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「いやぁ本当にすごいな。あの化粧水の売れ行きは」
「でしょう?うふふ、絶対に売れると思っていたのよ。女性たちの美に対する意識は高いからね」
「ヴィーも使ってるんだろう?」
「まぁ私の場合は商品の確認のために使ってるって感じかしら」
「ヴィーは美しさよりお金だもんな」
「そのとおりよ」
今私とリオは商会長室で談笑中だ。
化粧水の販売開始から数ヵ月が経った。予想通り化粧水はたちまち大人気商品となり、常に品薄状態が続いている。ハンドクリームの方も好調で貴族女性の間でベル商会の名前を知らない人はいないだろう。ベル商会は一気に人気商会へと階段を駆け登っていった。
「もう少しの間限定販売を続けるけど、近いうちに工房を作らないといけなくなるわね」
「そろそろ量産を始めるんだな」
「ええ。私も次の商品の開発に入りたいし、想像以上に化粧水を求めているお客様が多いからね」
「じゃあいくつか候補の場所を探しておくよ」
「頼むわね」
「あ、そういえば知ってるのか?」
「ん?なんの話?」
「ラシェル侯爵家の話なんだが…」
「…離婚してから今初めてその名前を思い出したわ」
「じゃあ知るわけないな」
「一体何の話?お金になりそうな話なの?」
「いや、その逆だよ。ラシェル侯爵家は資金繰りが悪化して没落したようだぞ」
「あー、そうなのね。私があの家を出てきた頃はもって二年くらいかなとは思っていたけど、それよりもずいぶん早かったわね」
ラシェル侯爵家は前侯爵であるモーリスの父親が亡くなり、モーリスが爵位を継いでからは資金繰りが悪化していた。それもそのはず。モーリスは真実の愛の相手に夢中で、侯爵の仕事など何一つしていなかったから。実際のところ父親の補佐をしていた使用人と私とでなんとか仕事をこなしていたのだ。
その状態で私が離婚してあの家からいなくなればどうなるかくらい誰にでもすぐに予想がつく。そしてその結果が資金繰り悪化による没落なのだろう。まぁ没落しても真実の愛があればあの二人はどこでも生きていけるはずだ。
「そんなにあの男は無能だったのか?」
「ええ。無能なのに有能だと勘違いしている頭の中が空っぽな人だったわ。先代は侯爵としては問題なかったけど父親としては問題ありだったしね」
「じゃあ一瞬たりとも好意を抱いたことは…」
「あるわけないじゃない。やめてよ、その冗談全然面白くないわ」
「ごめん!悪かったって!…ったく俺は何を心配してるんだ」
「でもその話は面白いかもしれないわね」
「え?」
「ほら、ラシェル侯爵家が没落したって話。没落したってことは今あの屋敷と土地は王家が管理しているのでしょう?」
「あ、ああ、そうだな」
「あの場所なら王都まであまり時間はかからないし広さも十分にある。うん、工房にするのも悪くないわね」
「でもヴィーは平気なのか?いい思い出がある場所じゃないだろう?」
「私?全然気にならないわよ。別になんの思い入れもないし、使用人たちに虐げられていたわけでもないもの。リオは私のことを心配してくれているのね。ありがとう。でも本当に平気だから気にしないで」
「…ヴィーがそう言うのなら分かった。じゃあ侯爵邸も候補に入れておこう。これに関しては王家が絡んでくるから父さんに確認してもらうか。どうやら王妃様は化粧水の虜らしいからな」
「ふふふ。こういう時にパトロンがいると助かるわね」
「じゃああとで父さんに伝えておくな」
「ええ、よろしくね」
その後ベルトラン様が王家とうまく交渉してくれたようで、元ラシェル侯爵家の土地と建物を比較的手頃な価格で買うことができた。王都周辺にはいい場所がなかったのでちょうどいい。それにあそこには一人工房を任せるのに最適な人材がいたことを思い出していた。
リオとは近いうちに一度現地を見に行ってみようということになっている。工房ができればさらに売上も上がるだろう。そして私は新商品の開発ができる。
商会のこれからを想像して顔がにやけている私は、つい最近話したことをすっかり忘れていたのだ。
あの頭空っぽ男のことを。