11 モーリス視点
「これはどういうことだ…?」
久しぶりに入った当主の執務室の状況に俺は理解が追いつかなかった。書類がいくつも山のように積み重なり、その内の一つの山が崩れたのか書類が床に散乱している。最後にこの部屋に入った時はこんな状況ではなかったはずなのに。それにいつもこの部屋にいるはずの家令の姿が見当たらない。
「…あいつが仕事をサボっているのか。なんてやつなんだ。これは罰を与えないといけないな。おい誰か!誰か来い!」
しかしいくら待とうが侯爵である私が呼んでいるというのに誰もやってこない。
「…他のやつらもサボっているのか?くそっ!使えないやつばかりだ!こうなったら全員クビにしてやる!」
俺は使用人たちを罰するために執務室を出たが、このあと驚愕の事実を知ることになるのだった。
◇◇◇
あの女と離婚してから一ヶ月が経った。
あの女は出ていく際に不吉なことを言っていたが、あれからエリザと毎日幸せに暮らしていた。きっとあの女の負け惜しみだったのだろうと思いエリザと一緒に笑っていた。
しかし離婚してから二週間が経つ頃からどうも屋敷の様子がおかしいことに気がついた。なんだか前より屋敷も服も薄汚れているように感じる。食事も不味くなった。どうやら使用人たちは気が緩んでいるようだ。ここはビシッと言ってやらねば、と思ったその時エリザが俺の元へとやってきた。
「モーリス様ぁ~!」
「エリザどうしたんだ?」
「モーリス様!私街にお買い物に行きたいなぁ~」
そう言ってエリザは俺の腕にしがみついてきた。エリザの豊満な胸が腕に当たる。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。今すぐに寝室に閉じこもりたい衝動に駆られるがここは我慢しなければ。
「エリザ、悪いが今から用事が…」
「それって私より大切なことなの?」
「え?い、いや、そういうわけでは…」
「それじゃあお出掛けしようよ!私新しい服が欲しいんだよな~」
「新しい服は明日買ってやるから今日は…」
「…ダメ、なの?」
エリザが大きな瞳を潤ませながら俺を見上げてくる。俺はエリザのこの表情に弱い。この庇護欲をそそられる表情が俺だけ向けられていると思うとそれだけで心が満たされるのだ。
(…使用人を叱るのは買い物から帰ってきてからでもいいか)
「いや、俺の用事は大したことじゃなかった。エリザ一緒に出掛けようか」
「うん!モーリス様大好きっ!楽しみだなぁ~」
「よし、出掛ける準備をしなくちゃな」
そして私はそのままエリザと服を買いに街へと出掛けた。帰ってきたら使用人を叱ろうと思っていたが、その日はそのままエリザと盛り上がってしまい結局叱ることはしなかった。それに次の日以降もエリザと過ごすうちに使用人のことなど些細なことかと思い放置してしまったのだった。