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水の命士編

◆依頼

やっと八小蛇からの体の影響がなくなった妃果梨の元に教宗が訪れた。

「お体の回復をお喜び申し上げる。陰の天子、妃果梨様。」

「ありがとう。皆さんのおかげです。」

「折り入って、依頼したい事があり、参上した。」

「なんですか?」

「天子の力を持つ者として、陽の天子、亜香里様の支えになってはもらえないだろうか。」

それを聞いた妃果梨の顔が、間を空けず決意の色を見せる。

「実は、私もそんな事をぼんやり考えてたんです。でも、私が行っていいのかって迷っていて。その、お誘いって言うのかな?言いに来てくれてありがとうございます。」

妃果梨は、頭を下げながら続ける。

「これから、よろしくお願いします。」

「早々の判断に感謝する。陰の天子。」


◆監視

妃果梨が教宗に伴われて亜香里たちの元へ行くと、久しぶりの顔を見る。

「暁くん。」

八大蛇に吹き飛ばされ、気絶した後、教宗が保護し未だ眠り続けている暁は、筆頭命士の監視対象となっていた。

「こう、眠っていると、普通の男なのだがな。何故この男には、破壊衝動があるのか。」

教宗は、額に手を当てながら疑問を呟いた。

「それがわかっていれば、私、伝えられるんですけど。」

申し訳なさそうな妃果梨に教宗は、

「その気持ちだけでいい。」

と、返した。

「あ、私が暁くんを面倒見ましょうか?」

妃果梨の提案だった。

「いや、筆頭命士として、監視を含めて私がやらねばならない事。万が一、天子に仇を成したら目も当てられない。」

「じゃあ、何か手伝える事があったら声、かけてくださいね。」

「陽の天子と同じ事を。お気持ち、ありがたい。」

「亜香里さんも?気が合うなぁ。」

妃果梨は、少し考えた。

「あの、私、やっぱり力は持っていても『天子』じゃない気がするんです。だから、『天子』は亜香里さんだけで、私の方は名前で呼んでください。」

「そう、呼ぶのは抵抗あるが、善処する。」

「ありがとう。その亜香里さんに挨拶してこなきゃ。」

「では、案内する。」

「大丈夫。あなたは暁くんを監視するんでしょう?私、1人で亜香里さんを探して話ししてきます。」

そう言って妃果梨は教宗の所から去った。

後日、暁は目覚めを迎え、教宗の監視の目に降伏することになる。


◆学び

この時期になっても時間は限られていたが、亜香里は、朝陽と共に教宗の授業を受けていた。その日、朝陽はこう言った。

「教宗の教え方ってさー、すんごくわかりやすいんだよなー。今までの先生とは違う。」

「そうか?」

「そうだよ!」

亜香里も明るく言う。

「光栄だ。」

この日の授業時間は、30分程度ではあったが、亜香里は朝陽と共に新たな知識を得ることが出来た。

八大蛇がいつ活動を始めるかわからない状況ではあったが、時間を見ては教宗は亜香里や朝陽の勉強の為に予習を心がけた。


◆炎の中

ある日、消防車の音がけたたましく鳴った。四方八方から聞こえるその消防車の音と、邪悪な力の気配に、八大蛇の活動が開始されたと断定。

「守常を下げなきゃ。」

と亜香里は呟きながら出動して行った。

現場にたどり着くと、消防隊員が頭を抱えていた。消火活動をすればするほど炎の勢いが増すと。

「教宗、行くよ!!」

亜香里は八大蛇が、「火」の力を膨らませていると想定し、傍らに教宗を伴って八大蛇の所へ駆けつけた。

「え?嘘。」

しかし、その想定は、裏切られた。八大蛇は、「土」の力を膨らませて佇んでいた。「土」は、「水」を濁らせる。「水」の命士、教宗を連れてくるべきではなかった。亜香里は血の気が引いた。そして、地鳴りが響き始める。

「天子?」

教宗は、亜香里の表情と状況から、何か異変があると判断。

「私は下がる!忠通!天子の元へ!!」

教宗は叫び、全力で撤退した。急な呼び掛けに少し驚いた様子だったが、忠通は亜香里の元へ駆けつけ、間髪入れずに命士奥義を展開。地鳴りは、小規模の地震を起こすのみで収まった。

「ぬぅ、『騙し』は、効かなかったか。」

八大蛇が悔しそうに忠通の毒に晒された。しかし、悔しいのは、八大蛇だけではなかった。亜香里も自分の間違った判断に悔しい思いを抱きながら、破魔の剣を繰り出し、震えながら八大蛇に突き刺した。それにより、激しい火災は収まった。

「ありがとう。忠通。ごめん。教宗。」

亜香里はうなだれた。


◆意気消沈

亜香里は、それから落ち込む。筆頭命士の教宗を危機に晒してしまったことで自分を責めていた。

そんな中、当の教宗が話しかけてきた。

「天子、先の戦闘の件は、私は無事だった。気に病むことは一切ない。」

「でもっ!私っ!!」

「ここで自らを責めても、あの事実は変わらない。」

再び、亜香里はうなだれた。

「完璧な人間など、この世にはいないと私は思う。だから、天子、完璧を追い求めているのなら、この時をもってその道を閉ざせ。」

教宗は、亜香里の肩を軽く叩く。そして、こう続ける。

「いつだか、私は天子と朝陽との勉強の時、答えられなかった問いがあっただろう?私も完璧ではない。それを、天子に求めはしない。」

「そ、そうだね。少し、気持ちが楽になったよ。ありがとう。」

「なら、いい。」


◆幼き学びへの意欲

亜香里の後悔が消えた翌日、避難所で亜香里は、一生懸命勉強している小学生の女の子を見かけた。微笑ましく見守っていたが、どうやら1つの問題が解けない様子だった。

「どうしたの?」

亜香里は思わず声をかけた。すると、察した通りどうしても解けない問題があったようだった。亜香里なりに説明してはみるが、どうも伝わらない。そこで、脳裏に浮かんだのは、教宗の顔だった。そして、教宗を頼ることにした。すると、すぐにその女の子はその問題を理解し、無事に答えを導けた。

「やっぱり、凄いよ。教宗。」

「お褒めの言葉、頂戴する。」

亜香里は、この事で自分以外にも勉強を阻害されている子供たちがいることがわかった。

「ねぇ、わがままだけど、教宗、避難所で『塾』みたいなのやらない?」

教宗の目が輝いた。

「それはいい。『塾』を再びやれる。天子、提案に感謝する。」

その決定により、幼い子供たちへの避難所塾が不定期だが開かれるようになった。勿論、亜香里は塾生として、時には、先生としてその塾に関わった。


◆教え

戦闘、守護結界展開儀式、そして、避難所警戒、亜香里と教宗はそれからも仲間と共に多忙の時を過ごした。

そんな中でも亜香里と教宗はわずかな時間を作り、「避難所塾」を運営していった。亜香里がその避難所にいる子供たちに声をかけ、教宗が勉強を見てやる形の「塾」は、子供たちやその親から好評を得ていった。

教宗は、そんな日々を過ごすにつれ、亜香里に想いを寄せるようになった。

「天子、ここ、避難所にて共に『塾』をやれて本当に嬉しい。改めて、提案に感謝する。」

「教宗は、勉強好きなんだね?でも、『塾』は、教宗がいなかったら思いつかなかったことだし、やれなかったことだよ。逆にこっちが感謝する方。私とか、朝陽、そして子供たちに勉強教えてくれてありがとう。」

「何も、『塾』で私は教えてばかりではなかった。教えられることもあった。」

「え?誰から?何を?」

「天子から人を愛する心を、だ。」

突然の教宗の告白だった。亜香里は胸の鼓動が高まった。そんな亜香里に教宗は愛を告げ続ける。

「天子は、私に愛を教えてくれた。もっと深く愛を知りたい。天子と共に。いいだろうか。」

亜香里は苦しくて仕方がなかった。矢継ぎ早に教宗からかけられる愛の言葉が早まる鼓動に拍車をかけてくる。

「そ、そんな、目で、教宗を見てなかったのに。」

亜香里のその言葉は、続きがあったのだが、あまりの苦しさに言葉が途切れる。教宗は、拒絶されたかと表情を曇らす。亜香里はそんな教宗に荒くなりそうな呼吸を諫めながら続きの言葉を聞かせる。

「そ、そんなこと言われたから私、胸が、凄く苦しいよ。この気持ち、何なんだかわからないよ。教えて、教宗っ。」

亜香里は思わず教宗に抱きつき、苦しさを散らそうとする。わずかな時間だった教宗の表情が曇ったのは。ほのかに笑みを浮かべながら教宗はこう返した。

「自惚れていいか?天子。それは、私への『愛』だろう。」

亜香里の顔は、赤くなり、さらに教宗を抱き締める力を強くした。教宗は、笑った。

「天子、苦しい。」

「ごっ!ごめん!!」

亜香里は、教宗から離れた。

「構わない。」


◆顔と

それからと言うものの、今度は恋人同士として2人は「塾」を続けた。

そんなある日、教宗は呟くように亜香里にこう言った。

「近様がお産まれになってたら、どのようなお顔だったのだろうな。」

「近ちゃん。そうだね。でも、急に何で?」

「『塾』にて様々な子供たちと接して来てそう思った。私たちは、天照様、読月様、佐須様のお顔すら見れていない。それに近様が加わってなおさら拝見したくなった。」

すると、近が話し始める。

「我も、我の顔が見たかった。」

「近様。妙な事を言ってしまいましたか。」

「構わぬ。八大蛇に母ごと討たれなければ、『顔』を手に入れておれば、今頃亜香里に負担をかけずに済んだのに、と思ってる所じゃった。」

「『負担』?」

教宗は、何か不穏な雰囲気を感じた。

「それは、戦闘や、結界の件でしょうか?」

「それ以外にも、亜香里には、戦闘の時の体の痛みや、その後の痣を我は与えてしまっておる。」

亜香里は、言われたくない事を近が言ってしまい慌てた。そして、いつかのように、口を近から奪還し、誤魔化そうとした。

「亜香里、駄目じゃ。そなたの愛する者であり、筆頭命士でもある、そんな教宗にこの事は知ってもらいたかったのじゃ。もう少し、教宗と話をさせよ。そして、少し体を操るぞ。」

亜香里は頭の中で近に静止を呼び掛けるが、それは無駄に終わった。近は、亜香里の右手を操り、亜香里の腹部を少し教宗に晒した。すぐさま亜香里が自由に使える左手がそれを阻止しに行くが、時既に遅しで教宗に腹部の痣様の模様が晒された。

「筆頭命士、教宗よ、この痣を我は亜香里の全てに作りとうない。だから、はよう八大蛇を完全に討ちたい。今まで以上に力を貸すのだ。」

「御意。」

さしもの教宗も動揺したが、近からの命令は力強く受けた。

やっと近から口が返され、右手も自分の物に戻った亜香里は、震える声で教宗にこう言った。

「忘れて!この事は!!」

暫時の間を置き、教宗は、首を横に振った。

「そのような事をしたら、筆頭命士としても、天子の男としても私は失格だ。私は、近様の命令に従う。天子の意思に背くが。」

そして、教宗は、亜香里の頭に右手を乗せ、こう続けた。

「近様、この件を伝えていただき感謝申し上げます。この教宗、やり遂げます。」

亜香里は、その教宗の右手を見上げながらこう言った。

「1つだけ、聞いて。この事は、私と近ちゃん、そして、教宗だけの秘密にして。」

「わかった。天子。」


◆筆頭命士の失策

その日の戦闘中、八大蛇は「金」の力を膨らませて攻撃してきた。

「金」は「木」を切ってしまう。それにより、忠通が下げられ、「金」を溶かす「火」が必要と朝陽が亜香里のそばで戦う。

教宗は、その補助に回るが、亜香里の痣の件で柄にもなく焦りを感じていた。その為、いつもより強めに力を展開しつつ戦っていた。教宗の強い「水」の力は、味方の朝陽の「火」を弱めてしまう。

それに気づいた八大蛇は、教宗を煽った。

「此度の水の命士は、どうした?戦いがいがあるな。もっともっと強く来い!!」

教宗は、その言葉にはっとした。だが、時既に遅しだった。

「あ、あれ?なんだかわからねぇけど、命士奥義が、使えない?」

朝陽が絶望の色を込めた声で言った。

「嘘?」

亜香里は動揺した。しかし、このままでは竜巻が大地を壊してしまう。効率的ではないが、急遽守常と晃に命士奥義の展開を指示した。ある程度力の弱まった八大蛇に破魔の剣を亜香里は突き立て、八大蛇を退けた。

その後、朝陽は一時的ではあるが、休養を余儀なくされる。教宗は、朝陽以外の皆の前で謝罪した。

「すまない、今回は私の不手際で朝陽を戦闘不能にしてしまった。」

深々と頭を下げる教宗。亜香里は、教宗に甘い言葉をかけたかったが、この事態はそれを許さないと思い、毅然として言った。

「しっかりして、教宗。そして、反省してね。」

「わかった。天子。」

そして、休養に入っている朝陽の元に教宗は謝罪に向かった。亜香里もついていく。

「朝陽、申し訳ない。その力の減退は、私のせいだ。」

「いいや、気にしてない。教宗も、八大蛇を倒したかったんだろ?俺は、休めば治るんだろ?だから大丈夫!!」

底無しの明るい笑顔で朝陽は言葉を返した。

「朝陽、本当にすまなかった。天子、朝陽をみてやってくれ。私はこの場に長くいるべきでない。」

「うん。教宗。」

教宗の背中を見送りながら亜香里は朝陽のそばについた。

「大丈夫?朝陽。」

「正直、なんだか体の芯が冷たい気がするけどな。でもよぉ、これって俺が強かったら起こらなかったんじゃね?やっぱり、教宗は、強いんだよ。俺、見習わなきゃな。」

数日後、朝陽は回復した。試しに戦闘中ではないが、安全な場所を探し朝陽は命士奥義を展開してみた。

「よーし!完璧戻った!!天子!教宗!これで俺、戦える!!もっと強くなるから見てくれよ!!」


◆年上からの叱責

その後の戦闘では、朝陽の力は前にも増して強くなり、八大蛇を圧倒する時もあった。

「最近の朝陽、すげぇな。」

晃が声をかける。

「全くだ。」

守常も感心した。しかし、その守常の目は冷たく教宗に注がれた。

「それに引き換え。教宗、来い。」

教宗は、守常が何を言いたいかわかった。無言でついていく。2人きりになった守常と教宗。守常は口を再び開いた。

「朝陽が力をつけたのは、怪我の功名だったが、一体何だったのか、あの時のお前は。黙っておこうかと思ったが、この先の事を考えたら訊いておくべきと思ってな。」

「あの時は、焦っていたんだ。」

「何だ、お前らしくない。」

「すまない。筆頭命士としてあるまじき行為だった。もし、この一件の顛末が不服ならば、私は筆頭命士を降りる。そして、お前か忠通に引き継ぐ。」

「そこまでは求めていない。ああなるまでお前を追いつめたのは、何なんだ。その原因を消しておこうと思っただけだ。」

「その、私は。」

教宗は少し顔を赤らめ、わずかなためらいの時間を経てこう言った。

「天子と愛し合っている。だから、天子の為に早期に八大蛇を倒したいと焦った結果、朝陽を害してしまった。心から反省している。もう、二度とこのような事は起こさない。もし、起こしたとすれば、その時をもって筆頭命士を無条件で降りる。」

守常の目が見開かれる。そして、笑い始める。

「そうだったのか!!教宗、お前も隅に置けない男だな!!そのような事であれば原因を取り除く事はかえって罪だ!反省のもと、天子を守り、幸せにしろ!私は全面的に支援する!!」

そう言うと、守常は教宗の元から去った。


◆亜香里の疑問

守常に置いていかれた教宗の元に亜香里が来る。

「朝陽、本当に強くなってくれたね。」

「天子。」

教宗は「その節はすまなかった。」と言いかけたが、亜香里がそれを阻止するように言葉で遮る。

「『ここで自らを責めても、あの事実は変わらない。』でしょ?謝るのは、もう、いいよ。私こそあの時教宗の行き過ぎた攻撃を止めなきゃ駄目だったんだし。本当にお互い完璧じゃないんだね。だから、2人の足りない所、埋めていって、2人で完璧目指してみない?」

「天子、そうだな。そう言う『完璧』は、求めてみる手もあるな。」

「だから、あれは、教宗から朝陽への『宿題』ってことにしておくよ。」

「ありがとう。天子。私は、これより前を向く。」

「うん、よろしくね。さすが教宗。そう言えば、その朝陽の事で、気になってる事があるんだけど、訊いていい?」

「何だ?天子。」

「朝陽のご先祖の定家さん、だったっけ?1,000年前から教宗と一緒に来ればよかったのになって思ったんだ。何で教宗だけ来たの?」

「『時間転移』は、時間の運航に反する行為だ。それにより、何かしらの歪みが発生し、世界に害を及ぼす事を避けたかった。だが、八大蛇の復活の事を考えたら、1,000年後に行く必要性もあった。『歪み』を最小限に留める為に1人に限って転移する事を決め、私がこの時代に来たのだ。」

「色々、考えてたんだね。でも、定家さんにも会ってみたかったな。」

「わずかだが、一朗太殿と朝陽の人となりに面影はある。そう言った意味では私と出会う前から天子は定家と出会っている。」

「そっか。なんとなくわかった。定家さんのこと。」

「ああ、それに『泣き虫』がつくがな。」

「ええー?一朗太さんと朝陽からは想像できない!!」

「そうだろう?」

亜香里と教宗は笑いあった。


◆過去の

その日の夜、教宗は、守常と光輝の2人と就寝することになった。

教宗は亜香里と昼間定家の事を話した事から寝る前に定家との最後のやり取りを思い出す。

その時、定家は、黄色と青の補戦玉を握りしめ守常の遺体にすがりつきながら泣いていた。

「天子、一之丞、忠通、守常、みんな、いなくなっちゃったよ。」

「定家、泣くな。私まで泣きたくなる。」

「ごめん、教宗が、教宗がいてくれてよかった。教宗までいなくなっちゃってたら僕、どうなってたかわからないよ。」

今度は、教宗にすがりつく定家。

「でも、こんな苦しい思いしたって言うのに、八大蛇は、1,000年後には、起きちゃうんだよね?嫌だなぁ、1,000年後の人におんなじ思いをさせるのは。」

「八大蛇復活の伝承を2人でしていくか、『時間転移』の制限を考えて、どちらかが1,000年後に行き、八大蛇と戦うしかないだろうな。」

「絶対に1,000年後にどっちかが行った方がいいとは思うけど、僕は、情けないから、きっと1,000年後に行ったら駄目だ。だから、1,000年後に行くのは、しっかりしてる教宗がいいと思う。」

「そう謙遜するな。だが、それも筆頭命士の仕事かもしれない。わかった、私が1,000年後に行こう。」

そのやり取りをした後日の事だった。教宗と定家の別れは。定家は、教宗に黄色と青の補戦玉を手渡した。

「僕は、守常を守って、子孫にちゃんと言い聞かせて、1,000年後を迎えるよ。だから、教宗、1,000年後でも頑張ってね。いってらっしゃい。」

「ああ。定家、息災でな。」

教宗の振り返った過去は、ここまでだった。

「『情けない』か。定家、お前は決して情けない命士ではない。優しい一朗太殿、勇敢な朝陽と言うお前の伝承をしっかり受け継いだ子孫が物語っている。胸を張ってくれ。むしろ、今の私の方が、『情けない』かも知れないな。」

そう呟くと、眠気が教宗に訪れた。教宗は夢の世界へと旅立った。


◆過酷な過去夢

「あの件だが、考え直してほしい。天子。」

教宗は、天子に懇願していた。その相手は亜香里ではない。式彩だ。

式彩は、自分の体、魂、力、意思全てを八大蛇の封印に使い、八大蛇の活動を阻止しようと言う考えを命士たちに伝えていた。勿論、命士全員がそれを受け入れなかった。

「そうだ!前も言ったろう?天子!お前さんを失いたくねぇんだって!だから、やめにしようぜ?」

一之丞が教宗に続けてこう訴えた。

「私1人の存在を惜しんで、この世の多くの人の命を危機に晒すのが私と4年間戦ってきた命士たちなの?私は、これをやり遂げる!だから、受け入れなさい!!命士よ!!」

との言葉は、式彩の最初で最後の命令口調、最初で最後の怒鳴り声だった。それを受け、命士たちは何が出来るか検討した。

後日、一之丞が1つやり遂げた。

「こんなにやりたくねぇ勘定は初めてだ。ほらよ、封印期間の見積もりだ。」

それを受けた教宗は一言。

「1,000年か。」

そのことは、式彩に伝えられた。

「わかった。私の全てでこれからの1,000年を作る!」

式彩が考えたのは、自らの全てを封印への力と変え、それを認めた後、その力の出口を作るために自らに破魔の剣を刺し、抜くということ。

式彩の計画は、ある日実行された。しかし、八大蛇の勢いが予想以上に強く、式彩の全てが封印の力になる前に襲撃を受けてしまった。真っ先に式彩の盾となったのは、一之丞。しかし、一之丞の存在が消え、黄色の補戦玉が地面に落ちても勢いは消えなかった。それにつづき、忠通も盾になるが、青の補戦玉を残し消える。最後に盾となったのは、守常。多少、一之丞と忠通が勢いを削いだため、遺体を遺すことは出来たが、絶命。筆頭命士の教宗や、最年少の定家には盾をやらせたくないと一之丞、忠通、守常は次々に命を落としたのだった。

「一之丞、忠通、守常が、私のせいで、命を。」

式彩は悔やんでも悔やみきれない事態を引き起こしてしまった。しかし、そのおかげで八大蛇の勢いは、通常の物へと収まった。それと同時に、式彩の全ての存在は、八大蛇封印のためだけの存在となった。

「でも、やらなきゃ。決めた事だもの。」

式彩は破魔の剣を繰り出し、自らに刺した。それは、やっとのことで、痛みの中の悔しさやその他の感情が式彩の手の力を奪った。

「ごめん、剣が、抜けない。手に、力が入らない。このままじゃ、八大蛇を封印出来ない。定家、教宗、どっちか、私の、剣、抜いて。」

判断の早い教宗が走る。

「定家!守護を頼む!私が天子の剣を抜く!!」

そして、教宗は躊躇の念はあったが、止まっている暇はないと、式彩の破魔の剣を勢いよく抜いた。余人に掴まれた破魔の剣は、式彩の少量の血を散らしながら一瞬にして消えた。

「ありがとう、定家。ありがとう、教宗。」

とは、式彩の最期の言葉だった。式彩の傷口から、光の柱が出現した。その柱は八大蛇に直撃し、やがて式彩、八大蛇双方の存在を消滅させ、封印完了となった。


◆夜半の目覚め

「教宗!教宗!!」

光輝の声が眠る教宗に届く。教宗は、目を覚ました。その額からおびただしい汗が大河を成していた。荒い息を伴いながら教宗は光輝の顔を見て「あの時」ではないことを確認。1つ大きな息を吐き、

「光輝。」

と言った。

「どうしたんだい?」

そう言った光輝の傍らに守常もいた。

「うなされていたぞ。だいぶ。」

「すまない。起こしてしまったようだな。」

教宗は体を起こしながら謝罪する。そして、こう続けた。

「夢を、見ていた。八大蛇封印の時の、夢を。」

「その話は、僕が聞いちゃいけないような気がする。忠通に任せる。」

光輝は、忠通に意識を明け渡した。すると、教宗は夢の内容を話しはじめ、最後にこう締めくくった。

「天子、先代天子の式彩様の体から破魔の剣を抜いたあの感覚が、未だに手に残り続けている。天子の命令とは言え、式彩様を殺めたのは、この私だ。」

「そのようなことがあったのか。知らなくてすまない。」

「無理はありませんよ、守常が絶命した後の事ですから。私は、魂となってそれをただただ見てる事しか出来ませんでした。教宗に辛い役をやらせてしまって、申し訳ありません。しかし、その教宗の行動が、『この世界の今』を作っていると、私は思います。だから、後悔なさらないでください。むしろ、誇りに思うべきです。」

「忠通、ありがとう。心配かけたな、守常。」

と、2人に声をかけた後、教宗は少し沈黙する。その後、教宗はこう言った。

「同じような事を今の天子、亜香里様に起こしてはならない。やはり早期に八大蛇と決着をつける。」

守常と忠通はそれに力強く頷いた。


◆すれ違う想い

翌朝、教宗は亜香里の歴史の教科書を1人で開いていた。年表の「治安の変災」の部分を撫で、決意に溢れた目をした。

その後すぐに教宗は亜香里に早期の八大蛇との決戦を提案する。しかし、亜香里の答えは予想に反していた。

「嫌だ。」

と。簡単な一言だった。教宗は理解が追いつかなかったが、それ故、真意を亜香里に極めて冷静に尋ねた。すると、亜香里からこんな答えが返って来た。

「教宗は、戦いが終わったら元の時代に戻るんでしょう?私、嫌だ。教宗と別れたくない。だから、戦いが終わってほしくない。でも、それじゃ世界は壊されていっちゃう。ねぇ、世界のことより、教宗といたいって思っちゃう私を嫌いになって?私も、頑張って教宗を嫌いになる。そしたら、八大蛇を倒せる。」

言っている方向性は違うが、亜香里も式彩と同じような事を言った。「ああ、天子というのは、このような存在か。」と教宗は心の中で呟いた後、教宗はそれに返した。

「確かに私は、この時代にとって『異分子』だ。その『異分子』は、排除されなければならない。」

亜香里の目が急速に悲しみの色に染まる。

「その考えをもって私はこの戦いが終わったら過去に帰る。」

「嫌!嫌だよ!!」

「だが、天子、私は過去に帰ってもずっと天子のそばにいる。天子と私が愛をもって守った先の世界こそが私だと思ってはくれないだろうか?」

「それじゃあ、私は、教宗のそばにいられないよ。」

亜香里は、落涙を堪えきれなかった。それを教宗は右手で拭ってやりながら、こう答えた。

「私は過去に帰り、天子の事を片時も忘れずに生き、一生を閉じよう。そして、一之丞を見習い、晃のようにこの時代の男に生まれ変わろう。そうしたら、私と出会ってくれ。私と天子が作った平和な世界で。」

亜香里はしばらく泣き、必死に想いを整理した。

「うん、わかった。必ず、必ず生まれ変わって来てね。絶対、絶対、教宗を見つけるから。」

亜香里は教宗に抱きついた。それを優しく包んだ教宗の補戦玉は、亜香里の涙で輝いていた。


◆新たな結界考案と禁忌の力

近の力は、「創造」と「破壊」の入り交じった物であると断定。それでは、と八大蛇を最終的に討つ際は、近の「破壊」の力のみを用いるしかないと考えられた。近は、その案に反対したが、亜香里の希望により最終的にそれは受け入れられた。

これにより、作戦を実行する際には、亜香里の持つ近の力を全て破壊の物にするため、妃果梨が持っている近の破壊の力を亜香里に戻してもらうことに。その代わり、亜香里が持つ創造の力を妃果梨に預けることになった。

それだけでは心許ないと、何かをやれないかと話を続けた。すると、守護結界を応用した八大蛇討伐用の結界を張る案が浮上。これを「討伐結界」と名付け、決戦前に作る事を決定。結界を張る儀式中は、それに専念したいと、万が一の八大蛇襲来に備えて妃果梨と暁が天子と命士を警護することになった。

更に、念には念を入れるため、教宗は、「五重集力」の話を持ち出した。

理論上、命士5人の力を1人に集中させた上で戦えば八大蛇を凌駕する力を繰り出せると踏んでいる。

しかし、最終的に力の器となった命士の負担が大きいと予測されていたため、あまりに危険と考え、1,000年前の戦いの時は禁忌としていた。

命士の力を全員で繋ぎ、増幅するもの、それが「五重集力」というものだった。

それを行えば、最終的に力の強さ、量共に計算上、一万倍となる。

苦しいものになると誰もが予想したが、これ以上の八大蛇の暴挙は許してはならないと確実に八大蛇を討つために「五重集力」の解禁を行うこととし、最終的に力の器になった命士と天子の2人が討伐結界の内部で八大蛇と戦うことになった。

それにより、教宗が、その力の器となることに名乗りを上げた。

そして、決戦の直前、「討伐結界」を張り終えた後に実行することにした。


◆討伐結界

「討伐結界」を張る儀式は基本、守護結界の儀式と何ら変わりのない儀式ではあった。見た目に変わらない儀式を臨戦態勢の妃果梨と暁が立ち会う中、執り行う天子と命士。

しかし、違うこともあった。命士は佐須の力を用いた「地脈加勢」と名付けた術を展開。読月の力を用いた「地脈浄化」とは一線を画すものだった。

勢いづいた大地に亜香里が足を踏み入れ、近の破壊の力を用いた「結界発現」を展開。力に依らない攻撃的な舞を亜香里は天子として披露。

命士は、守護結界展開儀式と同様に天子を見守り、輪になって移動する。

そして、自らたちで考え出した歌を天子と共に歌いだす。

「討ち壊す力に怒れ万物よ怒れ我らと共に。」

その歌は、勇ましく力強い旋律であったが、それは、どこか切ないものでもあった。

亜香里は全身に痛みが走る中、教宗の存在から力を得ようと教宗の顔を愛おしそうに見つめる。その視線を教宗は真っ向から受け止め、愛おしそうな視線を返す。

そうしている内に、地面から、北方から、南方から、東方から、西方から、天から巨大な鏡が出現。それは互いに繋がり、大きな建造物のようになった。

「これより、結界よ擬態せよ。」

天子である亜香里の命により出来たばかりの建造物は消滅。あとは、そこに八大蛇を連行するのみとなった。


◆力の態勢変更

約束通り、亜香里と妃果梨の力の交換がなされた。

それと同時に命士たちも五重集力を行う。

木は燃えて火を生むが如く、木の命士、忠通から、火の命士、朝陽に戦神佐須の力を全て送り込む。

火は燃えて土を作るが如く、火の命士、朝陽から、土の命士、晃に戦神佐須の力を全て送り込む。

土はその中に金を成すが如く、土の命士、晃から、金の命士、守常に戦神佐須の力を全て送り込む。

金は結露し水を発生させるが如く、金の命士、守常から、水の命士、教宗に戦神佐須の力を全て送り込む。

そうやって最後に命士全員の戦闘の力が集まった教宗の戦闘の力は計算通り、五重集力前の一万倍となった。

それを見届けると、教宗以外の命士たちは、補佐神読月の力を全て用いて八大蛇の身柄を討伐結界へと連行するため、八大蛇の捜索に妃果梨と暁を伴いながら討伐結界のある場所を後にした。


◆最期の覚悟と誓い

教宗以外の命士たちが八大蛇を捜索しに行っている間に、討伐結界の中で亜香里と教宗は言葉を交わし始めた。教宗は、強大な力の器となって懸念通り苦しい状況だったが、それでも愛する亜香里の顔を間近に見ることで、その苦しみを耐えられた。

「教宗、大丈夫?」

「天子、大丈夫だ。それよりも、この先の天子の負担の方が心配だ。近様から聞いた『痛み』、それが少しでも弱いものになることを願っている。」

「ありがとう。でも、本当はこわい。」

そんな亜香里の言葉に、教宗は何か出来ることはないか考えた。

そして、苦しい中ではあったが、教宗は亜香里を優しく抱き締めた。驚く亜香里に教宗はこう答えた。

「私の願いを天子に届けたくてな。より、近くで。」

「教宗。うん、ちゃんと届いたよ。頑張ろうね。」

教宗は、自らが命を落とそうと、亜香里は、亜香里だけは守ると腕から伝わるぬくもりに誓った。


◆最終決戦

八大蛇の身柄は、討伐結界に近づいてきた。

守常、晃、朝陽、忠通の順で補戦玉は粉々になって連行すら出来なくなるが、少しでも天子亜香里と教宗の力が八大蛇に通用するようにと最後の力を振り絞って八大蛇へ肉弾戦を仕掛ける。妃果梨と暁もそれに加勢するが、やがて暁の力すらすべて失われる。そんな中、忠通の拳からの攻撃により、八大蛇は討伐結界の中へと送り込まれた。

亜香里がそれを認めると、こう叫んだ。

「今より、戦いの時!討伐結界、擬態解除!!」

すると、再び鏡で出来た建造物が出現。亜香里と教宗、八大蛇のみの空間となった。

ただならぬ気配に八大蛇は、まずは教宗だけでも倒そうと地震えの災いを仕掛けた。

亜香里と教宗は、愛に裏打ちされた連携でそれを避けた。結界中に蔓延した地震えの災いは、討伐結界の鏡に乱反射し、八大蛇自身を攻撃する。八大蛇は相当の損傷を受けた。

そして、教宗と八大蛇の肉弾戦が繰り広げられる。戦闘能力が格段に上がっている教宗の攻撃は、八大蛇を更に弱らせた。

しかし、それだけでは足りないと考え、教宗は、より八大蛇に亜香里のとどめが通るよう「命士奥義」を展開することにした。

「水の命士の名において、戦神佐須の力を展開せん。突き刺せ!雨状剣!!」

教宗は、いつものように唱える。

すると、通常のように雨が降り始め、八大蛇の付近に到達するとその雨は、沢山の小さな剣となった。通常ならば一度で終わるのだが、いっこうに止まらない。八大蛇は、延々と傷つけられて行く。

その力に反応したのか、涙絆が発生。教宗の補戦玉から黒色の光線が亜香里の胸へと届く。それに驚く亜香里だったが、教宗の支援を無駄にしてはいけないと考え、

「我が身に宿りし天子の力が、邪な者に裁きを与えん。出でよ!破魔の剣!!」

とこちらもいつものように唱えた。亜香里の全身に今まで感じたことのない激痛が走る。その瞬間だった。いつもと違う様子の破魔の剣が出現。それは、破魔の剣「流」。強さを感じる光をたたえつつ清らかな水の膜を加えた剣だった。亜香里は更に驚く。しかし、これは教宗との愛が起こした奇跡と心を震わせ、その後押しを受け、破魔の剣「流」を八大蛇に突き立てた。

「何ゆえ、何ゆえ、我の命が流れて行かねばならぬのだ。」

そんな一言を残し、八大蛇は絶命。体、魂、意思、すべてが消えた。それと呼応するが如く、教宗の補戦玉は粉々になっていった。


◆再建

八大蛇の存在を滅したが、亜香里には、まだ一つ仕事が残っていた。それは、八大蛇から世界が受けた損傷を修復すること。妃果梨より創造の力を全て戻してもらい、修復のためにその力を展開した。その修復の力は、亜香里自身にも働き、体中に巣くっていた痣状の模様も消していった。

すべての損傷が修復したとき、亜香里の口が動いた。

「我には、もう力が残っておらぬ。今度こそ、永遠に眠ることとなろう。天子2人、命士5人、そして従者よ、よく八大蛇を討ってくれた。我は満足ぞ。これより、そなたらは、そなたらとして生きろ。」

そして、近は、亜香里の中で永遠の眠りに就いた。

「近ちゃん。」

さびしがる亜香里を教宗は励ますように抱き締めた。


◆喜びの瞬間

補戦玉を失った教宗は、過去に帰ることが出来なくなった。

そんな教宗は、ある年の3月、とある高校の敷地内にいた。その高校では、入学試験の合格発表があとわずかというところまで迫っていた。

右手の小指に口づけをする教宗。その直後、歓声が上がる。

そして、男子生徒が教宗に駆け寄って来た。

「文室先生!俺、合格した!!高校でも文室先生の塾、通う!!」

「大歓迎だ。」

教宗は、力強く頷いた。そして、3月の笑顔の海を見渡し、微笑んだ。

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