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金の命士編

◆見つめる夜空

その日の夜間の避難所警戒は、守常の番だった。守常は1人夜空を見上げ、1つため息をついた。

「君よ。」


◆破壊衝動の目覚め

そんな守常の呟きが夜の空気に消えた直後、避難所から飛び出して来る人物がいた。反射的に守常はその人物を捕らえる。

「離せよ!」

「不破暁か。やっと目が覚めたか。」

「俺は、どんくらい寝ていたんだ?」

「6日だ。」

「6日も?」

「そうだ。」

「6日もあったらどんくらいの破壊が出来ただろう。こうしてる場合じゃねぇ!」

「この期に及んで破壊をするつもりか!」

「ふざけた世間を、消すんだよ!!」

「お前は、何を考えてるんだ!」

鬼の形相で守常は暁に問い質した。すると、暁はそれに対して過去を思い出し、こう怒鳴った。

「あいつらとお前は同じだな!!」

「『あいつら』とは、誰の事だ!!」

守常も負けずに再び問い質すと、暁は世間への恨み辛みを爆発させる。そして、最後にこう締め括る。

「お前のその態度!俺を捕まえた警察の奴らと同じ匂いだ!胸くそ悪いぜ!!」

暁の言った「警察」という単語に、以前亜香里が言っていた事を思い出す守常。

「天子が言っていた組織か。」

そう呟くと、守常は思いを巡らせ暁に先程までの強い口調から一転、落ち着いて声をかけはじめた。

「私が、お前を責め立てるのは『八大蛇と共にこの世を破壊する行為』をしているからだ。」

「うるさいよ。」

「まぁ、聞け。過去のお前は世に傷つけられたのは事実なのだろう。だが、その事実をもって、逆に世を傷つけたお前はお前を傷つけた者たちと同等の存在に成り下がったと私は思う。」

「え?」

その守常の言葉は、暁が見てなかった事実を突きつけた。目の前に提示された事に絶句する暁。そんな暁に守常は、言葉をかけ続ける。

「そのようなことはないと私は願いたいが、お前が傷つけた者たちが、お前に傷つけられたからと言って逆襲してきたら、お前はどう思う?」

次第に暁は自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになり、返す言葉を失う。

「私だったら、抵抗は出来ないな。私もしてしまったことだから。」

「な、なぁ、俺、どうしたらいい?」

「それを考える事が、お前に出来る罪滅ぼしだ。」

不安そうになる暁に、守常はさらに言葉をかけた。

「とは言え、検非違使だった私の組織『検非違使庁』、その後継組織であると言われている『警察』なるものがお前の名誉を棄損したのは事実だな。私の後輩とも言うべき者たちがお前を貶めた罪を私からも謝罪しよう。」

と、守常は、深々と頭を下げた。暁は、泣きそうな目をしながら、こう返した。

「俺、お前が言った通りに今の俺に何が出来るかを探す。」

「私は、それを見守ろう。」


◆完膚なきまでの勝利

暁が守常に導かれ、改心した夜が開け、日が高くなった頃、八大蛇の邪気を天子と命士たちは感じた。

「八大蛇、来たね。」

亜香里は、臨戦体勢になり命士たちを率いて八大蛇の気配が感じられる方角へ歩を進めた。

「やはり、来たか。」

八大蛇は、木々の生い茂る山を見ていた視線を亜香里一行に移しながら言った。そんな様子を見た朝陽が見透かしたようにこう言った。

「何しでかしてくるか、丸分かりだな!!」

「朝陽の言うとおりだね!」

亜香里は、それに返した。そして、こう続ける。

「晃!下がって!!守常!行こう!!」

膨らむ八大蛇の「木」を切る「金」の力を必要とした亜香里は守常をそばに置き、戦闘を開始した。

亜香里の的確な戦闘指示と補助の教宗、忠通、朝陽の整った攻撃が通り、八大蛇は追い詰められた。そこに、守常の命士奥義が炸裂。八大蛇は膝をついた。更に、亜香里の破魔の剣が突き立てられる。八大蛇は、倒れた。

「この分じゃ、2ヶ月くらい八大蛇は動けねぇな。」

後方で見ていた晃が戻り、そう言った。

「では、他の事に専念できるな。」

教宗がそれに返す。

「再び、結界を張りに行けますね。」

忠通が安心したように言う。亜香里は弾ける笑顔でこう言った。

「そうだね!2ヶ月あれば、沢山、守護結界張りに行けるね!守常、そばにいてくれてくれてありがとう!!」

その笑顔に、守常は何故かはにかんだようにこう返した。

「いや、礼には及ばない。命士としての務めを果たしたまでだ。」


◆最年長の暴挙

守護結界を張る儀式を昼間各地で行い、夕方になれば各地の避難所を訪れ、念のための警戒にあたる亜香里たち。夜間の警戒をする担当は、夕方から仮眠を取り、一同が寝静まった頃に起き、一晩中外で過ごす。

そんな静かな日々を送る亜香里と命士たち。10日程が経った頃、朝陽が亜香里にこんな事を言った。

「なんだか、戦い方、忘れそうだ。」

それに亜香里は返す。

「うん、そうだね。忘れちゃうかもね。」

幼馴染同士隣り合いながら穏やかに話す2人。その様子を遠目で見ている人影が。守常だ。

「天子。」

そう伏し目がちに守常は呟いた。

その翌日の夜だった。避難所内で女性たちの人だかりが出来ていた。そんな様子を見た晃と光輝。

「何だ?何だ?」

「どうしたんだろうね。」

そこに2人が様子を見に行くと、中心には守常の姿。その守常は、集まった女性たちに甘い言葉を次々にかけていた。女性たちも上気した表情で理解が追い付かない2人。呆気にとられていたが、光輝が忠通に変わる。

「晃、そして、光輝、歴戦の命士が、お恥ずかしい所を見せてしまいましたね。」

「あ?何だこれ?」

「守常は、女たらしなのです。この時代ではなりをひそめていたので安心してましたが、また、このような光景を見るとは。」

忠通の顔が怒りで赤らむ。晃は若干距離を置きながらこう言う。

「おっと、これ以上は、話、ついてけそうにねぇから、じゃあな。」

忠通のただならぬ様子に晃は、そこから退散した。それを見送りながら忠通は、守常に冷たい目で話しかけた。

「守常、何をしているんです?」

「見ればわかるだろう。」

「あなたの悪い癖をこの時代でも見せられるとは思いもよりませんでしたよ。」

「年増に見られる事を言うな。」

「関係ありません。即刻やめてください。でなければ、教宗に報告しますよ。」

「教宗に?話したければ話せばいい。ここに男は必要ない。去れ、去れ。」

「全ておっしゃる通りにしますよ。守常。」

立ち去る忠通の視線は、かなりの鋭さを持っていた。

翌日の夕方、教宗は守常を呼び出していた。教宗はこう切り出す。

「忠通から聞いた。また、お前と言う奴は。」

「教宗、お前という男の顔を見るのではなく、女という輝きを見に行きたいのだが?ここは昨日とは違う場所。また違った輝きが見れるだろうな。」

「守常!!今日もやるつもりか!!」

「当然だ。この八大蛇の一連の動きに傷ついている女たちを慰めるのも、1つの役目だと思うが?」

教宗は、頭を抱えた。

「それは、そうかもわからないが、一方で風紀を乱す行為と私は思う。だから、昨日の事は水に流すが、今日以降はやめろ。」

「悪いが、その命令は聞かない。」

守常は、教宗から去った。教宗は、そんな守常の背中を見ながらこう言った。

「全く、あれがなければ、筆頭命士は、守常なのに。」


◆検非違使

その後も、巡回している避難所で守常は女性たちの集まりの中心に居続けた。その光景は、亜香里の目にも届く。

「守常、人気者だね。」

「それでいいのかよ?天子。」

晃が呆れながらそれに返す。

「だって、何だか教宗と忠通は怒ってだけど、守常が女の人たちを大切にしたいって言ってたから、そんな守常の心に女の人も安心してるんじゃないかな?いい命士だよ、守常。」

「何か違うような気がするけど、一理あるかもね。」

光輝は苦笑いした。

「じゃあ、私、仮眠に行くね。」

亜香里はそう言うと晃と光輝の元から去った。

「天子、純粋って言うか、なんつうか。」

晃が独り言のように言う。光輝はこう返す。

「うん。でも、同じ男としては『ちょっと』だし、あまり天子とか朝陽には見せたくない光景だけどね。」

一方、亜香里は守常の作った女性たちの集団方面に歩を進めていた。すると、その女性たちの1人の背後から男が荷物に手を入れようとしていた。亜香里は、「この人、盗もうとしている。」と思ったが、どう対処していいかわからず、棒立ちになった。そうしている内に女性の荷物から財布が抜き取られる。そして、男は亜香里にぶつかりそうになりながらも気配を消しつつ小走りに逃走。

「あ。」

と亜香里は声を出すのに精一杯だった。その横を守常が。

「天子、無事か?」

「うん。」

その返答を聞かずに守常は走る。その標的は、先程の男。亜香里や晃、光輝も思わず追いかける。守常は、男に追いつき取り押さえる。

「賊が。」

守常の眼光は、戦闘時とも違う厳しい物だった。亜香里は目の前で起こった事に驚きながらもその守常の眼光に頼もしさを感じた。その横で晃が言った。

「これは、警察に通報だな。」

「僕がやろうか。」

光輝が通報、程なくして警察が到着。男は連行されて行った。

「凄いよ、守常!」

亜香里は興奮気味に守常に声をかけた。

「大した事はしてはいない。」

そう言うと、守常は女性たちの元へと戻り、称賛の声を浴びた。


◆夜空の下、遡る過去。

翌日の夜間警戒の担当は、守常の番だった。多少の雨が降る夜。星も何も見えない空を見上げる守常。その空に命士となる遥か前の過去を頭の中で映し出した。

「守常さん、あなたに私への愛はありますか?」

とは、守常の当時の婚約者の声。

「『ある。』と、答えたいところだが、こう、何度も君の所へ通っていてもまったくもって実感がなく、困っているところだ。」

「それは、良かった。実は、小さな頃からお互い添い遂げたいと思っていた方がいて、この婚約から私を逃がしていただけないでしょうか。」

「互いに想い合っているわけではないこの婚約だ。私は、いっこうにかまわない。」

「ありがとう。近々、旅立ちます。」

後日、守常は婚約者の駆け落ちを手助けした。婚約者の真の愛する男と婚約者は、幸せな表情で守常の元を遠方へと去った。

「道中、お気をつけて。」

と言う守常の一言を背に。

それから少し経った頃だった。守常は、仕事で婚約者の住まいで定期的に会っていた所を通った。すると、言い知れぬ感情が溢れてきた。婚約者との初対面から駆け落ちまでの婚約者の顔が頭の中を駆け巡る。仕事中であったことから、その感情を振り切ったが、仕事が終わった後、再びその感情が心を締め付けた。

「私は、君を、愛していた?」

独り言を呟くと、守常の心の中に恋慕の感情の奔流が。しかし、駆け落ちの手助けをしただけで婚約者の居所はようとして知れず再び会うことは不可能。ならばと検非違使の立場を利用し、その居所を探しだそうと思ったが、すぐに職権乱用と自らを諌める。そうした後、再び守常の脳裏に浮かんだのは、別れ際の婚約者の幸せな表情。嘲笑の後、守常はひとりごちた。

「今更、私が姿を見せても、詮無いこと。ああ、君よ幸せに。だが、この気持ちはどう私の心から消す?」

それからの守常は、婚約者に似た女性を見ては声をかけ、婚約者への想いをすり替えようとした。しかし、どの女性も婚約者への想いを消すには至らず、次第にどんな女性にも声をかけるようになった。すると、女性の方から言い寄られることも増え、それと同時に婚約者への想いが薄れて来る。いつしか、守常の周りには、女性の姿が絶えなくなった。それは、先代天子、式彩に支える命士となった後でも。

守常の頭の中は、現実に戻る。

「天子。」

今度は脳裏に亜香里の顔を浮かべる。愛おしさと共に。しかし、その隣には朝陽。心の古傷が痛んだ。

「私は、同じような相手を愛してしまった。」

最近の行動は「逃げ」だ。朝陽を愛しているかも知れない亜香里への想いを断ち切ろうとする。

「しかし、今の私の心にあるのは、『自覚ある愛』だ。今度は同じ轍を踏まないようにするとするか。例え、天子が私を見てくれなくとも。」


◆近と

八大蛇の活動が抑制されている想定期間の半ばを過ぎた頃、その日計画した守護結界を張り終えた後、守常は亜香里の元へ来た。

「近様にお話が。」

「近ちゃんと?うん、いいよ?」

「なんじゃ?」

「後れ馳せながら、御礼をと思いまして。近様。」

「我がそなたに何をしたと言うのじゃ?」

「私をこの時代に生き返らせてくださったこと、それは、近様のお力であったのでしょう?」

「そうじゃ。」

「大変遅くなりまして申し訳ありません。心より感謝を申し上げます。」

「我も、そなたを必要としておったからの。永久の休息からそなたを無理矢理連行してしまったかも知れぬとは思っておったが、そう言うことならば、安心じゃ。」

「お陰さまで、天子、や、命士たちと出会えて幸せを感じております。」

「そうか。ならば、命士としてのよき働きに期待しておるぞ。」

「私は、天子共々、近様を大事にします。」

そこで、守常と近の会談は終了した。

「守常、近ちゃんにお礼言いたかったんだね。」

「そうだ。」

そして、守常は亜香里の前でひざまずいた。亜香里は驚く。

「天子、私は近様よりいただいたこの命、全て天子に捧げたい。ゆえに、今、近様に御礼をと思った。」

「あ、ありがとう。」

「私は、天子を愛している。近様と共に私を目覚めさせてくれたからだ。」

亜香里は、熱い言葉に圧倒された。しかし、自分の心に行き交う感情の正体を掴めず、こう言い放ってしまう。

「ご!ごめん!よ、よくわからないの。ごめん!!」

さらに、亜香里は駆け出してしまった。

「天子。」

守常は、懸念通りだと思った。しかし、想いを告げられた達成感で清々しい気持ちになった。


◆予期せぬ嫉妬

それから、守常は女性たちを集めるのをやめた。

そんなある日、暁が妃果梨を伴って守常を訪ねて来た。暁は、亜香里たちを手伝うことが自分のやってきてしまったことへの罪滅ぼしではないかと考えがまとまったと。回復を遂げた妃果梨は、八小蛇からの心の傷が落ち着かず、暁はそんな妃果梨を支えたいと連れて来たという。

「そうか、よく決断したな。」

その守常の言葉を受け、暁は更なる「自分に出来る事」を探しに避難所を回るため、妃果梨を守常の所へ残し、去った。守常は、妃果梨の心に寄り添うため、会話を始めた。すると、妃果梨の表情が穏やかなものになる。

そんな様子を遠目に見た亜香里。

「妃果梨さんだ。」

そう呟く。そんな妃果梨と傍らの守常との優しい雰囲気に心がざわめく。亜香里は守常の方向に歩を進める。心の中で、「え?何この気持ち?凄く汚い。守常は、私の守常。誰にも渡したくない。」と言いながら。その言葉が終わった瞬間、亜香里は守常の右腕を抱き締めた。

「天子?」

守常が突然の事に驚く。

「守常、ごめん、守常。」

亜香里の腕の力が増す。それを黙って受け入れる守常。ただならぬ雰囲気に妃果梨は、距離を置いた。

「こんな事言っていい立場なのかわからないけど、守常、私だけの守常になって!他の女の人を見ないで!!」

「天子、十分その資格はある。勿論、私はそれを望む。」

守常は、空いている左腕を亜香里に回す。そして、亜香里に負けずに強く抱き締めた。

「私がそばにいる時の天子の気持ちの自覚を祝福する。そして、天子、これより素晴らしき愛を共に育んでいこうではないか。」

「うん、守常っ!!」

その夜、夜間警戒の担当では無かったが、守常は少しだけ夜空を見に外へ出た。

「ああ、君よ、ようやくの別れだ。」


◆眼光

あれから2ヶ月、晃の計算通りに八大蛇は邪気を振り撒いた。2ヶ月ぶりの戦闘に向かう亜香里たち。

この日の戦闘は会心の出来とは行かなかったが、八大蛇を退ける事が出来た。倒れ際、八大蛇は邪悪な眼光で守常を睨んだ。しかし、当の守常は気づくことはなかった。


◆慈しみ

久々の戦闘で興奮状態になった守常は、亜香里と2人きりになったその時、荒々しく亜香里に口づけをした。亜香里もその気持ちは同じで貪るように守常の口づけを受け入れた。次第に守常の口づけは、唇だけでなく、首筋や鎖骨あたりまで発展していく。亜香里は快感に酔いはじめたが、とある事を思い出し、守常を引き剥がそうとする。その守常は急に動きを止めた。

「天子。これは?」

その守常の目に映っていたのは、亜香里の肩に蔓延る痣様の模様の一部分だった。それをなぞるように守常は触れた。

「嫌だ。見ないで。」

亜香里は快感に身を委ねた自分を悔いた。

「それは、恥からか?」

「違うよ。みんなに心配かけたくないから。」

「そうか。なら、他の者には知らせられない事だな。私の心の中に留め置こう。」

「ありがとう。」

そして、守常は亜香里の両肩を撫でながらこうも言った。

「その痣のような模様は、天子の一部だ。その痣も私は慈しもう。」

その言葉は、亜香里の心の重りを取り去った。更に守常は、その痣に口づけをし、亜香里をとろかした。


◆悪夢

八大蛇は、それからあまり間を置かずに活動を開始。当然出動する亜香里たち。

八大蛇は、「火」の力を膨らませていた。それは、いずれ大火災を引き起こす。それを阻止するため、亜香里は守常を下げ、教宗を引き連れ戦闘を開始した。

だが、この日の八大蛇の攻撃は、精彩を欠いていた。亜香里は、それに気づき、この日に八大蛇へ与えられる攻撃は、再び長期の活動停止を実現出来ると考えた。

「教宗!今日は強めの命士奥義、お願い!!」

「御意!!」

その瞬間だった。八大蛇は、右腕の蛇を亜香里や教宗らに伸ばし、離れた場所にいた守常以外の全員を拘束。

「金の命士よ、そなたの先の攻撃により、そなたの忌々しい金の欠片が我の奥底に残り、我の力の回復循環を阻害しておる!!憎い!憎いぞ!!」

守常は、こう返した。

「その方が、こちらとしては好都合だ!天子らを解放しろ!!」

「そなたを、滅するのが条件だ!!金の命士!そなたが抵抗するとあらば、今拘束されておる者すべてを滅する!!」

八大蛇は、そう言い放ち、間髪入れずに右腕の残りの蛇を伸ばした。守常は、亜香里たちにこれ以上害が及ばないように無抵抗でそれを受け入れた。

「ぐっ。」

守常の腹にもぐり込む蛇。守常の臓は蹂躙され、同時に「金」の力が吸収されていく。

「守常ー!!」

亜香里の叫びが一帯に響く。すると、目的を果たした八大蛇の蛇は、その場にいる者たちを守常含め解放した。守常は、倒れた。

「金」は「水」を強くする。邪悪な八大蛇の力と化した守常の「金」の力は、邪悪な「水」の力を本来の力へと回復させた。更に運悪く、「水」の命士である教宗が近くにいたことから共鳴も起こり、更に八大蛇の「水」は、凶悪化した。それにより、集中豪雨が発生。それは、一瞬にして守護結界の穴や、弱い所に該当する地域に著しい被害を与えた。

「水」が膨らんだことから、布陣を亜香里は変えねばならない。愛する守常の惨状に動揺しつつ、亜香里は朝陽を下げ、晃を先頭に立たせた。辛くも八大蛇を退けることが出来たが、結果を見るに、亜香里たちは八大蛇に完全に敗北を喫してしまった。

晃は、命士奥義の展開直後の疲労をそこそこに、守常の元へと亜香里と共に駆け寄る。

「しっかりしろよ!!守常!!」

晃の応急処置と、教宗、忠通、朝陽が展開した補佐神読月の力にて守常は一命を取り留めた。

「すまない。そして、ありがとう。」

そんな守常に亜香里は抱きついた。


◆手負いの命士

次から次へと起こる事態にさしもの晃も今回は、八大蛇活動再開までの期間を計算できなかった。そんな忸怩たる思いを抱きながらも、晃は守常の内臓の状況を懸念し、病院での診察等を守常に提案。しかし、守常は長期離脱の可能性を避けたいと首を縦に振らなかった。

「この状況で、命士が欠けることは八大蛇を利する。それは避けなければならない。」

「そうは言ってもよ!そんな体で戦い続けたら、永久に命士が欠けることになるぜ?」

「そうであってもだ。」

晃はとりつく島はないと、自らがする説得をそこでやめた。

「おい!天子!教宗!守常をどうにかしてくれよ!!」

晃の思いも受け、亜香里は守常に考えを変えるよう呼び掛ける。

「お願い、晃の言うことを聞いて、守常。」

「それは出来ない。すまない天子。おそらく八大蛇の『水』は、大きな害をもたらした筈だ。それを引き起こしたのは、紛れもない私だろう。その責めをこの命をもってしてでも負わなければならない。」

教宗も守常に言葉をかける。

「そう言うのなら、八大蛇の暴挙を止められなかった私たちも同罪だ。私たちが守常の離脱をもって責めを負うことが適当だろう。」

守常は、無言の抵抗をし始める。亜香里は、そんな様子を見てこう言った。

「ごめん、みんな、私と守常の2人で話をさせて。」

その目にはわずかな涙が浮かべられていた。亜香里の命令とも言う言葉にその場から教宗らは立ち去った。

「ねえ、守常、命を投げ出すような、そんなこと、言わないでよ。」

亜香里はうつむいて言った。守常は、自らが先程言い放った事の罪を自覚させられた。矢継ぎ早に亜香里は守常に言葉を浴びせかける。

「守常が生き返った時、私、近ちゃんの力でとっても熱くて苦しい思いをしたんだよ?それを、簡単に投げ出さないでっ!!」

守常は、うろたえた。

「天子、申し開きの言葉もない。すまない、すまない。」

「それに、教宗も言ってたけど、守常だけの責任じゃないよ。私にも責任はある。私もその雨を引き起こしちゃったの!それを1人で背負わないでよ!!」

亜香里の涙は、弾けた。それをとにもかくにも抑えたく、守常は右手で拭い続ける。そうしているうちに守常の手は亜香里の涙まみれになる。

「天子、わかった。静養も視野に入れよう。」

亜香里は冷静さを取り戻し、こう返した。

「ありがとう。でも、私たちの気持ちを押しつけてごめん。」

「構わない。」

守常は、亜香里の肩に軽く手を乗せた。そんな守常の補戦玉は、亜香里の涙で輝いていた。

その後、亜香里と晃を伴い、守常は病院へ行き、体の状況を把握。本来ならば、手術等の加療が必要な状況ではあったが、意向を尊重され、高頻度での通院にて内科的な治療を受けることになった。

そんな守常に激務をやらせるわけにはいかないと言うことで、新たな守護結界を作らない事を決定。避難所警戒も担当から外し、それにより守常の生活の拠点は、一朗太の神社に移された。

「一朗太殿、本日より世話になる。」

「また、守常さんのお世話が出来る。なんだか腕が鳴るよ。」

大伴命前神社の御神体の帰還だった。


◆決意

その日、教宗は守常以外の全員を集めた。

「先の戦いの結果への償いについて、我々が出来る事は、八大蛇を完全にこの世から排除する事と思うが、どうだ。」

それに異を唱える者はいなかった。そして、亜香里がこう言う。

「その戦いには、守常を連れていく。守常の気持ち次第だけど。」

「守常は、辞退しないでしょうね。」

忠通は、心苦しそうに言った。

「でも、私たちの気持ちを優先して一朗太さんの所へ行ってくれたんだもの、守常の気持ちも通してやりたい。」

亜香里はそれに返した。

推測通り、守常は戦闘への参加意欲を示した。


◆新たな結界考案と禁忌の力

近の力は、「創造」と「破壊」の入り交じった物であると断定。それでは、と八大蛇を最終的に討つ際は、近の「破壊」の力のみを用いるしかないと考えられた。近は、その案に反対したが、亜香里の希望により最終的にそれは受け入れられた。

これにより、作戦を実行する際には、亜香里の持つ近の力を全て破壊の物にするため、妃果梨が持っている近の破壊の力を亜香里に戻してもらうことに。その代わり、亜香里が持つ創造の力を妃果梨に預けることになった。

それだけでは心許ないと、何かをやれないかと話を続けた。すると、守護結界を応用した八大蛇討伐用の結界を張る案が浮上。これを「討伐結界」と名付け、決戦前に作る事を決定。結界を張る儀式中は、それに専念したいと、万が一の八大蛇襲来に備えて妃果梨と暁が天子と命士を警護することになった。

更に、念には念を入れるため、教宗は、「五重集力」の話を持ち出した。

理論上、命士5人の力を1人に集中させた上で戦えば八大蛇を凌駕する力を繰り出せると踏んでいる。

しかし、最終的に力の器となった命士の負担が大きいと予測されていたため、あまりに危険と考え、1,000年前の戦いの時は禁忌としていた。

命士の力を全員で繋ぎ、増幅するもの、それが「五重集力」というものだった。

それを行えば、最終的に力の強さ、量共に計算上、一万倍となる。

苦しいものになると誰もが予想したが、これ以上の八大蛇の暴挙は許してはならないと確実に八大蛇を討つために「五重集力」の解禁を行うこととし、最終的に力の器になった命士と天子の2人が討伐結界の内部で八大蛇と戦うことになった。

それにより、守常が、その力の器となることに名乗りを上げた。

そして、決戦の直前、「討伐結界」を張り終えた後に実行することにした。


◆討伐結界

「討伐結界」を張る儀式は基本、守護結界の儀式と何ら変わりのない儀式ではあった。見た目に変わらない儀式を臨戦態勢の妃果梨と暁が立ち会う中、執り行う天子と命士。

しかし、違うこともあった。命士は佐須の力を用いた「地脈加勢」と名付けた術を展開。読月の力を用いた「地脈浄化」とは一線を画すものだった。

勢いづいた大地に亜香里が足を踏み入れ、近の破壊の力を用いた「結界発現」を展開。力に依らない攻撃的な舞を亜香里は天子として披露。

命士は、守護結界展開儀式と同様に天子を見守り、輪になって移動する。

そして、自らたちで考え出した歌を天子と共に歌いだす。

「討ち壊す力に怒れ万物よ怒れ我らと共に。」

その歌は、勇ましく力強い旋律であったが、それは、どこか切ないものでもあった。

亜香里は全身に痛みが走る中、守常の存在から力を得ようと守常の顔を愛おしそうに見つめる。その視線を守常は真っ向から受け止め、愛おしそうな視線を返す。

そうしている内に、地面から、北方から、南方から、東方から、西方から、天から巨大な鏡が出現。それは互いに繋がり、大きな建造物のようになった。

「これより、結界よ擬態せよ。」

天子である亜香里の命により出来たばかりの建造物は消滅。あとは、そこに八大蛇を連行するのみとなった。


◆力の態勢変更

約束通り、亜香里と妃果梨の力の交換がなされた。

それと同時に命士たちも五重集力を行う。

水は木を育てるが如く、水の命士、教宗から、木の命士、忠通に戦神佐須の力を全て送り込む。

木は燃えて火を生むが如く、木の命士、忠通から、火の命士、朝陽に戦神佐須の力を全て送り込む。

火は燃えて土を作るが如く、火の命士、朝陽から、土の命士、晃に戦神佐須の力を全て送り込む。

土はその中に金を成すが如く、土の命士、晃から、金の命士、守常に戦神佐須の力を全て送り込む。

そうやって最後に命士全員の戦闘の力が集まった守常の戦闘の力は計算通り、五重集力前の一万倍となった。

それを見届けると、守常以外の命士たちは、補佐神読月の力を全て用いて八大蛇の身柄を討伐結界へと連行するため、八大蛇の捜索に妃果梨と暁を伴いながら討伐結界のある場所を後にした。


◆最期の覚悟と誓い

守常以外の命士たちが八大蛇を捜索しに行っている間に、討伐結界の中で亜香里と守常は言葉を交わし始めた。守常は、強大な力の器となって懸念通り苦しい状況だったが、それでも愛する亜香里の顔を間近に見ることで、その苦しみを耐えられた。

「守常。」

苦しみに耐えている守常だったが、呼吸は荒く、汗が流れ続けていた。そんな状況に亜香里は何と声をかけていいかわからなくなった。そんな亜香里の様子を察したのか、今の率直な気持ちを守常は吐露した。

「想定以上だな、この苦しみは。」

「やっぱり、皆が心配した通りになっちゃったね。」

「しかし、全ての私の思いを受け入れてくれた天子と命士たちには感謝している。」

「守常、頑張ろうね。そして、生きて八大蛇に勝とうね。」

「ああ、約束する。天子への私の想いが、私の命を守るさ。」


◆最終決戦

八大蛇の身柄は、討伐結界に近づいてきた。

晃、朝陽、忠通、教宗の順で補戦玉は粉々になって連行すら出来なくなるが、少しでも天子亜香里と守常の力が八大蛇に通用するようにと最後の力を振り絞って八大蛇へ肉弾戦を仕掛ける。妃果梨と暁もそれに加勢するが、やがて暁の力すらすべて失われる。そんな中、教宗の拳からの攻撃により、八大蛇は討伐結界の中へと送り込まれた。

亜香里がそれを認めると、こう叫んだ。

「今より、戦いの時!討伐結界、擬態解除!!」

すると、再び鏡で出来た建造物が出現。亜香里と守常、八大蛇のみの空間となった。

ただならぬ気配に八大蛇は、まずは守常だけでも倒そうと火炎の災いを仕掛けた。

亜香里と守常は、愛に裏打ちされた連携でそれを避けた。結界中に蔓延した火炎の災いは、討伐結界の鏡に乱反射し、八大蛇自身を攻撃する。八大蛇は相当の損傷を受けた。

そして、守常と八大蛇の肉弾戦が繰り広げられる。戦闘能力が格段に上がっている守常の攻撃は、八大蛇を更に弱らせた。

しかし、それだけでは足りないと考え、守常は、より八大蛇に亜香里のとどめが通るよう「命士奥義」を展開することにした。

「金の命士の名において、戦神佐須の力を展開せん。貫け!切硬矢!!」

守常は、いつものように唱える。

すると、いつもの1本の矢型の金属が発生。八大蛇目掛けて飛んで行くがそれは途中で無数に分裂し、その全てが八大蛇に刺さっては消え、刺さっては消えを繰り返した。

その力に反応したのか、涙絆が発生。守常の補戦玉から白色の光線が亜香里の胸へと届く。それに驚く亜香里だったが、守常の支援を無駄にしてはいけないと考え、

「我が身に宿りし天子の力が、邪な者に裁きを与えん。出でよ!破魔の剣!!」

とこちらもいつものように唱えた。亜香里の全身に今まで感じたことのない激痛が走る。その瞬間だった。いつもと違う様子の破魔の剣が出現。それは、破魔の剣「鋼」。強さを感じる光をたたえつつ鋭い金属の装飾を加えた剣だった。亜香里は更に驚く。しかし、これは守常との愛が起こした奇跡と心を震わせ、その後押しを受け、破魔の剣「鋼」を八大蛇に突き立てた。

「忌々しい、忌々しいぞ!その硬き戦いの意思が!!」

そんな一言を残し、八大蛇は絶命。体、魂、意思、すべてが消えた。それと呼応するが如く、守常の補戦玉は粉々になっていった。


◆再建

八大蛇の存在を滅したが、亜香里には、まだ一つ仕事が残っていた。それは、八大蛇から世界が受けた損傷を修復すること。妃果梨より創造の力を全て戻してもらい、修復のためにその力を展開した。その修復の力は、亜香里自身にも働き、体中に巣くっていた痣状の模様も消していった。

すべての損傷が修復したとき、亜香里の口が動いた。

「我には、もう力が残っておらぬ。今度こそ、永遠に眠ることとなろう。天子2人、命士5人、そして従者よ、よく八大蛇を討ってくれた。我は満足ぞ。これより、そなたらは、そなたらとして生きろ。」

そして、近は、亜香里の中で永遠の眠りに就いた。

「近ちゃん。」

さびしがる亜香里を守常は励ますように抱き締めた。


◆守り

守常は、その後手術を受け、命士であった強い意思も相まって医師も驚く程素早い回復を遂げた。

回復した後の守常は、保つ事の出来た命を現代の公安維持に使いたいと、警察の中途採用に応募、採用され、警察官として働くようになった。

その日の守常の仕事は、要人警護であった。守常は、自らの右手の親指に短時間ではあるが、深い口づけをし、こう呟いた。

「今日も、守る。守りきる。」

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