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残響の庭  作者: とま


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第4話「面会」

 翌日、玲は約束通り桜の園に戻ってきた。


 今日は一人だった。昨日の男性二人は、別の残響庭園を視察しているという。


「調査を進めたいの。協力してくれる?」


「ああ。何をすればいい」


「まず、残響たちに直接話を聞きたい」


 柊は少し驚いた。


「面会するのか?」


「ええ。Cブロックの残響——昨日活性化が記録された人たちに」


 柊は考えた。残響管理局の職員が残響と面会することは、規定上は問題ない。だが、残響たちにとっては、見知らぬ人との対話はストレスになることもある。


「許可は取ってある」


 玲が言った。柊の懸念を察したのだろう。


「本部から正式な調査依頼が出てる。残響たちの協力も、事前に確認済み」


「わかった。なら、案内する」


 柊は立ち上がった。


          ◇


 対話ブースに向かう途中、玲が尋ねた。


「柊、なんでこの仕事を選んだの?」


「何でって——」


 柊は言いよどんだ。本当の理由は、母の残響に会うため。だが、それを玲に話すべきか迷った。


「お母さんの残響が、ここにあるんでしょ」


 玲はあっさりと言った。


「……知ってたのか」


「調べた。事前に、ね」


 玲は前を向いたまま歩き続けた。


「私も、似たような経験がある」


「どういう意味だ」


「祖母の残響を、成仏させたことがある」


 柊は足を止めた。玲も立ち止まり、振り返った。


「十年前。私が十八歳の時。祖母が亡くなって、残響が作られた。でも——」


 玲の声が、少し低くなった。


「祖母の残響は、祖母じゃなかった。似てはいたけど、違う人だった」


「どう違った?」


「言葉の選び方。考え方。些細なことだけど、私にはわかった」


 玲は歩き出した。柊も後を追う。


「二年間、面会を続けた。でも、違和感は消えなかった。結局、私は——祖母の残響に、成仏を提案した」


「残響は、何と言った?」


「『そうね、そろそろ潮時かもしれない』って」


 玲は微笑んだ。だが、その笑顔には悲しみが混じっていた。


「成仏プロトコルを実行した時、私は泣いた。でも、同時に——安堵した」


「安堵?」


「祖母は、既にいなかったの。残響は、祖母の影。影を追い続けても、本物には追いつけない」


 玲は柊を見た。


「だから私は、残響工学の研究者になった。残響とは何か、知りたかったから」


 沈黙が流れた。


 柊は考えていた。玲の言葉を。そして、自分自身のことを。


 母の残響は——母なのか。


 五年間、その問いから目を背けてきた。だが、玲は正面から向き合った。そして、答えを出した。


「答えは出たのか」と柊は尋ねた。


「まだ」と玲は答えた。「でも、一つだけわかったことがある」


「何だ」


「残響は、故人の『コピー』じゃない。故人が残した『贈り物』」


 玲は立ち止まった。対話ブースの前だ。


「贈り物は、受け取ったら——いつか、手放すものでしょ?」


 柊は答えられなかった。


          ◇


 最初に面会したのは、松田康介の残響だった。


 六十七歳で亡くなり、残響として三十年以上存在している「長老」。桜の園で最も古い残響の一人だ。


 VR空間内で、松田は縁側に座っていた。彼専用の空間——昭和時代の日本家屋が再現されている。


「ほう、珍しいお客さんだ」


 松田が玲を見て言った。


「朝霧玲と申します。残響管理局の研究者です」


「管理局か。何か問題でも?」


「いえ。お話を伺いたくて」


 玲は松田の隣に座った。柊は少し離れた場所で、二人のやり取りを見守った。


「松田さんは、残響として三十年以上過ごされてますね」


「ああ。長いこと、ここにいる」


「その間に、変わったことはありましたか? 自分自身について、何か気づいたこととか」


 松田は少し考え込んだ。


「変わったこと、か。たくさんあるな」


「例えば?」


「最初の頃は、自分が死んだことを受け入れられなかった。何かの間違いだと思った」


 松田は庭を見つめた。VR空間内の庭にも、桜が咲いている。


「でも、時間が経つと、わかってくる。俺は、かつての松田康介の『残響』なんだってな」


「それは——辛いことでしたか?」


「最初はな。でも、今は違う」


 松田は微笑んだ。


「俺は俺だ。かつての松田康介とは違うかもしれん。でも、俺は確かにここにいる。それでいいじゃないか」


 玲は頷いた。


「最近、変わった夢を見ませんでしたか?」


 松田の表情が変わった。


「夢——ああ、見た」


「どんな夢でしたか」


「よく覚えてない。でも——誰かが呼んでいた。『ここにいない』と言っていた」


 玲と柊は、視線を交わした。


「その声が、誰のものかわかりましたか?」


「いや。でも——懐かしい感じがした。ずっと昔に聞いた声のような」


 松田は首を傾げた。


「不思議な夢だった。目が覚めた後も、しばらく余韻が残ってた」


「その夢を見たのは、いつ頃ですか」


「一昨日の夜だ。深夜だったと思う」


 Cブロックの残響が一斉に活性化した時間と一致する。


 玲は更に質問を続けた。柊は黙って聞いていたが、心の中では考えていた。


 松田は言った。「俺は俺だ」と。


 だが、母の残響は——「私はここにいない」と言った。


 その違いは、何を意味するのだろう。


          ◇


 面会は、夕方まで続いた。


 五人の残響と話を聞いた。全員が、似たような夢を見ていた。「誰かが呼んでいる」「ここにいない」という言葉。


 最後の残響との面会を終え、玲と柊は会議室に戻った。


「共通点がある」


 玲がメモを見ながら言った。


「『懐かしい声』『ずっと昔に聞いた声』。複数の残響が同じ表現を使ってる」


「それが何を意味する?」


「まだわからない。でも——」


 玲は考え込んだ。


「残響たちが共有してる記憶がある。それが、夢として表出してるのかもしれない」


「共有してる記憶? 残響は個別のデータのはずだ」


「そう。だから不思議なの」


 玲は立ち上がり、窓の外を見た。


「残響は、死者の意識をコピーしたもの。でも、コピーは完全じゃない。必ず『欠損』がある」


「欠損?」


「コピーできなかった部分。あるいは、意図的に消去された部分」


 柊の心臓が跳ねた。


「意図的に消去?」


「ええ。残響を作成する時、本人が特定の記憶を削除できる。プライバシー保護のため」


 柊は知らなかった。いや、規定としては知っていた。だが、実際にそれを使う人がいるとは——


「母さんの残響にも、欠損があるかもしれない」


 気づいたら、柊はそう口にしていた。


 玲が振り返った。


「心当たりがある?」


「いや——」


 柊は首を振った。だが、玲は鋭い目で柊を見つめていた。


「柊。何か隠してない?」


 柊は答えられなかった。


 二ヶ月前の記録。母の残響が発した言葉。「私はここにいない」。


 それを、玲に話すべきなのか。


 柊は——まだ、決められなかった。


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