木の命士編
◆世の中
八小蛇の影響がようやく消えた妃果梨は、八大蛇に吹き飛ばされ、傷ついた暁の面倒を見ていた。あれから暁はすぐに意識を取り戻し、八大蛇に吹き飛ばされた恐怖から逃れるために妃果梨を頼ってきたのだ。
そこで、妃果梨は暁の過去を知ったが、自分では背負いきれないとこの日、相談するため亜香里たちを訪ねてきた。
そこで話を聞いた光輝が暁と話したいと言った。
そして、光輝と暁はある日対面した。
「はじめまして。」
光輝は、そう挨拶した。
「え?今まで顔合わせて来たんじゃ?」
「君と戦っていたのは、僕じゃない。忠通なんだ。」
「た、確かにしゃべり方違う。」
「そうでしょう?『違う』理由、それが君と話したかった理由でもあるんだ。」
と、光輝は、美容師採用から自殺未遂直後の出来事を暁に説明した。
「それで、僕のここに忠通がいるようになって、君と敵として戦うことになったんだよね。」
光輝は、自らの胸を指差しながら話を締めくくった。
「ふうん。」
「世の中って冷たいって僕、思ってたけど、忠通が導いてくれた天子たちとの出会いで考えは変わったよ。『世の中捨てたものじゃない』って。」
「よかったな。」
他人事のように暁は言った。
「きっと、君もここにいたらわかる。ねえ、僕らと一緒に居てみない?陰の天子、妃果梨さんと共にさ。」
「八大蛇が、恐い。」
光輝は、その暁の言葉に少し考えてこう返した。
「それは、君の自業自得とは思うね。けれど、きっとそれも克服出来るよ。天子たちといたら。」
「そんな奴らなのかよ?」
「僕が保証するよ。もし、その事を実感できなかったら僕の責任。そのくらい、今、僕は仲間たちが好きなんだ。」
「羨ましいな。そこまで思えるのって。」
「君も、そうなるって信じてるよ。」
この提案で、妃果梨と暁は亜香里たちと行動を共にすることになった。
◆新聞
そんなある日の新聞。そこには「連続災害に立ち向かうボランティアたち」という見出しが踊っていた。
「なんだい!なんだい!これは!!」
大伴命前神社にて、一朗太の困惑した叫びが響いた。それもそのはず、天子亜香里と命士5人が隠し撮り的な写真付きで紹介されていたのだから。自分の預かり知らない所で息子たちが新聞掲載を許可したのかと思い、朝陽にその件で尋ねた。
「いいや?そんなこと俺知らないよ?」
その流れで亜香里たちはその記事を知る。内容は、亜香里たちを持ち上げるものだったが、不特定多数の人々に顔が晒され、何とも言えない恥ずかしさを覚えた。
「うわ、こんな記事出されたら俺、復職した時にどんな顔すればいいんだよ?」
というのは、晃の弁。その後、一朗太は新聞社に抗議したが、それは受け入れられなかった。
◆練習台
その日も、亜香里は光輝の美容師としての練習台になっていた。
「今日は、こうきたのね。いつもいつも素敵にしてくれてありがとう。光輝。」
「こちらこそ、いつもいつも嬉しい言葉をありがとう。天子。」
「光輝にヘアアレンジしてもらうと気持ちが上がるよ。私、一生光輝に髪、セットしてもらいたいくらい!」
「それじゃあ、もっと腕磨かなきゃだね。僕。」
「楽しみにしてるよ?光輝。」
「こんな事が出来るなんて、あの時は想像してなかった。僕は、他の命士には頭が上がらないよ。」
「そうだね。生きててよかったよ。」
「命士のみんなに助けられたこの体、忠通には目一杯使ってもらおうって思ってるよ。」
光輝は目一杯の笑顔を亜香里に向けた。それを見つつ、亜香里はそこから去った。
「天子。」
しかし、急に光輝の表情が曇る。
「何で、どうして?」
◆奪われたもの
その後、亜香里は、短い時間ではあったが、朝陽と教宗の授業を受けた。この日は音楽の教科書を使っての学習だった。
「雅楽、かぁ。」
朝陽は呟く。
「雅楽って、教宗たちの時代にもあったんだよね?」
亜香里は言った。
「そうだ。少し、私も模倣をした時もあったが、詳しいのは、忠通だ。忠通は、朝廷に支えた楽士だったからな。」
亜香里は、朝陽と共に「凄い。」と声を上げた。授業が終わると、亜香里と朝陽はいてもたってもいられず、教科書を持ちながら忠通に話を聞きに行った。そして、教科書の雅楽のページを開きながら、亜香里はこう尋ねた。
「この曲、知ってる?」
その曲は、剣舞に合わせるための物で、弦楽器を主とし、打楽器を添えた形で演奏する曲だった。
「『山茶花』ですか。知ってますよ。私が作りましたから。」
その言葉に朝陽が興奮しつつも疑問を投げ掛けた。
「えっ!えっ!凄い!!けど、忠通の名前、どこにも書いてないじゃん?どういうこと?」
「その、信じてもらえないかも知れないですが、私が帝に献上した曲がいつの間にかそこに書いてある方の作った曲となってしまいましてね。『奪われた』んですよ。」
「酷い。」
亜香里が眉間に皺を寄せつつそう言った。
「私が丹精込めて作った曲が奪われた悔しさはありましたが、名声はさして必要なかったので、その方にくれてやりました。その後、その曲の重圧に負けてその方は早々と楽士の世界から姿を消しましたが。」
「そうだったんだ。教科書に書いてない話、ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
◆孤独の命士
亜香里と光輝、亜香里と忠通が穏やかなやり取りを繰り広げた日々からあまり日を置かない日の事だった。八大蛇の様子は、いつにも増して苛烈であった。自らの力を間髪入れずに展開、命士たちに浴びせかけた。
「土」「火」「水」「木」の順で放たれる災いで、地震、火災、豪雨、崖崩れが起き、教宗、守常、朝陽、晃の順で倒れた。4人は、意識を保つことは出来たが、戦闘が出来る状態ではなくなってしまった。妃果梨と暁は、そんな4人の元に行き、盾になろうとした。
「皆っ!!」
亜香里の絶望の声が響くが、まだ、忠通がいた。
「天子!私がいます!!」
忠通は励ますように前に立つ。しかし、無情なことに八大蛇は、「金」の力を膨らます。「金」は、「木」を切ってしまう。とてもとても「木」の忠通を前に立たせる状況ではない。この場合、「金」をとかす「火」、朝陽の力が必要だが、当の朝陽は倒れてしまっている。亜香里は、忠通を下げ、自らの破魔の剣にて八大蛇に立ち向かう判断をした。
「忠通、下がって!私が何とかする!!」
と、言った瞬間だった。強い風が渦を巻き、周辺の金属を凶器に変える。竜巻の発生だ。
「私がやるしかありません!!」
忠通は、凶器と化した金属を避けつつその拳で落としながら、八大蛇へ向かって走り出した。その様は、まるで舞っているかのようだった。
「ああ、あれが、忠通だ。」
教宗の切れ切れな声が亜香里の耳に届く。
「やっと、やっとその戦いを取り戻したか。忠通。」
守常の苦しそうな声も続けて亜香里の耳に届いた。それを受け、亜香里は声を上げた。
「これが、忠通っ!」
その忠通は、八大蛇からの「金」の力に戦力が削がれつつ、至近距離で八大蛇に向かって命士奥義を展開した。無駄なく八大蛇に毒を浴びせかける事ができた忠通は、八大蛇の動きが鈍ったのを確認すると、亜香里を呼んだ。
「天子!今です!!」
その声に亜香里は今度こそ破魔の剣を繰り出し、八大蛇に突き立てた。
「木の命士っ!!」
八大蛇は、忠通を恨めしそうに見つつ倒れた。
「ごめん、天子。俺、『火』を使えなくて。」
朝陽が弱々しく言う。
「大丈夫。」
亜香里がそう返すと、晃が空を仰ぎながらこう言った。
「すげー、1ヶ月半は安泰だぜ。」
◆非常事態
八大蛇を忠通と亜香里の力で倒したものの、命士4人が戦闘不能になってしまったことは変わりない。
近もこの事態を重く見た。
「八大蛇を退けたものの、命士の8割が動けない状況は放ってはおけぬ。」
亜香里もその気持ちは一緒だった。脳内で近にそれに対する同意を伝えた。
「力が回復するまで仮に、我の力を4人に貸与する。力が戻るまで持つがいい。」
そして、亜香里から教宗、守常、朝陽、晃に近の力が注がれる。
すると、4人はたちまち通常のように動けるようになった。4人は口々に近に感謝する。そして、力が貸与されなかった忠通も、こう、近に言葉をかけた。
「近様、命士への計らいに心より感謝申し上げます。」
「私からも、近ちゃん、ありがとう。」
それから1週間後だった。4人の命士たちの力は戻った。それに伴い、亜香里へ4人に貸与された近の力が返却された。
本来の元気を取り戻した命士たち。自然と1週間前の戦いの話をするようになった。忠通の強さに称賛の声が上がる。その忠通は、遠い目をしながら、こう言った。
「私は、1,000年の間実質孤独でした。殊更に一之丞が晃に転生してからの25年程は真の孤独の時間でした。しかし、光輝に受け入れてもらい、教宗と守常に再会し、晃そのものと対面し、天子、朝陽、陰の天子やその従者とも出会うことが出来ました。みな、私を孤独から救ってくれた方々です。そんな方々のためを思い、かつての強さを取り戻さなければならないと思った結果です。この強さは、私の物ではありません。みなの物です。」
「そこまで私たちの事を思ってくれてたのね。忠通。私も、負けないように忠通のこと、考えなきゃ。」
亜香里は笑顔で返した。命士たちも、その笑顔に続いた。
◆動かぬ木の命士
そんなある日、光輝の体は眠ったままであった。光輝が起きないのであれば、忠通が起きて来るのだがそれもなかった。
晃が光輝の体に先の戦いで何かあったと思い、今の自分が出来る範囲で眠ったままの光輝を診る。
「わからねぇ、何があったんだ?忠通も、光輝も。」
亜香里は不本意ではあったが、天子としての力を使い強制的に木の命士を起こすことにした。
「起きよ!木の命士!!」
すると、光輝が起きた。
「ごめん、天子。」
「どうしたの?光輝。」
光輝は亜香里の顔を直視出来ない様子で、こう言った。
「その、2人きりで話できないかな?」
亜香里は疑問の目で光輝を見つつも、それを了承した。そして、光輝は単刀直入に言った。
「天子、僕は君を好きになってしまったんだ。」
亜香里は驚くばかりだった。高鳴る鼓動に言葉が紡げないまま、光輝の次の言葉を聞くことになった。
「同時にね、忠通も君を好きなんだ。」
驚きに輪をかける言葉だった。
「僕は、こう思うんだ。戦える強い忠通の方が天子を守ってやれる。だから、忠通の方が天子にふさわしいと思ってる。だから身を引くって、忠通と喧嘩してたんだ。」
「光輝。」
ようやっと声を出すことが出来た亜香里の目の前で光輝は一瞬気絶した。しっかり、と声をかけようとしたところ、忠通が表に出てくる。
「余計な事を光輝は言うんですね。私が天子を愛してしまったのは事実ですが、天子、もし愛してくださるのなら、光輝を愛して差し上げてください。戦いにお供している私が、あなたのお心の中にいたら、戦いの事を忘れられなくて、お辛いでしょう。」
「ちょっと待ってよ。そんな!私のことを勝手に2人で決めないでよ!!」
「天子。申し訳ありません。」
「考えさせて。答えはいつになるかわからないけど。」
◆避難所での悪意との対面
その日、亜香里は忠通と共に避難所の警戒にあたっていた。
「えっと、五十嵐、だよな?」
すると、急に話しかけてきた男がいた。忠通は、それに応対。
「そうですよ。」
「なんか、お前有名になったな。すげぇボランティアやってるんだって?」
静かに頷く忠通。
「いやー、この連続した災害、こええよ。それに立ち向かってるって聞いたけど本当だったんだな。」
「はい。確かに。」
「なんか、悪ぃな。守ってくれよ、俺たちを。」
「承知しました。」
「じゃあ、謝っておかなきゃな。お前の腕に嫉妬してさ、店長にお前のことであることないこと話したらクビにしてくれちゃったんだよな。いや、いい後輩を失ったぜ、俺は。悪かったな。五十嵐。」
「とんでもありません。お気になさらないでください。」
「なんか、ちょっと雰囲気変わったか?お前。まぁいいや。頼んだぜ。」
亜香里は、忠通と男の会話を信じられないような目で見ていた。そして、男が立ち去った後、しばらくしてこう言った。
「やっぱり我慢できない!あの人ひどい人!ちょっと一言、言ってくる!あなたのせいで光輝が自殺まで追い込まれたって!」
「天子、いけません。」
「どうして?」
「あのような方には、言わせておけばいいのです。それに、打算的ですが、恩を売ればこの先あの方は光輝に頭が上がらないでしょう。光輝に害を成す者が一人減ります。私は、あの方にとっては光輝として戦います。」
忠通は、光輝の胸の辺りを撫でながら続けた。
「私は、光輝がいたから、この体を貸してくれたから戦えている。だから、こんなことしか出来ませんが、恩返しがしたいのです。」
「忠通、そっか、じゃあこの気持ちはしまっておくね。」
「お心に負担をかけて申し訳ありません。天子。」
◆愛の決意
その日、亜香里は、木の命士を個別に呼び出した。
「なんだい?天子。」
「光輝、忠通はあなたの中で起きてる?」
「起きてるよ。」
「じゃあ、光輝、忠通、2人とも聞いて。私、2人のどちらかを選べない。私、光輝も忠通も愛すよ。そうすれば、2人は喧嘩しなくて済むでしょ?」
光輝は、喜びの表情を浮かべた。
「僕を選んでくれるなんて思ってもみなかったよ。ありがとう、天子!」
そして、亜香里を光輝は抱き締めた。亜香里は、それを受け入れた。更に、光輝は続ける。
「同時に、忠通を選んでくれてありがとう。忠通、君も天子を抱き締めてあげて?」
すると、少しの間、亜香里を抱き締める力が弱まる。
「天子、身に余る光栄です。私のみならず、光輝まで愛していただけるとは、思いもよりませんでした。」
再び強く抱き締められる亜香里。
「そして、ありがとうございます。光輝。」
◆突き付ける物
奇妙な愛を3人が結んだある日、光輝が亜香里に話しかけてきた。
「天子、ちょっとヘアアレンジの練習付き合ってくれない?」
「うん、いいよ?」
「今日はね、子供さん向けの練習したいんだ。近さんの意見聞きながらやりたいんだけど、いいかな?」
「そうだね。美容室には女の子も来るよね。」
亜香里は、近を呼ぶ。
「我でいいのか?光輝?」
「うん、いいんだよ。神様の女の子に意見もらえる貴重な体験だと思ってね。」
光輝は、真剣な目で近となった亜香里の髪を仕上げていく。仕上がった瞬間、光輝の目は、一瞬曇った。しかし、切り替えて笑顔を見せた。
「どうかな?近さん?」
「これが、我?よい!よいぞ!光輝っ!!」
近は、亜香里の体を使い、はしゃいだ。
「ありがとう。5歳位の女の子として髪形、作らせてもらったよ。気に入ってもらえてよかった。自信ついたよ。」
近はいつもの様子とは想像できない程の子供らしさを見せ、光輝に要望を投げ掛けた。
「違う我も見たい。もう1つ見せてくれないかの。」
「喜んで、近さん。」
光輝は、別のヘアアレンジを披露し、再び近を喜ばせた。近は、柄でもなくはしゃぎ過ぎたため疲れを感じた。
「なんだか、眠くなってきたの。光輝、此度は楽しかった。我は少し眠る。」
「そう、付き合ってくれてありがとう、近さん。おやすみ。」
亜香里に返却される口。
「近ちゃん、凄く喜んでたね。私も凄く楽しかったよ。あー、かわいい。」
年相応ではないが、とてもかわいいアップスタイルの髪形に亜香里は感動した。
「うん。」
光輝は、そう言うと、何かを決意した表情になった。
「楽しかった所で、色々、ついでで悪いけど、実は、ここからが本題なんだ。」
「え?」
光輝は、美容室でよく行われる合わせ鏡を亜香里にした。
「これ、何?」
亜香里の目に映ったのは、自らの首の付け根にある痣様の模様だった。亜香里は、そこにも出来てしまったという事実を初めて突き付けられた。その為、言葉が返せない。
「確か、僕が初めて天子の髪をいじらせてもらった時はなかった筈。痛くない?痒くない?体の方は何でもない?」
「今は、痛くないし、痒くもないよ。か、体の、後ろは、もう見たくないって思ってたから、しばらく見てなかった。気づかなかった。」
亜香里は震えた。
「体の方にも出来てるの?」
「あ。」
衝撃で隠さずに言ってしまったことを後悔する亜香里。
「ごめん、そうなの。光輝に見られちゃったから言うけど、これは、戦うと出来ちゃうの。」
「そうなんだ。辛かったね。でも、僕も辛かったよ。初めて気づいた時は、びっくりもしたし、何で天子が知らせてくれないのかって思った。」
「私も嫌な物を皆に見せたくなかったから。」
「天子、僕らにそう言う気遣いはいらないよ。」
そして、亜香里ははっとした。近頃の光輝がしてくれるヘアアレンジは首の付け根を隠すような物ばかりだったと思い出し、光輝が自分に配慮してくれていたことをここで知る。
「光輝、今まで隠しててごめん。」
「心配して、忠通にも相談しちゃったよ。」
「た、忠通?」
「どうしたらいいかってね。そうしたら、この作戦を出してくれたんだ。天子が隠したいって言うのなら、僕らの秘密にするし、これは髪で隠せるように僕が何とかする。」
「ありがとう。光輝。」
「忠通も心配してるから、話、してあげて?」
そう言うと光輝は忠通に意識を渡した。
「ああ、天子、改めて見てもお痛わしい。」
「ごめん、忠通。」
「いいえ、こちらこそ、騙し討ちのような事をして申し訳ありません。光輝も私もこの件でどうしても天子とお話しする機会を設けたかったので。」
亜香里は首を横に振りながらこう答えた。
「隠してた私も悪いよ。心配かけちゃったね。」
「心配かけられるのも、命士の役目だと私は思っています。だから、お気になさらないでください。」
◆楽士
痣の件でやり取りをした数日後、忠通は、光輝が美容師として亜香里の支えになることを決めていることに触発され、自分も楽士として何か出来ないかと思案した。
「『山茶花』。」
忠通は、しばらく思案した後、そう呟いた。光輝にもそれは聞こえていて、無言でそれを受け止めていた。
「あれは、帝が悲しみに接した時、励まそうと作った曲。今の天子にも通じます。これしかありません。」
すると、忠通は教宗と守常の元へと向かった。
「『山茶花』を知ってますか?」
急な忠通からの問いに驚きながらも教宗はこう答えた。
「あれは、よく打物の模倣をしたものだ。琴は扱えなかったからな。」
それに守常も続く。
「検非違使の剣の修練の際、戯れに剣舞を見よう見まねで習得したな。」
「なら、それを披露してみませんか。私と共に。」
突然の提案だった。
「実は、子細は言えませんが、天子のお心は今、傷ついているのです。」
2人は、目を丸くした。
「『山茶花』を、天子を慰めるために披露したいのです。教宗、守常、もし出来るのであれば協力してくれませんか?」
「天子のためだったら引き受けよう。守常は?」
「勿論、拒否する理由はない。」
その「山茶花」披露の件は、話が大きくなり、避難所での慰問のような様相を呈した。
避難所になっている学校にある楽器は雅楽に使用するものはなかった為、忠通が担当する琴は、ギターで代用し、教宗が担当する打物は、ドラムで代用することになった。また、さすがに真剣はなく、守常が使用する剣は、竹刀で代用することになった。
亜香里も含めて避難所にいる人々が集う中、「山茶花」の披露は始まった。
「山茶花」の出だしは、とてもさびしい物だ。それに合わせ、剣舞もあまり動きを見せない。しかし、時が過ぎるにつれ、旋律も剣舞も徐々に激しい物になっていく。激しさが最高潮になった時、わずかな時間の無音と剣舞の小休止が訪れる。それを越えた先に、明るい旋律と穏やかな剣舞が聴覚と視覚に優しさを与える。そして、静かに演奏と剣舞は終わりを告げた。
「忠通たち、凄い。」
洋楽器で披露された雅楽の新鮮さに会場は拍手の嵐が起こった。亜香里の胸は感動でいっぱいになった。披露を終えた忠通、教宗、守常の元に亜香里は駆け寄った。
「3人とも、凄い。もう、何て言葉にしたらいいかわからない位。凄い時間をありがとう。」
前向きな亜香里の言葉に、皆明るい表情になった。勿論、光輝も忠通の影で笑顔だった。
この亜香里への思いを込めた催しは、後日の「連続災害対策ボランティア避難所を慰問」という記事で世に知らされた。
◆破壊
慰問が大成功に終わった数日後、八大蛇の活動が認められ、それから八大蛇と何度も交戦する。そんな中、亜香里は、何か重しが取れたようなそんな表情で戦った。
亜香里は光輝のヘアアレンジを支えに、強さを取り戻した忠通と幾度も八大蛇に勝利してきたが、この日の戦闘では、八大蛇の一言に心が凍った。
「そうだ、八小蛇の模倣をしてみようか。恨めしい木の命士、そなたを乗っ取り、戦力を削る!」
八大蛇は、かなり前の戦闘にて忠通を倒せなかった事を根に持っていた。そう言い終わると、右腕の蛇にて忠通を拘束した。
「くっ。」
そんな忠通の声が響く短い時間でその体に八大蛇は潜り込んで行った。
「忠通っ!!」
亜香里は叫んだ。しかし、八大蛇の姿は既に消え、どうしたらいいかわからず、頭が真っ白になった。命士たちも亜香里に続いて忠通の名前を叫ぶが、もはや忠通となった八大蛇には攻撃を仕掛ける事は出来ない。出来る事と言えば、「木」に弱い「土」の晃が下がる事。
「おいおい、八大蛇さんよ!忠通を解放しろよ!!」
晃が自主的に撤退しながらそんな声を上げた。すると、一帯に八大蛇の声が響く。
「『解放』などあり得ぬ。くっくっくっ。」
吐き気を催す笑い声を八大蛇が上げたその時だった。木の命士が話し始めた。
「やめてよね。僕の体は、特別に許した忠通だから使っていいんだよ。君のような破壊神には、使われたくない!今すぐ、今すぐ出ていけ!!」
「光輝っ!!」
戦闘時には絶対に出て来なかった光輝の言葉に亜香里は驚く。それを尻目に八大蛇の声は響き続ける。
「ふふ、抵抗するのであれば、この木の命士を体内から破壊してやろう。すべての存在を、抹消する!!」
「やめてー!!」
大事な木の命士、愛する光輝、愛する忠通の窮状に亜香里は叫ぶ事しか出来なかった。
「僕が破壊されると言うのなら、天子たちに壊されたいね。勿論、君ごとだよ!!」
そんな光輝の言葉に亜香里は妃果梨の件を思い出す。
「そんなことできるわけないよ!光輝と忠通から、八大蛇を分離するよ!みんな、あの時のように力を貸して!!」
それを受け、教宗、守常、朝陽、晃から読月の力が亜香里へと送り込まれた。
「読月の力よ!木の命士から八大蛇を分離させて!」
妃果梨から八小蛇を分離した時より読月の力が1人分足りないのと、八小蛇より八大蛇の方が強く、あの時のようにすんなりいかない分離作戦。その為、それは熾烈な物となった。亜香里は次第に苦しくなっていく。そんな亜香里を命士4人と妃果梨、暁がそばに寄り、支えた。
「ここで負ける訳にいかないっ!絶対に助けるんだからっ!!」
亜香里の苦しい叫びが響く中、勿論、光輝も八大蛇に全力で抵抗した。その甲斐あって八大蛇は光輝の体から排除された。
「口惜しい。此度はここまでとする!!」
八大蛇は、逃走した。
「ありがとう、天子。そして、みんな。」
「光輝、よかった。八大蛇に壊されなくて。」
光輝は抵抗への疲労、亜香里は分離作戦の疲労から同時にその場にへたりこんだ。お互いに駆け寄りたかったが、それは疲労に阻止されてしまった。そんな中、亜香里が急に不安そうな声を上げた。
「忠通は?忠通は、無事なの?」
「ちょっと待ってね。」
光輝は目を瞑った。そして、再び目を開けるとこう言った。
「ああ、無事だったよ。忠通、天子に言葉、かけてあげて?」
「光輝がその精神力で私の魂を守ってくれて、無事でした。ご心配おかけしました。そして、分離へのお力添えに感謝します。」
「ああ、よかった。忠通。」
その後、亜香里は妃果梨に、忠通は命士たちや暁に支えられながらその場を後にした。
◆排除への決意
疲労回復のため、亜香里と忠通は休養を勧められ、一朗太の神社へと運ばれた。2人きりになり、並んで横になる亜香里と忠通。静寂がその場を包んだ。
静寂の中ではあったが、2人は見つめ合っていた。そして、忠通はしばらくすると亜香里に微笑みを見せた。その笑顔に亜香里の緊張の糸が切れる。堰を切ったように亜香里の涙が溢れ出て来る。その涙を隠そうと、亜香里は忠通に背を向けるが、忠通は起き上がり亜香里のそばに座る。そして、止まらぬ亜香里の涙を右手で何度も拭った。その手には、光輝の意思も添えられていた。
先程までの静寂は、亜香里の泣き声に変わり、場を埋め尽くした。
「無事でよかった。」
やっと亜香里は言葉を紡ぐ。
「そうです。私は、そして、光輝はここに確実にいます。」
「私、2人を失ったらどうなってただろう。」
「そんな事考えちゃ駄目だ、天子。君の心が壊れちゃうよ。」
忠通は光輝に変わった。そして、光輝は亜香里に添い寝するように横になり、亜香里を包んだ。そして、光輝はすぐに忠通に変わる。その忠通の補戦玉は、亜香里の涙で輝いていた。
一方、命士を失いかけた事を重く見た教宗たちは、集まり、完全なる八大蛇の排除を決意。亜香里と忠通の回復を待って話し合いをすることを決定した。
◆新たな結界考案と禁忌の力
近の力は、「創造」と「破壊」の入り交じった物であると断定。それでは、と八大蛇を最終的に討つ際は、近の「破壊」の力のみを用いるしかないと考えられた。近は、その案に反対したが、亜香里の希望により最終的にそれは受け入れられた。
これにより、作戦を実行する際には、亜香里の持つ近の力を全て破壊の物にするため、妃果梨が持っている近の破壊の力を亜香里に戻してもらうことに。その代わり、亜香里が持つ創造の力を妃果梨に預けることになった。
それだけでは心許ないと、何かをやれないかと話を続けた。すると、守護結界を応用した八大蛇討伐用の結界を張る案が浮上。これを「討伐結界」と名付け、決戦前に作る事を決定。結界を張る儀式中は、それに専念したいと、万が一の八大蛇襲来に備えて妃果梨と暁が天子と命士を警護することになった。
更に、念には念を入れるため、教宗は、「五重集力」の話を持ち出した。
理論上、命士5人の力を1人に集中させた上で戦えば八大蛇を凌駕する力を繰り出せると踏んでいる。
しかし、最終的に力の器となった命士の負担が大きいと予測されていたため、あまりに危険と考え、1,000年前の戦いの時は禁忌としていた。
命士の力を全員で繋ぎ、増幅するもの、それが「五重集力」というものだった。
それを行えば、最終的に力の強さ、量共に計算上、一万倍となる。
苦しいものになると誰もが予想したが、これ以上の八大蛇の暴挙は許してはならないと確実に八大蛇を討つために「五重集力」の解禁を行うこととし、最終的に力の器になった命士と天子の2人が討伐結界の内部で八大蛇と戦うことになった。
それにより、忠通が、その力の器となることに名乗りを上げた。
そして、決戦の直前、「討伐結界」を張り終えた後に実行することにした。
◆討伐結界
「討伐結界」を張る儀式は基本、守護結界の儀式と何ら変わりのない儀式ではあった。見た目に変わらない儀式を臨戦態勢の妃果梨と暁が立ち会う中、執り行う天子と命士。
しかし、違うこともあった。命士は佐須の力を用いた「地脈加勢」と名付けた術を展開。読月の力を用いた「地脈浄化」とは一線を画すものだった。
勢いづいた大地に亜香里が足を踏み入れ、近の破壊の力を用いた「結界発現」を展開。力に依らない攻撃的な舞を亜香里は天子として披露。
命士は、守護結界展開儀式と同様に天子を見守り、輪になって移動する。
そして、自らたちで考え出した歌を天子と共に歌いだす。
「討ち壊す力に怒れ万物よ怒れ我らと共に。」
その歌は、勇ましく力強い旋律であったが、それは、どこか切ないものでもあった。
亜香里は全身に痛みが走る中、忠通の存在から力を得ようと忠通の顔を愛おしそうに見つめる。その視線を忠通は真っ向から受け止め、愛おしそうな視線を返す。
そうしている内に、地面から、北方から、南方から、東方から、西方から、天から巨大な鏡が出現。それは互いに繋がり、大きな建造物のようになった。
「これより、結界よ擬態せよ。」
天子である亜香里の命により出来たばかりの建造物は消滅。あとは、そこに八大蛇を連行するのみとなった。
◆力の態勢変更
約束通り、亜香里と妃果梨の力の交換がなされた。
それと同時に命士たちも五重集力を行う。
火は燃えて土を作るが如く、火の命士、朝陽から、土の命士、晃に戦神佐須の力を全て送り込む。
土はその中に金を成すが如く、土の命士、晃から、金の命士、守常に戦神佐須の力を全て送り込む。
金は結露し水を発生させるが如く、金の命士、守常から、水の命士、教宗に戦神佐須の力を全て送り込む。
水は木を育てるが如く、水の命士、教宗から、木の命士、忠通に戦神佐須の力を全て送り込む。
そうやって最後に命士全員の戦闘の力が集まった忠通の戦闘の力は計算通り、五重集力前の一万倍となった。
それを見届けると、忠通以外の命士たちは、補佐神読月の力を全て用いて八大蛇の身柄を討伐結界へと連行するため、八大蛇の捜索に妃果梨と暁を伴いながら討伐結界のある場所を後にした。
◆最期の覚悟と誓い
忠通以外の命士たちが八大蛇を捜索しに行っている間に、討伐結界の中で亜香里と忠通は言葉を交わし始めた。忠通は、強大な力の器となって懸念通り苦しい状況だったが、それでも愛する亜香里の顔を間近に見ることで、その苦しみを耐えられた。
「忠通、震えてる。辛い?」
「確かに。1,000年ぶりかもしれませんね、こんなに苦しいのは。」
「前の戦いの時の話だね。」
その問いに答えは返って来なかった。そして、亜香里はその雰囲気にこう声をかける。
「あれ?光輝?」
「うん、そうだよ。苦しそうな忠通を休ませてやりたくてね。」
「そう、なんだ。」
「かく言う僕もとっても苦しいけどね。」
「大丈夫?光輝。」
「天子のそばだから耐えられるよ。この、死んじゃいそうなくらいの苦しみにね。でも、おかしいなぁ、あれだけ、飛び降りる前は死にたかったのに、今は、死ぬのがこわいよ。」
光輝は、亜香里の髪を撫でる。そして、こう続けた。
「ねぇ、最期になるかも知れないから、天子のヘアアレンジ、していいかな?苦しくて、手元が狂いそうだけど、きっととびっきりにかわいくしてあげるから。」
亜香里は頷き、拒否していないことを光輝に伝えた。迫る決戦に間に合うように眉間に皺を寄せつつも光輝は手早くヘアアレンジを済ませた。
「凄い、今までで一番かわいいかも。ありがとう。光輝。」
その言葉を受け、光輝は亜香里を抱き締める。
「さあ、戦いにいってらっしゃい、天子。忠通、天子を頼んだよ。」
光輝は亜香里を抱き締めたまま、忠通に意識を明け渡す。
「承知しました。光輝。では、参りましょう。天子!」
◆最終決戦
八大蛇の身柄は、討伐結界に近づいてきた。
教宗、守常、晃、朝陽の順で補戦玉は粉々になって連行すら出来なくなるが、少しでも天子亜香里と忠通の力が八大蛇に通用するようにと最後の力を振り絞って八大蛇へ肉弾戦を仕掛ける。妃果梨と暁もそれに加勢するが、やがて暁の力すらすべて失われる。そんな中、朝陽の拳からの攻撃により、八大蛇は討伐結界の中へと送り込まれた。
亜香里がそれを認めると、こう叫んだ。
「今より、戦いの時!討伐結界、擬態解除!!」
すると、再び鏡で出来た建造物が出現。亜香里と忠通、八大蛇のみの空間となった。
ただならぬ気配に八大蛇は、まずは忠通だけでも倒そうと巻き風の災いを仕掛けた。
亜香里と忠通は、愛に裏打ちされた連携でそれを避けた。結界中に蔓延した巻き風の災いは、討伐結界の鏡に乱反射し、八大蛇自身を攻撃する。八大蛇は相当の損傷を受けた。
そして、忠通と八大蛇の肉弾戦が繰り広げられる。戦闘能力が格段に上がっている忠通の攻撃は、八大蛇を更に弱らせた。
しかし、それだけでは足りないと考え、忠通は、より八大蛇に亜香里のとどめが通るよう「命士奥義」を展開することにした。
「木の命士の名において、戦神佐須の力を展開せん。乱れ咲け!毒花嵐!!」
忠通は、いつものように唱える。
すると、いつものように空中に花が咲く。花粉は振り落とされ、八大蛇に降り注ぐ。毒が浸透する中、花びらがこの時は散り始める。それは、毒針と変わり、それすらも八大蛇に刺さっていく。
その力に反応したのか、涙絆が発生。忠通の補戦玉から青色の光線が亜香里の胸へと届く。それに驚く亜香里だったが、忠通の支援を無駄にしてはいけないと考え、
「我が身に宿りし天子の力が、邪な者に裁きを与えん。出でよ!破魔の剣!!」
とこちらもいつものように唱えた。亜香里の全身に今まで感じたことのない激痛が走る。その瞬間だった。いつもと違う様子の破魔の剣が出現。それは、破魔の剣「葛」。強さを感じる光をたたえつつ美しい蔓を加えた剣だった。亜香里は更に驚く。しかし、これは忠通との愛が起こした奇跡と心を震わせ、その後押しを受け、破魔の剣「葛」を八大蛇に突き立てた。
「我の、野望の、花は咲かず、か。」
そんな一言を残し、八大蛇は絶命。体、魂、意思、すべてが消えた。それと呼応するが如く、忠通の補戦玉は粉々になっていった。
◆再建
八大蛇の存在を滅したが、亜香里には、まだ一つ仕事が残っていた。それは、八大蛇から世界が受けた損傷を修復すること。妃果梨より創造の力を全て戻してもらい、修復のためにその力を展開した。その修復の力は、亜香里自身にも働き、体中に巣くっていた痣状の模様も消していった。
すべての損傷が修復したとき、亜香里の口が動いた。
「我には、もう力が残っておらぬ。今度こそ、永遠に眠ることとなろう。天子2人、命士5人、そして従者よ、よく八大蛇を討ってくれた。我は満足ぞ。これより、そなたらは、そなたらとして生きろ。」
そして、近は、亜香里の中で永遠の眠りに就いた。
「近ちゃん。」
さびしがる亜香里を忠通は励ますように抱き締めた。
◆喜び癒しを
その日の新聞の一角に「サロンファイブ」なる美容室が紹介されていた。店主の凄腕美容師が毎月20日にソロギターライブを行う珍しい店と。
その月の20日、「サロンファイブ」では多数の客が訪れていた。
その店の店主は、バックヤードにて自らの右手の薬指に口づけをしていた。その後、客の目の前に姿を現す。
「お集まりの皆さん、ご来店、ありがとうございます。」
店主の一礼で客の拍手が起こる。その音に紛れ、店主は呟く。
「今月もいい音楽、よろしくね。忠通。」
「わかりました。光輝。」
甘い旋律の現代音楽が、店主のギターから響き始め、客の心を震わせた。




