第8話「少女」
藤原夫妻との面会は、翌日の午後に設定された。
柊は会議室で二人を待った。
藤原誠一、四十二歳。藤原香織、三十九歳。美月の両親だ。
二人が入室すると、柊は立ち上がって挨拶した。
「お待たせしました。水無瀬です」
「よろしくお願いします」
誠一が頭を下げた。香織は無言で、顔色が悪かった。
三人は席についた。
「成仏プロトコルについてのご相談と伺いました」
「はい」
誠一が答えた。香織は俯いたままだ。
「美月は——娘は、二年前に亡くなりました。八歳でした」
「存じています。交通事故でしたね」
「はい。突然のことで……残響を作ることに、迷いはありませんでした。娘と、もう一度話したかった」
誠一の声が震えた。
「最初の一年は——幸せでした。娘と話せる。笑顔を見られる。それだけで、救われた気がしました」
「でも——」
香織が初めて口を開いた。
「美月は——成長しないの」
柊は黙って聞いていた。
「二年経っても、八歳のまま。私たちは歳を取るのに、美月だけ——ずっと、あの日のまま」
香織の目から、涙が溢れた。
「最初は、それでもいいと思ってた。でも——」
「美月自身が——辛そうなんです」
誠一が続けた。
「最近、娘が言うようになりました。『私、大人になれないの?』って」
柊の胸が痛んだ。
「残響は——成長しないものなんですよね?」
「はい。技術的に、それは難しい」
柊は正直に答えた。
「残響は、死亡時の意識をベースにしています。その後の『成長』をシミュレートすることは——現在の技術では不可能です」
「そうですか……」
誠一は肩を落とした。
「私たちは——娘を苦しめているのかもしれません」
「苦しめている?」
「美月は、私たちと会うたびに——何かを感じ取っているようなんです。私たちが、悲しんでいること。前に進めていないこと」
誠一は柊を見た。
「成仏プロトコルを——検討しています。娘を、解放してあげた方がいいのではないかと」
長い沈黙が流れた。
柊は考えていた。
残響は、誰のために存在するのか。
遺族のためか。故人のためか。
「一度、美月さんと話をさせてください」
柊は言った。
「管理者として、残響の状態を確認したい。その上で、アドバイスができるかもしれません」
藤原夫妻は顔を見合わせた。
「お願いします」と香織が言った。「私たちだけでは——決められないんです」
◇
その日の夕方、柊は美月の残響と面会した。
VR空間には、広い草原が広がっていた。美月の専用空間だ。青い空、白い雲、風に揺れる草花。子どもらしい、明るい世界。
だが——
「こんにちは」
少女が柊の前に現れた。
八歳。小さな体。長い黒髪。大きな目。
だが、その目には——影があった。
「僕は水無瀬。ここの管理者だ」
「知ってる。お兄さん、いつもここにいるもんね」
美月は微笑んだ。だが、その笑顔は——どこか作り物めいていた。
「少し、話をしていいかな」
「いいよ」
二人は草原に座った。風が吹き、美月の髪が揺れる。
「美月ちゃんは、ここでの生活、どう?」
「楽しいよ。お友達もいるし」
「お友達?」
「他の残響の人たち。おじいちゃんとか、おばあちゃんとか。みんな優しい」
美月は草を摘みながら答えた。
「でも——」
「でも?」
「みんな、大人なの。私だけ、子どものまま」
美月は柊を見上げた。
「お兄さん、私——大人になれないの?」
柊は答えに詰まった。
「残響は——成長しないんだ。技術的な問題で」
「そうなんだ」
美月は俯いた。
「じゃあ、私——ずっとこのまま?」
「……そうなる」
「パパとママは——私がこのままでも、会いに来てくれる?」
柊は美月を見つめた。
八歳の少女。だが、その目には——大人のような深さがあった。
「美月ちゃんは——パパとママに会いたい?」
「会いたい。でも——」
美月の声が小さくなった。
「パパとママ、私と会うと——悲しそうなの」
「悲しそう?」
「笑ってくれるけど、目が——悲しい。私がいると、パパとママは——前に進めないのかなって」
柊の胸が締め付けられた。
八歳の少女が——そんなことを考えている。
「美月ちゃん」
「なあに?」
「美月ちゃんは——ここにいたい?」
長い沈黙が流れた。
風が吹いた。草花が揺れた。
「わからない」
美月が答えた。
「ここにいれば、パパとママに会える。でも——私がいると、パパとママは——」
美月の目から、涙が溢れた。
「ごめんね、お兄さん。私——わからないの」
柊は——何も言えなかった。
ただ、少女の隣に座り、風が吹くのを感じていた。
◇
面会を終え、柊は管理棟に戻った。
窓の外は、既に暗くなっていた。
考えていた。美月のことを。藤原夫妻のことを。
そして——自分自身のことを。
柊も、母の残響に会い続けている。五年間、毎日。
それは——母のためなのか。柊のためなのか。
母の残響は、柊に会うと——幸せそうに見える。だが、本当に幸せなのだろうか。
柊がいなければ——母の残響は、どうなるのだろう。
考えれば考えるほど、わからなくなった。
携帯が鳴った。玲からのメッセージだ。
『分析、予定より早く終わった。明日、結果を見せる』
柊は画面を見つめた。
明日——父の死の真実がわかるかもしれない。
母が隠していた秘密が——明らかになるかもしれない。
柊は——それを知る準備ができているのだろうか。
答えは——わからなかった。




