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第7話 生存計画①

「何?グレンが来ただと?」


グレンが来たと伝えに来た男は、「はい。いらっしゃっております」と答えた。主の返答を聞くために男は待った。


「何の用か聞いているか?」

「会って直接渡したい物があると、仰っておりました」

「······ここに連れて来なさい」


男は畏まりましたと言うと部屋から出て行った。しばらくすると入口の扉からノック音が聞こえた。


「入れ」


男に招かれ一緒に入って来た男を、この城の主は探るように見つめていた。


「お久しぶりでございます。大公閣下におかれましては、ご健勝のようで何よりで御座います」

「世辞は結構だ。用とは何だ?」



グレンにそう説いた男は、この氷城の主にしてヴィルヘルム大公だ。

グレンはレティーシャに頼まれて大公領の大公邸に来ていた。

氷の城と呼ばれているここは皇城と違った美しさがある。そして皇女であるレティーシャの母方の祖父である。グレンは久しぶりに感じる威圧感に懐かしさを覚えた。帝都では皇帝以外に感じることの出来ない圧だ。皇帝の圧はどことなく、太陽のような肌を焼きつくヒリヒリさを感じさせる。逆に大公は氷点下の大地にいるような、じんじんと内から冷えていく感じだ。



オーウェン・ルクセイ・アンサール・ヴィルヘルム

セシリアの父にして、レティーシャの実祖父。10代後半の様な若々しい見た目とは裏腹に、年齢は千歳をとうに越している。セシリアと同じ髪色と瞳を持った男だ。だがセシリアとは違い表情も言葉遣いも堅い。あまり笑わず、冷たい印象を与える。大公はセシリアと皇帝との結婚を反対していた。



グレンが部屋に入って来ても、こちらを探るように見るだけで、表情は一切崩さなかった。


「用とはこちらでございます。この手紙はレティーシャ様が直接閣下にお渡しするよう、私に預けられたものです」


大公に皇女が大公宛に書いた手紙を、懐から取り出した。その手紙を見た大公は、グレンがここに来て初めて表情を変えた。大公は悩んでいる素振りをした。


「こっちに持ってきなさい」


グレンは大公の傍に近付いて、手紙を差し出した。大公はさっきとは違い、迷わず手紙をグレンから取ると来客用のソファに座り、グレンにも座るように指示を出した。グレンは大人しく命に従い座った。


大公は静かに手紙を読み始めた。何分が経っただろうか。その間一度も大公とグレンは言葉を声に出さなかった。大公は手紙を読み終えると、もう一度確かめるようにまた読み始めた。


すると部屋の外が急に騒がしくなった。グレンは意識を部屋の外に向けた。扉がノックもなしに勢いよく開かれた。グレンは入って来た人物に立ち上がり挨拶をした。


「大公妃様お久しぶりでございます。お体のお加減はいかがでしょうか」

「そんな事より、グレン貴方が来たということは、レティーシャに会うことが出来るのですか?!」


走ってきたのだろうか。息を切らしてグレンに問い掛けている女性は、大公の妻である大大公妃だ。



オリビア・ルクセイ・アンサール・ヴィルヘルム

セシリアの母にして、レティーシャの実祖母だ。大公と同じく若々しいが、千歳を超えている。

大公であるオーウェンとは若い頃に結婚したが、子宝に恵まれることはなく、諦めかけていた時に身篭ったセシリアを溺愛していた。皇帝との結婚はセシリアが幸せならと尊重していたが、結婚してから一度も会うことが叶わずセシリアが死んでしまった為、結婚を賛成したことを後悔している。セシリアの優しい性格は、母である大公妃から受け継がれた。セシリアが死んでからは身体を壊していると聞いている。


「グレン黙ってないで答えて下さい!」

「オリビアよ、とりあえず落ち着きなさい。レティーシャからの手紙だ」


大公妃がグレンにキツく言うのは無理もない。なぜならセシリアがほぼ家出するように嫁いでから、今まで一度もグレンは大公夫妻や実家に顔を出すことがなかったからだ。


大公はいつの間にか手紙を読み終えていた。興奮する大公妃を宥め、落ち着かせた。大公妃をソファに座らせると、手紙を大公妃に差し出した。大公妃が手紙を読み終わるまで、誰も一言も発さなかった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大公閣下、大大公妃様へ



初めましてと言うべきでしょうか。このような形で初めての挨拶を済ませることとなり、申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですがお願いしたいことがあり、この手紙をしたためました。


先日私が階段から落ちる事故がありました。事件から日が経つのに未だ犯人や犯行目的など分からず、捜査がもうじき終わるようです。ですが私は事故ではなく、事件だと考えています。理由は大きく3つあります。


1つ目は、事故発生から発見までに、最低数時間から最高数日時間が空いていることです。私が倒れていた場所は、エントランスの階段の下です。いちばん人が行き交う場所だと思いますが、マリアが休暇から帰ってくるまで発見されませんでした。


2つ目は、事故当時ここで働いていた全ての侍従が、事故後に辞めさされました。せめて事故だと断定するまでは証人として置いておくべきだと思いますが、罰を与えるでもなく全員が辞めさされたのが怪しいと踏んでいます。


3つ目は、侍女達の噂話で聞いたのですが、事故後にエントランスのカーペットが替えられていたことです。カーペットは既に処分されているようなのですが、カーペットの下を捲ってみたら、タイルの隙間に血の跡がありました。他は掃除されていたようですが、急いで替えた為か適当だったのかは分かりませんが、血が少し残っていました。



このことから事故ではなく事件であると考えています。それでお願いというのは、私を私が指定する期限まで守って頂きたいのです。騎士などは派遣できないでしょうか?


お二人が私のことを嫌っていることは重々承知していますが、恥ずかしながら自分の身すら守ることが難しい状況です。どうかお助け下さい。宜しくお願い致します。


レティーシャ


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「この手紙はどういうことですか?グレン答えて下さい!どうして私達がレティーシャを嫌っているなどと、レティーシャが思っているのですか?!私達はいつもレティーシャに会わせて欲しいと皇帝に願い出ているのに、レティーシャが私達に会いたくないという理由で毎度断られているのですよ!」

「それに何度も手紙を出しているが、一度も返事が帰って来たことなどない」


大公が付け加えるように言った。グレンは手紙の内容を、レティーシャから事前に教えて貰っていた。だがグレンと大公夫妻との間に、大きなズレが生じていた。グレンもセシリアについて行ってからは、一度も大公や親類である大公爵に直接連絡を取っていなかった。


「手紙とはなんのことでしょうか?一度もこちらに届いた所を見たことがありません。それにレティーシャ様には、大公夫妻がレティーシャ様に会いたくないと言っていると伝えられていました。それにレティーシャ様のせいでセシリア様が亡くなったから、大公夫妻に嫌われているとも···」


その場にいる3人がお互いに顔を見合わせた。


「まず私達から話そう」



昔に遡る。セシリアがまだ生きておりレティーシャを妊娠中の頃、大公と大公妃はセシリアに会えるように皇帝に願い出ていた。だが体調があまり良くないから会わせることが出来ないといつも断られていた。

それからも会うことは叶わず、新聞で皇女を出産したことを知った。暫くしてセシリアが崩御したと連絡が来た。久しぶりに会った娘は美しかったが、深い眠りについたように疲れて見えた。


セシリアが命を懸けて産んだ皇女が、よりによって魔力がないと新聞で報じられた。まだセシリアの喪中が終わっていないにも関わらずだ。

そのため大公は皇帝に孫娘を引き取りたいと申し出たが、皇帝が了承することはなく、会わせて欲しいとも頼んだが会わせてはくれなかった。



それから孫娘を引き取りたいと会わせて欲しいと何度も頼んだが、レティーシャが会いたくないと言っていると断られてきた。せめて手紙でやり取りが出来たらと皇宮に送ったが、一度も返信が帰ってくることはなかった。




「これが私達がしてきたことだ。私はレティーシャのせいで娘が死んだなどと思っていない。私達はあの子を愛している」

「私達が引き取りたいと言っても断ったくせに、レティーシャが殺されそうになっていたなんて···」

「私が傍に居ながら申し訳ございません」


大公は苦々しい顔をして、大公妃は静かに泣いていた。娘が命という犠牲を払ってまで産んだ子が、自分達の知らない所で命を狙われていたことがあまりにもショックだった。


「グレン。お前の話もしてくれないか」

「はい」


大公に促されるように、グレンは正直に伝えた。セシリアは家を出て皇后になったが、いつも両親である大公夫妻に会いたがっていたこと。家出同然で出てきてしまったせいで、両親に負い目を感じて会えなかったこと。

レティーシャが産まれた後、魔力がないと判断されて非難されていた時に、セシリアはベッドから1歩も出られなかったこと。グレンはセシリアに頼まれて紙を用意した。その紙には両親への謝罪とレティーシャを代わりに育てて欲しいと書いていたことを伝えた。



「レティーシャのことも教えてちょうだい」



レティーシャはセシリアに似て、見目麗しく産まれてきた。生後1週間で行われる魔力の有無を検査する魔力検査で、魔力が一切ないと判断された。それからも皇帝はレティーシャを寵愛していたが、セシリアが亡くなってから個人的にレティーシャに会いに来たことが指で数えられる回数しかなかった。生前は魔力がなくても皇帝が寵愛していた為、侍従達はレティーシャに良くしていたが、皇帝が訪れなくなってからは侍従達に軽んじられるようになった。


グレンはそれから少しでもレティーシャの立場が良くなるように、国境のいざこざや、領同士の争いの調停に赴くようになった。

今思えば、グレンが行く時必ず顔を俯かして「行かないで」と泣いていた。あれはレティーシャからの救難信号だったのではないかと悔やんでいる。



「陛下はレティーシャのことを大事にしていると思っていたのに···あなた、レティーシャを助けてちょうだい。お願いよ」

「ああ、そのつもりだ。ここに連れてくることは出来なくても、護衛は必ずつけよう。グレンよ今からお前の母を呼ぶが、会っていかないか?」

「いえ、レティーシャ様から頼まれていたことがありますので、それを調べてこようかと」

「それはこの話よりも重要なことなのか?」

「はい。レティーシャ様曰く、これが命を救うことに役立つと仰っておりました」

「···そうか。暗部を連れて行きなさい。何かの役に立つだろう」

「有難くお力を頂戴します。では失礼致します」



グレンが部屋を出たのを確認すると、大公は男を呼び大公爵達をすぐに呼ぶように命じた。


「まさかレティーシャがこんな扱いを受けていて、娘だけじゃなく孫娘まで失いそうになっていただなんて···」


大公は大公妃の隣に座り、落ち着くまで背中を摩った。だが大公も大公妃と同じ気持ちだった。何のために今まで会うことを我慢していたのだろうか。皇帝から言われた言葉を鵜呑みにして、無理にでも会わなかったことを後悔した。あくまで皇帝を通しただけで、直接レティーシャから言葉を聞いたことは無い。なのになんで自分達は、レティーシャが幸せに生きていると勝手に思っていたのか、何もかも分からなくなっていた。


「これからは必ず守っていこう」

「ええそうね」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

グレンに大公夫妻に書いた手紙を託してから、1週間は経過していた。あちらがどうなっているのか気になるが、グレンが上手く立ち回ってくれているだろうと安心していた。

私の現在の目的は、グレンが帰ってくるまで生き延びることだ。グレンさえ帰ってくれば、大公との交渉が決裂しても生き残れるはずだ。



あれから私はこの広大な皇女宮の中を探検していた。執務室に1人にして貰い、午前はこの世界の勉強を午後は内密に執務室を抜け出していた。侍従達も皆私に気付かないせいか、あちこちで下世話な話が繰り広げられていた。だが噂話も時に役に立つ。だからわざわざ聞きに行っているのだ。


ここに居ては、誰も訪れないから高位貴族に見初められないとか、皇帝にお手付きしてもらえないだとかが大半だ。たまに後宮に荷物を届けている所を見て、発表されてないから妾がいるのではないかと予想している者も居た。いや子どもの遊び道具的な物や勉強道具もあったから、子どもが居るのではと話をしている侍女も居た。皇帝が妾との間に子を作り、後宮で面倒を見てあげてるのではと言う者も居た。

核心に迫った者も2、3人居た。それは皇女に魔力がないから、外で産ませた子を連れてきたのではないかという話だった。それを聞いていた人は、私生児だから皇帝になるのな不可能じゃない?と返して、そこに居た人達は確かにと納得した表情をしていた。ごく稀に皇女の事故の話をしている者もいた。あれは単なる事故ではないと推察している者も居た。


私はコソコソ隠れながら話を聞いていた。飽きたり話が終わると皇女宮の敷地を歩き回った。本宮ではない別の宮の前に出た。ここは確かマリアが言っていた皇后宮だ。旧か元を付けるべきなのかな。

皇女宮を毎日見ている手前そこまで豪勢だと感じないが、やはり皇后が住んでいただけあり趣があるなと思った。他の宮よりも繊細で丁寧に作られている印象がある。



「今度後宮に皆を引き連れて行ってやろうか」


私は思ったのだ。大公と交渉が成立すれば、7歳のストーリー開始まで待たなくていいのではないかという問題だ。向こうも私の7歳の誕生祭を目処に計画しているはず。開始イベントを潰すのはありではと思ったが、私は頭を振って雑念を飛ばした。やはり開始イベントは私の誕生祭でなくてはいけない。

ソフィーアは皇女になれると信じている。潰すのは1番幸せ絶頂の時じゃないとダメだ。この国の貴族は私生児を好んでないことは、本を読んだり侍従達からの情報収集で分かっている。それにソフィーアの侍女がレティーシャに対してあんな態度を取るぐらいだから、ほぼの確率でいや100%に近い数字で皇太子になることが内定しているのではないかと私は考えている。だからレティーシャが何をしても、余裕だったのね。

今学校では人望集めといった所かな。まあ精々頑張るといいわ。私はどうやって潰してやろうとニヤニヤした。



気を取り直して皇后宮の扉を開け中に入った。中はあんまり掃除されていなくて埃っぽかった。あちこちに蜘蛛の巣がある。この世界にも蜘蛛が居るんだな。ってことはあの黒い(ヤツ)もいるのかな?ファンタジーの世界にまで来て、ヤツと会いたくない。いないことを切に願った。


真ん中に大きく階段があり、左右で分かれている。3階建ての1階から順に見て回った。見て回っている限り、外装よりも内装の方が凝られて作られているようだ。あちこちに宝石が散りばめられている。本来皇宮の床はカーペットではなくタイルを基本に作られているが、皇帝がレティーシャが怪我をしないように皇女宮の床はカーペットを全面張りにしたと言っていた。


「ここまで考えているのに放置とは···」


1階には調理場などがあるだけで、新しい発見はなかった。2階には図書館があった。図書館の本は埃が被っておらず、しっかり管理が行き届いているようだ。


「またここにも読みに来よっと」


図書館以外の部屋は埃が被っていて、残念に思ってしまった。3年前まではここは埃なんか被っておらず、本来の輝きを保っていたはずだ。


「でもなんでわざわざ皇女宮を作ったのかな?ここにそのまま住ませればよかったのに。セシリアが居ないから住まわせたくなかったとか?」


三階に行くと今までとは違い、掃除がされているようだった。なんで三階だけなんだろうかと思いながら、左の通路の部屋から見て回った。

扉を開けると客間だろうか。昔のままの状態を保っていた。埃1つなく、まるで時を止めたかのように感じた。他の部屋も見て回った。そのうちの何個かの部屋にドレスが保管されていたり、飾られていたりしていた。これはレティーシャのサイズではない。ということはこのドレスの持ち主は1人だろう。


「これレティーシャのお母さんが着てたドレス?」


落ち着きのある色合いや深みのある色合いが多く、レティーシャとまるっきり好みが違う。宝石がバンっとついているというよりかは、分かる程度に編み込まれていて、まるで絵本で見たプリンセスのドレスのようだ。


「私の好みのドレスだ」


こういう路線でドレスをオーダーしようと決めた。名残惜しいが右側の部屋も見ないといけない。後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。


真ん中の階段を通り抜けた右側の部屋に向かった。部屋数は少なく3つしかない。その内の1つを開けた。


「子ども部屋?」


子どもの玩具や赤ちゃんベッド。壁には人物画が飾られていた。近付いて見ると、赤ちゃんの絵だった。これはレティーシャだ。皇帝がレティーシャを抱っこして描かれたものもあった。皇帝の表情は幸せそうに微笑んでいる。他にも棚の上にレティーシャの絵が飾られていた。きちんと掃除が行き届いている。ここに未だに通う人物は皇帝しかいないだろう。


「あながち私の推測は間違ってなかったのかも」


皇帝は子どもが生まれて、2人から3人になった幸せ絶頂だった時をそのままを留めたかったのかもしれない。


「皇帝も過去に囚われているのね」


この部屋に今でも訪れているということは、過去を引き摺っているからだ。だからレティーシャに会いに来ないのかもしれない。レティーシャを見る度に、時間が進んでいっていることを嫌でも自覚するからだ。


私は思い出のアルバムを閉じるように部屋を後にした。皇帝が望むレティーシャはこの中に()る。永遠に小さなままのレティーシャが。もう本当のレティーシャはこの世に存在していない。でもあの子ども部屋にはレティーシャは存在し(いき)続けている。せめてもの救いだろう。



次に入った部屋は執務室のようだ。本棚が壁一面に備え付けられている。レティーシャの執務室とそこまで配置は変わらない。変わるとすれば豪勢さだろうか。仕事する場なのに落ち着かない。やはり私は侘び寂び文化で生きてきたのだと実感した。


「皇后の中に絶対成金がいたのね」


3つ目の扉を開けた。広々とした空間は寝室のようだ。棚の上にレティーシャの母親の絵が飾られていた。どことなくレティーシャに似ている。だがレティーシャはキツめの顔だが、絵の人物はおっとりしたような優しい顔をしている。レティーシャと同じ銀髪の髪、レティーシャとは違う淡い青紫色の瞳。


「圧倒的美女」


我が母ながら美人すぎる。絵が沢山飾られていて、1番目を引くのは暖炉の上に掛けられている巨大な絵だろう。その絵には皇帝とセシリアと生まれたばかりと推測するレティーシャが描かれていた。レティーシャを抱っこして椅子に座っているセシリアを、皇帝が椅子の後ろに立って肩に手を置いてある絵だ。母もレティーシャもさる事ながら、皇帝の美貌も相まってこの世のものとは思えない程、神々しく美しい絵だ。他にも妊娠中のセシリアのお腹に手を回している絵や結婚式の絵もあった。部屋の真ん中には台が置いてあり、その上にはウェディングドレスが飾ってあった。セシリアが実際に着たやつで間違いないだろう。


「うわぁ。綺麗すぎ」


白色を基調にした薄い青紫色のドレス。あちこちに宝石が散りばめられていて、レースは近くで見たら物凄くきめ細かく、セシリアの清楚さをさらに際立たせるドレスだ。この細かなレースを絵に描くことは難しいだろう。ドレスの隣にはこのドレスを着て描かれているセシリアの絵があった。花を手に持ち幸せそうにこちらに微笑んでいる。


「幸せそうだな〜」


この時のセシリアはまだ1年後に自分が死んでしまうことを知らない。だからこんなに笑顔で笑っていられるのだ。

ここも子ども部屋と同じく、昔のまま時が止まっている。


皇帝の意図が読めた気がした。皇后宮を皇女宮の一部にすることで、もし皇后を娶らないといけなくなった時にここに住まわせないようにしたのだ。セシリアとの記憶を汚されたくなかったのだろう。レティーシャがここに居続けている限り、ここは永遠にセシリアが生きていた部屋のまま存在し続ける。


「残念ね。私出て行く予定なのに。手放さないといけないこれも運命ね」


皇帝は一生セシリアを傍に留めておけない。そういう運命の元に生まれたのだ。残念だが。



私は部屋を探検し続けた。ベッドに近付くと他は綺麗にされているのに、ベッドだけはベッドメイキングされていなかった。隣には不自然に椅子が置かれてあり、ここに皇帝が座ってベッドを見ていることを容易に想像出来た。

椅子に座ろうとした時、ベッドの向かい側の紋様が急に気になった。何故気になったのか分からないが、体が引き寄せられるように紋様の方に歩き出した。紋様の前に着くと、勝手に手が紋様の方に手を伸ばして触れた。


"ガチャ"


鍵が空いたような音がした。突如紋様があった所に空間が現れた。奥にまで続いているようだ。行ってみるか悩んでいる内に、勝手に足が私の意志とは関係なしに奥へと歩き出した。


「ちょちょっと、止まってよ!」


足に止まるように命令したが、止まることはなく行き止まりに行き着いた。目の前には厳かな扉があった。だがおかしな事に、ドアノブが見当たらなかった。真ん中にはさっき見た紋様と同じような紋様が大きく描かれていた。


「触れるとまた開くのかな?」


私は試すように紋様に手を重ねた。············いや開かないんかい!ちょっぴり開くことを期待していた。出口に引き返そうとした。


するとまた勝手に体が動きだし、手が紋様に触れた。



"アロイス ティン ポルタ"



勝手に私から声が出た。全く知らない言葉だ。手が触れている所から光が紋様に広がっていき扉が光った。すると巨大な石を動かしたような"ゴゴゴ"と音を鳴らし扉が開いた。


「あっ!開いた」


罠かもしれないが、正直奥に何があるのか気になった。体はあれから勝手に動かない。私は冒険者心を擽られ進むことにした。



中は広々とした執務室のような部屋だった。真ん中に机が置かれてあり、壁や間に本棚が敷き詰められていた。本には昔に使われていた言葉だろうか。この国の文字では書かれていなかった。だがなぜか読める。


「まさかの転生特典?」


今さら気付いたが、人と会話も出来るし文字も書くことが出来た。レティーシャが賢かったのか、それとも転生特典なのか今の所判断出来ない。どっちにしろラッキーだ。


「沢山本があるわね。あっこれレティーシャの日記帳?」


徐ろに机に近付き、机の上にあった本を見た。本を手に取ると背表紙を見た。そこにはレティーシャと書いてあった。


「レティーシャもここに来ることが出来たんだ。中にどんなことが書いてあるのかな?」


私は椅子に座り、レティーシャの日記帳を読み始めた。



〜年〇月〇日

今日も私は1人になっている。初めてここに来てから、半年が経った。最近グレンは傍に居ない。私のせいだということは分かっているけどやっぱり寂しい。マリアも妹の為に里帰りをしている。2人が居なかったら、私はここでは透明人間だ。

〜年〇月〇日

まだグレンとマリアが帰って来ない。厨房から保存が効く食べ物を持って来て、ここに一日中引きこもっている。誰も私のことを気にしないから、ここに来ていても大丈夫。夜にこそっと帰っても気付かれる心配はない。



可哀想な内容ばかり書かれた日記だ。2人が居ない時にここに逃げに来ているようだ。この日記を読み進めていくと、記憶が頭の中に入ってきた。



〜年〇月〇日

今日もまたここに来た。2人が居ないのに久しぶりに朝ごはんが出てきたと思ったら、毒が入っていた。死にはしなかったけど苦しかった。たまによくある。この部屋に解毒剤があるから助かった。



階段事故だけではなく、レティーシャはいつも命を狙われていたのだ。頭がガンガン響き、あまりの痛さに頭を抑えた。今読んでいた日記の光景が全て頭に入って来た。まるで殴り込んで来たかの様だ。


頭の痛みが引くまで、時間を要した。落ち着いた頃には運動した後のような汗が体から吹き出ていた。


「今までのレティーシャ記憶?」


レティーシャは帰ってくることはないのに、レティーシャの記憶だけは全て帰ってきた。事故前までの全ての記憶だ。痛みは酷かったが、これまでの記憶を取り戻したおかげでやりやすくなった。


「また明日来よう!他にも読まないとダメそうな本はあるし」


ここに来た収穫は大きかった。

まず1つ目は、記憶というかレティーシャの記憶を得たこと。

2つ目は、本を速読し内容を全て記憶できること。レティーシャが読んだことある本はすぐに思い出せること。レティーシャが勉強を沢山していたからなのか、正直1冊1冊読まないといけない所を省略出来るため助かる。

3つ目は、敵を絞り込めることが出来るかもしれないこと。正直敵が分かっていた方が、こちらも行動しやすい。


生き残れる可能性が増した気がした。後はグレンの件の成功を願うだけだ。





皆様お元気でしょうか?最近私生活の方が忙しくて執筆と言う程ではないですがあまり時間が取れませんでした。しかも夏バテか熱中症か風邪か原因は分からなかったのですが、体調不良で熱が出てここ何日かふせっていました。

皆様も体の健康に気を付けてお過ごし下さい。


誤字脱字等発見したらお知らせ下さい。宜しくお願い致します。


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