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伝説の聖剣(喋る・うるさい・メンヘラ)を拾ってしまった。俺の静かな隠居生活を返せ  作者: 古沢樹


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第1話 聖剣の追放と、残されたモノ

 その聖剣は、おそろしく美しかった。


 伝説に謳われる通り、透き通った蒼い刀身は月光を弾き、黄金の柄には巨大な魔力結晶が埋め込まれている。


 かつて魔王を討ったとされる救世の武器。


 それが今、辺境の森で隠居生活を送る元Sランク冒険者、アリウスの手元にある。



「ねえ、ちょっと。聞いてるの? さっきから黙りこくっちゃって。私の美しさに言葉を失うのはわかるけど、レディを放置するのはマナー違反じゃないかしら? だいたい、千年ぶりに抜かれたと思ったら、こんな小汚い丸太小屋なんて……。ねえ、何か言ってよ。嫌いになったの? 私のこと、もう飽きちゃったの!?」



 アリウスは、淹れたてのコーヒーを啜りながら深い溜息をついた。



 ……拾うべきではなかった。



 この剣――「エクスカリバー・オルタナティブ」には、致命的な欠陥がある。


 それはご覧の通り、意思を持ち、喋り、そして異常なまでに面倒くさい性格をしていることだった。



「無視!? ねえ今、無視したわね! ああ、そうやってみんな私を道具としてしか見ないのよ! 魔王を倒した時だってそう。あの勇者、終わった瞬間に私を台座に突き刺して、隣の国の姫と結婚しに行ったのよ!? 信じられる? 使い捨てよ、ポイ捨てよ! あんたもそうなんでしょ? 私の魔力だけ吸い尽くして、ボロボロになったらまたどっかの洞窟にでも捨てるんでしょ!? うわあああん、もう誰も信じられないー!」



 キィィィィン、と刀身が震え、鼓膜を劈くような高周波の泣き声が室内に響く。


 振動でテーブルの上のカップがカタカタと鳴り、窓ガラスが微かに震えた。


 アリウスは耳を塞ぎながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。



「……静かにしろ。近所迷惑だ」


「近所って言ったって、ここから一番近い民家まで徒歩三日はかかるじゃない! ああ、わかったわ。私をこんな寂しい場所に連れ込んで、誰にも邪魔されずに監禁するつもりね!? そういう趣味なのね!? 変態! でも……まあ、独占欲が強いのは、嫌いじゃないけど……。……ねえ、本当は私のこと、どう思ってるの?」



 わずか十秒で絶望から期待へと感情が反転する。


 この「メンヘラ聖剣」を拾ってから三日。


 アリウスが望んでいた静かな隠居生活――朝に畑を耕し、昼に読書をし、夜に酒を飲むという完璧なルーチン――は完全に崩壊していた。



「……思っていることも何もない。俺はただ、散歩中に錆びた棒切れが埋まっていると思って引き抜いただけだ。なんなら元の場所に戻してきてもいいんだぞ」


「嫌っ! 絶対嫌! 戻されるくらいなら、今ここで魔力を暴走させて自爆してやるわ! 心中よ、心中! ねえ、素敵だと思わない!?」



 刀身が禍々しい赤紫色の光を放ち始める。


 アリウスは限界を感じていた。


 伝説の聖剣が自爆すれば、この家どころか森ごと消し飛んでしまうかもしれない。


 精神が先に尽きるか、物理的に肉体が消滅するか。


 どちらにせよ、このままでは安らぎなど一生訪れないだろう。



「わかった、わかったから落ち着け。お前は最高だ。世界一の剣だよ」


「……本当に? 口先だけじゃない? 証明して。ねえ、証明してよ」



 アリウスは天井を仰ぎ、決意を固めた。


 彼は机に向かうと、かつての伝手を使って一通の手紙を書いた。


 宛先は、王都の国立博物館だった。



『伝説の聖剣を保護した。歴史的価値を鑑み、厳重な封印処置を施した上で、永久保存することを推奨する』




 ◇ ◇ ◇




 一週間後。


 アリウスの家に王宮からの使者が押しかけた。


 彼らは仰々しくひざまずき、伝説の再来を祝した。



「おお、これぞ失われし聖剣……! アリウス殿、よくぞ守り抜いてくださった!」


「……いや、もう疲れたんだ。持っていってくれ。できれば防音性の高い箱に入れてな」



 アリウスは特殊な縄で縛った聖剣オルタを使者に押し付けた。


 オルタは、かつてないほどの赤い輝きを放ちながら絶叫している。



「嘘でしょ!? 売ったわね! 私を国に売ったのね!? この裏切り者! 私、王宮に行ったら毎日呪いの波動を撒き散らしてやるんだから! あんたの家の方向だけ重点的に呪ってやるんだからね! ちょっと、離しなさいよ、このバカ兵士! 私の体(柄)に気安く触るなーーーーっ!!」



 遠ざかっていく馬車の音と、微かに残る絶叫を聞きながら、アリウスはようやく静かになった室内でエール酒をグラスに注いだ。



「ふぅ……」



 これでいい。


 これでようやく、理想の余生が戻ってくる。


 そう安堵して一口、エールを飲み干した時だった。



「ん……?」



 ふと、違和感を覚える。


 聖剣を立て掛けていた暖炉の脇。


 そこに、見たこともない白い短剣が落ちていたのだ。



 いつの間に。


 嫌な予感がしながらも、アリウスはそれを拾い上げた。



「――やっと触ってくれた」


「!?」



 静寂を裂いて、鈴を転がすような、しかしひどく幼い少女の声が響いた。


 驚愕したアリウスが慌てて手を離そうとするが、柄が指先に吸い付いたように離れない。



「ひゃんっ! もう、いきなりそんなとこ触るなんて、お兄ちゃんってばエッチなんだ~? クスクス」



 白い短剣は、アリウスの体温を啜るように、微かな熱を帯び始めていた。



「な、なんだお前は……?」


「ふふふっ、私は聖剣オルタの『姉妹剣』リトル・リリィ。お姉ちゃんがうるさすぎて、離れて隠れていたのよ」



 リリィの刀身は雪のように白く、柄には精緻な百合の彫刻が施されていた。


 それは武器というよりも、高貴な令嬢が護身用に忍ばせる美術品のような愛らしさを湛えている。


 だが、その鋭利な刃には、どこか底知れぬ「深淵」の気配を纏わせていた。



「お姉ちゃん、いろんな意味で重いでしょ? 私なら大人しいしちょうどいいサイズだよ?」



 短剣の刀身が、じわじわとピンク色の不穏な光を放ち始める。


 そして溢れ出したのは、オルタの清冽な蒼とは対照的な、どこか妖しく、粘りつくような紫の魔力だった。



「……ねえ、お兄ちゃん。邪魔者もいなくなったし、これからはずーーっと私と一緒にいてくれるよね……?」


「な……」



 聖剣が去り、静寂が訪れるはずだったこの家に現れた新たな異変。


 そして、この日を境にアリウスの隠居生活は、もはや後戻りできないカオスへと突き進んでいくのだった――

最後までお読みいただきありがとうございました!


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次回の更新は本日中の予定です。

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