19.ほんの少しだけ
今回はとても長いのでご容赦ください。
目を覚ました時、最初に目に入ったのは豪華な天井だった。
組合の宿とは比べ物にならない寝心地のベッド。どうやらどこかの屋敷にいるらしい。
屋敷の奥特有の、しんとした静けさが部屋を満たしていた。
(あれからたしか……)
断片的な記憶を繋ぎ止めながら思い出す。
エナと戦った、全身を裂くような痛みだけははっきりと残っていた。
(エナが倒れて……それから……)
そこまで思い返して、はっとする。
(……あいつはどこだ?!)
心臓が急激に高まる。
「エナっ!!!」
いつも隣にいた存在がいないことに、胸がざわつく。
だが――
「おはようございます」
「うわぁぁぁ!!!」
突然の声に飛び上がり、そのままベッドから転げ落ちた。
声のする方を向くと――
見慣れた薄紫色の髪が視界に入る。
エルナビスが、ベッドの隣の椅子に腰掛けていた。
「はぁぁぁ……」
張り詰めていたものが一気にほどけ、全身から力が抜ける。
安堵と同時に、この状況に妙な既視感を覚えた。
「なんか、前にも似たことがあった気がするな」
「フフフッ。そうかもしれませんね」
久しぶりに見る彼女の微笑みに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「それよりも、無理をしてはいけませんよ」
「……無茶って」
「それは……こっちの……」
立ち上がろうとした瞬間、ガクッと腕から力が抜けた。
そこで違和感に気づく。
体にうまく力が入らない。
(……あれ?)
「だから言ったではありませんか」
エナが駆け寄り、肩を貸してくれる。
彼女に支えられて、ようやくベッドに腰掛けた。
「すまん、なんか全然立てなくてな」
「あれほどの無茶をしたのですから当然です」
きっぱりと言われてしまう。
どうやら本気で心配してくれているらしい。
ふと、戦闘中の彼女の姿が頭に浮かび、どうしても聞きたくなった。
「なぁ……あの後気を失ってたが……」
「本当に大丈夫なのか?」
「魔力切れと、接続時の処理で限界を迎えただけです」
「痛覚の処理は、まだ慣れませんね」
「あ、ああ……そうか」
魔力切れでの失神は経験がある。だから納得はできる。
だが――
(さっき……痛覚って言ったよな?)
その一言がどうしても引っかかる。
アリの酸を浴びた時、確か彼女は「痛みは感じない」と言っていた。
「おい、まさかと思うが……」
「強制接続って、感覚も繋がるのか?」
「…………」
エナは気まずそうに視線を逸らした。
それを見て、背筋に冷たいものが走った。
どうやら図星らしい。
「なんで最初に言わなかったんだ!」
思わず声が荒くなる。
説明されなかったことより、自分を顧みない姿勢が引っかかった。
だが――
「言ったところで、どうにかなるものではありませんし……」
「アルに、これ以上の負担をかけたくありませんでしたから」
返ってきた言葉は、予想外だった。
「……………………」
あんな状況でも、ずっと俺の心配をしていたのか。
知り合って間もないのに、そこまでしてくれるのは嬉しい。
だが同時に、胸の奥が静かに締めつけられた。
(俺は……まだ守られる側なんだな……)
彼女は強い。
上位精霊で、人を守ることを使命にしている。
(でも……このままじゃダメだ)
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」
深く息を吐き、気持ちを整える。
「エナ、守ってくれるのは嬉しい」
「でも、それじゃ対等じゃないだろ?」
エナの瞳がわずかに揺れる。
それでも俺は、彼女の目をまっすぐ見つめて続けた。
「エナはもう色々背負ってる」
「だから……少しだけでいい。俺にも背負わせてくれ」
契約の時に彼女は対等だと言った。
だからこそ、この言葉が効くと知っている。
しばらくの沈黙の後彼女は――
「……努力してみます」
悩んだ結果、そう答えてくれた。
「今はそれでいいよ」
思わず笑うと、エナも小さく笑った。
コンコン
突如、静寂を破るように扉がノックされる。
「ここは大丈夫ですよね?」
さっきの会話を意識しているのか、確認してくる。
「ああ、頼む」
「はい、どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、燕尾服を着た背の高い青年だった。
「執事のカトラスと申します」
部屋の空気がわずかに引き締まる。
「お目覚めのようで何よりです」
「アル様、エルナビス様」
「あの、どういったご要件で?」
俺の問いかけの返答は、予想外の内容だった。
「ご領主様がお会いしたいと申しております」
「ご一緒いただけますでしょうか」
「はい?」
どうやらここは領主の屋敷だったらしい。
「エナ!こういうのは最初に言えよ!」
「なっ!」
先程までの緊張を忘れ、相棒に感情をぶつける。
「疑問すら投げかけなかったのは、アルの方だったではないですか!」
「それは……お前が心配で……」
「お二人はとても仲がよろしいのですね」
「「あっ…………」」
人前であることも忘れて言い合ってしまった。
恥ずかしさで顔の熱が一気にあがる。
エナも同様なようで、耳を真っ赤にしていた。
だが、今はそれどころではない。
領主の呼び出しなど、どう考えでも面倒事の匂いしかしないのだ。
(……クソ、どうする)
逃げようにも体が動かない。
それでも考えることは止めれなかった。
ふと視線に気づきエナの方を見ると――
「…………」
なぜかこちらをじっと見下ろしていた。
「な、なんだよ!」
「アルは今動けませんよね?」
何かを考えているようだが、何かがわからない。
「…………そうだが」
「ですよね……」
こちらからも嫌な予感しかしない。
すると、わずかに口元を緩めてこちらに手を伸ばしてきた。
「では、私が運びますね」
「おい、待て待て!」
動かせる範囲で、できる限りの抵抗をする。
抱えられるのは初めてではないが、今までは一目がないところだった。
他人の前でなどまっぴらだ。
「いいえ、待ちません」
「領主様を待たせるのは失礼ですよ」
さきほどの仕返しのつもりなのは明白だったが、抵抗もろくにできない。
どのみち純粋な身体能力の勝負になった時点で負けは決まっていた。
(あ、もう無理だ……)
無駄だと察した俺は――――
再び運命に委ねるとこにした。
「…………後で覚えてろよ」
「はい、覚えておきます」
彼女の微笑みに腹立たしさを感じつつも、最後の抵抗で悪態をつく。
「……………………では、こちらへ」
執事の視線が痛いがもう諦めるしかない。
こうして俺は――
女の子に抱えられた状態で、領主との初対面を迎えることになった。
静と動の緩急が大事なのはわかってるのですが、静のイベントを書くのが苦手です。
バトルシーンはまた来ますので、気長にお待ち下さい。




