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高校生活

かき氷売りのアナウンスがこだまする。入道雲が豊満な乳房のように大きく成長し、日差しは体全体を包み込むように、容赦なく照り続ける。


夏休み。


僕たちは一学期の成績が頗る悪いため、補習を受けざるを得なかった。

河原は、現代文の教師であるため、補習は専ら読書と小論文だ。僕は官能小説ぐらいしか読んだことがなく、一冊読み終えるまで、かなりの時間を要した。徳井と中川も同様だ。しかし、いざ読書というものにハマってしまうと、不思議なことに映画を観るように、展開が楽しみになり、脳にグングン吸い込まれていくのである。

喫茶店で、スポーツ新聞のやらしい紙面を眺めていた僕たちは、一丁前に、小説の文庫本を読むようになっていた。


補習は午前で終わる。相変わらずあの喫茶店でランチを食べて、午後からの作戦を練る。僕たちの学校はアルバイト禁止のため、親に小遣いを与えられていた。

月2万円。この小遣いを軍資金にして、パチンコやスロットに賭けるのだ。モーニング、イブニング、新装開店、新築開店。勝てる機会は沢山あった。特に新築開店はエグい。18時から21時の時間限定オープンながら、3時間で5万は勝てた。買った日の夜は、居酒屋で祝杯をあげる。3人とも大勝ちをした日は、ヘルスやピンサロで慰めてもらうのだ。


クーラーがなく、サウナの様に熱された部屋で、裸になって扇風機にしがみつく。汗が背中を滴り、ぽたぽたと落ちていく。そんな部屋で勉強が捗るわけもなく、付けっ放しのテレビのワイドショーを観る。そんなある日のお昼、電話が鳴った。家には誰もいない。面倒くさいなと思いながら、子機のボタンを押した。

「あ、あの、高田涼介さんのお宅でしょうか?」

「は、はい」

「私、涼介さんと同じクラスの、山野礼子と申します。涼介さんはいらっしゃいますか?」

山野礼子。二軍のリーダーだ。ブサイクではない、中の上、いや、中の中といった感じ。

「あ、俺ですが。」

「あ、涼ちゃん!あのさ、今度、花火大会があるよね。一緒に行ってくれないかな?」

「え?花火大会?」

僕はサウナの部屋で、背中の汗がひいていく感じがした。二軍と言えども、リーダーとして人気はある。そんな山野さんから花火大会に誘われるなんて、意外だ。

「中川くんと徳井くんも一緒にね」

あ、俺じゃないんだ。中川か徳井が目当てなんだ。

「あ、じゃあ中川と徳井にも、聞いとくわ」

「うん!こっちは寺井さんと、安本さんも来るから」

「りょーかい。近いうちに電話するわ」

「うん、ありがとう、じゃあまたね」

トリプルデートか。まあ悪くはない。僕は中川と徳井の了承を得て、山野さんに電話した。山野さんは大喜びしていて、ちょっとかわいかった。


花火大会の日、夕方から縁日があるので、学校に17時に待ち合わせることにした。

「おーい!!こっちー!」

山野さん、寺井さん、安本さんは、鮮やかな浴衣を着ていた。学校ではメイク禁止なので、慣れないながらもメイクを施した3人は、2割増しぐらいにかわいく見えた。

花火会場までの道で、山野さんの目的の相手がわかった。中川だ。僕と徳井、寺井さんと安本さんが歩く前で、ふたり並んで話しながら歩いている。

「あのふたり、上手くいくといいな」

寺井さんが呟いた。作戦があからさまになった時、僕は帰りたくて仕方なくなった。

「山野さん、中川のことが好きなん?」

「そう、今日は礼子と中川くんがメイン。私達は脇役なんだ」

「そっか。じゃあ逸れよう」

徳井がそう言うと、僕らは人並みから外れ、山野さんと中川を撒いた。

「折角だから、私達も楽しもう!」

僕は今迄、デートをしたことがなかった。脇役でも何でもいい。女子と戯れることができるのだ。

暗闇の土手に座っている僕らを、花火は様々な色で照らしてくれる。楽しさと切なさが混ぜ合わされた感情だ。












二学期になると受験勉強が本格的に始動する。夏休みの補習で、読書と小論文、長文読解を徹底的に繰り返したおかげで、現代文の試験は驚く程に伸びた。英語と世界史は、相変わらずで、100点満点中50点取れれば良いほうだ。


僕らは、二学期にもなろうというのに、クラスの中で完全に浮いていた。ニーチェのニヒリズムを気取り、迎合する気はサラサラない。

皆が、これぞ青春というぐらい熱くなる、体育祭は鬱陶しくて仕方ない。僕らは仮病を使い、青春という1ページを破り捨てた。文化祭も、皆が露店を出して、汗を流しているというのに、僕たちは教室で、水筒に入れて持ってきたウイスキーを飲みながら、付け焼き刃のニヒリズムを語るのだ。


そんな青春を否定した高校生活も、僕たちには何の利益を齎すこともなく、終盤に差し掛かろうとしていた。大学受験が始まる。僕は文学部を受けたかったが、ガチガチの銀行員の父親に猛反対され、経済学部しか受けさせてもらえなかった。「文学部など行って就職できるか」この一点張りだ。受験費用や学費を出すのは、この銀行員だ。文句は言えない。


経済学部5校を受験。結果は5校全て不合格。

これが僕の青春の全てだ。

徳井と中川も全落ち。当たり前のように、僕たちは予備校に進学することになった。


卒業式も謝恩会も、涙一滴も出ることなく、僕たちの中に、存在したのか否かわからない「青春」というものは、終了したのだ。


人生は沢山の選択から成り立っている。あの時違う選択をしていれば、もっと幸せになっていたかもしれない。いや、あの時違違う選択をしてなかったから、今こうして生きている。これからの人生も数え切れない程の選択がある。こんなことを時々考え、頭が締め付けられる。

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