ?」


「そこに何かの仕掛け罠があるのはすぐに分かったんだよ」


 マークがケーベストの指す場所──つまり自分の足元に目を落とすが、そこは何の変哲もない地面にしか見えない。


「でも、1000年前の遺跡なわけだし、仮に発動しても劣化してて、何も起きないと思ったんだよ」


 腰に両手を置き、自信満々といった様子のケーベスト。マークの顔がみるみる赤くなっていく。


「案の定だったな! どうだ、ビックリしたか?」


「てめぇっ! 何かあったらどうしてくれたんだよ!」


 必死な形相で軽薄な斥候スカウトの胸ぐらを掴み、大きく揺さぶるマーク。しかし、当の本人は全く堪えた様子はない。


「そう怒るなよ、実際何もなかったわけだし、ちょっとしたジョークってやつよ」


 肩をすくめて、ケーベストはやんわりとマークの手を外し、遺跡の入口の縁に立つ。


「じゃ、緊張も解れたところで、いよいよ遺跡探索ツアーの始まり始まり♪」


 そう言って、無精髭を生やしたニヤケ顔が遺跡の中に消えていく。


「凄いのか凄くないのか...よく分からないね...」


 一番緊張していたらしく、ずっと黙っていたレイナがようやく口を開いた。

 出会って数日、あの長身で不精な青年にペースを乱されっぱなしだと、マークたちは苦笑いしながらその後を追った。



 遺跡の中は当然のように暗い。

 松明たいまつに火を灯し、ケーベストが先頭を歩く。次いでマーク、レイナ、アスリィ、殿しんがりをセイザンという隊列だ。

 石造りの通路は、大量の埃や蜘蛛の巣にまみれている。その異様な雰囲気と重苦しい空気が、見えない圧力を感じさせた。

 5人の歩みは実にゆっくりとしたものだった。ケーベストが数歩進んでは壁や床を調べる。何もないことを確認して、また数歩進む。その繰り返しだ。


「なぁ、もう少し急いでもいいんじゃないか?」


 さすがに焦れったくなり、マークがケーベストを急かす。未知の遺跡の探索に心が躍り、早く最奥まで進みたいという欲求が抑えられない。


「...まぁ、急ぎたいなら構わんが...」


 いつもの口調ながら、ケーベストは一段階低いトーンで返す。そして床から大きめの石を拾うと、先に見えた十字路の真ん中に向けて投げた。

 果たして、その石は床の中にスゥっと消えていった。


「なっ!?」


 マークが短く声を上げる。他の3人も、目を丸くしていた。アスリィに至っては、素っ頓狂な声を上げながら何度も目を擦っていたほどだ。


「パッと見は見えないが、あそこに落とし穴があるんだ。さっきの罠は起動しなかったが、内部にはまだ生きてる仕掛けもあるってことだな」


 口調は変えず、しかし表情には一切の緩みがない。これが斥候スカウトとしての、ケーベスト本来の姿なのだろうか。マークたちはようやく、彼の実力が本物だと確信しつつあった。


「こんなところで死にたくはないだろ、青少年?」


 ニヤリと、いつもの表情を見せるケーベスト。マークはそれに対し、無言で頷くしかできなかった。



 壁際近くを歩くことで、十字路の見えない落とし穴を回避する。十字路から左右に伸びる通路の先は、残念ながら瓦礫で埋もれている。とてもじゃないが、掘り返すのは難しく思えた。


「あれは諦めて、先に進もうか」


 ケーベストに促され、一行は正面の通路を進んだ。石造りなのは変わらず、わずかな傾斜がついているその道は、少しずつ地下へと下っていた。


「ん、これは...?」


 ケーベストが、壁を調べてる際に何かに気づく。埃と砂で半ば埋もれていたそれを、慎重に手で払う。

 そこには、捻くれた文字のようなものが描かれたプレートが備え付けられていた。


「これは、古代の文字か?」


 目線の高さにあるそれを、ケーベストは眉をひそめながら眺める。


「待って、読めるかもしれない」


 古代の文字と聞き、レイナが挙手しながら前に出て来た。彼女が行使する言語魔術で使う呪文は、古代の文字が原型となっている。読める可能性は高かった。


「えっと...これ、文字というより、何かの記号みたい...」


 荷物から出した分厚い本をめくりながら、レイナは神妙な面持ちだ。しかし同時に、少しワクワクしているような雰囲気もある。


「多分、この先に何か重要な物が保管されてる...って意味だと思う」


 自信のない様子で言うレイナ。文章や単語であれば問題なく読めたのだろうが、記号となると少し話が違う。祖母のアルテから、もっとしっかり習っておけば良かったと、レイナは少し後悔した。


「重要なものって...」


「もしかしてお宝!」


 しかし、彼女の様子をよそに、セイザンとアスリィは目を輝かせていた。古代の遺跡の中で重要なものと言えば、何らかの宝物に違いない。


「オッサン! 早く先に進もう!」


「そうよそうよ、お宝が逃げちゃうわ!」


「お宝は逃げないだろ...あとオッサンはやめろ」


 ボヤきながらも、ケーベストは先程より調べる手を早め、通路の先へ歩を進める。彼とて、未知の宝があるとすれば、その心は逸るというものだ。


「面白くなってきたな」


「う、うん...」


 ますます心が躍るマークとは対照的に、レイナの表情はやや不安の色が強かった。



 分厚い石で作られた大剣が振り下ろされる。

 セイザンが手にした盾でそれを受けるが、重い一撃に肩が持っていかれそうになった。


「ぐっ...」


「セイザン!」


 親友の助けに入りたいが、マークは目の前の敵に背を向けることはできなかった。それは無機質な、石でできた巨大な人形だ。

 通路の先には扉があり、先程見たのと同じプレートが備え付けられていた。ケーベストが入念に調べ、罠がないことを確認して、扉を開けた。

 扉の先には、大きめの部屋が広がっていた。ちょっとした宴会場くらいの空間で、向かい側の壁には巨大な、マークがセイザンを肩車しても余裕で通れそうな扉があった。

 そこに宝があると踏んで、セイザンとアスリィが足を進めると、空間内が赤い光に包まれ、けたたましい音が鳴り響いた。

 同時に、空間の左右の壁から、石でできた巨大な人形──ゴーレムが2体現れたのだ。

 恐らく、何らかの資格を持っていない者が部屋に入ると、起動する仕組みになっていたのだろう。ケーベストがそう分析したが、時すでに遅し。マークとセイザンが、それぞれのゴーレムを相手にすることになった。

 ゴーレムは動きこそ緩慢だが、その膂力は絶大。しかも石でできているため、剣での斬撃は効果が薄い。マークもセイザンも、このような存在を相手にするのは想定外だった。


「伏せて!」


 そこに、アスリィの鋭い声が響く。

 肩を押さえながら、セイザンがとっさに身を屈める。風切り音と共に、ゴーレムの「目」にあたる部分に、1本の矢が深々と刺さっていた。


「よし、効いた!」


 ゴーレムの頭部が細かく痙攣する。矢が命中した箇所からは、青白い魔力の光が漏れていた。古代の魔力で動く人形だが、目に当たる部分で周囲を感知しているはずだとレイナから聞き、咄嗟にそこを狙撃したのだ。


「目の部分が弱点よ!」


「よし、そうと分かれば!」


 荒事は苦手と言って一歩下がっていたケーベストが、腰に下げていたダガーナイフを投げる。真っ直ぐに、それはマークの前に立つゴーレムの目を貫いた。


「喰らえっ!」


 足を止めたゴーレム。その胴体の僅かな隙間を狙い、マークの剣が突き立てられる。次の瞬間、ゴーレムは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 程なくして、もう一体のゴーレムもその動きを完全に停止した。



「へぇ...」


 セイザンの肩を、温かな光が包み込む。みるみるうちに痛みが引いていくのを感じ、感心した声を上げた。


「これが神聖魔術...」


 レイナも興味津々といった様子だ。

 セイザンの肩は、ゴーレムの力を正面から受けて脱臼していた。彼は自分で治そうとしたが、それをアスリィが制止した。


「骨が折れてるかもしれない...アタシに任せて」


 患部に手を当て、アスリィが静かに祈りの言葉を呟くと、魔力の青白い光が淡く輝いた。

 神官が行使する神聖魔術の1つ「治癒ヒール」である。神聖魔術の中でも特にポピュラーな術で、冒険者パーティで神官が重宝される最大の理由にもなっている。


「...よし、これで大丈夫かな」


「おぉ、凄い...全然痛みがなくなった」


 左肩をグルグル回し、その調子を確かめる。痛みも違和感もない。完全に元通りになっていた。


「大したもんだ...」


 マークも感嘆の声を漏らすばかりだ。魔術のことはまるで分からないが、あの傷を短時間で完治させてしまうことには驚いた。


「さっきの弓も、助かったぜ」


「あれくらい、お安い御用ってもんよ」


 手にした大きめの弓を掲げて見せて、アスリィは得意げだ。歳の頃はマークたちよりやや下に見えるが、弓の腕も神官としての練度も、想像以上の逸材だった。


「さて、あの扉の先を拝んでみるとするか」


 4人から少し離れて様子を窺っていたケーベストが言う。目の前の巨大な扉の先には、果たして何があるのか。


「罠みたいなのは...とりあえずなさそう...っと!?」


 扉を調べようと手を触れた瞬間、隙間から赤黒い光が漏れ始めた。その異質な雰囲気を感じ、ケーベストは本能的に飛び退いた。


 ガコン...。


 重い音を響かせ、その扉がゆっくりと開こうとしている。マークたちは無意識に身構えていた。その先にあるのが「お宝」などではないと、その空気が教えてくれていた。


「...っ!」


 レイナが声にならない悲鳴を上げる。

 現れたのは、一対のねじ曲がった角を持つ、巨大な化け物であった。

 まるで人の骸骨のような頭部を持ち、その眼窩がんかには赤黒い光が不気味に輝く。首から下は鍛え抜かれた筋肉を持つ人のそれによく似ていたが、乳白色の肌に、青い筋のようなものが駆け巡っている。ヌラヌラと光るその肌は、生理的にも、本能的にも嫌悪感を抱かせた。

 明らかに「格」の違う存在。それが5人の前にゆっくりと姿を現したのだった。

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