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 そして三年後。




 ――コンコンコン、ガチャ



「旦那様、おはようございます」


「きゃー!」


「なっ!貴様、ぶ、無礼だぞっ!」



 私は夫婦の寝室へとやってきた。本来なら私と旦那様であるモーリスが使う部屋であるが、そこには必死にシーツで身体を隠そうとしている私ではない女性がいた。そうこの女性こそがモーリスの真実の愛の相手であるエリザだ。

 一年前に父親が亡くなり爵位を継いだモーリスは、私が何も言わず大人しいのをいいことに恋人を侯爵邸に住まわせたのだ。

 そこからはよくある話で恋に現を抜かし当主の仕事などせずに恋人と遊び呆け、さらにその恋人は高価な贈り物をねだるようになり、日に日にラシェル侯爵家は傾いていった。むしろ一年でここまで家を傾けるなど才能なのではと思うほどだ。気づいていないのは本人たちだけ。私がいなくなることで給金が払えなくなり、使用人が一気に辞めていくのが目に見えている。まぁ私はもうこの家から出ていく身。モーリスとその恋人がどうなろうと知ったことではないが。



「お楽しみのところすみません。旦那様にお願いがあるのですが」


「い、今はお前の願いなど聞く暇がないことくらい見て分かるだろう!?」



(まぁ二人とも裸ですからね)



「分かっていますが私も急いでいるのです。なのでこの書類にサインをお願いします」


「お、お前に恥じらいというものはないのか!」


「ええ、ありませんので今こうしてここにいるのですよ」


「なっ…!?」


「さぁ早くこの書類にサインしてください」



 私は二人がいるベッドへと近づき旦那様の顔の前に書類を掲げた。



「り、離婚届、だと…?」



 勢い余って顔に書類を近づけすぎて文字が見えていないかと思ったら、どうやら見えていたようでよかった。



「はい。これでお互い晴れて自由の身です」


「だ、だが、お前は俺のことが好きで嫁いできたんじゃ…」


「あぁ、あの初夜の時におっしゃっていたことですか?勘違いしているようですが、私は全く旦那様のことなんて好きじゃないですよ?ただ訂正するのも面倒でしたので言わなかっただけです」


「な…」


「だってどこに旦那様を好きになる要素があるのですか?私の好みは仕事ができてお金持ちの、旦那様とは正反対の男性ですもの」


「なん、だと?」


「まぁ今はそんなこといいじゃないですか。さっさとこちらにサインしてください」


「しかし…」


「こちらにサインしない限り旦那様の隣にいる彼女はずっと日陰者のままですよ?」


「くっ…!た、確かに…」


「今や旦那様は侯爵様です。うまくやればそちらの彼女を奥方にすることもできるかもしれませんよ?」



(まぁ実際には無理だろうけど)



 貴族と平民は間違っても結婚することはできない。それでも方法がないわけではない。一つは平民がどこかの貴族家の養子になること。もう一つは貴族が平民となること。前者は養子にすることにメリットがない限り難しい。それに後者はプライドの高い旦那様には無理だろう。



「…」


「モーリス様ぁ~」



 真実の愛のお相手であるエリザが期待を込めた声で旦那様の名前を呼んだ。彼女はここが重要な局面だと思ったのだろう。だから私は彼女を援護することにした。



「旦那様。私と旦那様は白い結婚ではないですか。何を躊躇っているのです?それにすでに白い結婚であることの証明は済んでおります」



 私は懐から別の書類を取り出す。これは白い結婚であることを証明した書類だ。本来貴族同士の結婚は離婚するのが難しい。しかし白い結婚が証明されれば三年で離婚できるのだ。ありがたい。



「真実の愛で結ばれる二人…、素晴らしいじゃないですか!そして二人が結ばれるために邪魔な私。賢い旦那様ならどうするべきかもうお分かりですよね?」


「っ、そ、そうだな!本当なら私とエリザが結ばれるべきだったんだ!」


「ええ、ええ、その通りです。さすが旦那様です」


「よし!ならばその紙にさっさとサインしなければな!」


「ペンも用意しておりますのでどうぞ」



 私はベッドの上に離婚届とペンを置いた。モーリスはペンを手に取りサインをする。机の上ではないので汚い字がさらに汚い。一応読めるからまあいいだろう。



「ほら!これでいいんだろう!」


「ええ、ありがとうございます」


「これで私がモーリス様の奥さんになれるのね!」


「ああそうだ。これからはエリザがこの家の女主人だ」


「うふふ、おめでとうございます。それでは邪魔な私は失礼しますね」


「…あぁそうだ。出ていくのは勝手だがこの家の物は何も持っていくなよ!当然金なんて渡さないからな」


「分かりました。私が嫁入りの際に連れてきた侍女だけ連れて出ていきますからご安心ください」


「ふん!さっさと出ていくんだな!」


「…では最後に一言だけ。きっとこれから困難が待ち受けていると思いますが、真実の愛で結ばれたお二人なら乗り越えられると私は信じております。それではごきげんよう」


「なっ!?それはどういう…」




 ――ガチャン



 私は急ぎ寝室から出る。旦那様が何か言いたそうにしていたが知ったこっちゃない。あとのことは自分たちでどうにかするしかないのだから。



「ノーラ」


「はい。準備はできております」


「ではさっさと出てってやりましょうか」



 私は颯爽と屋敷の廊下を歩いていく。そんな私をすれ違う使用人たちが驚いた顔で見ているがそんなこと気にせずに進む。大人しかった私が堂々と歩いているものだから驚いているのだろう。


 屋敷から出ると外に一台の馬車が停まっている。私は停まっている馬車の御者に声をかけた。



「王都までお願いね」


「かしこまりました、()()()()



 ノーラと共に馬車に乗り込む。そして馬車がゆっくりと動き始めた。



「今日からが私の本当の人生の始まりよ。これからは好きなことをして生きていくんだから!」



 離婚届を提出すれば私は晴れて自由の身。ラシェル侯爵夫人でもなければマクスター伯爵令嬢でもない。ただのヴァイオレットになる。そしてここから私の新たな人生が始まるのだ。



「ふふっ、これからが楽しみね!稼いで稼いで稼いでやるわ!」



 私の名前はヴァイオレット。バツイチの二十歳。好きなものはお金、趣味はお金を稼ぐこと。好きな言葉は時は金なり。


 そんなお金大好きヴァイオレットの新しい人生がまもなく始まる。


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