16.決意はいつも突然に
思ったより長くなってしまいました。
どうかお付き合いくださいませ。
兵士たちが一斉に槍や剣をこちらへ向けた。
切っ先が揃うその光景に迷いはない。
彼らの目に宿っているのは、敵意ではなく――純粋な恐怖だった。
「さて……どうしましょうか」
エナが小さく呟く。
その声とは裏腹に、彼女の身体では変化が起きていた。
焼け落ちていたはずの背中、溶けていた腕。
裂けた衣服すら、淡い光とともにみるみる修復されていく。
ほんの数秒―――
気づけば、彼女は何事もなかったかのように立っていた。
「……なんだ、あいつ」
「化け物だ……」
ざわめきが広がり、兵士たちが武器に魔力を込め始める。
空気が張りつめ、一触即発の気配が濃くなる。
(まずいな……なんとかしないと)
その時だった―――
「―――何の騒ぎだ!!!」
腹の底に響く怒号が、場を裂いた。
兵士たちの列が割れ、その奥から一人の老兵が姿を現す。
「だ、団長!」
「いったい何事だ」
周囲の反応と呼び方から見て、間違いなく上官だろう。
「へ、変な女が空から降ってきて、虫を斬り捨てまして……」
「それだけじゃありません!」
「剣が光ったと思ったら、あそこにいる男に変わったんです!」
兵士たちが代わる代わる男に報告をしている。
「なんだそれは……」
俺は思わずエナを見る。
「なんだか複雑な気分ですね」
「事実だからな」
団長は報告を聞き終えると、俺とエナを交互に見た。
そして――エナの顔を見た瞬間、何かに気づいたように目を細める。
次の瞬間、彼は迷いなくこちらへ歩いてきた。
「エナ、俺の後ろに」
消耗している相棒を、これ以上前に出すわけにはいかない。
腰の剣に手を添え一歩前に出る。
それに呼応するように、背後の兵士たちが再び身構えた。
――だが。
男はエナの前で足を止めると、
突然膝をつき、深く頭を下げた。
「助太刀、感謝いたします」
「上位精霊様」
空気が凍りつく。
彼は、エナの正体に気づいたのだ。
「あんたは、怖がらないんだな」
殺気がない。
それが分かり、俺もゆっくりと警戒を解いた。
「貴様らも、武器を下ろせ」
「ですが……」
「いいから下ろせ!不敬だぞ!」
団長の一声で、兵士たちが戸惑いながらも武器を下げていく。
それを見て男は立ち上がり、また深々と頭を下げた。
「部下が失礼をしました」
そう謝罪をし顔を上げた男は、クセル支部長に負けず劣らずの強面だった。
「私の名前はビンセント、この都市の兵団長をしています」
「よろしければ、お二人の名前をお伺いしても?」
「私は剣の上位精霊、エルナビス」
「こちらは契約者の――」
「アルだ。旅人をしている」
「アル様にエルナビス様ですね」
「改めて、救援に感謝します」
見た目以上に丁寧な物腰になんだか気が抜ける。
「……いったい、何が起きている?」
「きちんと説明します。場所を移しましょう」
「残ったものは復旧作業に移れ!」
そう言って案内されたのは、関所近くの駐屯所の一室だった。
ちなみに、城壁越えの件は不問になったらしい。
(それは本当にありがたい)
「では……何から話しましょうか」
「まずは、この都市の現状を」
真っ先に魔王の居場所を聞くかと思いきや、予想外の内容だった。
「気になることでも?」
珍しく人間側の事情に踏み込むエナに、思わず問いかける。
「魔王の発生は数ヶ月前です」
「発見地点を考慮しても、鉱山を住処にしてからの侵攻速度が異常です」
「何か……予想外の要因があったとしか思えません」
団長は重く息を吐き、語り始めた。
「アレが現れてから、街は存続の危機にあります」
「始まりは、鉱山で巨大なアリが出たという報告でした」
「先遣隊は全滅」
「しばらくして数が減ったと思えば……今度は森で遭遇戦が頻発するようになった」
「統制が取れすぎています」
「通常の虫型魔物とは、明らかに別物です」
エナが静かに頷く。
「数は増え続け、今では城壁の目前で食い止めるのがやっとです」
「蟻王の侵攻が早いのに心当たりは?」
「先遣隊に中位精霊の契約者がいましたので……」
「燃料の追加をしてたわけか」
俺の一言に団長は顔を伏せた。
「……魔王クレイヴァスは、ここより北の鉱山跡を根城にしています」
「文献を参考にする限り、すでに500匹の規模かと思われます」
それを聞いた俺はさらに疑問を投げかける。
「……なんで、チマチマ襲ってる?」
「魔王は本能的に無駄を嫌います」
「こちらの戦力が尽きるのを待っているのでしょう」
「侵攻の規模から考えると……」
「一ヶ月もすれば、この都市は――アリの巣になります」
残酷な現実に一同が沈黙する。
「時間がありませんので、明日発ちます」
エナの言葉は短く、揺るがなかった。
「おい、想定の5倍だぞ」
「いくらなんでも無茶だ」
百匹でも多いと思っていた。
それが、五百――無謀という言葉すら、生ぬるい。
「無茶をする覚悟は、クセルで済ませたのではないですか?」
「それは……」
痛い所を突かれ、言葉に詰まる
―――そう、無茶は始めからなのだ。
俺はあの日から、魔王討伐戦の当事者になっていた。
その事実を改めて突きつけられ、俺は黙り込むしかなかった。
緩急って難しいですね。
次回から戦闘多めの予定です。




