受験勉強
新川さんと付き合ったとはいえ、デートらしいデートはしていない。一緒に予備校に通い、一緒に講義を受け、たまに喫茶店に行ったり、ファミレスで夜ご飯を食べるぐらいだ。勉学に励むため、というよりはお金がないのが原因だ。
「今年の夏は10年ぶりの暑さ」毎年恒例のセリフを言うテレビのお天気お姉さん。今年は当たっているようだ。タオルで汗を拭き、シーブリーズを体に塗り込む。夏だ。
「夏を制する者は受験を制す」
ホワイトボードには、これまた恒例のセリフが書かれている。大学生は海や山でバカンスを楽しむ季節に、僕たち予備校生は必死に勉学に勤しむのであった。自業自得だが。
僕は、模擬試験の志望校の判定が、Bまで上がっていた。志望校といっても、関西の中堅大学だ。
「ねえ、涼ちゃん。私達同じ大学に行かない?」
講義中、ヒソヒソ声で、景子が話しかけてきた。夏には、「新川さん」から「景子」と呼ぶまでになっていた。
僕と景子は地元京都の中堅大学を、第一志望にすることにした。
講義が予定より早く終わった夕方、春には桜が咲き誇っていた鴨川沿いに行くことにした。夕方の鴨川は夕日がやさしく、人を丸く包み込むようだ。決められたように、カップルが等間隔に座っている。夕方から夜に変わろうとする、ロマンティックなムードの中で、僕と景子はキスをした。
次の朝、景子といつもの待ち合わせ場所に急ぐ。昨日のキスの感触が、まだ記憶されている。景子はどんな顔で現れるのか。僕は誇らしげの中に、気まずい感情がマーブルのように混ぜ合わされていた。
「涼ちゃん、おはよう。」
景子は思ったよりサバサバしていた。少し照れたような態度をすると予想していたが、ハズレだった。少し残念な感情と、舞い上がっていた恥ずかしい感情が込み上げて、僕は蚊の鳴くような声で、おはようと呟いた。