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もし、君が手に入るなら君が逃げようとする手段全てを無くして君が逃げないよう真綿に包んで優しく捕らえて、綺麗な箱に隠してしまいたい。
「赤狩さん」
「なに?」
「これ、先生がプリント出してって」
「あぁ、ありがとう」
彼女は赤狩珠緒さん。
俺と同じ中3で幼馴染みの女の子だ。
昔は仲が良かったけど疎遠になってしまった。
理由は俺の家は医者の家系で医者の息子は医者になれと勉強を叩き込まれた。
彼女とも勉強の時間が増えるごとに疎遠になった。
でも、本当は彼女ともっと一緒にいたかった。
彼女の自由さとか僕では思いつかない考え方にいつも楽しませてもらっていたから。
彼女と幼い頃過ごした時間がキラキラしていたように思う。
また…彼女と一緒に過ごしたい。
家に帰ればヒステリックな母親に勉強と口煩く言われ、父親は外に愛人を作り家庭に興味すらない。
俺はここでただ無機質に生活している。
息が苦しい…。
卒業式の日、俺はそんな息苦しさに耐えられなくて式を抜け出し学校の裏にある小さな駄菓子屋に駆け込んだ…、赤狩さんとよく行っていた場所。
そこに、彼女がいた。奇跡だと思った。
「あれ?大神?何で?卒業式でしょ?」
彼女は驚いた顔をしていた。
「…そう言う赤狩さんも」
「ハハハ、まさか大神がサボるなんて。大神の母ちゃんカンカンに怒るだろうなぁ!ハハハ」
と笑っている。
「赤狩さんも、怒られるんじゃない?」
「私は慣れてるから、気にしない気にしない」
とあっけらかんと笑う…あぁ、そうだこの雰囲気だ。
彼女のこの柔らかい雰囲気が大好きだったんだ。
二人でアイスを買って駄菓子屋から近くの公園に移動した。
ブランコに久しぶりに乗る。
「大神は卒業したらどこ行くの?」
「〇〇高校」
「えーっ?頭良いとこだ!流石だねぇ」
「赤狩さんは?」
「私は働くよ、この町から出ていく」
「…え?」
「親の知り合いでさ、住み込みで働かせてくれる所があるからそこに行くんだ」
「どこに行くの?」
「〇〇県の工場だよ、小さい工場だけど皆いい人そうだったからそこに行くんだ」
アイスの棒をくわえながら彼女はブランコからふわりと飛び降りた。
「4月からそこで働くから、もう少ししたら行かなきゃいけないんだ」
と振り返りながらニコリと笑って言う。
そんな…折角また話せたのに…、遠くに行くなんて。
「うちは貧乏だし、私は頭悪いから高校行くより仕事してた方がいいからそうしたんだ。ほら、弟いるでしょ?アイツが頑張って勉強してるから、少しでも助けになりたくてさ」
「だからって、赤狩さんが犠牲みたいにならなくても…」
「違うよ、私は自分で決めたんだから…けど、最後に大神とも久しぶりに話せて良かった。ありがとう」
最後だなんて、そんな事言わないで…。
嫌だと心の中で叫びまくった。
「あの!赤狩さん!」
「ん?」
「…もし、嫌じゃなければ前みたいに遊ぼうよ。4月になったら…行っちゃうんでしょ?それまで少しだけでも会おうよ」
「あー、いいよ?あまり時間ないかもだけど」
「うん、それでも!」
「わかった、じゃ番号交換しよ」
「えっ…」
「だって、交換しないと待ち合わせできないじゃん」
「そ、そうだね」
俺は赤狩さんと番号を交換した、ドキドキする。
彼女の名前がアドレスにあるなんて。
「また連絡するね、じゃ」
と彼女は去って行った、今日サボってよかった。
この後の母親の剣幕すらその日は春風程度にしか感じなかった。
赤狩りさんから、連絡があり明後日はどうかと聞かれたので二つ返事でOKを出した。
楽しみだ、待ちきれない…。勉強も手につかない。
そうして当日を迎えた。
「あ、大神〜!待たせてごめんね」
「ううん、全然」
赤狩さんは、黒のスキニーパンツに白い大きめのシャツでシンプルだけど時計とか帽子を被っててオシャレに見えた。可愛い。
「大神、何か今日カッコイイね」
「え?そう?」
「うん、ってか背も私より大きくなったんだねぇチビだったのに。周りの女子がイケメンって騒いでたの分かるわー」
「イケメンじゃないよ」
「え?!気づいてないの?もったいなぁ〜い、私なら大神くらいイケメンだったら彼女作るのに」
とケラケラ笑いながら言う。俺は君の方が可愛くてドキドキしてるのに…。
それから、二人で昔みたいに遊んだ。
駄菓子屋に行って公園でお喋りして、昔作った秘密基地の場所まで行ってみたり。
近所の本屋で立ち読みして、飽きたら近くの川に行ってお喋りしながら沢山笑った。
まるで疎遠だった時間が嘘みたいに昔と同じ様に二人で過して凄く幸せだった。
夕方になり、辺りは暗くなり始めた。
このまま二人でどこまでも行けたらいいのに…。
終わらなければ、ずっと幸せでいられるのに。
「大神、今日楽しかっね」
「うん」
「もし…また会ったら遊んでくれる?」
「うん、また遊ぼうよ」
「約束ね?」
こうして、赤狩さんは町からいなくなり俺の中に二人の思い出は大事に刻まれている。
高校に行っても赤狩さんとの思い出だけが救いだった、それを思い出すだけで心が救われるようだ。
高校では、何故かやたら女が寄ってくるようになり面倒臭くなった。あまり自分の顔には興味なかったが赤狩さんの言うように俺の顔はまぁまぁ良いらしい。
赤狩さんとはたまに、やり取りをするくらいだったが彼女と繋がっている幸せでそれだけで生きてた。
けどある日…
「最近成績が下がってるようだから、スマホを解約したわよ。これからは更に勉強だけに集中しなさい」
「なっ、そんな勝手に…」
「あなた、隣の赤狩さんの娘さんと連絡取ってるでしょ?あぁいう素行の悪い子とは関わらないで頂戴」
「お前に何がわかるんだよ!ヒステリックババァ!」
「親に向かって何なの!」
思い切りビンタされたが、頭に血が上っていて何も感じない…。
そんな…赤狩さんと繋がっている事が、俺の救いだったのに。
それから赤狩さんとは連絡が取れなくなった。
公衆電話からかけた事もあったけど取ってくれなかった。
彼女に会いたい…早くこんな家から出ていきたい。
それから俺は勉強に打ち込み無事に医大に合格し、現在外科医として大きな病院で働いている。
彼女に会いたくて、高校卒業してからスマホをようやく持てたけど…彼女の番号は変わっていて連絡が二度と取れなくなった事がわかった。
それからは、ただ無機質に仕事をこなすだけだった。
彼女が〇〇県で働いているという事しか知らないから、勤務地をここにしたけど、いつか会えるなら会いたい。
もし会えたら、もう二度と手放さない。
そんな思いを抱えた俺に、神様がチャンスをくれたのかもしれない。
「大丈夫ですか〜?林さん」
「ヤバイ、痛い。普通に痛い、怖くて傷口見れない」
「うん、見ないほうが良いです…これは」
待合室で、血だらけのタオルで腕を押さえた男性と付き添いの女性が話していた。
「先生、かなり深く腕を切ってるようで…」
「わかりました、処置室に通して」
俺はその二人を処置室に通すと、男性と付き添いの女声の顔を見てハッとした、まさか…。
「赤狩さん?」
「…えっと…」
俺のネームプレートをちらりと見て、顔を見る彼女。
「大神?って、あの大神?」
「そう、久しぶりだね」
と言うと、怪我をした男のほうが
「先にこっちをお願いします」
と、俺を睨んだ。ヤバイ、忘れてた。
それから処置をして、赤狩さんに話しかける。
「赤狩さん、久しぶりだね」
「うん、元気だった?」
「元気だよ、その…あの頃の事謝りたくて」
「え?」
「連絡取れなくなったから気になってたんだ、母さんにスマホ解約されてしまってたから」
「あぁー、やりそうだなぁ。大神の母ちゃん、成績が下がるなら解約よ!とか言いそう」
「まぁ、そんな感じ」
「大神は悪くないよ、私も連絡取れなくなったから」
「何かあったの?」
「ん〜、付き合ってた彼氏がいたんだけど復縁迫られてストーカーみたいになっちゃってね。だから番号も変えて仕事も住む場所も変えたんだ」
「か、彼氏…?」
「少しの間だけだったけどね、何かヤバイ奴でさ。私見る目ないよねー」
「…今は彼氏いるの?」
「いないよ〜ハハハ」
「良かった」
そうだよ、考えたらわかるじゃないか。
彼女程の、可愛い人に虫が寄ってこないことなんて無いだろう。
俺の居ない間に…彼女が変わったような気がして悔しくて、悔しくてたまらなかった。
「大神こそ、彼女できた?イケメンで医者なんて誰も放っておかないでしょ?」
「俺は彼女なんて…」
「そうなの?お医者さんってそんな忙しいの?」
「まぁね…あ、よかったら…」
俺はスマホを取り出して
「番号交換しようよ」
「うん」
赤狩さんとまた繫がることができた、これはもう運命だ。今度こそ逃さない。
「ねぇ、また…遊んでくれる?」
と俺が尋ねると、赤狩さんは
「いいよ、また遊ぼう大神」
屈託のない笑顔で笑いかける、あぁ…幸せ。
この幸せを今度こそ永遠に俺だけのものにしたい。
君は知らないだろうね、俺に今度こそジワジワと追い詰められて気づいたら逃げ場なんてなくなっていくんだよ。
そうしてどこにも飛んでいけないように、君を囲って大事にしまい込んでずーっと愛でているからね。