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珠緒、君と離れてる時はとても空虚だったからまた会えて本当に嬉しいんだ。
だから僕は君を捕まえてしまう事にしたんだ。
ごめんね。
「何ですって?!」
久しぶりにヒステリックな母に会う、相変わらず煩い。早く終わらせなきゃ。
「あの子と一緒になるですって?!許しませんよ!将来は安定した人を選べるよう、私が何度もお見合いするよう言ったわよね?!それを…あなたは全部台無しにする気なの?!」
「はぁ、下らない」
「ふざけないでよ!私が何のためにすべてを犠牲にしてあなたを医者にしてあげたと…」
「誰も頼んでないよ、俺を道具ぐらいにしか見てなかっただろ?アンタも父さんも。望み通り医者になってやったろ、これ以上俺の人生に入り込むな」
「親でしょ?私は!」
「だから?」
「絶対に許さないわ…絶対に…」
「そう、ならあんまりこういう手は使いたくなかったんだけど」
俺は離婚届を母親に見せた。
「なっ…」
「アンタの名前、ここに書いてよ。父さんからもらってきたんだ。ここに名前を書けばアンタは大神家の嫁でも何でもなくなる、もう医者の夫と息子の母親を名乗れなくなるな」
「か、書かないわよ!こんなもの!」
「うんざりなんだって、母さんには。ヒステリックで安らげないし、新しい浮気相手に子供ができたみたいだよ?本当はその人と一緒になりたいんだって」
「嘘よ…そんな…」
「もう贅沢できなくなるけど、慰謝料だって払ってもらえるから、今のうちに素直に押しとけば?それとも裁判やって時間も金も使う?」
「…そんな」
「ほら、父さんに渡すからサインしてよ。この家と財産半分はあげるらしいからさっさと書いてよ」
「…」
母親は苦虫を噛み潰したような顔でサインする。
「ありがとう、父さんに渡してくるよ。あぁ、それと二度と俺に関わらないでね」
「私は母親なのよ?」
「もう、大神の人間じゃないくせに偉そうに口出ししないでくれよ、それじゃ…さよなら」
「まっ、待って!ごめんなさい!朔之介!」
俺は静かにドアを閉めた、ようやくこの家とも本当に別れる事ができる。
父親も新しい家庭に夢中だしな…。あんな女の何が良いのか分からないけど。
俺にも色目使ってくる気持ち悪い女だし。
これでいらないものが一つようやく片付いた。
それから、俺は珠緒に内緒で元彼でストーカーの男の方も片付ける事にした。
「お前、珠緒の何なんだよ!邪魔するなよ!」
「珠緒は俺のものだから、あまり気安くしないでくれないかな?今だに纏わりつこうとして気持ち悪いんだよ、お前」
「お前こそ、俺のこと調べたりして…それに、珠緒とは行き違いになっただけで分かり合えるはずなんだよ!あいつは優しいから…だからまた一緒に…」
「そんなの有り得ないよ、だって珠緒はお前が嫌いなんだから。だから逃げたんだよ」
「違う、違う…」
「珠緒が言ってたよ?気持ち悪いって、お前本当に嫌われてるんだな。ハハハ」
「うるっさい!」
男は俺を殴りつけた、馬鹿で良かった。
直ぐに通報して男を訴える事にした、しばらくは塀の中で元気にしててね。
珠緒を怖がらせるからこうなるんだよ。
「朔之介、その顔どうしたの?酷いね…誰かに絡まれたの?」
「あぁ、これね。患者さんで精神的に患ってる人がいて暴れて治療できなくて、取り押さえるの手伝ったらこうなっちゃって」
「大丈夫?無理しないでよ?」
「大丈夫、ありがとう珠緒」
珠緒とも徐々に距離を近づけていく、君は何も知らなくて良い。
俺の側にいてくれたらそれで良いから。
俺は最後に珠緒の弟に会うことにした。
「そういえば、純緖くん元気?」
「え?元気だよ」
「たまには、純緖くんにも会いたいなぁ」
「そうだね、今度純緖も呼ぼうか」
珠緒は素直に純緖くんと俺を引き合わせてくれた。
「姉ちゃん!久しぶり」
「元気だった?」
「うん、元気!わぁ、朔之介さん?すっごいイケメンになってる!ヤバッ!」
反応が珠緒に似てるなぁ。
「こんにちわ、久しぶりだね。店予約してるから一緒に行こうよ」
3人で店に入って、色んな話をして俺は純緖くんに
「純緖くん、大学はどう?楽しい?」
「え?うん…楽しいよ…でも、卒業できないかも」
珠緒は驚いた顔で
「え?何で?」
と聞くと
「学費が足りなくて…中古のボロ屋売ったくらいじゃ学費が思ったより足りなくてさ…バイトもしてるけど、勉強もしないといけないから足りなくて。母ちゃんも頑張ってるんだけど…生活しんどくて」
「何で言ってくれないのよ!」
「だって、姉ちゃんにはずっと仕送りしてもらってて…俺も母ちゃんも姉ちゃんにずっと頼りっぱなしなのは嫌だったんだよ」
「何言ってるのよ!家族でしょ?また仕送りするから!」
「…でも」
「あの…差し出がましいんだけど、俺で良ければ貸すことはできるよ?」
「「え?」」
「とりあえず、500万は貸すことができるよ?俺あまり欲しいもの無いし使い道もないから貯金だけはあるんだよ」
「でも、悪いよ…」
「珠緒、これは貸すだけだよ?ちゃんと返してくれたらそれでいいんだ」
「本当に…?」
「珠緒がいいなら、俺はかまわないよ?」
「お願いします!ちゃんと返します!」
「姉ちゃん!」
「母さんには内緒よ?心配しちゃうから…」
「純緖くん、本当に気にしないで。なんならあげたって良いんだよ」
「それはだめよ」
「ほら、珠緒はこんな性格だから受け取らない。だから時間はかかっても良いから返してくれたらそれでいい、変なところから金借りるより良いでしょ?」
「朔之介さん…」
純緖は頭を下げて
「ありがとうございます、姉ちゃんも…俺も一緒に返すから」
「いいのよ、これは私が返すから。卒業して自立することを考えるの」
「でも…」
「なら、就職して落ち着いたらで良いから」
「ごめん、姉ちゃん」
本当に真面目な姉弟だな、可愛い。
「さ、お金の話はこれで終わり。楽しもう」
「ありがとう、朔之介」
「言ったでしょ?珠緒のためなら何でもするよ」
「えっ…」
「姉ちゃんにぶすぎ、俺でも直ぐ分かるよ」
「えっ?」
あー、もう。珠緒は本当に鈍い。
お陰で良いこともあるけど、こういう時は気づいてほしいよ。
それから、お金を返すためと一緒に遊ぶためとか色んな理由を作って珠緒とは暇さえあれば会うようになった。
やり方はズルいけど、こうして大金を貸したら珠緒は申し訳無さから俺を優先してくれるから、お金を貸すことができて本当に良かった。
珠緒の家は結構古かったから、二束三文くらいの値段だったんじゃないかなと思って調べてみたらやっぱりそうだった。
そうなると、弟の行ってる大学の費用と照らし合わせると本当は珠緒が知らないだけでしんどいんじゃないかなぁと思って、探りを入れたら思ったように事が運んでくれて助かった。
会うたびに珠緒を口説いて口説いて、ようやく珠緒にも俺の気持ちが伝わった。
その後は、珠緒が深く考える前に指輪を贈って結婚を迫って、勝手に珠緒の家族にも挨拶した。
純緖くんは
「朔之介さんって、姉ちゃん逃がす気ないね。姉ちゃんが幸せならいいけど…」
と苦笑いしていた。
そうして俺は婚姻届を持って珠緒に結婚を迫る。
あと、もう少し…もう少しだ。
「珠緒、俺と結婚して?絶対に幸せにする、珠緒のためなら何でもするよ」
「そこまではいいけど…朔之介の母さんは良いの?私嫌われてたと思うんだけど」
「大丈夫。もう説得したし」
「それに…前に言ったけど、元彼の事とか…」
「大丈夫、俺が守るから」
「…本当に私なんかでいいの?…お金のことでも迷惑かけたし…」
「珠緒じゃないと困るな」
「うん…私で良ければ…末永くよろしくお願いします」
ニコリと珠緒が笑って頷いてくれた。
「やった!ありがとう、珠緒…大好き」
「私も…」
珠緒は照れながら俺の手を握り、大好きだよと呟いた。
あぁ、ようやく…ようやく念願が叶った。
君に気づかれないよう、いらないものを片づけてジワジワと君を囲んでようやく手に入った。
もう逃げられないから、だから俺の仄暗い感情に気づかずに幸せでいてね。
数年後、子供を連れた朔之介と珠緒は地元の天女伝説のあった川に来ていた。
現在ここはキャンプ地として賑を見せていた。
「お父さん、これ何?なんて書いてるの?」
娘にそう聞かれて、朔之介は天女のイラストが書かれた可愛らしい看板を見つける。
「あぁ、天女伝説の事が書かれてるんだよ」
「てんにょ?」
珠緒が
「昔こんな伝説があってね…」
と、子供に分かりやすく話をしている。
娘はその話を一通り聞いてから
「ふーん、何だか皆可哀想だね。ママに会えないなんて…私ならやだなぁ」
「そうよね、確かに悲しいお話よね」
と、珠緒が言うと朔之介は
「そうだね、ママに会えないくらいならさっさと羽衣を燃やしちゃえばよかったのにね〜」
とにこやかに話している。珠緒は朔之介のその言葉に少し驚いたが、朔之介はなんてことない顔をして
「さぁ、さっさとテントを建てよう。久々の休みなんだから、沢山遊ぼうな」
「うん!」
と娘と朔之介は駆けていく。
「私の考えすぎよね…今だに少し怖いなって思うなんて…」
珠緒は二人の後に続いて休日を楽しむのだった。