転生先が農村でしたが、何だかんだで幸せです
「……おめでとうございます。あなたは選ばれました」
白い空間にぽつんと立つ俺の前に、白装束の男が現れた。いわゆる“神様”だろう。目が覚めたら交通事故で死んでて、気がついたらここだ。よくあるやつだ。異世界転生ってやつ。
「チート能力は要りますか?」
やっぱり来た。チートだ。
「要ります! お願いします! でも……戦ったりするのはちょっと……」
俺は根っからのインドア派だ。戦闘? 魔王? 勘弁してほしい。
「わかりました。では……“植物との対話”のスキルを授けましょう」
え、地味すぎません?
転生先は、とある王国の片隅にある小さな農村“フィロス”。俺はそこで、リュートという名前の青年として生ま れ変わった。前世の記憶はしっかりある。だけど魔法は使えないし、剣も振れない。ただ一つ、“植物の声が聞 こえる”だけ。
俺は村の畑で働くことにした。スコップを片手に、黙々と土を耕す日々。
『おい兄ちゃん、もうちょっと深く耕してくれよ。根っこが広がらねぇだろ』
「うわ、ほんとに喋った……」
トマトだった。ちょっとだけ関西弁だった。
『こっちは水が多すぎるってば! 根腐れしちゃうよ〜』
これはレタスやたらと繊細だ。
こうして俺は、作物たちの声を聞きながら、最適な環境を整えてやることで、村一番の野菜を育てるようになっていった。
「リュートさんの畑、また美味しい野菜が取れましたね!」
そう声をかけてくれるのは、村の少女・ミーナ。素朴で優しくて、よく食べる。
俺の作ったトマトを頬張って幸せそうに笑う彼女の顔を見ると、なんだか心がほっこりする。
「リュートさんのトマト、甘くて大好きです!」
『やっぱ俺、イケてるよな!』
「調子乗るな、トマト……」
俺の人生、こんなに平和でいいのだろうか。……いや、いいのだ。むしろ最高だ。
だが、そんな平和な日々はある日、終わりを告げた。
王都からのお触れが村に届いたのだ。
「この村の農産物が異常に高品質であると報告がありました。よって、王都への貢納品として毎月三倍の収穫物を納めるように――」
「そ、そんな無茶な……!」
村人たちは戸惑い、絶望した。三倍の量なんて、無理に決まってる。土地も人手も限られているのに。
「俺が、なんとかします」
その言葉が自然と口から出た。
「リュートさん……?」
「俺には、植物の声が聞こえる。だから、もっと効率よく育てられるはずだ。新しい農法を試してみるよ」
俺は連作障害を避けるために作物の配置を変えたり、間作(同時に違う作物を育てる方法)を導入したり、堆肥の質を向上させたり、あらゆる工夫を重ねた。
植物たちとの会話は、相変わらずカオスだった。
『なんか最近、土の味が良くなってきた気がする!』
『根っこが快適〜〜!』
『おい、あっちのナスとこっちのピーマン、相性悪いから離してくれ!』
土と作物の状態を“声”で聞けることが、こんなにも有利だとは思わなかった。普通の人間にはわからない、わずかな不調さえも、彼らは自分から教えてくれる。
数ヶ月後。奇跡が起きた。
「うそ……本当に収穫量が三倍になった……」
「しかも、全部うまい!」
村人たちは歓声を上げた。王都からの使者も目を丸くしていた。
「これは素晴らしい! ぜひこの技術を他の村にも――!」
「それは、ダメです」
俺はきっぱり言った。
「このやり方は、“植物と会話できる”俺にしかできません。方法だけを真似しても、意味はありません」
「……そうですか。しかし、その力、王に仕えれば――」
「俺はこの村が好きです。ここで野菜を育てて、食べてもらって、笑ってくれる。それだけで十分なんです」
季節は巡り、畑にはまた新しい芽が出た。
ミーナが笑ってトマトを摘んでいる。
『おい、またミーナちゃんかよ。照れるぜ』
「はいはい。もっと甘くしてやるからな」
俺の人生は、戦いも冒険もない。派手な魔法も、ドラゴンもいない。だけど――
「……幸せって、こういうのを言うんだろうな」
この世界に転生してきて、本当によかったと心から思う。
おしまい