序章 「門出」
カクヨムにて掲載している同名作です。
作者が中高生時代に構想していた物語の1つとなっています。
かつて、竜と魔王による大いなる戦いがあった。
2人の邪悪なる魔王が、世界をその手中に収めるべく、眷属を放った。
4体の竜がそれに対抗し、人間たちと共に戦った。
大地が引き裂かれ、空が割れるほどの大戦。
果たして、魔王は封印され、竜は深い眠りについた。
しかし、竜たちは知っていた。いつか再び、魔王が目覚めることを。
魔を断つ力──「聖剣」。
魔を封じる力──「聖女」。
来たる時のため、竜はその2つの力を残した。
それから、1000年の時が流れた──。
「きゃっ」
朝の柔らかな日差しの中、黄金色の髪がふわりと揺れた。
「っと...大丈夫か?」
黒髪の少年が、道に躓いた少女の手を取る。少女は少しはにかんだ様子で笑顔を作った。
「ありがとう、マーク」
マークと呼ばれた少年は、その笑顔に心を打たれる。昔からよく知っているその表情は、いつも眩しかった。
王国の辺境に位置する、名も無き村。深い森に囲まれ、人の往来こそほとんどないが、豊かな自然と、平穏に溢れている。
今その村から、4人の少年少女が旅立とうとしていた。
冒険者として、未知の世界への期待に胸をふくらませた旅...というわけではない。
「マーくんったら、顔が赤いよ?」
「そ、そんなわけないだろ! 朝日のせいだよ!」
「モタモタしてないで、早く行こうぜ」
ニヤニヤという表現がよく合う笑顔で、ピンクの髪をした少女が茶化す。マークがそれに対し、さらに顔を赤らめて反論。そして赤髪の少年が、やれやれといった風情で促す。
その様子を、真っ赤なローブを着た黄金色の髪の少女──レイナが穏やかな表情で見ていた。
同じ村で育った、4人の幼馴染。
マークとレイナ、そしてピンクの髪のルビアと、赤髪のセイザン。
村の入口に来た彼らは、見送りに来た村人たちに手を振る。
「頑張って来いよ!」
「ルビアちゃん、身体には気をつけてね」
そんな励ましの声が聞こえてきた。
4人は西にある大きな街へと向けて出発した。片道数日、長くとも往復で1週間ほどのごく短い道のり。
それは街にある神殿に、ルビアを送り届けるための旅だ。
彼女は知識の神の信徒で、その神官になる修行のため、神殿に赴くことになった。
本来は彼女の両親が送り出す予定だったが、村の外に出る良い機会と思ったマークたちが、その役目を代わることにしたのだ。
道中、危険はほとんどないが、深い森を抜ける必要があり、ごくごく稀に森の魔獣に出くわす可能性はあった。
マークとセイザンは、同じ師に剣を習っていて、魔獣の相手程度なら朝飯前だ。
レイナも祖母が魔術師であり、彼女自身も魔術の高い才能を持っている。護衛としては十分だった。
「西の街って、どんなところだろうな...楽しみだぜ」
「人が大勢いるんだよね...ちょっとドキドキしてきた」
村を出て、マークは期待に胸を踊らせる。一方のレイナは、期待と不安が入り交じった顔を浮かべた。
「とりあえず無事に着くことを考えようか」
「そうよ、私の護衛、よろしく頼むわね」
気が逸る2人にため息をつくセイザン。そしてルビアは、マークの背中をピシャリと叩いた。
木漏れ日の差す森の中に、4人の明るい声が響き渡っていた。
「マーク、右だ!」
「おうよっ!」
彼らの旅路は、かなりの不運だと言えた。
村を出たその日の夜、野営場所を決めた矢先に、狼のような魔獣の襲撃を受けたのだ。
滅多に遭遇することのない脅威に、しかしマークたちは冷静に対処した。
マークは両手に持つ、大小2本の剣を振り払う。両利きである彼は、二刀流の使い手だ。
セイザンは手にした長剣に、炎の魔力を宿していた。よく見れば、彼の瞳は鮮やかな緑色で、耳はわずかに尖っている。先祖にエルフがいたらしく、その血が先祖返りで発現した証だ。そのため、彼は精霊の力を借りた魔術を使いこなすことができる。
レイナとルビアは共に、前衛2人の戦いを見守っている。しかしそこに恐怖の色はない。2人の実力は誰より知っているから。
「行かせるかよっ!」
マークの剣が閃き、魔獣の一体を仕留める。同時にセイザンもまた、別な一体を炎を纏った剣で倒していた。
「ふぅ...いきなりでビビったぜ」
額に浮かぶ汗を拭い、セイザンは息をついた。マークも剣を収め、女性陣のもとへ駆け寄った。
「レイナ、ルビア、無事か?」
「うん、大丈夫だよ」
「カッコ良かったわよ、マーくん♪」
ルビアがわざとらしくマークの腕に抱きつく。豊かな膨らみが、二の腕を柔らかく包む感触。
「だーっ!離せ離せ!」
慌ててマークは飛び退く。いつものやり取りに、セイザンは苦笑いを浮かべた。
「村からこんなに近い場所に魔獣が出るなんて...」
レイナが、物言わぬ肉塊となった魔獣に哀れみの視線を向けながら呟く。人に害をなす存在とはいえ、同じ世界に生きるものとして、命を奪ってしまったことに心を痛めていた。
あまりに優しすぎる少女。その姿を、マークは穏やかな表情で見つめていた。
それからの道のりは、特に大きな危険もなく順調で、村を出て3日後の昼、マークたちは西の街へとたどり着いた。
「はぁ...これが街か...」
人の多さに目を奪われ、マークは口をぽっかりと開け、間の抜けた声を上げた。
「おい、田舎者丸出しだぞ」
セイザンに言われ、慌てて口元を締める。両親が商人で、たびたび街を訪れていた彼は、慣れた雰囲気で落ち着いていた。
「でも本当、人がたくさん...」
「あたしも一度来たことがあるけど、まだ慣れないわね」
キョロキョロと周囲を見るレイナと、少し落ち着かない様子のルビア。4人の若者の姿は、大勢の人が行き交う通りの中にあって、少し浮いていた。
「ええと、神殿ってのはどこにあるんだ?」
「この先よ」
通り沿いの商店に並ぶ品々に目を奪われながら、4人は知識の神殿の前まで歩く。その足取りは無意識に遅く、神殿が近づくほどに、口数も減っていた。
神官の修行は、短くとも1年。長ければ5年はかかると言われている。小さな頃からずっと一緒だった存在と、もうすぐ別れることになる。その事実が、4人の空気を重いものにしていた。
しかし、時は止まってくれない。気がつけば、神殿はもう目の前にあった。
「...じゃあ、ここでお別れだね」
いつもの調子とは違う。ルビアは寂しそうな表情を浮かべて、他の3人を見た。
「レイナ、元気でね」
「...うん」
レイナの目には涙が浮かんでいた。性格は正反対だが、2人は親友として、村でも特に仲が良かった。
「セイザン、マーくんのこと、よろしくね」
「俺を世話係にするな」
いつもの軽口に、セイザンは苦笑いで返す。しかし、お互い少し無理をしていることは明白だった。
「そして、マーくん」
「な、なんだよ...?」
ルビアはマークの前でわざとらしく上目遣いをすると、耳元にそっと口を近づける。
「毎晩あたしのこと、思い出していいからね♪」
「バッ!おまっ...何言ってんだ!?」
耳まで真っ赤になりながら、マークは数歩後ずさる。一瞬だけでも、ルビアが大人しくしてると思ったのが馬鹿馬鹿しくなった。
「フフッ...じゃあ、行ってくるね!」
ピンクのポニーテールが揺れる。その姿が神殿の中に完全に消えていくまで、3人はずっと見つめていた。
それから数日後、マークたち3人の姿は再び村の入口にあった。
街から戻り、その疲れを癒す間もなく、マークが声を挙げた。
「オレたち、冒険者にならないか?」
初めて村の外の世界を見た彼は、その興奮を抑えきれずにいた。街には屈強そうな戦士や、極彩色のローブを纏った魔術師の姿があった。それらは古代の遺跡を探索したり、郊外に出没する魔獣の駆除を生業とする冒険者だった。
マークの夢は、世界一の剣士になること。いつかは村を出て、見知らぬ世界を旅し、見聞を広め、心身ともに強くなりたい。常々そう思っていた。
そして今が、まさにその時だと思ったのだ。
「遺跡の探索...金銀財宝...夢しかないな!」
金目のものに目がないセイザンは、すぐにその誘いに乗った。
「私も、興味ある...かも」
控えめながら、レイナも未知の世界に対する好奇心が抑えられない様子だった。
「よし、じゃあ行こうぜ!」
こんな時、マークの決断は早い。村に帰ったその翌日には、再度の出発を決めてしまった。
マークとセイザンの両親は、思いのほかあっさりと旅立ちを認めた。前途のある若者を、この辺境の村に留めておくのも良くないと思ったのかもしれない。
レイナの祖母である魔術師のアルテだけが、ギリギリまで反対していた。無理もない、たった1人の肉親である孫娘が、わざわざ危険に飛び込もうとしているのだから。
しかし、こういう時のレイナは意外と頑固だ。とうとう、アルテは彼女の熱意に根負けしてしまった。
1週間ほど前と、よく似た光景。
旅立つ若者たちを、村人が総出で見送ってくれる。1つだけ違うのは、少し騒がしい、ピンクのポニーテールが見えないこと。
「師匠、行ってきます」
マークの視線の先には、長いボサボサの銀髪をした剣の師匠が微笑んでいた。セイザンも、師に向けて手を振った。
「おばあちゃん、心配しないでね」
「...レイナ、これだけは覚えておいで」
祖母アルテに別れを告げるレイナ。アルテは孫娘の手を握り、諭すように語りかける。
「旅の中で、いつかお前は大きな苦難に直面すると思うわ。でも、絶対に諦めてはいけないからね...」
「うん...ありがとう」
そして3人は、生まれ故郷の村から再び旅立つ。
その先に、大いなる運命が待ち受けていることを、この時の彼らは予想できるはずもなかった──。




