第4話 私はサラブレッド!
「お茶をお持ち致しました。どうかなされましたか?」
「ねぇ、マリアは私のお母様の知り合いなの?」
「はい。私は皇女様のお母様で在られるセシリア様の元々侍女をしておりました。
私は元々子爵令嬢だったのですが、家が没落してしまいまして、母が女手一つで育ててくれていたのですが、幼い妹を残して過労で体を悪くして亡くなってしまいました。妹を連れて彷徨っていた所、セシリアお嬢様とお会いし救われました。私の中で出会った時の光景は今でも鮮明に覚えております。
その時セシリア様に拾って頂きまして、大公家で働かさせて頂けることになりました」
大公家、この神聖アーステリア帝国に1つしかない家だ。建国の際からある皇家の次に権力を持っている由緒ある家門だ。
その大公家はレティーシャの母親の実家だ。
レティーシャは先祖返りの皇帝を父に持ち、大公家出身の母を持つ言わばバリバリのサラブレッドなのである。
「セシリア様には妹の面倒から、何から何までお世話になりました。セシリア様にせめてもの恩返しが出来たらと思い、侍女に自ら志願したのです。一生懸命侍女になる為に修行しました。大変な日々だったのですが、今思えばそれもセシリア様との思い出だと思うと考え深いものがありますね···」
「幼い頃からマリアとお母様は一緒に育ってきたのね」
「はい!私の方が3歳上なのですが、もう1人妹が出来たみたいで大公家での日々は幸せでした···」
「今は幸せじゃない?」
「いいえ、今ももちろん幸せです!大切な皇女様がいらっしゃるので。私にとっては皇女様は、失礼に当たるかもしれませんが娘や姪のように思っています!なので皇女様が事故に遭ったと聞いた時、セシリア様や母のように私の大切な人がまた消えてしまうんじゃないかとおもって、その、、とても、怖く」
マリアは目に涙を浮かべ、声を詰まらせた。私はマリアにハンカチを手渡した。「ありがどうございまず」とマリアが受け取ると、私はマリア泣き止むまで待った。
「大変失礼しました!と、とにかくこれから私は皇女様から離れません!セシリア様が遺してくれた皇女様を傷つけてしまうだなんて···。私の目の黒いうちは皇女様に擦り傷一つも付けません!」
「うふふ、ありがとうマリア。私もマリアのこと頼りにしてるね」
あまりのマリアの必死さに、緊張が解け笑みがこぼれた。
「お母様はいつ亡くなったの?」
「今からその話をする前に、セシリア様が皇宮に来た経緯をまずお話し致しますね。あれは今から5年以上も前になります」
* * *
マリアの主君で在るセシリアは、ヴィルヘルム大公家唯一ので公子である。姓はセシリア·ルクセイ·アンサール·ヴィルヘルム。皆からは大公女様や略して公女様とも呼ばれ慕われていた。
セシリアの母親は建国当初からある12から成る大公爵家出身であり、この国では珍しくなった高位血統を持つ人物であった。
大公夫婦は子宝に恵まれず、諦めかけていた所に出来た子であるセシリアを深く溺愛した。沢山の愛を受け産まれてきたセシリアは、非常に整った容姿をしており魔力量も多かった。
「皇太子殿下に並ぶ魔力をお持ちです!なんと素晴らしいことでしょう!」
「私はこの子が健やかに育ってくれたらそれで良い」
「ええそうね、あなた。この子が私達の元に来てくれて嬉しいわ。私の赤ちゃん、こんにちは」
セシリアは気さくな性格から領民達からも愛されていた。その大公領はアーステリア帝国で珍しく他領との接触が少なく、帝国民からは鎖国された土地と言われている。
ヴィルヘルム大公家は皇家の盾と言われており、皇家が光ならば大公家は闇、皇家が太陽であれば大公家は月と言われ、建国時以来皇家と共にこの国を支え帝国の防壁を担ってきた。
大公家は政治に関与しない代わりに、代々皇軍の元帥を務めてきた。大公爵家の12家は武の代わりに政治を担った。
しかしずっとずっと昔の当時の皇帝が、皇家よりも皇帝よりも力や魔力を持った大公家と大公爵家に、いつか取って代わられるかもしれないと疑心暗鬼になった。
大公家は皇軍の元帥の座を追いやられ、大公爵家は政治に関与出来なくした。それからトドメとばかりにそれまで治めていた領地を取り上げ、不毛の土地と言われた現在まで続く領地に追いやった。
それが原因でますます皇家との仲は悪化して行った。
だが皇家の力は段々弱くなってきており、大公家の力なくして国を守護出来ないと判断をした何代も後の皇帝が、大公家に独自の自治権と軍を持つことを許し、不可侵条約を取り交わした。
※私兵は1万までなら保有出来るが、1万を超える場合は軍と見なされ反逆罪が適応されることもある。
それまでは皇帝の権力の維持の為に、大公家に皇女を嫁がせたりしていたが、この条約の元になくなった。
それもそのはず建国時から大公家と大公爵家は独自の風習を守っており、皇女が嫁いできても子は作らず大公夫人という名ばかりの座を得ても居ない者のように扱ってきたので、皇家側にしてもこの条約がある限り、帝国の守備を担ってくれるから御の字という所だ。
故に前皇帝の御世に皇太子妃としてでは無く、側妻としてユピテル大公爵家のルティアが皇太子に嫁いだ時は帝国中が驚いた。
何故なら政界から追放されてから、政界に1度も復帰をしていないからだ。戻って来てくれと頼んだそうだが、建国時の盟約を反故したのは其方だと毅然に言い返されたそうだ。領地を奪われてから大公爵家の12家は、大公家を取り囲む領地から外に出ることはなかった。
「セシリア様お久しぶりね。元気にしていらしたかしら?」
「はい。ルティア皇妃様お久しぶりでございます。お身体の方はその······」
「噂がここまで届いているのですね···。皇妃と呼ばれるのは好きじゃないわ。貴方に様を付けられるのも嫌です。貴方が敬うべき人物は、この世界にはもう居ないのですから」
ルティアはセシリアから目を逸らし、窓の外を遠い目で見た。
セシリアは瞬時に悟った。大公家の大公爵家が敬うべき人物というのは、直系の黄金眼を持つ皇族のことだ。
「分かったわ。久しぶりね、ルティア」
「お久しぶりでございます。身体の方はそうね···もう長くないかとしれないわね。もしかしたら今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれないわ。
あんな所にはもう居たくはないから故郷に帰ってきたの。私は前から決めていたのです。せめて最後ぐらいは故郷に骨を埋めると」
「そう···」
「学園では皇太子とはカイルスとは無理して仲良くしなくていいのですよ。あの子は血統というものが如何に大事か1つも理解をしていないわ。
何度も何度も繰り返し教えたのに、私に反発するように卑しい者共と付き合うの···。もうあれに何を言っても無意味だわ。でもいつかは私の言葉が理解する時がくるわ。その時に後悔すればいいのよ」
ルティアはまたセシリアに釘をさした。カイルスは先祖返りで黄金眼持ちだが、直系ではなく我々が敬うべき存在ではないと。
ルティアはユピテル大公爵家の出身だ。
大公爵家は血統を重んじる一族で、自分の血に誇りを持っていたルティアはこれからも大公爵領で大公領で一生を生きていくと信じて疑わなった。魔力や容姿に優れ、実家の騎士団に入隊しようとしていた。
しかし当時の皇太子であった皇帝が皇太子の時代に平民と恋愛結婚すると揉めた際に、皇太子であったデイビッドと同い年であり大公爵家出身という理由だけで、皇太子妃ではなく皇太子側妃として婚姻してくれと皇帝が勅使を派遣してきた。
一族だけではなく他の大公爵家や大公家が不可侵条約に違反していると抗議をした。
「ルティア嬢。息子と同じクラスだと聞いていますわ。お会いしてみてさらに息子の妃として相応しいと思いますわ」
「そうであろう皇后よ。私の目は節穴ではないのだ。わっはは」
「ええそうですわね。穢らわしい女と仲良くされている所はよく拝見していましたわ。正しくは私に殿下が相応しくないのです。あと私は嬢じゃなく大公爵令嬢です。訂正してくださいますか」
皇帝夫婦は先程まで口を開け大笑いしていたが、ルティアが言葉を紡ぐと顔からスっと表情が消えた。今の皇家には昔の面影すらない程、他の貴族達と魔力や強さも変わらなくなってきている。しかも現皇后は家柄は伯爵家と中途半端で高くはなく、魔力をあまり持っていなかった。
この庭園には何十人もの近衛騎士が配備しているが、全員が一斉に攻撃してきてもルティアには勝つ自信があった。勝つ自信しかそもそもなかった。何よりも血統を重んじ従ってきたルティアにとっては、血が薄れてきた皇家も格下の伯爵家などもはや重んじる必要すらないと考えていた。
実際に皇帝が反逆罪で捕らえると言ったとしても、今の皇家如き潰すのは簡単だ。だからルティアは偉そうなことを言ったとしても、咎められないことを分かっていた。
今の皇家は大公家の守護なしには国を維持できない。
「私の息子が貴方に相応しくないと言うのですか!私は皇后なのよ!この大陸で1番偉い女なの!その私の息子は皇太子なのよ!それなのに政にも参加していない家の野蛮な女なんかを息子の嫁にしようだなんて!」
「皇后よ、よしなさい。それ以上暴れるならこの場から出ていってもらうぞ」
「しかし陛下、私達の愛する息子が皇太子が貶されたのですよ!私は許す事が出来ません!」
女は皇后はヒステリックに叫んだ。まるで病気だ。皇帝は自分の立場を理解していてルティアの顔色を伺っているが、皇后は自分の立場をまるで理解していない。今も喚き続けている。ルティアは呆れ返った。
「皇帝陛下。皇后陛下は精神のお病気のようです。今一度国の成り立ちから詳しく勉強されてはどうでしょう。
建国の際からある我が大公爵家を侮辱するなど、それで皇后が務まるとお思いですか?後から出来た卑しい伯爵家如きに侮辱される家ではありませんわ。
私はお前らのような卑しく穢らわしい者の為に、わざわざここまで出て来ましたの。感謝されるようなことはあっても、愚弄されるようなことなどしていないと思いますが、皇帝陛下はどう思われますか?」
苦々しい顔をしていても皇帝はルティア文句すら言えない。隣で皇后は気を失いそうになっている。
「どうしてこの私が貴方方のの息子の尻拭いをしなくてはならないのかしら。もしかして息子と同様でお二人方も頭が弱いのかしら?」
皇后は興奮と驚きで言葉を紡げなくなっている。皇帝は始まりの様なおちゃらけた感じではなく、忌々しそうにそれでいて拝む様な目でルティアを見てきた。
「侍女長よ、皇后をもう連れて行きなさい。
条約に違反することも分かっている。先祖が其方等を軍部から政界から追放した事も分かっている。その事について申し訳ないと思っている。
だがこのままでは皇家は滅んでしまうのだ。今現に破滅の一歩を辿っている。我々はもう昔の輝きを失い、他の貴族達と変わらなくなってきている。だから其方等の血をもう一度この皇家に取り込み、過去の栄光を取り戻したいのだ」
今こうなっているのは自分達のせいなのに、自分達が追い出した人間に今更頼ろうとするのか、身勝手すぎる言葉にルティアは呆れ返った。
「政界からも軍部からも追放したのも貴方方なのです。今更言われても私達には関係ないことです。
それから我々の先祖も血が薄れてしまうことを諌言致しましたのに、無視したのは貴方方ではありませんか。全て貴方方の驕慢さが招いたことです。いずれこうなる運命だったのです。諦めなさい」
我々の祖先はしっかりと忠言して来た。それを聞かず今こうなっているのは自分達のせいなのに。
「我らは怖かったのだ。我々がだんだん人に近付き他と変わらなくなってきているのに、其方等は昔から1つも変わっていない。
余はもう太古の文献でしか見たことは無いが、神の子孫が作った国でその血を誇りに生きてきたのにその力が次第に失われて行き、それなのに大公家や大公爵家は神の血を引いたまま昔と変わらないと知った時、余は恐ろしくなった。
先祖の事を許して欲しいと烏滸がましいことは言わん。この通りだ。どうか其方等の慈悲に縋らせて貰えんだろうか」
このようなことを頼む時点で烏滸がましいと思わないのか。
(こんなのが今の皇帝だなんて···)
ルティアはあまりの愚かさに、出す言葉は見つからなかった。
神聖アーステリア帝国はその名から分かる通り、神の子孫が大地を切り開き創った国だと言われている。
初代皇帝は神の力を持ち国を統治した。初代大公も初代の12大公爵家も神の力を使い皇帝を帝国を支えた。三者との間に誓約が設けられ、その誓約に従い生きてきた。次第に古代の盟約と言われるようになったものだ。
だがその誓約を初めに破ったのは皇家だった。
我々は文句を言わず従って来たのに、"怖かった"たかがそれしきの理由で我々を裏切ったのだ。
「我々は今は血の繋がりなど感じなくなったが、初代皇帝と初代大公と初代12大公爵は兄弟では無いか。それに免じて今回だけ許して貰えないだろうか」
ルティアは呆れて物が言えなかった。過去を最初に切り捨てたのはそっちなのに、今更過去に縋ろうとするのか。やはり皇帝も皇后と同じくお花畑なのだ。
「もし私が嫁いだとして、貴方方に何が出来るのですか?例えば私にそして大公家と大公爵家に。
もしかして私達から何かして貰おうとしていたのですか?呆れますわね。貴方方からどうしてもとお願いされたから嫁ぐのですよ。他の女とは違うのです。
私は来たくもないこんな穢らわしい所に、わざわざ来ないと行けませんのに何も無いのですか?それはあまりにも非常識では?」
「そっそれはだな···ならば装飾類でどうだろうか?!」
皇帝は我々からさらに持参金を要求しようとしていたのだ。しかし我々の土地では装飾類など有り余っているのだ。
忌々しいことなのだが、追いやられた先の不毛の土地と言われるその場所は、魔物のせいでまともに食物が育たなかった。祖先は魔物から自分達の身を守るために、与えられた領地いっぱいに塀を造り閉じこもった。
だが外の侵入を防いでいるのに魔物が現れるので詳しく調査してみたら、なんとダンジョンが発見されたのだ。不毛の土地と言われたその場所は、不毛ではなく危険と隣り合わせだが肥沃の土地だったのだ。前の領地は豊かではあったが、本分は自分達の祖先の墓を護るためのおまけでしか無かった。
皇帝は思ってもみなかっただろう。自分が追い出し土地が、素晴らしい土地だったとは。そのおかげと言ってはなんだが、どの領地よりも裕福になり魔物さえ討伐してしまえばしっかりと食物も育った。大公家と大公爵家の墓を移し終えているので、私からしてみれば皇帝ざまぁという感じだ。
後日談ではダンジョンが発見されれば、国に報告する義務が生じる。その頃は帝国は4つダンジョンを保持していた。帝国の外れに2つ、遠くの土地に2つだ。帝国は外れの2つを直接、遠くの土地は代わりに誰かに治めさせ高い税を取り立てていた。高い税を支払うが、その分治入も多いので貴族達はこぞって手を挙げた。あんのじょうダンジョンのある都市は大きく栄えている。
ダンジョンが発見されたことを報告した。その数13。皇帝は土地を元に戻すとか言ってきたようだが、我々も前の土地が欲しいと思って治めていた訳では無い。初代皇帝に言われたから治めていただけである。墓を移し替えてしまった今では愛着なんて1つも持っていない。
皇帝の勅命なんかも飛んできたが、本当に今更である。「我々は皇帝陛下の勅命通り、ここを領地にする」と言い返し、さらに皇室との仲は悪くなった。
だが元々は追い出した皇帝が悪いのだし、我々がここに来てなかったらそもそもダンジョンは発見されていないし、ダンジョンが13個もあり魔物がよく出る土地を我々以外に誰が納められるというのか。
それだって4個のダンジョンの定期的な討伐も我々が行い、持ち帰った品も国に搾取されてきた。軍部から我々を追い出したせいで、戦力が大幅に落ち思うように討伐出来ていないとも聞く。
本当にざまぁだ。
それ以降我々はその肥沃の土地を守り続けている。
「最低国家予算100年分は必要ですわね。私達は貴重な血を提供するのですから。···ですが残念です。皇帝ともあろう方がケチなのですね。私なら新たにこれ以降不可侵条約を犯すことがないようにという文面を、条約に追加すると思いますが皇帝陛下はどう思われますか?」
「それは無理だ!次の代も其方達から后を取る予定なのだ!」
「その予定があればいいですが、次は来ないかもしれませんよ―――――――――では契約不成立ということで帰らせて頂きますわ。失礼致します」
「待て!待て分かった!その文面を追加する。国家予算の100年分をユピテル大公爵家に対する結納金とする。それと条約に今言った文を追加する!これでどうだ!?」
「まあケチ臭いですが、国家予算は国民の血ですもの。それで譲歩致しますわ」
皇帝の提案を断ったら、今後我々に何をして来るか分からない。ここで終止符を打つべきだ。
ルティアは家門の為に自らを犠牲にした。こうしてルティアは皇家に側妃として嫁ぐことになった。
「セシリア様。貴方の長所はその優しさです。でもそれが貴方の短所でもあると思います。貴方はあまりにも純粋すぎる。これだけは覚えておいて下さい。残酷になりなさい。貴方の大切なものが出来た時に守れなくなるわ」
「覚えておきます。ルティアゆっくり体を休めてね」
それから数日後、ルティアは亡くなった。
本当に最後の力を振り絞って生まれた故郷に帰ってきたようだ。
ルティアの遺言通り家門の墓に埋葬した。亡骸が入っていない棺を帝都に持って行き、国を挙げ葬を行い1週間追悼式を行った。
セシリアが皇太子を探していると、ルティアの宮の一室に皇太子は椅子に座っていた。ルティアはいつも故郷が見える方角の椅子を置き、外をずっと眺めていたそうだ。
「あの皇太子殿下···少しお時間宜しいでしょうか?」
「母上のお気に入りのセシリア様じゃないか。お前がここに何しに来た」
皇太子からの刺々しい言葉がセシリアの胸に刺さった。学園でもそうだがどうして自分を、敵の様に見られ嫌われているのか分からなかった。
「あの皇妃様から皇太子殿下にと、お手紙をお預かりしていましてそれをお届けに参りました」
「ご苦労なことだな。こっちに持ってこい」
皇太子はセシリアから手紙を受け取り読み始めた。
セシリアは邪魔をしてはいけないと思い静かに部屋を去ろうとしたが、皇太子が「読み終わるまで待て」と言ったせいで部屋を出るよタイミングを失った。
「母上は最後どんな顔をしていたか?母上は俺の話をお前にしたことがあったか?」
「えっええっと···」
手紙を読み終えた皇太子は泣いていた。子どものはずなのに、大人の様な顔で声を出さずに泣いていた。皇太子がセシリアを抱き締めた。子どもの様にセシリアの胸で泣いた。
セシリアは自分よりも年上の男性が、子どものように泣く所を見てときめいてしまった。セシリアは皇太子を抱き締め頭を撫ぜた。
それからセシリアは仲良くなれたと思っていたのだが、セシリアに対する態度が前よりも悪くなり2人が会話することもなかった。
そんなある日転機が訪れた。それは帝国中いや大陸中がそのニュースに驚いた。
――――皇帝陛下崩御――――
このショッキングなニュースはすぐに広がり、特に人が関心を示したのが、皇后が皇帝を殺害し自らを後を追ったと噂になったことだ。憶測だという声もあったが、国民の大半は事実だと認識していた。
皇城で国葬が行われた。大通りを抜け広場を抜け、代々皇族が眠る墓地に皇帝を埋葬した。棺が乗った馬車に見送りの人達が大勢おしかけた。広場には献花台が設けられ、人々が花を持ってきては供えた。式は1週間追悼期間は3週間、計1ヶ月間国をあげて行った。
それが終わったら次は戴冠式だ。皇太子が次の皇帝を継ぐ。
セシリアはせめて学園には通えることを願った。だが皇太子は学園には来ず、執務に追われているようだった。
そんな時に他国との戦争が勃発した。弱冠12歳で皇帝の座を継いだカイルスに対する宣戦布告だった。
セシリアは家門が謗りを受けないように、それと皇帝を少しでも助けられるように1人で軍に参加した。
セシリアは戦争を体験して、今まで自分がいかに両親から領民に至るまで皆に守られていたことを悟った。当たり前だったことが、この場では贅沢だった。毎日お風呂に入る事は出来ず、体に付いた血を拭うだけの日々。だがセシリアは皇帝の為に頑張ると決めていた。影からでも支えようと。
「陛下が負傷された!治癒士は居らんのか!」
「陛下がヘマをした兵士を庇われた!陛下が怪我を!」
あちこちで怒声が飛び交っている。その内容はどれも皇帝が傷を負い、意識がないということだった。
ヘマをして人質に捕られそうになった兵隊を、皇帝がたった1人で突っ込み敵を全滅させたのだ。だがそのせいで皇帝は怪我を負い意識が戻らない。
もしかしたら皇帝が死ぬ可能性もあるのではないかと、兵士達の頭に過ぎった。
セシリアはただ無我夢中で皇帝が居るであろう天幕まで走った。皆が焦っており、セシリアが来たことに気付いていない。
「治癒士はまだか!!」
「他にも怪我をした兵隊の所に行っており、ここに駐在している者が1人も居ません!」
「どうすれば良いのだ!」
あいこちで怒号を飛び交っている。セシリアは皆を押しのけ、皇帝の傍に座り込んだ。初めて使うが、母に怪我をした時に使ってもらったことがある。呪文は知っている。ならそれを祈り口に出すだけだ。
「生命の鼓動よ、精霊の息吹よ。神の赦しをもって、我の罪を贖いたまえ。"天使の涙"」
* * *
「そこから陛下とセシリア様の仲が、だんだんと良くなって行きました。陛下が大公領に帰るセシリア様を追いかけプロポーズされた話は有名ですよ」
「あの父にそんな面があったとは···。誰かに反対はされなかったの?」
「はい。もちろん大公ご夫妻は反対なさいましたよ。ですがほぼ家出同然で出て行かれたので、亡くなるまで一度もセシリア様は、ご両親とお会いすることが叶いませんでした」
「···お母様が亡くなった原因ってやっぱり私?」
もしかしたらセシリアは生き続けることが出来て、両親に会うことも出来たかもしれない。
「ご成婚され、めでたくすぐにご懐妊されました。ですがお腹の子が大きくなるにつれ、セシリア様の体調が芳しくなくなって行きました。
セシリア様は同じ言葉を何度も私に言っておりました。"お腹の子は決して何も悪くない"と。
ですので皇女様のせいではございません!周りが言う戯言に惑わされないでください!」
「ええ、分かったわ」
私は顔を顰めた。何故なら自分の命をすり減らしてまで産んだ子が、実際はもうこの世に居ないからだ。申し訳ないという気持ちが体を駆け巡った。
だからといってもうレティーシャが生き返ることは無い。
「本来は皇后様とか皇后陛下とお呼びしないといけないのですが、セシリア様がセシリアと呼んでって仰っられたので、セシリア様と呼ばして頂いているんですよ。
昔はセシリアお嬢様って呼んでいたのですが、お腹に子が居るから子どもの前だけは良くしておかないといけないって仰られて、お嬢様呼びは辞めようって話になったのです」
マリアは私が気にしているのではないかと思い、焦ったように話を変えた。マリアの優しさに少しうるっとしてしまった。泣かなかったことに褒めてもらいたい。マリアに対して嘘をつくのは失礼なような気がした。
「ねぇマリア。貴方のことを信じているからこそ直接聞くわ。貴方は私にとって信用に値する人物かしら?どうも此処には私の安全を脅かす者がたくさん居るみたいなの···」
「――――――!私は私は決して皇女様を裏切るまねなどしておりません!!」
「貴方が裏切っていないという証拠はあるの?怪しいと思わない?貴方が居ない時にこんな事故が起きるなんて。まるで仕組まれたみたいじゃない?」
「証拠はありません。ですが作ることは出来ます!」
「作ること?」
マリアは私から言われた言葉を最初は理解出来ていなかった様だった。たぶんマリアは皇女を裏切ったことなどないだろう。だが疑念が残ってしまう。
「はい!証拠を作れます。私は大公領でも大公爵領の出身ではありません。魔力は低く攻撃魔法など苦手ですが、唯一私の誇れる所は魔法契約書を作れることです!」
魔法契約書とは:普通の用紙に魔力を込めた文字を書いて書類を作成するもの。魔法契約書は魔力を込めたことにより効力が発生する為、商業や国家間でのやり取りや国の重要書類なので用いられる。魔法契約書の作成者によって書ける内容は変わる。
例:この契約書の内容を漏らしてはいけない。漏らした場合は死ぬ
山田花子 田中太郎
契約書を作成する請負人が文を書き、依頼人が署名をすると効力が発揮する。回数や年数も決められる。
「私が魔法契約書を作ります!」
マリアは書斎の机に置いてある紙を取りに行き、文を書き始めた。書かれた文は光っており、魔力が宿っていることは目に見えた。
「完成しました!これで良かったら、ここに署名して下さい」
〜契約書〜
下記に書かれている質問で嘘を付いていたら、マリアベル·アイズは死を持って償う
全てはいかいいえで解答する
1.皇女様が目覚めてから、今まで話した内容に嘘偽りはない
2.妹の入院している病院から連絡が来て、妹の所に向かった
3.今回の皇女様の事故には一切関係していない
4.今まで皇女様を陥れようとしたことは無い
「ここにサインすればいいのね」
「はい。この署名が終われば契約が締結して、効力が発生します」
署名し終えると、光っていた文字が消え黒字に戻った。名前の所のみ青字に光っている。
結果的にマリアが死ぬことはなかった。嘘をついていないということだ。だがこの契約書自体嘘の可能性もある。慎重にならなければならない。
「これでどうでしょうか?私のことを信じられますか?」
「正直この契約書が嘘の可能性があると疑っているわ。だから私が今から言う内容を魔法契約書にしてくれる?」
「畏まりました」
「お茶を飲んだ。嘘をついた場合は、少量こ電流が体を走る。今回1回分だけでいいわよ」
「出来ました。同じく此処に署名を···」
署名し終えると、体にビリビリとした電流が駆け巡った。結構痛かった。
「皇女様大丈夫ですか?!」
「うん。ありがとう···マリア疑ってごめんね」
「いえそんなことは?!」
「大事なことだよ。これから宜しくね」
「はい!じゃあもう1つ魔法契約書作っちゃいましょう」
マリアは私を椅子に座らせると、紙と睨めっこした。
「ジャジャーン♪署名此処にお願いします。これで皇女様は私の事を信じられると思います!」
マリアベル·アイズは皇女様を決して裏切らない。期間はマリアベル·アイズが亡くなるまで。裏切った場合死ぬ。
と書かれていた。
「よし、これでこの魔法契約書は完成です。これで私は決して皇女様を裏切ることなどございません」
「マリア本当にありがとう。···気になった事が1つあるんだけど、お母様に仕えていたのはマリアだけなの?」
「いいえ、もう1人いらっしゃいますよ。セシリア様の幼きころから護衛を担っていた、グレン·ルクセイ·アンサール·ユノーという者です」
「グレンと言ったかしら。今居ないようだけれど···」
「はい。隣国と領との間に問題が発生したようでして、それでグレン様が仲裁に向かっております」
「その領は大公領か大公爵領なの?」
「いえ、全く関係の無い領です」
「なぜグレンが行かないといけないのかしら?わざわざグレンが向かう程の問題って何?」
「紛争が起きる可能性があるとかないとかです。まあちょっとした諍いだと思います。グレン様がバックに居ると見せたいのではないでしょうか?
あとここにはグレン様以上に強い者が居ないのです。近衛騎士団でさえも他こ国に属する騎士団も、グレン様に遠く及ばないのです。ですからどうしてもと貴族に泣きつかれまして···」
「断ることは出来なかったの?」
「皇帝派からの要請でして――――――。この帝都に居る大公爵家はグレン様しか居ないと」
「これからそういう要請が来たら断りましょう。あと何日で帰ってくる?」
「あと10日間程かと」
「じゃあそれまで日中この部屋に居るわ。食事もここで摂るからそのつもりで。
グレンが帰って来たらすぐにここに来るように伝えてちょうだい」
「畏まりました」
今回の件はきな臭い。わざとグレンを遠ざけ、マリアを妹の元に呼び付けたような気がする。
グレンと言われる男が帰ってくるまで、この世界の情報をもっと知らないとダメね。
とりあえず此処にある本すべて読もう。この世界の基礎知識の本も此処にはあるようだし、この世界についてもっと勉強しよう!
いつもいつもですが、時間がかかりすみません。誤字脱字等あれば、報告して下さると有難いです。