おたふく風邪
高校を卒業して、数日後、予備校のクラス決めの試験がある。今後の人生を賭ける大事な試験の日、僕は家で寝込んでいた。弟から感染ったおたふく風邪のせいだ。試験を受けに行く気力はあった。しかし、おたふく風邪とはよくいったもので、顔がパンパンに腫れ上がっていた。こんな顔で、電車に乗る勇気は、流石になかった。
「涼介、中川くんから電話やで」夢なのか現実なのかわからない。母の声だった。
僕は子機のスイッチをオンにして、電話に出た。
「涼ちゃん、大丈夫か?俺と徳井、上級コースになってしまった」
中川は、僕のことより、上級コースになったことを聞いてくれと言わんばかりのハイテンションだ。
「よかったな。僕は試験受けてないから下位クラスや」熱のせいで、ローテンションだ。この日から、予備校に通う気は失せてしまった。
それから暫く寝込み、怪物のような、おたふくは、元の頬のコケた僕の顔に戻った。
最初ぐらいは出席しないと。そう思い、僕はひとりで予備校に向かった。徳井と中川とは、コースが違うので校舎も違った。
京都の鴨川沿いは、美し過ぎる花びらが、これでもかといわんばかりに咲き誇っていた。その美しい樹が百本ぐらい連なり、「綺麗」とひとことで言うには、もったいないぐらいだ。僕の頭の中では「やらしさ」が投影された。「妖艶」という言葉が相応しい。
「私立文系Bコース」これが僕の通うクラスだ。
担任の挨拶が終わり、出席が取られた。
「あらかわ けいこさん」
あらかわ けいこ?聞き覚えのある名前。そうだ、高校3年生の時の一軍のトップ、新川景子さんだ。顔を見て確信した。メイクをしていて、より美人となっている。「妖艶」という言葉が相応しい。
暫くして僕の名前が呼ばれると、新川さんは僕のほうを見て、驚いた表情を浮かべていた。
「涼ちゃん同じクラスやん。知り合い、いないから、嬉しいなあ」新川さんは笑顔で嬉しいと言ってくれた。Bコースでよかった。弟に感謝した。
予備校は席が自由なので、僕と新川さんは、いつも隣り同士で座った。そして、通学の往復も一緒だ。最初だけ出席しようと思っていた予備校生活は、楽園となった。
この時だけは、人生の選択が間違っていなかったと、肯定的に捉えることができた。頭を締め付ける痛みも感じなかった。