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「新川さんは、大学生の彼氏がいるんやんな?」
講義が終わり、生徒が帰った後の教室で、僕はなんとなく、大切な質問をしてみた。
「私、彼氏いたこと一度もないよ。告白は何回かされたことはあるけど、全部断ってた。高校生の時は女子と遊んでるほうが楽しかった。だから大学生の彼氏がいるって嘘ついてたんだ」
僕は驚きと同時に、何故か安心した。
「涼ちゃんは、彼女さんいるの?涼ちゃんかわいいから、結構人気あったんだよ」
かわいいとは、よく言われていたが、僕にとっては屈辱的な言葉だった。恋愛対象に見られないからだ。
「僕は彼女どころか、高校時代、禄に女子と話したこともないで」
「じゃあ、私達、付き合ってみる?」
頬杖をつきながら、僕の目を凝視した。「付き合ってみる?」という言葉が、実験的なものか、取り敢えず的に感じた。
「え?本気で言ってるん?」
「うん、本気。予備校通っているうちに、私、涼ちゃんのこと好きになってしまった。顔も好きやし、話もおもしろいし、ツボが一緒。付き合ってくれないかな?」
お互い、真っ直ぐ前を向いて話していたが、新川さんは、顔を赤らめて、僕の顔を凝視した。僕は耳まで赤くなっているのが、自分でもわかった。
「俺は新川さんのこと、高校の時から憧れてたし、話してて楽しいし、付き合ってくれたら嬉しい。もちろんオッケーやで。」
「やったあ!今日から涼ちゃんが彼氏。嬉しい!」
クールなイメージの新川さんは、これまで見せたことがない、無邪気な表情で、僕の手を掴んで上下させた。
新緑の木々が、美しさと静かさを融合し、そろそろ日差しが木々に降り注ぐ季節の出来事だった。
しかし、僕たちの本業は受験勉強だ。全国模試の志望校合格判定は、C判定が並ぶ。もし志望校全落ちしたら、一体どうなるのだろうか?いや、まだこれからでも間に合う。自分にそう言い聞かせて、新川さんとふたり並んで講義を受けるのだ。
夜のドラマを観て、息抜きしている時、電話の子機が鳴った。
「はい、高田です」
「あっ、涼ちゃん。久しぶり。同じ予備校やけどあんま出会わへんな。元気にしてる?」
「おお、中川、久しぶり。」
「俺と徳井は、一緒に講義受けてるけど、涼ちゃんは友達できた?」
なんとなく、上級コースの自信が言葉尻に感じられる。
「友達というか、彼女ができたねん」
自慢を抑えて、淡々と返した。
「マジで?涼ちゃんに彼女が?予備校の生徒か?」
「新川さん。高3の時の一軍のトップ、新川さん」
自慢を隠せず、僕の声は自信に満ちていた。
「え、あのマドンナと涼ちゃんが付き合った?一体何がどうなってんの?」
僕は一部始終を話した。
「マジかよー。涼ちゃんが新川さんと付き合うとは。ほんで、もうやったんか?」
「まだ付き合ったばっかりやし、やってないわ。」
「やったら絶対報告しろよ。」
なんで報告しなあかんねん、と思いながら、風呂入るわと誤魔化して電話を切った。