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土の命士編

◆痛み

「痛い!痛たた!!」

そんな暁の声が上がった。

「おー、やっと目、覚めたか。」

晃の声がそれを追いかける。暁は絆創膏等が身体中に貼られていることに驚いた。

「暁くん、八大蛇に吹き飛ばされたみたいなの。それで色んな所怪我して、晃さんが面倒見てくれたのよ。」

妃果梨がそれに対して説明をする。

「妃果梨様!」

「『妃果梨』でいいよ、暁くん。」

「え、と、妃果梨さ、妃果梨さん。」

「なんだ、お前、かわいいとこあんじゃねぇか。」

そう言った晃は、暁への治療に足りない物資を取りに行くためその場を後にした。妃果梨は、暁と会話を続ける。

「私、亜香里さんと命士さんたちと一緒にいたいって思ってみんなの所に来たら、暁くんが寝かされていたから、本当にびっくりしたんだよ。」

「そう、だったんですか。」

「でも、良かった。もうちょっとで1ヶ月になるところだったんだよ。暁くんが目を覚まさなかったの。」

「1ヶ月も?」

「そう。今まで、色々あったんだ。暁くんのお父さんとお母さんも来てたし。」

「お、親父とおふくろ?」

「うん、そこで聞いた。暁くん、辛い思いしたんだってね。」

「余計なこと話したんだな。そう、そうなんだ!だから、この世界を壊したくて!!」

「そうだったんだ。」

少しの沈黙の後、妃果梨はこう続ける。

「でも、駄目だよ。そんな事は、これからやっちゃ駄目。」

「何で?」

「私も人の事言えないけど、暁くんは八大蛇とかと悪い事しちゃった人だよね。そんな暁くんを晃さんは自分は看護師だからって暁くんの治療とか頑張ってくれたんだ。」

妃果梨の話の途中で、晃が戻ってきた。そして、その妃果梨の話を聞いて、こう言った。

「俺の話なんてどうでもいいんだよ。陰の天子。」

妃果梨がそれに返す。

「それでも、晃さんが頑張って治した体でまた暁くんが破壊に行ってほしくなくて!」

「いいんだよ、俺は。俺が治療した奴がそれから何しようと気にしねえよ。俺は、全力で治してやって、そいつがまた敵になったとしたら、全力で戦うまでだ。」

妃果梨が不服そうに、

「そんな。」

と言うが、晃はこう返した。

「陰の天子にだいぶ手伝ってもらったのが悪かったかな。ありがとな。俺の事まで心配してくれて。」

「いいえ。」

そこで、妃果梨は引き下がった。晃は今度は暁に向かってこう声をかける。

「お前にとってどうでもいい事かも知らねえけど、俺、陰の天子が言った通り、看護師なんだよ。だけど、その仕事この戦いで出来ねえの。いつか戻った時にボケちまわないようにお前の傷が全部治るまで、『処置練習』に付き合ってもらうぜ。」

「じ、じゃあ、それまで付き合ってやる。治ったら、破壊に行く。」

「おー、行ってこい。その時は、負けねぇからな。」

しかし、暁はすべての傷が治った時、晃への恩義に足止めされ、破壊行為に行けなくなった。そして、なし崩し的に妃果梨と行動を共にするようになった。


◆ありきたりな戦闘

八大蛇は、その日「土」の力を膨らませ破壊行為を行おうとしていた。

「教宗!下がって!!忠通!行くよ!!」

亜香里の勇ましい指示が飛ぶ。名前の呼ばれなかった晃は、戦闘補助に回り、八大蛇へ付かず離れずな距離感を保ちながら肉弾戦を繰り広げる。

更に、亜香里と忠通はじめ命士の攻撃の様子を観察し、八大蛇にどのくらいの損傷を与えているかを計算する。

「えーっと、これで3日。」

朝陽と守常の補助も八大蛇に届く。

「おっと、これは、1週間に伸びるな。」

そうしているうちに、忠通が命士奥義を展開。

「今日は、どんくらいの威力で忠通、やるんだろうな。」

誰にも聞かれないごくごく小さい声で呟きながら計算する晃。

「そうきたか、じゃあ、1ヶ月と1週間くらいって所かな。天子の剣含めて。」

八大蛇は、1ヶ月と1週間の雌伏の時を強いられながら撤退。

「あー、今回は1ヶ月と1週間だ。」

晃は全員にその事を周知。それを聞きつつ一行は撤退していった。


◆夏

そんな形で戦い続ける亜香里の「痣」は、前腕まで広がってきた。それを隠すため、亜香里は暑い日でも長袖が欠かせなくなってきた。

それを見て、晃はとある心配をした。

「暑くねぇの?天子。そんな格好してたら熱中症になっちまうぜ?」

確かに亜香里は暑くて仕方がなかった。晃の懸念が実現してしまいそうなくらい。しかし、「痣」を見せたくないその一心だったため、晃に亜香里は嘘をついた。

「えっとね、私、日焼けが嫌なんだ。だから長袖着てるの。」

晃はとてつもない違和感を抱いたが、詰問する事でもないと、その場では引き下がり、亜香里の元から離れた。亜香里は、一言呟く。

「暑いなぁ。」

周りを見回し、誰もいない事を確認。腕まくりをし、涼を得た。すると、体が楽になってきたため、眠気を催し、そのまま居眠りをしてしまった。

しばらくして、晃が戻ってくる。その晃が目にしたのは、左右の前腕に薄いものではあるが、おびただしい「痣」を持ちながら眠っている亜香里だった。

「おい、何だよこれ!」

すると、目を開ける亜香里。しかし、話し始めたのは、近だった。

「亜香里の体の模様であろう?すまぬ、我の中の八大蛇から受け継いだ力がそうさせておるのだ。我のせいなのじゃ。すまぬ。」

「近さんを責めても仕方ねぇよ。責めた所で近さんの力は変わらねぇんだから。」

そう言った後、晃は押し黙った。

「どうしたんじゃ?晃。」

「近さん、責めんなら自分じゃなくて、俺を責めろ。」

「何でじゃ?」

「近さんの力を天子が使わなきゃならねぇ状況作ったの、元はと言えば俺のせいじゃね?」

「確かにそうかも知れぬの。しかし、晃を責める気持ちにもなれぬ。亜香里は、この模様のことは誰にも知られたくないようでの。晃、この事は忘れてやってほしいのじゃ。」

「わりぃ、それは出来ねぇ。」

「晃、駄目じゃ。」

そう言った近は、亜香里の目覚めの気配を感じ、こう続けた。

「亜香里が起きてしまう。晃、ここから立ち去れ。」

しかし、晃は留まり続けた。

「あ、晃!」

目覚めた瞬間、晃の姿を見た亜香里は驚きながら慌てた。同時にもう、遅いと思ったが、腕まくりした袖を戻そうとする。その手を晃は止めた。

「隠すなよ。」

「嫌だよ。」

「さっき、近さんから聞いた。何でだよ、何で誰にも相談しねぇんだよ?」

「相談したら、おおごとになっちゃうから。」

「こう言うのは、早めの治療が必要だと思うけどな。」

「治療?出来るのかなぁ。」

力なく亜香里は言った。晃はうっかり亜香里を責めてしまったと話の方向性を変えた。

「わりぃ、出来るかわかんねぇのに言っちまった。あのよ、それ含めて俺のせいだから、もし、痣のことで限界だったら俺を責めろよ。」

「え?話がわからないよ。これと、それ、何の関係があるの?」

「あー、それも、忘れてほしいことだな。何でもない。けれど、これから戦いで天子に起こる嫌な事は、全部俺のせいだから。」

晃は、やることを思い出したと、亜香里の元から去った。

「晃を、私が、責める?」

亜香里は、晃の真意が飲み込めず、首を傾げるばかりだった。


◆奔走のはじまり

「おい、教宗。」

「何だ?晃。」

「ちょっとだけ自宅に戻る。いいか?」

「多少の時間だったらいいが?」

「わかった!なるはやで帰る!!」

「『なるはや』とは?」

教宗の疑問を放っておいたまま、晃は自宅へ行ってしまった。

教宗は、首を傾げながら朝陽と光輝がいるのを見かける。

「朝陽、光輝、『なるはや』とは何だ?」

「えっ?」

朝陽は戸惑う。光輝が比較的冷静に意味を答えた。

「『なる』べく『はや』くってことだよ。教宗。急な質問に朝陽、びっくりしちゃったみたいだね。」

「うん。」

「なるほど。この時代には、まだわからないことがあるな。」

教宗は、2人に感謝しつつ、興味深そうにその場を後にする。

「な、何だかあんな教宗、初めて見たかも。」

朝陽が笑いそうになりながら言う。

「そうだね。でも、何で訊いてきたんだろうね?」

「あ、そう言えば。」

朝陽と光輝が和やかな雰囲気で話していたその時、晃は自宅に到着。

「何か、久しぶりだな。」

と独り言を言いながら部屋にある看護師としての教科書を片っ端からめくる。しかし、望んだ物が見つからず、うなだれた。そして、諦めて天子や命士たちの所へ帰って来た。

「早かったな。本当に。」

教宗は、そんな晃に声をかけた。

「色々、駄目だった。」

晃はそんな一言を残し、教宗の元から去った。


◆電話

それからの晃は、亜香里の痣のことについて頭がいっぱいになっていく。

「天子を、皮膚科に連れていきてえ。」

と、呟くが、亜香里が「おおごと」にしたくないと言ったことを思い出し、それは避けなければならないと断念。

しかし、何かやらないと気が済まなかった。自分が命士になったばかりの頃、どうしようもない鬱憤を亜香里にぶつけた。おそらく、その言葉が亜香里に何かしらの影響を与え、天子となったと推測し、自分があんな言葉を亜香里にぶつけなければ、あの痣は亜香里に出来なかっただろうと後悔した。そして、あの痣は、自分が何とかしてやらなければと自分を追い詰めていった。

「くそ、俺、馬鹿だ。」

亜香里の意向を尊重しつつ、晃の罪滅ぼしを果たすためには、晃自身が影で動く事が適当と判断。そこで、医療関係の友人を頼ることにした。まずはと、薬剤師の友人に電話をしてみる。

「あのよ、痣が酷い人がいるんだけどよ、市販で買える薬でよさそうな物、ねぇかな。」

「急にどうした、久しぶりに電話してきたと思ったら。」

「いや、訳あってさ。」

「市販ねぇ。」

薬剤師の友人は、しばらく思案し、心当たりの市販の塗り薬を数個紹介した。

「あー、その系統かー。ありがとな!!」

「えっと、その患者?どんな人?」

「俺の、大事な人って感じか?うまく言葉に出来ねえけど。」

「へぇ。あ、時間だ。仕事戻る。」

紹介された市販薬の中で晃がこれが一番効きそうだという物を夜間こっそり外出し、購入してきた。

翌日、晃は亜香里にそれを渡した。

「ありがとう。何だか気を遣わせちゃってごめんね。」

亜香里はそれを使ってみることにした。しかし、思うような結果は得られなかった。

「良くならなかったか。」

一縷の望みを懸け、今度は研修医の友人に電話する晃。すると、その研修医の友人は、薬剤師の友人の名前を挙げ、こう言った。

「噂の患者だな。」

「話行ったのか。」

「そうだ。」

「まぁ、その話なんだが、お前、皮膚科研修、行ったっけ?」

「先月終わったばっかりだ。だから、助言出来るとは思ったが、やっぱり患者の状態を実際診ないことにはなんともだな。1回連れて来たらどうだ?」

「いや、訳あって連れて行けねぇの。」

「じゃあ、無理だな。」

「そうか。わかった。」

「えっと、患者は女性?男性?いくつだ?」

「10代後半の女性だ。」

「それじゃあ、相当精神的にも参ってる筈だ。今のお前が出来る事は、そのケアなんじゃないかな。」

「その線で行こうかな。」

「そうしたらいいよ。じゃ、恋人を大事にな。」

「は?恋人?」

研修医の友人は、再び薬剤師の友人の名前を出しながら笑い、こう返した。

「何だかお前が『大事な人』って言ってたって聞いたから女性ならば、恋人なんじゃないかって話してた所なんだ。図星かどうかわからないけど、まあ、大事にしてやれよ。じゃあな、診察に戻る。」

友人の方から切られた電話に呆然とする晃。

「俺が天子を、好き?」


◆溢れる物

それからと言うものの、晃は亜香里を意識する。戦闘、守護結界展開儀式、避難所警戒、全ての瞬間、亜香里を見る日が増えた。勿論、友人の言った「恋人」を否定するために。

「あー、天子。」

しかし、晃は、その瞬間瞬間の亜香里の表情が愛おしくなっていく自分を止められなかった。

「好きだ、天子。」

ありとあらゆる気持ちの乗った呟きを空に響かせた後、改めて自分が亜香里に出来る事を探した。しかし、何も思いつかなかった。そこで、自らの補戦玉に話しかけた。

「俺は、何すればいい?天子に、何をすればいい?なぁ、読月さんよ、佐須さんよ。」

すると、少しだけ補戦玉が熱を持った。

「何かしてくれんのか?」

それに答えるようにわずかな光を放った。

「せめて、天子のあの痣は、これ以上増やしたくねぇ。何とかしてくれねぇか?」

すると、補戦玉ははっきりとした光とぬくもりを発した。その光とぬくもりが収まると、晃の右手の程近くに黄色の宝石をあしらった指輪が出現。

「な、なんだ?これ。」

補戦玉は答えない。しかし、願ったら出現した物、亜香里の痣への切り札となるだろうと亜香里に渡すことにした。

「何か、指輪って、プロポーズみたいじゃねぇか。」

と言いながら亜香里の元へと行った。

「何だか知らねえけど、神様に願ったら出てきた。多分、あの痣に効く物だと思う。試すも試さねぇも天子の自由だけど、受け取ってくれねぇ?」

「綺麗な指輪。うん、使ってみるね。」

亜香里はそれを指にはめた。晃は心が震えた。そして、言う予定ではなかったことを言葉にし始めてしまう。

「あのよ、返事は要らねぇけど、聞いてほしい事がある。俺さ、お前、好きだ。」

晃は、内心で「何を口走ってんだ、俺。」と思いながら止まらぬ自分の言葉を聞き続ける。

「俺には、お前を好きになる資格も、お前に好きになってもらう資格もねぇから。だから、答えはどんなものでもあっても聞かねぇつもりだ。」

更に加えられた言葉に晃は「止まれ、止まれ、俺の言葉!」と思った。しかし、全ての想いを吐き出してしまった。

「けどよ、俺、本当にお前が好きだ。だから、これからも命士として働く。よろしくな。」

その晃の言葉にどう返していいかわからない亜香里は、固まってしまった。その様子に晃はこう言い、その場を後にした。

「まぁ、忘れちまってもいいぜ?今、話したこと。」


◆抑制

晃の告白に戸惑う亜香里。しかし、戦闘は待ってはくれない。指輪をつけたまま、それから幾度も戦闘を繰り広げた。すると、戦う度に濃くなっていた痣は、そのまま、現状維持に留まった。

「晃、これ効いたよ!」

亜香里は、そんなある日晃を個別に呼び出し、指輪の効能を伝えた。

「こんなこと、戦い始めてから初めてだから、嬉しいよ。晃、色々考えてくれてありがとう。」

「そうかよ。よかった。」

それを聞いた晃は、そこから立ち去ろうとした。しかし、亜香里の言葉がそれを引き止める。

「やっとわかったよ。」

「な、何が?」

「晃を私が『責める』理由。」

「わかったか。」

「でも、気にしてる晃には悪いけど、私は全然そうは思ってないよ。罪滅ぼしはもう、この指輪で十分だよ。」

亜香里は指輪の黄色の宝石を撫でながら言い、こう続けた。

「だから、その、晃の『好き』に私の答え、言っていい?」

「あー、それは俺、一生背負うつもりだから。聞かねぇ。」

「晃、駄目?」

晃は頷いた後、逃げるようにそこから立ち去った。亜香里の雰囲気から、自惚れかもしれないが亜香里の自分への好意を感じたからだ。

「天子、駄目だ。俺を好きになるな。」

そう呟いたが、それも自分が亜香里への愛を告げてしまった事から始まっている。

「どこまで俺は馬鹿なんだか。」

晃は自嘲の笑みを浮かべた。

一方、取り残された亜香里は、晃の直感通り晃への好意を伝えるつもりだった。しかし、聞いてもらえずそのもどかしさに震えた。

「晃。」

そう呟いた亜香里の声は愛おしさが溢れていた。


◆愛する者のそば

亜香里は晃への好意を言葉で告げられないのなら、態度で伝えようと考えた。それは、晃のそばに出来る範囲でいること。それを実行した。

「な、何だよ?天子。」

晃は戸惑った。亜香里は微笑みながら無言でそばに居続けた。

そんな晃だったが、とある日、避難所にて高齢の女性に話しかけられた。

「あら、堀さん。」

「ああ、どうも。」

「お仕事休んでるって聞いたけど、元気そうでよかったわ。」

「ご心配をおかけしました。そちらもお元気そうでよかったです。」

「あら、これでも元気ないのよ?ハンサムな看護師さんがいなくなっちゃった病院に毎月通うのは、張り合いなくてねぇ。」

「そうでしたか。それはすみません。」

「でも、ここで会えてよかったわ。しばらく元気でいられそうよ。」

「それはよかった。」

「いつ、お仕事復帰するの?それまで私、待ってるわ。」

「あー、ちょっと時期は約束出来ないんですが、なるべく早くに戻りたいと思ってます。」

そんなやり取りをした後、高齢の女性は、微笑みながら晃の元を去った。

「晃の患者さん?」

「俺のって訳じゃねぇけど、まぁ、俺の働いてた病院に通ってる患者さんだ。」

「素敵な女の人だったね。」

そんな会話をしながら晃は仕事をしていた日々を思い出した。

後日、亜香里はじめ皆が集まっている場で晃はこう言った。

「俺は、命士で、これからも命士として働くつもりだけど、やっぱ仕事への未練を捨てられねぇ。ちょうど避難所では巡回医療チームが来てる。そこに手伝いに行きてぇ、何かあればこっちに戻る。けど、それ以外の時はそっちに行くことを許してくれ。」

「そうか。気持ちはわからないでもない。」

守常はそう答えた。

「わかった。許そう。」

教宗が許可を出す。

「ねぇ、それに私もついて行っていい?」

亜香里は晃から離れたくないためそう言った。それは、受け入れられた。

そして、命士と巡回医療チームのボランティアの二足のわらじを履くようになった晃は、精力的に働いた。

そんな中、巡回医療チームの看護師の女性リーダーからこんな声が上がった。

「堀さんみたいな若いのに腕がいい看護師が今、どこの病院でも働いてないってびっくりですよ。」

「訳あって休職中です。」

そんなやり取りをしながら避難者を1人1人診ていく晃。すると、1人の高齢男性の異変に気づく。

「ちょっとこれはまずい傾向なんじゃないですか?」

晃はチームの男性医師に声をかけた、

「確かに。ここでは手に負えない。すぐ病院へ運ぼう。」

その高齢男性は、救急車で運ばれて行った。晃はチームの称賛の声を浴びた。そんな晃の様子を少し距離を置きながら見ていた亜香里は、晃がとても頼もしく見えた。それ故、「好き」の想いも強くなっていく。どうしようもないくらい。


◆迷い

そんな中ではあったが、八大蛇はしつこいくらいに活動する。亜香里は命士らを引き連れ戦いに出る。

すると、この日は珍しく何の力も膨らませてはいなかった。かえって戦術に迷う亜香里。

「どうしよう。」

けれども、総力戦で行ける好機と思い、誰も下げることなく八大蛇と対峙した。

しかし、その戦いもつかの間、八大蛇は「木」と「水」の力を同時に膨らませた。

「あ。」

亜香里は血の気が引いた。愛する晃に関係する2つの力に対応せねばならなかったからだ。

再び迷う亜香里。しかし、今度は迷っている暇はない。放っておいたら近くで森林を巻き込んだ崖崩れと集中豪雨が起こってしまう。

「木」は「土」の栄養を奪うが如く、晃に害を及ぼすため下げたい。しかし、同時に「土」は「水」をせき止める役目も果たす。だから、晃を下げるわけにはいかない。

取り急ぎ、最初の指示を出す亜香里。

「朝陽!下がって!!」

朝陽の「火」が「水」で消されないようにとの判断だった。次に、「木」を切り刻む「金」の力が必要と指示を続ける。

「守常!来て!!」

晃はいつもと違う組み合わせに異変を感じる。朝陽が下げられる時は決まって自分が呼ばれる筈なのにと。

「天子!どうしたんだよ?」

晃は、思わず叫んだ。「土」の晃に害を及ぼしたくないが、亜香里は決断した。

「晃も来て!!」

そうして、亜香里は晃と守常を両脇に立たせ、こう指示した。

「晃!守常!同時に命士奥義を!!」

指示に従う晃と守常。突然のことで2人とも戸惑ったが、何とか息を合わせて命士奥義を展開。

「天子らよ、次は覚えておれ。」

そんな一言を残し、八大蛇は、亜香里の破魔の剣に屈した。


◆天子の決心

亜香里は、八大蛇撤退を確認すると、その場にへたりこむ。命士たちは駆け寄る。そして、ためらいがちに晃は亜香里に寄り添う。

「大丈夫かよ?」

そんな晃を間近で見て、亜香里はとある決意を固めた。


◆土の命士の決心

翌日、晃はネットニュースを流し読みしていた。そこには、「収束の見えない災害」とか「一連の災害の犠牲者5,000人超と推計」と書かれていた。

晃は、思わず目をきつく瞑った。命士として戦ってきたと言うのに5,000の命を救えなかったと。それを受けて晃はとある決意を固めた。

その後、晃は教宗に声をかけ、亜香里や命士たちを集めてもらった。

「なぁ、みんないいか。いい加減、八大蛇をぶっ潰せねぇかな。完全に。」

「私も、そう考えていたの。でも、何で急に?」

亜香里の問いに晃はこう答えた。

「5,000だぜ?八大蛇が殺した人の数。八大蛇を放っておいたら、これが10,000、20,000って増えてく。それを止めたい。」

「それは、避けなければなりませんね。」

忠通が同意する。

「ありがとな。だけど、出来れば、0がよかったけどな。」

晃は、うなだれた。その一言にその場に沈黙が流れる。しばらくすると、亜香里が声を上げた。

「『これから』0を目指そうよ、晃。」

それから、皆で八大蛇を完全に討とうと決定した。


◆罪滅ぼしの終結

その後、亜香里と晃は2人きりになった。

「晃は、凄いな。世の中の人のために八大蛇を倒したいって思えて。」

「俺は、仕事上で命が消える瞬間に何度も出くわした。1回だけでもつれぇのに、5,000回だぜ?俺が、俺たちが戦って来たっつうのに、5,000って。」

晃は、再びうなだれた。

「そんな立派なこと言われたら、私がこの戦いを終わらせたい理由がちっぽけになっちゃうな。」

「何だよ?」

「晃を看護師に戻してあげたい。ただそれだけ。晃が看護師の仕事大好きなんだってそばにいてわかったから。」

「ありがとよ。それだけで、十分だぜ。」

そう言葉を交わすと、しばらく無言の時間が流れた。その後だった。亜香里は急に腕まくりをした。

「何だ?急に?」

晃は亜香里の痣を再び見ることになり驚く。

「晃、これ、触って?」

「いいのかよ。」

「うん。」

真意のわからない事だったが、言われた通りに晃は亜香里の痣を撫でてやった。

「これ、出来はじめた頃はとっても嫌だった。」

「だろうな。俺のせいで。」

「やっぱり。晃は、これが出来ちゃったの、あの時晃が私に気持ちを伝えて、私が天子になったからって自分を責めてるんだよね。」

「そうだ。」

「でも、もうこれ、嫌じゃないよ。私が戦って来た証拠だから。私が戦って助けた命もあるって信じたい。これは、それを知らせてくれる。だから、これは今の私にとって誇りだよ。」

晃の目が揺れはじめる。

「晃があの時、私をきつい言葉で引っ張ってくれなかったら、今でも戦いから逃げてた。もっともっとたくさんの人たちを見殺しにしてた。それを止めたのは、間違いなくあの時の晃だよ。だから、もう、自分を責めないで。そして、私の気持ちを聞いてっ。」

亜香里のその声は涙で染まった。晃は、慌てながら亜香里の涙をその右手で拭ってやる。そして、こう返した。

「わかった。聞く。聞くから、泣くな。」

「晃、大好きっ。」

亜香里は晃に抱きついた。そんな亜香里を受け止めた晃の補戦玉は、亜香里の涙で輝いていた。


◆新たな結界考案と禁忌の力

近の力は、「創造」と「破壊」の入り交じった物であると断定。それでは、と八大蛇を最終的に討つ際は、近の「破壊」の力のみを用いるしかないと考えられた。近は、その案に反対したが、亜香里の希望により最終的にそれは受け入れられた。

これにより、作戦を実行する際には、亜香里の持つ近の力を全て破壊の物にするため、妃果梨が持っている近の破壊の力を亜香里に戻してもらうことに。その代わり、亜香里が持つ創造の力を妃果梨に預けることになった。

それだけでは心許ないと、何かをやれないかと話を続けた。すると、守護結界を応用した八大蛇討伐用の結界を張る案が浮上。これを「討伐結界」と名付け、決戦前に作る事を決定。結界を張る儀式中は、それに専念したいと、万が一の八大蛇襲来に備えて妃果梨と暁が天子と命士を警護することになった。

更に、念には念を入れるため、教宗は、「五重集力」の話を持ち出した。

理論上、命士5人の力を1人に集中させた上で戦えば八大蛇を凌駕する力を繰り出せると踏んでいる。

しかし、最終的に力の器となった命士の負担が大きいと予測されていたため、あまりに危険と考え、1,000年前の戦いの時は禁忌としていた。

命士の力を全員で繋ぎ、増幅するもの、それが「五重集力」というものだった。

それを行えば、最終的に力の強さ、量共に計算上、一万倍となる。

苦しいものになると誰もが予想したが、これ以上の八大蛇の暴挙は許してはならないと確実に八大蛇を討つために「五重集力」の解禁を行うこととし、最終的に力の器になった命士と天子の2人が討伐結界の内部で八大蛇と戦うことになった。

それにより、晃が、その力の器となることに名乗りを上げた。

そして、決戦の直前、「討伐結界」を張り終えた後に実行することにした。


◆討伐結界

「討伐結界」を張る儀式は基本、守護結界の儀式と何ら変わりのない儀式ではあった。見た目に変わらない儀式を臨戦態勢の妃果梨と暁が立ち会う中、執り行う天子と命士。

しかし、違うこともあった。命士は佐須の力を用いた「地脈加勢」と名付けた術を展開。読月の力を用いた「地脈浄化」とは一線を画すものだった。

勢いづいた大地に亜香里が足を踏み入れ、近の破壊の力を用いた「結界発現」を展開。力に依らない攻撃的な舞を亜香里は天子として披露。

命士は、守護結界展開儀式と同様に天子を見守り、輪になって移動する。

そして、自らたちで考え出した歌を天子と共に歌いだす。

「討ち壊す力に怒れ万物よ怒れ我らと共に。」

その歌は、勇ましく力強い旋律であったが、それは、どこか切ないものでもあった。

亜香里は全身に痛みが走る中、晃の存在から力を得ようと晃の顔を愛おしそうに見つめる。その視線を晃は真っ向から受け止め、愛おしそうな視線を返す。

そうしている内に、地面から、北方から、南方から、東方から、西方から、天から巨大な鏡が出現。それは互いに繋がり、大きな建造物のようになった。

「これより、結界よ擬態せよ。」

天子である亜香里の命により出来たばかりの建造物は消滅。あとは、そこに八大蛇を連行するのみとなった。


◆力の態勢変更

約束通り、亜香里と妃果梨の力の交換がなされた。

それと同時に命士たちも五重集力を行う。

金は結露し水を発生させるが如く、金の命士、守常から、水の命士、教宗に戦神佐須の力を全て送り込む。

水は木を育てるが如く、水の命士、教宗から、木の命士、忠通に戦神佐須の力を全て送り込む。

木は燃えて火を生むが如く、木の命士、忠通から、火の命士、朝陽に戦神佐須の力を全て送り込む。

火は燃えて土を作るが如く、火の命士、朝陽から、土の命士、晃に戦神佐須の力を全て送り込む。

そうやって最後に命士全員の戦闘の力が集まった晃の戦闘の力は計算通り、五重集力前の一万倍となった。

それを見届けると、晃以外の命士たちは、補佐神読月の力を全て用いて八大蛇の身柄を討伐結界へと連行するため、八大蛇の捜索に妃果梨と暁を伴いながら討伐結界のある場所を後にした。


◆最期の覚悟と誓い

晃以外の命士たちが八大蛇を捜索しに行っている間に、討伐結界の中で亜香里と晃は言葉を交わし始めた。晃は、強大な力の器となって懸念通り苦しい状況だったが、それでも愛する亜香里の顔を間近に見ることで、その苦しみを耐えられた。

「あー、苦しいぜ。」

その言葉を受けて亜香里は、晃に寄り添う。

「でもよ、犠牲になった人たちの比じゃねぇんだろうな。この苦しみ。」

「やっぱり、晃は立派な看護師だね。絶対、絶対、八大蛇を倒そう!そして、私に見せて?晃の看護師姿。」

「ああ、約束する。」

晃の心には、この苦しみか八大蛇に負けてしまう未来と、亜香里から力をもらって生き残る未来の2つが見えていた。晃は、亜香里を抱き締めることで、後者を取る決意を新たにした。

「これが、最期にならねぇように、また、天子を抱き締められるように、俺、全力で戦うな。」

「私も、そうするよ。晃。」


◆最終決戦

八大蛇の身柄は、討伐結界に近づいてきた。

朝陽、忠通、教宗、守常の順で補戦玉は粉々になって連行すら出来なくなるが、少しでも天子亜香里と晃の力が八大蛇に通用するようにと最後の力を振り絞って八大蛇へ肉弾戦を仕掛ける。妃果梨と暁もそれに加勢するが、やがて暁の力すらすべて失われる。そんな中、守常の拳からの攻撃により、八大蛇は討伐結界の中へと送り込まれた。

亜香里がそれを認めると、こう叫んだ。

「今より、戦いの時!討伐結界、擬態解除!!」

すると、再び鏡で出来た建造物が出現。亜香里と晃、八大蛇のみの空間となった。

ただならぬ気配に八大蛇は、まずは晃だけでも倒そうと森崩しの災いを仕掛けた。

亜香里と晃は、愛に裏打ちされた連携でそれを避けた。結界中に蔓延した森崩しの災いは、討伐結界の鏡に乱反射し、八大蛇自身を攻撃する。八大蛇は相当の損傷を受けた。

そして、晃と八大蛇の肉弾戦が繰り広げられる。戦闘能力が格段に上がっている晃の攻撃は、八大蛇を更に弱らせた。

しかし、それだけでは足りないと考え、晃は、より八大蛇に亜香里のとどめが通るよう「命士奥義」を展開することにした。

「土の命士の名において、戦神佐須の力を展開せん。切り裂け!斬爪砂!!」

晃は、いつものように唱える。

すると、いつものように砂が爪のように変化。その爪は、時間を経るにつれて大型になっていく。それは、通常では見られない光景だった。砂で出来た大型の爪は、容赦なく八大蛇に損傷を与えた。

その力に反応したのか、涙絆が発生。晃の補戦玉から黄色の光線が亜香里の胸へと届く。それに驚く亜香里だったが、晃の支援を無駄にしてはいけないと考え、

「我が身に宿りし天子の力が、邪な者に裁きを与えん。出でよ!破魔の剣!!」

とこちらもいつものように唱えた。亜香里の全身に今まで感じたことのない激痛が走る。その瞬間だった。いつもと違う様子の破魔の剣が出現。それは、破魔の剣「磐」。強さを感じる光をたたえつつそこかしこに光沢のある薄く小さな石を加えた剣だった。亜香里は更に驚く。しかし、これは晃との愛が起こした奇跡と心を震わせ、その後押しを受け、破魔の剣「磐」を八大蛇に突き立てた。

「ぐぐっ。我の磐石さを凌駕するものが、あったとは。」

そんな一言を残し、八大蛇は絶命。体、魂、意思、すべてが消えた。それと呼応するが如く、晃の補戦玉は粉々になっていった。


◆再建

八大蛇の存在を滅したが、亜香里には、まだ一つ仕事が残っていた。それは、八大蛇から世界が受けた損傷を修復すること。妃果梨より創造の力を全て戻してもらい、修復のためにその力を展開した。その修復の力は、亜香里自身にも働き、体中に巣くっていた痣状の模様も消していった。

すべての損傷が修復したとき、亜香里の口が動いた。

「我には、もう力が残っておらぬ。今度こそ、永遠に眠ることとなろう。天子2人、命士5人、そして従者よ、よく八大蛇を討ってくれた。我は満足ぞ。これより、そなたらは、そなたらとして生きろ。」

そして、近は、亜香里の中で永遠の眠りに就いた。

「近ちゃん。」

さびしがる亜香里を晃は励ますように抱き締めた。


◆治す

晃は自らや、亜香里はじめ皆の尽力にて作った穏やかな世界で看護師に本格的に復帰。

それから何年経ったか。晃は、職場の手術室付近の一角に佇んで右手の人差し指に口づけをしていた。

しばらくした後、手洗い等の作業を開始。手術室へと入室。

「今回、初めてオペ看リーダーを務める堀晃です。皆さん、よろしくお願いします。」

そして、手術時間のカウントが始まった。

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