アンノウン・プロトコル
古い年賀状の住所を頭に入れ、早い季節の木枯らしの中、自転車を漕ぎ、昔通っていた通学路を滑走していた。都会のサバイバルレースに、弾かれ、故郷に帰って来た。雨が降ってきた。しまい忘れた風鈴が風で奏でている軒先に雨宿りした。雨垂れを見ながら、雨に祟られた修学旅行を思い出した。交通事故による怪我で、参加出来なかった彼女に、現地で舞踏会を模した、オルゴールを購入した。小さな男女の人形がクルクル回っていてとても彼女が歓びそうなものだった。彼女の喜ぶ顔を想像しながら渡した。最初は驚いていたが、やがて笑顔になり、怪我をおしながら、彼女はお礼にと、バターとはちみつの利いたホットケーキを焼いてくれた。旅行でのお土産話に立つ時間も忘れ、語っていた事を思い出した。いつの間にか雨は止み、雨宿りの屋根にぶら下がっていた風鈴は紐が切れて地面に落ちていた。草で生い茂っている中に落ちた、その姿を確認する事は出来ない。停めている自転車を再び漕ぎだした。確かこの道で合っているはずだ。草が、背丈を越えそうな雑木が道端から生えていて、アスファルトやコンクリートの割れ目からそれらは生命力豊かに生い茂っていた。やがて自転車のタイヤはパンクして、リムだけになった。それでも自転車を漕いで頭に入れている住所に向かい、ひたすら滑走した。遠くで、近くで元建物だった、家屋や、ビルは音を立てて崩れた。今あるほとんどは、その形を崩し、崩れ、または自然発火などにより、その原型をとどめている物は無かった。もう、道と呼べるものは無くなり、ただ草木、雑木になっていた。それでも彼は進んだ。思い出を入力したのはこの年賀状の差出人。数百年前地球は、世界は、人類は、パンデミックで死に絶えた。その直前に人類はスパコンに、人々の人生で一番残して置きたい思い出を、それぞれ千文字内で記録に残すことにした。ありとあらゆる事象を刻むことにした。その時生き残った最後の人類が、その昔、古代人が石碑や石板に施したように。今走っている彼は、AIはその記憶を辿っているだけだった。理由は分からないが、ラボに有ったAIが偶然見つけた合い言葉でクラウドにアクセスしたからだろう。座標計算でその場所がその住所の場所だと分かると、次の思い出をデータベースから読み込み、頭の中にロードし走りだした。此処に存在していたという、未来に向けたギフトであった。




