第6話 生き残る為に②
魔法についても勉強しよう。ファンタジーの世界と言ったらやっぱり魔法だ。レティーシャは使うことが出来ないが、魔法がある世界ということで内心ワクワクしていた。
魔法には属性がある。代表的なもので5大魔法と言うものがある。火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、雷魔法。これには私も非常にしっくりきた。魔法には適性というものがあり、使いやすい魔法と使いにくい魔法が存在している。使えないという訳ではないが、技の威力が極端に弱くなったりする為、適性のある技を皆極める。
5大魔法以外にも、闇魔法、光魔法、氷魔法、毒魔法、草(植物)魔法がある。それ以外の魔法は無属性魔法と一括りされる。無属性魔法には固有魔法や錬金術魔法、創造魔法、回復魔法、結界魔法、生活魔法などがある。
5大魔法+5属性魔法以外の無属性魔法に適性があると、ハズレだと思われ出世しにくいと言われている。
「魔法使えるだけでラッキーなのに、無属性魔法=ハズレだと思われるなんて―――――魔力あるだけマシよね。私なんて使えないんだから···」
まあ勉強は一応しておこうかな。使えなくても覚えておいたらいつか役に立つかもしれない。これからも命は狙われ続けるだろう。気が重くなった。
「よし!私は魔法を勉強しつつ、剣を極めるという方向で」
ガッツポーズをして、新たな目標を定めた。
剣術を極めれば魔力がないことをカバー出来るかもしれない。才能がなくても今の歳から始めれば、自分の身ぐらいは守れるだろう。私頑張れ。
魔法以外に精霊も存在しているようだ。今ではいつからか分からないが精霊が見えなくなってきており、死ぬまで精霊を見ない人が大半のようだ。残念ならが精霊に関する詳しい資料はここにはなかった。
だが、この世界で精霊を使役し見ることが出来る人間達が居る。それは神官と呼ばれる聖教会の人間だ。
聖教会アトラス。聖教国アトラスという国を持ち、大陸全土に聖殿を持つ集団だ。いつから出来たかは定かでは無い。
アトラス国には大聖殿があり、信者達で賑わう大本山だ。創造神アティラスを唯一神として讃えている。大陸に住む人は子どもが産まれると、近くの聖殿に行き洗礼式を受け、誕生と無事を祝われるというのが一連の流れになっている。
神官は見習いになった時点で、俗世との関わりを遮断される。言わば家族も今まで自分が使ってきた名前をも捨てさすことを言う。今後一切の関心を神に仕えることのみに注ぐ、その為に必要な儀式のようだ。
見習いになると、新たな洗礼名これから名乗る名前を付けられる。今後この名前を一生名乗る。神官を辞めても元の名前に戻ることは出来ない。神に命の代わりに名前を捧げているかららしい。苗字は役職ごとに変わる。
教皇ラス、大神官ランディ、上級神官リヒト、下級神官アニル、見習い神官ルドル。
ちなみにノエルの最終役職は大神官だからランディと名乗っている。男主人公の1人、ヘリオスの現在の階級は上級神官の為リヒトを名乗っている。
ノエルもヘリオスも精霊を使役している。神に身を捧げる者が使える力ということで、次第に聖力と言われるようになった。ごく稀に聖職者以外にも聖力が使える人が存在しているようだ。
ファンタジーものと言ったら、魔法の次にダンジョンだろう。この世界にも実在していて、人々の生活を脅かしている。時期は不明だが数年数十年数百年に一度の単位で、ダンジョンから魔物が湧き出てくるスタンピードという現象が起きる。
アーステリア帝国で確認されているダンジョン数は17。そのうちの13が大公領と大公爵領にある。他国では3つが最多。スタンピードが起きた場合、国を挙げ騎士団を派遣し討伐に向かうが、大公領と大公爵領でスタンピードが起きた場合は大公直属の騎士団が討伐を行う。そもそもの運営体系が異なっている。
ダンジョンには悪い面もあるが、逆に良い面もある。それは素材が採れることだ。モンスターからドロップしたり採掘をしたりすると、世に出回っていない高価なものが採れたりするのだ。冒険者や商売人にとってダンジョンは良い資金源になっている。
ダンジョンには階層があり、下層に行けば行くほど魔物が強くなる。ダンジョン以外でも魔物は生息している。
ギルド。冒険者になりたい者が冒険者登録を行い、所属する組織のことを言う。アーステリア帝国の帝都に本部を置き、大陸全土に支部を持つ巨大組織だ。
ギルドには冒険者ギルドと商業ギルドの2つがある。ギルドに登録すると面倒臭い書類仕事や国への税金に始まり、全てを代わりに請け負ってくれる仲介業者の様なものだ。
冒険者にはランク制度があり、入りたてのFランクから始まり最終はSランクだ。ランクごとに受けられる依頼も難易度も異なる。依頼をこなして、尚且つランクアップミッションに合格したらランクを上げることが出来る。
帝都の外れに2つ、他領に2つダンジョンがある。ダンジョンがある街は危険と隣り合わせだが、冒険者が訪れることによって潤っている。実質プラマイゼロだ。いやプラスの側面の方が多い。
大公領と大公爵領のダンジョンはどうかって?大公領と大公爵領にある13のダンジョンにはあまり冒険者が訪れない。その理由は大陸で唯一ギルドがないエリアだからだ。換金や任務を受けたい時、わざわざ別の領地にあるギルドに行かなければならない。時間とコストが掛かるから、冒険者は任務がある時か変わり者しかあまり訪れない。
「へぇ。ダンジョンあるんだ。1回行ってみたいかも。精霊と契約出来たら魔法使えるかも!」
でも残念ながらレティーシャには精霊は見えていなかった。つまり聖力がないということになる。私は魔法が使える可能性があることに胸がときめいた。魔法というものに誰でも一度は憧れたことがあるだろう。やっと異世界に来たと改めて感じた。楽しみだ。
「図書館に行って精霊のこと詳しく調べよう!」
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この世界の常識と知識を身に付け、数十日が経った。
「皇女様。グレン様が今日帰って来ますよ」
「帰って来たらすぐにここに来さしてね」
予定日よりも大幅に遅れをとって、ついに今日グレンが帰還する。
結果的に事故から1ヶ月以上が過ぎているが、犯人や犯行目的など分からずじまいで捜査が打ち切られる形になりそうだとマリアが教えてくれた。ローガンめ、仕事出来そうな風貌でメガネを付けているが、全くもって仕事が出来ていない。あんなんで第1補佐官が務まるのか。私はどこかでローガンを信じたかったのかもしれない。だがやっぱり私の考えが当たっている。ローガンは何かしらこの事件に関係している。
「わざと有耶無耶にしたの?」
今思えば犯行に関わっているかもしれない侍従達を、すぐに退職させ城から追い出したこともおかしい気がしてきた。捜査が終わるまで城に留めて置くべきではないのか。そうなったら全ての行動が疑わしくなってくる。
「皇帝が辞めさせる許可を出したから、皇帝も黒っていうこと?」
正直何が何だか分からない。心のどこかでレティーシャの父である皇帝を信じたいが、今までのレティーシャに対する態度も知ってしまった段階では皇帝を信じることは無理だった。
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「ねぇマリア。記憶が亡くなる前のお父様と私の関係ってどうだった?」
目を覚ましてから、あれから一度も皇帝は部屋に来ることは無かった。本当に心配しているのであれば、一緒に食事を摂るぐらいの時間は取ってくれるはずだ。事件も難航している今、少しぐらいレティーシャの顔を見に来る時間も取っていいと思うのだが。
マリアは私から目を逸らすと、悩む素振りをした。
「マリア正直に教えて欲しいの」
「陛下とは月に一度会えたら良い方でして、その」
「勿体ぶらずに教えて」
「皇女様と陛下の中は良好とは言いませんでした」
マリアから聞いた話によると、セシリアが亡くなってからめっきり部屋に訪れなくなったとのこと。セシリアが亡くなる前までは、毎日レティーシャの顔を見に来て抱っこしてはなかなか部屋から帰らず、泣く泣く執務室に帰っていたほどだったらしい。それがセシリアが亡くなってから一度もない。だが金銭的援助は惜しまず、レティーシャのために新たな宮を作った。
それが今私が住んでいる皇女宮のようだ。皇女宮エリアには数個の宮がある。そのうちの1つの大きな建物が、皇后宮と呼ばれたセシリアが生前住んだいた宮だ。本来は皇帝宮の次に大きな宮は皇后宮なのだが、それよりも大きい宮を皇帝はレティーシャの為に建設したのだ。
次の代でも新しい皇后が来た場合、皇后宮はどうなるのか気になった人は多いと思う。私も気になった。皇后宮を新たに建築したようだ。大きさは皇女宮についで3番目。
本来皇帝の妻は後宮に住まいを設けるのが通例だ。宮の大きさではなく、敷地面積で見たら後宮が1番大きい。でも人口密度が高いため、そこまで広いとは思われない。皇后宮だけは後宮の外に宮を置いている。それは皇后に仕事があるからだ。皇帝の側室として後宮に入ると、殺されるか辞めさされるかの2択でしか後宮の外に出ることは叶わない。その為、飽きないように色々敷地内に用意されているため、敷地面積が大きいようだ。
後宮には、特別な12人の側にが与えられる12個の宮と、纏めて側室が入れらる5つの宮がある。12個の宮は皇帝から寵愛されたり子どもを産んだりして、皇帝により特別に与えられる宮だ。与えられた宮は皇帝から出て行けと言われない限り、宮は与えられた人のものだ。
基本側妃達は宮ではなく、纏め宮と呼ばれる宮の1つの部屋を与えられて生活する。この狭い後宮内では、宮を持つ=後宮内での権力を表しているようだ。大奥や中国王朝時代に似ていると思う。
なぜ宮が12個なのかと言うと、大公爵家の数に由来している。今は廃れたが、まだ大公爵家が政権の中枢を担っていた頃、大公爵家の娘達が皇帝の側室になる際、故郷を離れ一生後宮から出られないことに敬意を表して、12大公爵家のイメージで作った宮なのだ。
だからそれぞれ宮はモチーフが違う。日本風の宮もあるし、中世ヨーロッパ風の宮もある。庭園も日本風の庭園もあれば中世ヨーロッパ風の庭園もある。ちなみに女性がいる宮は男子禁制であり、護衛は女性が担っている。
側室が入る宮以外にも妾宮と皇女宮がある。皇子宮は後宮にあるが、実際は敷地外にあり女人禁制だ。間違いがあってはならないからだ。
実際に一度後宮に入れられた側室が皇帝に相手して貰えず、皇子宮に忍び込んで無理やり事に及び、妊娠したという事件があったからだ。そのせいで皇子は女性恐怖症になり、それ以来一生女と触れ合うことが出来なかったようだ。しかもよりによってその皇子は嫡子の皇太子だった。その為、身篭った側室を処刑することが出来なかったのだ。その皇太子が皇帝になった時に、後宮という名前は冠しているが、後宮とは違う場所に皇子宮を移して女人禁制にし、女が理由もなく入ってきたら死刑にするという法律を作った。皮肉なことに、それで産まれてきた子が次の皇帝になったようだが。
皇女宮や皇子宮の中でも細かく宮が分けられている。嫡子専用、庶子専用、私生児専用で大きく分けられている。皇太子専用の宮もある。ここでも身分がものを言うらしい。
側室は娘とは同じエリアに居るため何時でも会うことが出来るが、男だと3歳の誕生日が来たら親元を離れて皇子宮に入れられる。息子に会いたい時は、申請を出し受理されたら会うことが出来る。しかし2人きりで会うことは出来ず、大勢の立会人の元で面会を行う。ちなみに12個のうちの1つの宮を与えられると、そこに娘を住ませることが出来るので、側室は宮を持つことを目指しているだ。
じゃあなんでレティーシャは、皇女宮に住んでいないのか。それは皇帝が後宮には入れないと決めたかららしい。皇后宮の敷地をさらに広げ、新たに建築した宮にレティーシャを住まわした。ちなみに後宮もレティーシャが住んでいる皇女宮も高い塀に囲まれているよ。外から中が見えないようにしているのだ。高い塀が気にならないぐらい本当に広い。
マリア曰く、愛していなかったらこんな待遇はしてくれないから、目にかけてはくれているのではないかと言っていた。
「皇女様の記憶が亡くなる前は、毎日朝昼夕関係なく陛下に食事をご一緒にというお手紙を出されていましたが、手で数えられる程度しか皇女宮にいらしたことはございません」
今年で3歳。父親は手で数えられる程度しか来たことがない。もはやネグレクトだ。金銭的な援助も確かに必要だが、特に子どもの時はなおのこと愛情が必要なはずだ。愛情がない子は将来グレる可能性が高い。
その上7歳の誕生日の時のソフィーナの件。私でも普通に嫌だわ。だからレティーシャはあんな性格になったのではないのか。自分に無関心な父親に振り向いて欲しかったのではないのか。今は居るはずのないレティーシャの気持ちが押し寄せてくるようだった。
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「皇帝の出方を見てから、今後の関係を決めよう」
執務室の扉がトントンと鳴った。マリアの声がした。
「皇女様。グレンを連れて参りました」
「うん。入ってもらって」
マリアが扉を開け、部屋の中に入って来た1人の男を見た。水色の髪を持った爽やかそうな男だ。正直に言おう。馬鹿ほどのイケメンだ。この世界に来て見た中での1番のイケメンは父親である皇帝だが、それに並ぶぐらいのイケメンだ。身長が高く、洋服に隠れているが程よい筋肉がある。脱いだら凄い細マッチョだろう。
皇帝もそうだがこの世界の細マッチョは非常に好みだ。筋肉がありすぎる人より、脱いだら凄い人の方が元の私の好みなのだ。ここで目を逸らしたら下心がバレるような気がして、男の目をしっかりと見つめた。
「ただいま戻りました。皇女様におかれましては、お元気そうで安心致しました」
もしかしてマリアから誰かからでも、怪我をして記憶がないという話は聞いていないのだろうか。この男が知らないという事は、外にまで皇女が怪我をしたという情報が出回っていないということになる。
「それは何かの冗談かしら?マリア席を外してくれるかしら」
「畏まりました。失礼します」とマリアが部屋から出て行った。グレンが私から視線を外し、出て行くマリアを見ていた。また視線を戻すと探るように私をじっと見た。
「皇女様、その冗談とは?」
「そう。何も聞いていないようね。···ちょっと前に皇女が階段から落ちて、1週間意識がなくて記憶がなくなったって話は一度も聞かなかった?」
「!!その話は、何ですか?!皇女様が怪我をしたとは?!」
グレンは顔を青くして、驚いた顔をした。激しく動揺しているようだ。しかし私から目線を外さない。この情報は一切グレンの耳に入らなかったようだ。
「結構有名になっている話だと思っていたけれど、貴方には情報が入って来なかったようね。···貴方に故意的に情報を入れさせなかったのかしら?」
「本当に知らなかったのです。どこを怪我されましたか?!」
「記憶がないのは確かだけれど、怪我の容態は詳しく教えて貰えていないの。ノエル曰く全身に強打したような青タンがあったそうよ」
嘘だ。皆は教えてくれなかったが、私は実際に現場を見た。青タンという可愛いレベルではなかった。頭を強くぶつけ血が溢れ出ていた。挙句に何日も放置されていた。
「発見が著しく遅れたようなの。おかしいわよね。エントランスホールの階段の下で倒れていたのに。未だに犯人が解っていないのよ」
グレンは驚いた顔のまま声を発しなかった。話を聞き終えると顔を歪めた。グレンは瞬時に悟ったのだろう。私がレティーシャが殺されかけたことを。
「貴方が帰ってくることをずっと待っていたの。グレン貴方にしか頼めないことよ。私のお願い聞いてくれるかしら?」
「申し訳ございません。私が離れていたばかりに。皇女様に怪我を負わせてしまうだなんて···何でも仰って下さい!」
「貴方は魔法契約書を作ることは出来る?」
「はい。作れますが···」
「じゃあこの内容で魔法契約書を作って貰いたいの。これは私と貴方の契約よ」
正直な所、グレンが魔法契約書で契約書を結んでくれるか半々だった。グレンはセシリアに忠誠を誓っているのであって、娘の私には忠誠を誓ってる訳ではない。グレンが断る確率の方が高い。言わば奴隷契約書に等しい魔法契約書にサインなんてしたくない。私だってそうだ。けどここでグレンに断られると後がなかった。圧倒的に生存確率が低くなる。
「どうしてこれを?私を信じられないのですか?」
ああやっぱりグレンは期待通りだ。この言葉には、明らかな警戒と拒絶が織り交ぜられていた。仕方ないが生存確率が低くなっただけだ。計画の1つが潰えただけだ。そこまで気にする事はない。最初から期待していなかった。···いや嘘だ。本当は契約してくれるのではないかと、淡い期待を抱いていた。生存確率が低くなるなんて怖すぎる。ここには信用出来る人が居なさすぎる。
「やっぱり結構よ。もう体を休めてきてちょうだい。それからまた明日話しましょう。その紙返してくれる?」
「はい。お返し致します。失礼致します」
グレンは私が書いた紙を返し部屋を後にした。急に緊張が解けたようにどっと疲れが出て来た。知らず知らずのうちに緊張していたようだ。
「失敗した···これからどうすれば良いのかな?」
正直に言うと、マリアも信用出来ない。このマリアとの魔法契約書は本物なのかさえも、私には分からなかった。字は奇跡的に読めるし書ける。だがそもそも魔法を知らなさすぎる。やっと初級を終わった程度なのに、高難易度っぽい魔法契約書は分からない。大きなため息が出た。皇女が殺されかけたと解っていても、グレンは私に応えてくれなかった。それが現実だ。
「皇女様、夕食はどう致しますか?」
「今日は結構よ。疲れたからもう休むわ。マリアお休みなさい」
マリアは寝室まで付き添うと言ったが断った。ただ今は1人で居たかったのだ。動揺を他の人に悟られたくない。手を握りしめた。爪が手の平にくい込んでいたが、それさえも知られたくなかった。
ショッキングピンクの部屋は相変わらず落ち着かない。何なら余計に疲れさせてくる。だが今はこの部屋色のみが、レティーシャと繋がれている気がした。この世界では毎日お風呂に入らない。お風呂文化が根付いていないのだ。でも汚れを落としたくて、寒い浴室に入った。固形石鹸はあるが、クレンジングもシャンプーもリンスもトリートメントもボディソープもない。お風呂から出ても、油のクリームがあるだけでそれ以外はない。
「こんなんじゃお肌荒れるよな〜」
それなのに化粧品だけは発達していた。美しくありたい女性達の為に発達したようだ。だがその中身の成分には、絶対に体に良くないものが入っていると私は思っている。水銀だろうか。地球でも昔、水銀で健康品や化粧品を作っていたとどこかで読んだことがある。ここに配属されている侍女達も、肌が荒れていてさらに隠そうとしてという負の連鎖が起こっている。
「お金はあるし、化粧品でも作ってみようかな?」
ベッドに寝転がっても疲れているのに、余計な事を考えてしまいすぐに眠りにつくことが出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次に目を覚ますと、太陽が昇っていた。物思いにふけっていたせいか、しっかりと寝れた感じかしなかった。目も疲れていて、目の下に隈が出来てる気がした。
「皇女様。もうお目覚めになられていたのですね。お早うございます。朝食は如何なさいますか?」
「おはよう、マリア。ここで食べるわ」
「畏まりました。お着替えの方は?」
「水色のドレスある?今日は水色が良いわ」
了解するとマリアは一旦部屋を後にした。
私はマリアが持ってきた洗顔用の水で顔を洗った。やっぱり少し薄らとした隈が出来ていた。しっかりと見ないと分からない程度だ。
ソファに座りモーニングティを飲みながら、マリアが帰ってくるのを待った。あの事件以来、部屋にはマリア以外の人は入らないように命じてある。命じていなければ、部屋にずっと立って居られるからだ。1人になる時間がないのは辛い。
「皇女様、お待たせ致しました。着替え室に向かいましょう」
着替え室に向かい、水色のドレスに着替えた。椅子に座ると髪も整えられた。今日はドレスと同じ水色のバレッタを付けてもらった。着替えが終わると部屋に朝食が用意されていた。マリアには外で待機して貰った。
「はぁ。まだお腹空いてないな」
マリアに一緒に食べようと何度も誘ってみたが、あれ以来一緒に食べることはなかった。ずっとご飯を食べている所を見られるのも苦痛だ。食べ終わるまで外で待って貰えるようにした。
一応目の前で毒味係が先に確認する。ジェネレーションギャップに苦しむ。昔にタイムスリップしたようだ。
「マリア食べ終わったよー。今から執務室に向かうね。グレンはどうしてる?」
「グレン様は外で剣を振っておられますよ。お呼び致しますか?」
「うん。宜しく」
執務室でグレンを待った。扉をノックする音がした。「入って」と言うと、扉が開きグレンが入ってきた。
「どこでもいいわ。座ってくれる?」
「何か御用が御座いますか?」
「ええ。用がなければ呼んではいけないのかしら?」
「いえ、そういう訳では···」
「まあいいわ。話があって貴方を呼んだの。これを受け取ってくれるかしら」
「これは何ですか?」
グレンに渡したのは、5つの鞄いっぱいに入った金貨だ。
この世界のお金はお札ではなく、金貨銀貨銅貨が使われている。金貨に書かれている文字によって値段が変わる。日本の小銭と同じ摂理だ。
金貨は10万と5万と1万金貨がある。単位は万。
銀貨は5000と1000と100銀貨がある。単位は千。
銅貨は10と5と1銅貨がある。
金貨に10と書かれていたら10万円で、銅貨に5と書かれていたら5円だ。10金貨2000枚と書かれていたら、2億円となる。日本と金額の単位は同じだ。
商品ポップも日本と同じだ。1つ2000と書かれていたら、その場合は5000銀貨1つ渡して1000銀貨3枚返してもらうか、1000銀貨2枚渡して丁度の金額を渡したりする。もちろん他の金貨や銅貨も使える。
「そこには10金貨計5万枚入っているわ。今までご苦労だったわ。ありがとう」
グレンに計50億円を退職金として渡した。これは私の分だけではなく、母であるセシリアの分も含めてだ。信用出来ない者をいつまでも傍に置いておく訳にはいかない。今まで守っていてくれたグレンに対しても失礼だ。
「もう領地に帰りなさい。もし破門でもされていたなら、主君であるセシリアはもう死んだと言いなさい。ここに居ても利用されるだけだわ」
グレンは驚愕で目を見開いたままだ。昨日と違って私と目が合わない。目が左右に動き、瞳孔が開いている。私は席を立とうとした。
「待ってください!どういうことですか?!もう私が要らないということですか?!」
一見飄々として見える男が、大きな声を出して叫んだ姿に今度は私が驚いた。驚きすぎて椅子から立ち上がる途中で、体の動きが止まった。
グレンが私に近付いてきた。グレンが私のすぐ側まで歩いて来た。非常に威圧感がある。私が小さいせいもあるが、グレンの身長も相当高いのだろう。グレンがバンっと音を立て、机に紙を置いた。
「何処に行こうとしてるんですか?とりあえず座って下さい」
グレンは私の頬に触れてから肩を抑えて、私をもう一度椅子に座らした。まさかのグレンヤンデレなの?!威圧感からか体が言うことを効かず、グレンにされるがままだった。
「これを見て下さい。レティーシャ様が紙に書かれていた内容で、魔法契約書を作って来ました。――――――それなのにこれはどういうことですか。答えて下さい」
グレンは私が用意した5つの鞄を指差しながら言った。声色は私を非難しているといった所だろうか。だが皇女様ではなく、私を名前で呼んだ。名前の所だけは恋人に囁くような甘い声色だった。イケメンなのに声までカッコイイとは実にけしからん。あの父も確かに声までも物凄く良かった。目も幸せだが、耳も幸せだ。
「私のせいでしょう?グレンが皇帝派の貴族達の言うことを聞かないとダメなのは。あとグレンはお母様の護衛でしょう?私まで迷惑かける訳にはいかないわ。だからグレンを解放してあげようと」
次は声に出すことが叶わなかった。なぜならグレンが机を叩いたからだ。ドンっと大きな音がして、グレンは私が次に言葉を紡ぐのを防いだ。
「貴方のせいではありません。私がレティーシャ様の傍に居たいから、ここに居るのです。なのに出て行けなどと言わないで下さい。お願いです」
「あっ、うん。分かったから」
机を勢いよく叩いたから怒ると思ったのだが、グレンはそれとは裏腹に優しい声で私にお願いをしてきた。
グレンが言うには、本当はセシリアが子どもを出産した後に実家に帰る予定だったが、産まれてきた私を見て考えを改めたらしい。グレンは自分が必ずこの子を守らないといけないと思ったようだ。国境のいざこざなどは本来は行かなくてもいいのだが、レティーシャの立場を守るために行ってくれていたようだった。
魔法契約書を即決出来なかったのは、今まで信頼関係があると思っていたのに、信じて貰えていなかったとショックになってしまったからのようだ。
「これを見た俺はどう思ったか分かりますか?」
「グレンごめんなさい。許して」
あれからひたすらグレンの膝の上に座らされ、抱きしめられていた。見た目は幼女だが中身は大人なので、申し訳なさでヒヤヒヤした。後ろから抱きしめられ、魔法契約書の確認をされた。
①甲は乙に対して嘘をついたり、決して裏切ってはならない
②甲は乙を期限終了時まで、必ず守り抜かなくてはならない
③期限は未定。期限修了時はお互いの確認の元、契約を破棄する
④これのどれかに違反すると、①の場合死。②③の場合は、体に電流が走る
⑤乙が不利益を被る嘘や裏切り以外は例外とする
という内容の物だ。正直な嘘をつかれたり裏切られる以外は特に思い浮かばなかったので、よく芸人がドッキリで使われる電気のやつを採用した。嘘の範囲も難しく、お誕生日のサプライズパーティで、騙したからといって死なれても困る。なので私が不利益を被るのかで基準を定めた。
「この内容で間違いありませんか?」
「う、うん!ありがとう」
正直な所、内容よりも後ろのグレンが気になって仕方がない。後ろから抱きしめられているせいか、顔は見えないが声と私の耳が近いせいで、非常に心臓に悪い。もしかしてこの世界皆この距離感なの?教えてくれ。
甲の所にグレンがサインをして、乙の所にわたしがサインをした。これで魔法契約は終結した。
「あっグレンちょっと下ろして。見て欲しいものがあるの。ちょっと待ってね」
グレンは名残惜しそうに私を下ろした。私は仕事用の机に向かい、見て欲しい物を取ってきてグレンに見せた。
「これなんだけど」
「――――――これは」
グレンは驚いているようだった。
「グレン帰って来てすぐに悪いんだけど、お願いがあるの」
「レティーシャ様の頼みなら、何でも俺は聞きますよ」
グレンは他の人が居る場合は、私を皇女様と呼ぶし私と使うが、私と二人っきりの時は俺と私をレティーシャ様と呼ぶ。あまり敬語も使わないようだ。記憶はないが、マリアは私に対して敬語を使っていてどことなく距離を感じたが、グレンとは本当のレティーシャと仲が良かったのだろう。
「この紙に書かれていることを、して来て欲しいの。これはグレンにしか頼めないことなの」
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。心配しないで下さい。必ずやり遂げて帰ってきます。ですがレティーシャ様を1人にするなど」
「まだ事件の捜査があるから、犯人も迂闊に手を出してこないと思うわ。でも出来るだけ早く帰ってきてね」
「はい。それでは行ってまいります」
グレンは私のおでこにキスを落とすと、任務の為に部屋を後にした。また当分の間私は1人だ。何もされないことを願うしかない。
「良かった〜。グレンが魔法契約してくれて」
安心したからか、涙が出て来た。落ち着きを取り戻すと、私は顔を赤らめた。
「待って!グレン私のおでこにキスしたの?!」
恥ずかしすぎる。グレンからキスされるのを、当たり前かのように享受していた。他に誰も居なくてホッとした。私はグレンが帰って来るまで、出来ることをしておこうと決めた。
誤字脱字等ありましたら、連絡よろしくお願いします。