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弔いのカイン

作者: 184

 

 キッチンに立つ弟を見つけ、カイン・ディ・エルメはそっと背後から近づいた。弟はなにやら白い生地をこねている。

「わっ、兄さんっ……」

 二つ下の弟、インフィンがカインに気づいて振り返る。インフィンは十六歳で、頬は丸く艶があり、顔のあちこちがあどけない。こぢんまりとした愛らしい鼻先には、白い粉が付いている。

「クグロフか?」

 台に並んだ材料を見て、カインは言った。クグロフとはこの地方に伝わる伝統菓子で、カインの好物だった。けれどインフィンが上手く作れたことは一度もない。ロールパンですら、二回に一回は失敗する。……インフィンは計算が苦手なのだ。菓子作りは訓練でもあった。成功すれば、次は小麦粉の量を変え、他の材料の量を計算して出す。その計算でつまずく。

 インフィンは文字を読むのも恐ろしく時間が掛かった。単なる「バカ」と片付けられないほどに、学力が著しく乏しかった。

 両親はインフィンを医者に連れて行くことを嫌がった。決定的な診断が下るのを、恐れたのだろう。インフィンは両親に「バカ」と言われながら、「バカ」でなくなることを求められた。

「うん。今回はちゃんと作るから、期待してて」

 明日は治安維持部隊の合格発表日だ。これはそのゲン担ぎだろうと、カインは思った。健気な弟の行動に胸が張り裂けそうになる。抱きしめたい情動に駆られたが、背中をポンと叩くだけにした。

 デンバー帝国。ヨーロッパ連合に加盟する20の国を統一してできた大国だ。カインは、かつてフランスと呼ばれた地域に住んでいる。デンバー帝国建国を担った中心国家のため、国庫は豊かで、街並みは近代的で、美しかった。

 治安維持部隊は、デンバー帝国の若者がもっとも憧れる職業だ。

 ヨーロッパ連合に加盟しながら、デンバー帝国に吸収されずに、未だ一国家を名乗る国々がある。それらはデンバー帝国の地図に風穴を開ける害悪として、デンバー帝国は今も侵攻作戦を行っている。

 その侵攻作戦に参加する軍人は、毎年広く募集されているが、治安維持部隊は数十人程度しか募集がない。

 危険な侵攻作戦ではなく、舗装された美しい街の維持活動に務めたいと、毎年多くの若者が治安維持部隊を志願するが、その多くは不合格となり、侵攻作戦に回される。

 受験資格は16歳から29歳まで。治安維持部隊に落ちれば強制的に侵攻作戦に回される。カインは、インフィンが治安維持部隊を受けるのに反対だった。受けるのなら、せめてもう少し大きくなってから……でも、良いんじゃないか。こんな早いうちから、侵攻作戦に参加しなくても……

(俺は最低だ。インフィンが落ちると決めつけて……俺が、インフィンの合格を信じないでどうする……)

 夕方、クグロフが焼き上がった。インフィンの浮かない表情で、失敗したのだとわかったが、カインは明るい声で言った。

「いい匂いじゃないか」

 インフィンがびくりと振り返る。黒い塊に手を伸ばせば、「こんなの食べちゃダメっ」と止められた。

「そう言うな。お前の口に合わないだけかもしれない」

 カインは強引に黒い塊を掴み取ると、すぐさま口の中に放り込んだ。クグロフではあり得ない苦味が口の中に広がり、眉を寄せかけたが、なんとか笑みを保つ。ごくん、と飲み込んだ時には、額に冷や汗が出た。

「うまいぞ」

「嘘だ」

「俺がうまいと言ったらうまいんだ」

「じゃあ母さんに食べさせてもいい?」

「それは……やめた方が良いかもしれない」

 インフィンはプッと吹き出した。肩をゆすって笑う。

(インフィン……俺のかわいい、最愛の弟……お前が試験に落ちるようなことがあれば、俺はっ……)

 カインも治安維持部隊を受験していた。両親には「お前は大学に行け」と止められたが、かわいい弟を一人で戦地に行かせる気はなかった。読み書きが苦手でも、体が弱くても、侵攻作戦には行かされる。特別扱いはないのだ。だから自分が、守ってやらなければ……

 

 自分は間違っていたのだと、モニターを見ながらカインは思った。

 四桁の数字がずらりと並んだ合格発表ページ。「特待」という、優れた合格者五名の中に、カインの番号はあった。

 受かっても、カインは治安維持部隊を辞退して、侵攻作戦に参加するつもりでいた。……インフィンが受かると思っていなかったからだ。

 でも、インフィンの番号は、「補欠」にあった。筆記も実技も面接も乗り越えて、あと少しのところまできていたのだ。

 それに水を差したのは、間違いなく自分だった。自分が受けなければ、インフィンは受かっていたのだから。

「……兄さんはすごいな。受けるって決めたの……ギリギリなのに、特待で受かっちゃうんだもん」

「……インフィン、お前だってすごいじゃないか。千二百人中、上から四十一番目だ」

 インフィンはゆるゆると首を振った。

「四十番目から下は、みんな一緒だよ」

 グッと胸が絞られた。俺はなんて愚かだろう。なんてことをしてしまったんだろう。罪悪感があぶくのように湧き上がる。インフィン……肩を引き寄せると、インフィンはカインの肩にくたりと寄りかかった。

「……兄さん、僕のために辞退しないでね」

「しないさ」

「……兄さんは嘘が下手くそだ」

「……インフィン、治安維持部隊は、お前がなるべきだ。俺は聞こえのいい言葉を並べて、試験官の気を引いただけ。治安維持部隊に相応しいのは、本当はお前だ。今年の試験官は人を見る目がなかったんだ」

 インフィンが離れようとしたのを察し、カインは腕の力を強くした。

「兄さんが辞退して、治安維持部隊になれたって、僕は嬉しくないよ」

「……俺は、嬉しい」

 治安維持部隊に入れば、バカにされることも、劣等感を感じることもない。堂々と生きられる。

 それに危険な任務は何もない。治安維持部隊が扱う機体はギルガメッシュ8型という人工知能搭載の新型で、居眠りしていようと、事故を起こすことは決してない。難しいのは最初の試験だけで、入ってしまえば、治安維持部隊ほど楽な仕事はないのだ。

「お前の努力が報われるなら、俺は嬉しい」

 その日のうちに、カインは辞退の連絡をした。「侵攻作戦に回されてもいいのか」という問いに、「はい」と即答した。


 アインツゼロ式。それが、カインら157期に与えられた機体だった。教官は「最新型」と言った。

 重厚な鋼鉄ボディの人型戦闘機。スケートリンクを滑るように地面を進み、わずかな段差ならそのまま突破することができる。動力はガソリンと聞いて、カインは耳を疑った。けれどさらに驚いたのは、その内部だった。

 レトロ、と表現すればいいのだろうか。簡素なコックピットだった。T字の操縦桿、天井からぶら下がる赤い球体、無骨な無線機……

「これが……最新型?」

 訓練兵の一人が言った。

「いかにも。これまでの戦闘機では、ドイツ軍のサイバー波動に狂わされ、思うような操縦ができなかった。そこで、サイバー波動に左右されない、全く新しい戦闘機を開発した。これならサイバー波動の影響を受けることなく、乗組員の手動操作で戦闘を続けることができる」

 ドイツは、デンバー帝国が侵攻にもっとも力を入れている国だった。海に面した場所と、広い国土を、どうしても手に入れたいのだ。

 でもドイツは手強かった。盗聴技術、暗号解読技術、戦闘員の操作技術も高く、情報戦にも長けていた。デンバー帝国の通信は全て傍受され、コンピューター制御を使った戦闘機は不能になった。デンバー帝国は圧倒的な兵力、工業力を持ちながら、ドイツの情報技術に苦戦していた。

(だからって、こりゃないだろう……)

 それが、訓練兵全員の、率直な感想だった。コックピット内部だけなら、第二次世界大戦で活躍した戦闘機と言われても信じてしまいそうだ。とても、情報ネットワークが物凄い速さで進む現代の「最新型」とは思えない。

「諸君には、優れた操縦技術を身につけて貰いたい。この機体には人工知能もなければ、遠隔操作も通じない。自分の危機を救えるのは、自分自身、己の操縦技術だけだ」

 その日から、過酷な訓練が始まった。


 プシュー、とアインツゼロ式から煙が立ち昇る。ガタン、ガタン、と関節が順に崩れ落ち、操作不能となった。

「クソッ、ポンコツ戦闘機がッ!」

 自分一人だけの操縦室で、パゴ・ラ・プルーヴェールは怒鳴った。

『プルーヴェール訓練兵っ! 何をしているっ! 第六状態になった場合はどうするか、忘れたのかっ!』

 拡声器で増幅された教官の声が、外から聞こえてくる。パゴはチッと舌打ちして、足元のレバーを倒した。ボンッ、と操縦室が機体から切り離され、空中に放たれる。

 足元のレバーは脱出用だ。アインツゼロ式は完全手動操作のため、脱出は乗組員の判断に任される。

 箱型の操縦室が地面に着地し、ハッチを開けて外へ出た。

 あちこちから火の手が上がった住宅街。昆虫のような大きなゴーグルをむしり取ると、その景色が無機質な白壁に変わった。高い位置に巨大なガラス窓があり、その向こうには教官らの姿がある。

『プルーヴェール訓練兵、C判定』

 パゴは立ち上がり、教官に向かってペコリと一礼すると、部屋を出た。

 外はアインツゼロ式が並んだ装着場だ。技能試験を終えた訓練兵が行き来している。その中に大柄な男……パゴがライバル視しているカインを見つけ、釘付けになった。

(カイン……)

 頭脳明晰、運動神経抜群。出来損ないばかりの同期の中で、カインはずば抜けて優秀だった。

 パゴは、補欠だが治安維持部隊に合格していた。試験の順位で考えたら、同期トップは自分のはず……それなのにパゴは、カインに負けてばかりいる。

『緊急事態発生、緊急事態発生』

 突然、けたたましい警告音が装着場に響き渡った。赤色灯が忙しなく動き回る。

「なんだ?」

 その場にいる者全員が、何事かと足を止め、スピーカーを見上げた。

『A判定の者は直ちにアインツゼロ式に搭乗し、西アーマへ出動せよ。繰り返す。A判定の者は直ちに……』

「西アーマ……」

 デンバー帝国屈指のセレブタウンだ。

(どうして西アーマに出動命令が出るんだ? しかも訓練兵に……治安維持部隊は、一体何をやっているんだ?)

 パゴが疑問に思う中、カインが動いた。整然と並ぶアインツゼロ式へと駆けていく。

 アインツゼロ式の側面にある足掛け穴を、カインは一つ飛ばしで登っていく。なんて雄々しい姿だろうか。パゴはグッと歯噛みした。

(あいつ……A判定かよ)

「スッゲー! カインA判定なんだっ!」

 そばで聞こえた声に、パゴは焦燥感に駆られた。

 この中で一番優秀なのは、自分でなければならない。自分はあと少しで、治安維持部隊に合格していたのだから。

 気づけばパゴは、アインツゼロ式に駆けていた。

「パゴもA判定っ!? すげえっ!」

 背後から聞こえた声に、パゴは満足して口角を上げた。

(そうさ。さっきはついてなかっただけ。この俺が、あいつに劣っているなんてあり得ない。あってはいけない)

 ハッチを開け、中に入る。目の前を通ったのは、カインが操縦する機体だろうか。パゴは急いでエンジンを掛け、その後に続いた。


 西アーマはパリを四分割したうちの一つ。貧困街の東アーマと北アーマと密接している富裕層の街だ。そのため治安維持部隊の本拠地がある。

 だから暴動や凶悪犯罪が起きたとしても、治安維持部隊が真っ先に駆けつける。兵士……それも、訓練兵にまで出動要請を掛けるなど、ただごとではない。

 セーヌ川の水を抜いて作られた舗装道路を進みながら、カインは、訓練兵が駆り出された理由を考えた。出動命令を受けたものの、まだ、詳細は何も聞かされていないのだ。

(サイバー波動……?)

 デンバー帝国はドイツのサイバー波動に手を焼いている。サイバー波動に守られたドイツ領に侵攻すると、電子系統が狂わされるのだ。

 その技術が、たとえば西アーマに持ち込まれたのだとしたら。

 治安維持部隊が誇るギルガメッシュ8型は、人工知能を搭載した全自動運転。国内の治安維持活動には向いているが、サイバー波動の影響をモロに受けてしまうため、ドイツ領に侵攻することはできない。

 西アーマで何かしらの犯罪が発生し、治安維持部隊が出動しようとしたが、サイバー波動によって、ギルガメッシュ8型は操作不能となった。

 暴動を沈静化できるのは、アナログ戦闘機だけ。

 暴動の規模は大きく、少しでも多くの人手が欲しかった。

 だからA判定を受けた訓練兵までもが駆り出された。……と、考える他なかった。

『全軍に告ぐ。標的は……』

 やっと、通信機から指示が入った。

 フランス革命が行われたコンコルド広場が見えてくる。催し物でも行われていたのか、広場には色鮮やかなテントが並び、動物モチーフの巨大風船がふわふわと揺れている。

 その中にぽつねんと立つのは、近代科学の叡智の結晶体、ギルガメッシュ8型だ。

 背後には、コンコルド広場の象徴、オベリスクが立っている。高さ22メートルの日時計だ。ギルガメッシュ8型は全長6メートル。二つの対比で、ギルガメッシュ8型の位置がだいたい掴めた。

『標的は、ギルガメッシュ8型。見つけ次第、撃て』

「え……」

 カインは戦慄した。セーヌ川からコンコルド広場に上がって、目の前に広がった光景に。

 凄惨な惨殺現場。おびただしい血と、死体が、広場に散乱していた。縮こまって震えている人や、泣きじゃくる子供が目に止まった。助けないと……ハッチを開けようとしたその時、前方のギルガメッシュ8型がスイっと動き、こちらに向かってきた。

『直ちに、全てのギルガメッシュ8型を戦闘不能状態にせよ。ドイツ軍のサイバー波動によって、ギルガメッシュ8型は乗っ取られた。今、ギルガメッシュ8型は無人だ』

 カインとともに来た他の戦闘機らは、他のギルガメッシュ8型を見つけたようで、先へ先へと、コンコルド広場を突っ切っていく。

 前方のギルガメッシュ8型が大剣を振り上げた。

 カインは慌ててハンドルを切り替え、大剣を振り上げた。ギルガメッシュ8型の動きとは、比べものにならないほど鈍い。相手の大剣の方が鋭く長いにも関わらず、滑らかで、少しも重さを感じさせないのだ。

 ギルガメッシュ8型は、寸前で『突き』に動きを変えた。目にも留まらぬ速さだった。カインが操縦するアインツゼロ式は、大剣を振り上げた無防備な状態。同じ速さで対応することはできないと判断し、カインは足元のペダルを踏んだ。プシュッと音を立て、アインツゼロ式は後方に退く。

 ふと視界の隅に、子供を救助する青色(訓練兵)の戦闘服を着た男が見えた。ゆるいカールの金髪で、パゴだと分かる。

(あいつも来ていたのか……)

 他には市民だけで、兵士はいない。街のあちこちから銃声と、悲鳴が聞こえてくる。戦場は、ここだけではないのだ。そしてここには、自分とパゴしかいない。ここは自分たちだけでなんとかしなければ。と言っても、パゴは人命救助をしているから、ギルガメッシュ8型と戦うのは自分だ。

 ダダダダッ、とギルガメッシュ8型の前腕部から銃弾が放たれ、倒れていた男が血を流して転がった。出血の仕方で、男が生きていたのだとわかる。……おそらくギルガメッシュ8型は、生命反応を認識し、男を攻撃したのだ。

 カインはゾッとした。街の破壊ではなく、殺戮を目的としているのだ。

 なんとしても、あの一機だけは倒さなければ。

 カインは果敢に、ギルガメッシュ8型に立ち向かった。


「騒ぎが収まるまで、ここにいてください」

 水を抜いたセーヌ川には、かつて下水道として使われていた穴がある。救助した市民をその穴に避難させると、パゴはコンコルド広場へと急いで戻った。

 カインが操縦するアインツゼロ式と、ギルガメッシュ8型はまだ戦闘中だ。優勢なのは明らかにギルガメッシュ8型で、アインツゼロ式は片腕がもげていた。あの状態で戦いを続けられていることが奇跡に思えた。

 ギルガメッシュ8型の腕……銃口の並んだそこが、ふいに自分に向けられるのを見て、パゴは咄嗟に石像の影に隠れた。

 ダダダダッ、とギルガメッシュ8型の前腕部から放たれた銃弾が、盾にした石像に注がれる。あと少し遅れていたら、自分の命はなかった。パゴの心臓が早鐘を打つ。

(あんなバケモン、どうやって倒せって言うんだよっ……)

 前に視線を向けると、市民の死体が目に入る。

 恐怖がその瞬間、使命感を伴った怒りに変わった。あの殺戮兵器を、なんとしても倒さなければ……でも、自分はC判定。ただ参戦しても、きっと役に立たないだろう。

 ふと、地面に伸びる黒い影に目がいった。自分の影と重なるようにして、ずっと先まで伸びている。細長いこれは……

「オベリスク……」

 パゴは背後を振り返った。アインツゼロ式とギルガメッシュ8型が戦うその中心には、巨大な日時計、オベリスクが立っている。

(あれを、敵に倒せば……)

 パゴの視線は次に、巨大テントへと移る。『救護所』と書かれたテントの下には、長机やパイプ椅子が散乱していて、それに紛れて拡声器が落ちていた。

 気づけば勝手に体が動いていた。銃声が聞こえたが、痛みはない。カインが敵の腕を掴んで、角度を変えてくれたのだ。

 その間にパコは『救護所』へと急ぐ。飛びつくようにして拡声器を手に取った。

「カインっ!」

 増幅された声が広場に響いた。これ以外に、カインに声を届ける方法はない。

「俺が……」

 カインのアインツゼロ式が煙を拭いているのを見て、パゴは息をのんだ。

(カインは限界だ……)

 自分は、カインのようには戦えない。だからカインにこのまま敵機の相手をしてもらい、自分は安全な作業を行うつもりでいた。

 それではダメだ。C判定を免罪符に、第六状態のカインに、これ以上敵を任せてはならない。

「俺がそいつを相手にするからっ! カインはオベリスクを倒してくれっ!」

 言ってしまった。……怖がってどうする? あいつに負けたくないから、俺はここに来たんじゃないか。パゴは腹に力を込め、自分を奮い立たせた。

「俺がっ、そいつをオベリスクの影に誘導するっ! だからカインはっ、俺がそいつを影に誘導したタイミングでっ、オベリスクを倒してくれっ! 下敷きにするんだっ!」

 ギルガメッシュ8型は無人の殺戮兵器。人と戦闘機を倒すことしか頭にない。だから作戦を聞かれたとしても問題はない。

 問題があるのなら、自分よりも優秀なカインがそれに気づく。

 もう、カインとの能力差を不服に思う気持ちはない。あんな状態になっても逃げ出さず、戦い続ける男を、自分も見習わなくては。

 パゴは自機に乗り込んだ。カインが自分の作戦に乗ってくれるかはわからない。乗ってくれるといいなと思った。

「こっちだ! バケモンっ!」

 ギルガメッシュ8型がこちらに迫ってくる。

 自由の身になったカインはオベリスクへと向かった。台座部分を撃ち抜き、ぐらついた石柱を、片手で支える。

 パゴは胸がはやった。カインが自分の作戦に乗ってくれた。

 ならば答えなければ。パゴは大剣を引き抜き、中段に構えた。

 

「パゴっ! もう少しだっ!」

 一人だけの操縦室で、思わずカインは叫んだ。

 パゴと敵機は、大剣で鍔迫り合いをしながら、ジリジリとオベリスクの影へと移動している。

 カインがオベリスクから手を離せば、22メートルの石柱は影の上に倒れる。

 カインはその瞬間を、今か今かと待っている。

(今だっ!)

 手を離した瞬間だった。

 まるでパゴを道連れにしようとするかのように、ギルガメッシュ8型の胸部からワイヤーが伸び、アインツゼロ式に巻きついた。

「バカなっ……」

 作戦を理解したのか? まさか自動運転ではなく、遠隔操作?

 ……いや、遠隔操作で、あのワイヤーが扱えるものか。

 あれは手動操作でなければ出せない。……まさか、敵兵が乗っている?

 ……それもありえない。中に乗っているのなら、脱出を優先するはずだ。

 カインから見て、二機は横に向かい合っていた。それが、ギルガメッシュ8型が動いたことによって、カインから見て、縦に向かい合う。影に沿う形だ。

 これでは二機とも……

「パゴおおおっ!」


 治安維持部隊は、破壊された街の修復に追われていた。

「なぜあんな嘘をついたんですっ! 無人だなんてっ!」

 一時的な拠点として、エッフェル塔を封鎖し、使用している。

 エッフェル塔に戻るなり、フランツ・モイラは上官に詰め寄った。

「そう説明しなければ、あの暴動を鎮圧することはできなかった」

「多くの隊員が犠牲になりましたっ! 中にいると知らされていればっ、殺すことはなかった!」

 無人と聞かされていたから、容赦無く大剣を振り回した。けれど暴動を鎮圧し、自分が倒したギルガメッシュ8型を見に行くと、コックピットには今年入隊したばかりの若い隊員の遺体があった。……自分が殺したのだ。

「中に隊員がいると思えば躊躇する。これほど早く暴動を収めることはできなかった」

「いいえ躊躇しません。戦い方を変えるだけです。有人ならコックピットを狙ったりしなかったっ!」

「私は全隊員の能力を鑑み、あの指令を下したのだ。誰もが貴様と同じように戦うことはできない」

「あの指令のせいで俺は同胞を二十九人も殺したんですっ! 俺はっ、罰せられなければなりませんっ! あなたもっ!」

 上官は「見ろ」と言って、ガラス窓に目を向けた。窓からはコンコルド広場が見える。広場のシンボル、オベリスクは無惨に倒れ、二機がその下敷きとなっている。まだ、中の隊員は救い出せていない。地面に広がる二人分のおびただしい血液が、絶命以外の可能性がないことを物語っている。

 その周りには多くの隊員がいたが、フランツの視線は一人の隊員に縫い止められた。

 まだ十代だろうが、均整の取れた逞しい体つきだ。服装で侵攻部隊と分かる。A判定を受けた訓練兵かもしれない。

 彼は顔面蒼白で、オベリスクの下敷きとなったアインツゼロ式を呆然と見つめている。

 一体あそこで何が起こったのか、フランツにはわからない。説明を求めるように上官を見た。

「貴様は同じことを、あの訓練兵に言えるのか」

 ギロリと、上官は鋭くフランツを睨んだ。

「私の命令に従い、オベリスクを倒したあの訓練兵に、お前は同胞を殺したから罰せられるべきだと、言えるのか」

「っ……」

 フランツは窓に向き直る。あの訓練兵の痛みはどれほどか。たとえ彼に向けて放った言葉でなくても、フランツは迂闊な自分の言葉を悔やんだ。


 あの日、暴走したギルガメッシュ8型に乗っていて、生還したのは自分一人だけだった。

「なぜ、手動操縦に切り替えなかったのですか?」

 アルノ・シュタイナーは唯一の生還者として、聞き取り調査を受けていた。

 今、アルノは小さな部屋で男と二人きり。けれど壁一面はガラス張りで、外にも自分の応答を聞いている者が大勢いるのだとわかる。

「あの日は、意識が朦朧としていて、何が起こっているのか、よくわからなかったんです」

「それは、いつ頃からですか?」

「ギルガメッシュ8型に乗り込んで、すぐだと思います。僕には、発進ボタンを押した記憶もないんです」

 サイバー波動を脳に受けた可能性があるとして、アルノは検査入院となった。検査といっても、記憶障害や睡眠障害を調べるだけで、()()、を調べられることはなかった。

 聞いていた通り、デンバー帝国の情報技術は、ドイツと比べて30年は遅れていた。

 ギルガメッシュ8型の暴走を、デンバー帝国はサイバー波動によるギルガメッシュ8型の乗っ取り、だと考えているが、実際に乗っ取ったのは乗組員の方だ。

 アルノの本体にくたいは今、ドイツ軍の特別病棟にある。こちらの肉体が死んだ時、アルノの精神は本体に戻ることができるのだ。

 コンコン、と病室の扉がノックされた。

「どうぞ」

 また聞き取りだろうかと、アルノは胸が弾んだ。

 せっかく生き延びたのだ。できるだけ情報を集めたい。来訪は大歓迎だ。軍のお偉いさんなら大当たり。

 扉が開いて、若い男が入ってきた。

 なんだよ下っ端かと、アルノは内心がっかりした。ベッドの上で伸ばした背筋が、自然と猫背になる。

「インフィン……っ」

 男はアルノを見て、感に堪えないという面持ちで、言った。


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