「子にはあるのよ 親四つ」
掲載日:2026/03/08
俺が生まれた白川郷には、昔から妙な子守唄がある。
祖母が小さい子をあやす時、よく口ずさんでいた。
「子にはあるのよ 親四つ」
子どもには父親と母親、
そして親指が二つある、という意味らしい。
子どもの頃、俺がその歌を真似して歌うと、
祖母はいつも決まってこう言った。
「その歌は、あんまり歌うもんじゃない」
理由は教えてくれなかった。
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俺の両親は、俺が生まれる前に離婚している。
父親の話は家ではほとんど出なかった。
写真も一枚も残っていない。
ただ、俺が赤ん坊だった頃に
一度だけ事件があったらしい。
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ある日、母が買い物に出て
家には赤ん坊の俺だけが残っていた。
帰宅した母は、
玄関の鍵が開いているのに気づいた。
嫌な予感がして
急いで家の中に入ったという。
すると奥の部屋から
赤ん坊の泣き声が聞こえた。
母は慌ててベビーベッドに駆け寄った。
そして悲鳴を上げた。
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俺の手が血だらけだった。
ベッドの横の床には
小さな親指が落ちていた。
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机の上には
紙が一枚だけ置かれていた。
そこにはこう書かれていた。
「子にはあるのよ 親四つ」
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祖母はこの話を俺にしたあと、
俺の左手をしばらく見つめていた。
そして小さく言った。
「……四つで、ええんや」
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だから俺の左手には
指が四本しかない。




