第9話 生存計画③
グレンがお使いで大公領に向かってから3週間が過ぎた。その間母であるセシリアの部屋にある隠し部屋に何度も足繁く通った。
そこで新しく色々な物を発見した。たぶんセシリアが集めたのであろう娘であるレティーシャを助ける物ばかりだ。他には魔法書や失われた書物とされる古代の本など知恵となる物が沢山あった。
暇さえあればそこに通っていたから、グレンが居なくても無傷だった。なんならご飯もしっかり食べているから健康的にもなった。それとも事件が大事になりすぎて手を出してこないのかどちらかは分からない。だが今の所は何もされていないので、当分は大丈夫何だろうと思う。
数日前に大公領から言われた客を連れて帝都に向かうとグレンから連絡が来た。連絡手段は早馬などではなく、召喚や使い魔の鳥に手紙を届けさせるというものだった。やはりこの世界には電話という便利な物は存在していないみたいだ。通信魔法というものもあるようだが、高難易度であることと、受け取る側も通信魔法が使えないとだめなので必要な時以外は使われないらしい。
グレンが予定している到着日は今日だ。だから朝から執務室に籠りグレンが帰ってくるのを待った。
お昼が過ぎ夕方に差し掛かる頃、マリアがグレンの帰着を知らせに来た。今日まで無事に生き残れたことにほっとした。マリアにお茶の用意を命じた。
トントンと扉から音がした。「入っても宜しいでしょうか?」とグレンの声がしたので、私が入っても良いと声にすると、グレンは扉を開け執務室に入って来た。
「皇女様、お久しぶりでございます。ただいま帰還致しました」
「ええ、貴方が無事に帰って来てくれて安心したわ」
「ご命令通りに連れて参りました。入れ」
執務室に入って来たのは女だった。部屋をキョロキョロ見回している。
「何をしている。頭を控えろ」
「どうしてそんな事を言うんですか?私の姉はレティーシャ様のお母様であるセシリアお嬢様が、皇后になる前から仕えているんですよ。親しい間柄なのに、そんな事言うだなんて酷いわ」
「敬称を付けずに呼ぶとは不敬きまわりない」
「はいはい、分かりました。レティーシャ皇女様お元気でしょうか?これでいいんでしょ。それよりも長旅で疲れたから座っても良いですか?」
聞いてきたのに答える前に勝手に女は椅子に座った。グレンは今すぐに殺してしまいそうな目をしていたが手で制した。
「座ってくれて結構よ」
「お茶はまだなんですか?わざわざここまで来たのに」
「用意して貰っているからそろそろ来るはずよ。今来たようだわ」
扉がトントンと叩かれたあと「失礼致します」と部屋の中にマリアがお茶を運んできた。
「姉さん!」
「クランベルどうしてここに居るの?!」
「姉さんこそどうしてお茶運びなんてしてるの?!そんなの下っ端がやることでしょ!姉さんはセシリアお嬢様からの専属侍女なのに!」
「クランベル黙りなさい!皇女様の御前ですよ!申しわけございません。妹の無礼をどうか広い心でお許し下さい」
マリアはお茶を机に置くと、私に向かって膝をつき頭を下げた。それを見たクランベルは手を握り締め私に向かって叫んだ。
「皇女様!姉さんにこんな扱いをするなんて酷いです!皇女様のお母様から侍女として仕えているんですよ!私と一緒に居ても皇女様のことばっかり気にしているのに。それなのに酷いとは思いませんか!」
「ええだから貴方をここに呼んだのです。病弱な妹から離れてまで、わざわざ私のためにここに居てくれているんですもの。感謝の労いも込めて2人に、晩食会でもどうかと思って貴方を招待したの」
「そうなのですか!私達姉妹のためにこのような場を設けて下さりありがとうございます」
マリアは感嘆の声を上げ喜んでいたが、クランベルはさも当然かのような態度をとった。
「まあ当然よね。姉さんは皇女様のために青春を投げ打ってまでここに居るんだもの。もう私お腹空いているの。用意は出来ているの?」
「ちょっとクランベルいい加減に」
「気にする必要はないわ。もう用意してあるの。サプライズをするために、マリアに秘密にするように頼んでいたのよ。早く食堂に行きましょう」
「このお肉最高に美味しいわ!姉さんいつもこんなの食べてるの?」
「ううん、普段はここまで豪華ではないわ。皇女様はいつも食べられている物だけれども。私は侍女だからここまで良い物は食べれないわ」
皇族の食事を食べる侍女が、居ないのは当然では無いのかと呆れてしまった。マリアのその言い方では、新たな誤解を生む。
「そんなの酷いわ!ねぇ皇女様、姉さんは今まで皇女様のことを支えてきたの。これぐらいの食事があってもいいと思うわ。侍女って大変なのに姉さんが可哀想だわ」
「お前!先程から皇女様に向かって無礼だぞ!皇女様はお前の友達ではない。礼儀を守れ!」
「急に怒鳴らないでよ!だって魔力もないくせに、こんな良い料理が食べれるなんて可笑しいでしょ。魔力がある姉さんの方が身分が上なのよ!」
「ちょっとクランベル黙って!皇女様申し訳ございません。クランベルは体が弱く、世間をあまり知らずに育ちました。どうかお許し下さい」
「ちょっと何で姉さんが頭を下げるのよ」
マリアが黙ってともう一度言うと、クランベルはやっと黙った。2人を見るグレンの目は冷ややかだ。その会話の繰り返しはデザートを食べ終わるまで続いた。
「料理は口に合ったかしら」
「はい。美味しゅうございました。皇女様本当にありがとうございます。今までのことが報われた気がします」
「まっ当然よね。ところで今日ここで泊まっていいの?私一度城に泊まってみたかったの。ねっ皇女様、姉さんの功績に免じて良いでしょ。良い部屋にしてよね」
クランベルはマリアの功績と言ったが、功績とは何を指し、具体的に何をしてくれたことなのか私には分からなかった。
「今日は来てくれたお礼に、2人にプレゼントを用意しているの。ぜひ受け取って貰いたいわ」
「プレゼントですか?!私の為にありがとうございます」
「なになに〜?まっそこまで言うなら貰ってあげてもいいわよ」
「グレン持ってきてくれるかしら」
「畏まりました」
最初のうちはクランベルを諌めていたマリアだったが、もう取り繕うことさえ忘れているようだった。
クランベルはプレゼントと聞いて、お宝を持ってきてくれるのではないかとソワソワしている。クランベルは皇族の前というのに、礼儀そのものがなっていない。いくら病院で育った箱入りといっても、いい年になって敬語1つ話すことが出来ないというのは頭に問題があるのではないかと内心呆れていた。ここで働いている侍女でさえ表面上は敬語を話すのに、この女ときたら下手をしたら不敬罪で殺されるかもしれないのに呑気なものだ。
グレンがプレゼントを持って戻って来た。そのままマリアの机の上に置いた。私はマリアにプレゼントを開けるように指示を出した。マリアは嬉しそうに顔に笑顔を浮かべプレゼントを開けた。
「姉さん見てお金だわ!今までで見たこともないぐらいの大金よ。これでドレスや宝石何個買えるかしら」
「あの皇女様これはどういうことでしょうか?」
喜ぶクランベルを置いて、マリアは怪訝そうに私を見た。
「見て分からない?お金よ」
「それは分かるのですが···」
「言い方が悪かったわ。退職金と言うべきね。お母様と私に今まで仕えてくれたお礼よ。これを持って城から出て行きなさい。ちなみに大公領の家はもう処分してあるわ。あとこれから大公領と大公爵領に立ち入り禁止よ。今までありがとう。グレンに城門まで案内させるわ」
2人はそんなことを言われると思っていなかったのか、驚きで身体が動かないようだった。
「どういうことなの?!姉さんは今まで一生懸命に働いてきたのに急に捨てるだなんて!」
「皇女様、私に至らぬ点があれば直します!どうかここに留まらせて下さい!この通りです!」
「どうして姉さんが謝らないといけないの!権力を笠にして辞めさせるなんて、皇帝陛下に訴えてやるわ!」
「クランベル貴方面白いわね。残念だけれど貴方は陛下に会える程の身分がないわ。行ったとしても牢に入れられるだけだわ」
クランベルは言葉を詰まらせた。実際にその通りだったからだ。マリアは泣いている。
「皇女様、私はここに居たいのです!どうかそのような命をお取り下げください!どうかどうか···」
「残念ねマリア。貴方が私のためにここに残りたいと言えば、命を取り下げようと思っていたわ。マリア貴方がここに残りたい理由は、ただグレンの傍に居たいだけでしょう。だって貴方はグレンのことが好きだから」
「!そっそれは今は関係のないことです!」
マリアの顔を見てグレンのことを好きなことを、私に気付かれていないと思っていたらしい。うなわけねぇだろ。グレンを呼ぶ時は色付きリップを塗って、髪をとかして瞳をキラキラさせていた。本当に鈍感な人以外気付かないわけがない。
「いいえあるはずよ。心当たりが1つではなく沢山。1つずつ私が言っていかないといけないのかしら」
「姉さんがグレン様のことが好きでも良いでしょ!それとも好きに恋愛1つも出来ないって言うの!」
「私は皇女様のために心を砕いて参りました。それなのにこのような仕打ち。耐えられません!」
「本当に貴方達姉妹には呆れるわ。全く分かっていないようだからこれを見て。これがまず1つ目よ」
グレンが私に紙を渡した。その紙をマリア達が見えるように机に置いた。
「マリア貴方は魔力が少ないようね。上級魔法を使えないのに、魔法契約書なんて高難易度な魔法はもっと使えないでしょう?」
「そっそれは皇女様を安心させたくて」
「じゃあ何でわざわざ効力があたかもあるように、私に魔法をかけたの?記憶がないから分からないとでも思った?」
マリアはとうとう黙った。マリアは効力が発生しているように見せるために、私に魔法をかけていたのだ。そのためマリアとの魔法契約書は、ただの紙切れ同然だ。それなのに魔法契約書にも見えるように細工していた。悪質極まりない行為だ。一応主人である私に魔法を勝手にかけた。下手したら死んでいたかもしれないのにだ。良かったことはマリアがそこまで魔法を使いこなせていなかったことぐらいだ。
「それから2つ目、皇帝陛下に私が書いた手紙を届けていないでしょう。忙しくさせていたから捨てる時間がなかったのね。貴方の部屋に私が書いた手紙が隠されていたわ」
「そっそれも陛下が皇女様におあたりになるかもしれないので、皇女様を傷つかせないために私が気を利かせていただけで!」
「まあそれでいいわ。ここからは貴方の妹も関係することよ。いつも都合よく重篤になってマリアが暇を出すから調べたの。···ねぇクランベル、健康そのものも貴方がどうして何度も重篤に陥るの?ここ数年は治癒院にも通っていないそうじゃない」
2人は声を詰まらせた。顔に冷や汗をかいていて、体もどことなく震えている。言い逃れをすることがもう出来ないようだ。
「マリアはグレンが手に入ると唆されたの?唆した者は貴方の妹にも手を出しているそうよ。貴方だけじゃなくて妹も唆しているのね。しかもクランベルはその人のことが好きで、利用されているとも知らず体の関係もあるようだわ」
「それはどういうことですか!?ねぇクランベル。皇女様が仰ったことは嘘よね!?」
「姉さんそれは···」
「貴方の妹は私の暗殺計画の一端を担っていたの。マリアは恋の為だけに頑張っていたけれど、恋は盲目とよく言ったものね。貴方達知ってる?事故の件でクビにされた侍従達、全員が原因不明の病気になって亡くなったそうよ。次は誰の番かしら?私が思うに貴方達だと思うわ。今までその男の為に尽くしてきたのでしょう。その男に殺されるなら本望だと思うわ」
「助け下さい!皇女様!私はただ愛していただけなんです!手伝ったら早く結婚出来るってしてくれるって言ってそれで!」
「あの男はね、良くも悪くも貴族主義よ。元貴族だったからといって、子爵位の今は平民である何の価値も齎さない貴方となんか結婚する訳がないじゃない」
「そんなそんな訳······」
「グレン様どうか私達をお助け下さい!私はただ貴方のことを愛していただけなのです!」
クランベルはずっと結婚できると信じて疑わなかった。ここまで来たら逆に哀れでしかない。あの男にとっては捨て駒の1つでしかない。
マリアもどうしてグレンと結婚できると信じていたのだろうか。大公家で侍女をしていたなら尚更、血統主義を嫌でも身に染みているはずだ。まだクランベルの方が地位的にも現実味があった。そこに本当の愛があったならの話だが。
来たばかりの威勢と打って変わって、地面に座り込み涙を流していた。本当に愛して貰っていると結婚して貰えると思っていたようだ。今も「あの方ががそんな、嘘よ。結婚してくれるって愛してるって言ってくれたじゃない?」と狂ったようにうわ言を口ずさんでいる。それと比べマリアは事の重大さが分かってきているようだ。
「皇女様お助け下さい!このまま外に放り出されたら生きて行けません!これから皇女様に対して、命をかけて精一杯お仕えします!ですからどうかこの通りです!」
「生きて行くための十分過ぎるほどお金を渡しているわ」
「そうではなく、このままでは私達は殺されてしまいます!今まで仕えていた私の顔に免じて-----」
「顔に免じてね。···貴方達を守る理由も庇う理由もないわ。この状況に陥っているのは、すべて貴方達が自分で招いたことよ。歩いて出て行かないのなら、引きずり出してもらうけどどっちが良い?」
レティーシャを苦しめた元凶の1つが、自分の顔に免じて許せと言ってきた。どの面下げて言っているのか、呆れて笑ってしまいそうだ。2人は顔の面が相当厚いのだろう。このまま2人を追い出したら、間違いなくクランベルは殺されるだろう。マリアはギリギリ生き残ることが出来るかもしれないが、無傷とはいかないだろう。だが所詮2人が仕出かしたことだ。レティーシャのことを考えると同情する気にもなれない。残念だが、マリアとはここまでの縁だったようだ。
「どうかお助け下さい!皇女様!」
「皇女様!助けてください!姉さんと私を捨てないで!」
2人にこのまま居座られても困る。大事にはしたくなかったが仕方ない。
「グレン侍従を呼んできて」
「はい。側仕え今すぐ中に入ってこい」
グレンは命令に従うと、侍従を呼んだ。「はい!」っと数人の侍従が中に入って来た。
「この2人は外に自力に行けないぐらい心の病が酷いようなの。連れて行って貰えるかしら。グレン案内してあげて。ちなみにマリアは今日付けで解雇したわ。だからこの退職金も忘れずに持って行ってあげてね。グレン後は宜しくね」
「畏まりました。お前はこのお金を。お前達はこの2人を抱えろ。連れて行くぞ」
グレンの指示に従いテキパキと動いている。退職金を持った侍女はお金に目が眩んでいるようだ。取られたとしても知ったことではないが。
2人は侍従に抱えられ暴れている。「助けてください!」「皇女様どうか!」といった文面を繰り返している。2人がどんどん遠ざかって行く。彼女達がどんどん死に近付いて行っているというのに心の底で安心していた。近くにあった脅威が1つ去ったからだ。自分が生き残るために、他者の命を気にするほど私は出来た人間ではない。また今は無理きな子どもでしかない。2人がせめてひと思いに死ねるように願った。
「皇女様失礼致します。今しがた2人が城外に出た所を見届けて参りました」
寝室をノックしてグレンが中に入って来た。既に執務室に居ないことを知っていたのか見に行ったのか不明だが、この部屋に来た。
「ずっと気になっていたことがあったのだけれど。···グレンはマリアのこと好きじゃないの?ほらマリアは侍女の中では可愛い方の顔をしているじゃない?狙っている人も多そうだったから」
「そうですね······正直に申しますと面倒以外の何ものでもありませんでした。皇女様が生まれた後に帰るという契約は、そもそもマリアから離れたかったからでもあります。それと女が嫌いだということも関係していますが」
グレンは苦笑いをして顔を掻いた。よほど女が嫌いらしい。内心グレンがマリアを好きだったら、復讐で殺されるかもしれなかったのでほっとした。
「そう。良かったわ好きじゃなくて。好きだったらどうしようかと思っていた所だったの」
「では私からも1つ、質問宜しいでしょうか?」
「ええ良いわよ」
「貴方は一体誰なのでしょうか?」
グレンがその言葉を紡いだ時、私は一瞬息を止めた。その反応をグレンは静かに見ていた。一瞬のことだったが、グレンは中身が違うということに確信を持ったようだった。
「中身違ったら私を殺すの?」
「いいえ。ただ貴方が誰だか知りたいのです」
「私は殺されないと聞いて嬉しいけど、レティーシャに対して不敬だわ。体を乗っ取ったかもしれないのに、簡単に許しちゃって良いの?また質問が増えるけど、どこからレティーシャじゃないって気付いたの?」
「そうですね。···皇女様はしっかり人の目を見て、言葉を紡ぐような方ではありませんでした。どこか目が虚ろで、自分の考えを言う人物ではなかったと記憶しています。ですから記憶が失くなったからといって、ここまで人格が変わるものかと不思議に思ったことが1つです。あとはそうですね。年齢の割に出来すぎていると思ったからです」
「出来すぎている?」
「年甲斐もない程の落ち着きようから始まり色々あります。前のお姿は例えると、生まれたての子鹿の様な状態でした。自分の居場所なのに手を繋いでいて貰わないと、一人で立って居られないような···。しかし今のお姿は冷静沈着に獲物を狩ろうとする猛獣のようです。」
「貴方より傍に居たはずのマリアでさえ気付いていなかったのに。やっぱり貴方は只者ではないわね。よく人を観察出来ているわ。あと感が素晴らしいのかしら。貴方の言う通り私はレティーシャではないわ」
「やはりそうなのですね。では貴方ではなく本物のレティーシャ様はどちらに?」
「······もうレティーシャは居ないわ。貴方だから何となく悟っているとは思うけれど」
「居ないとは?私の想像していることが正しいのですか?」
「貴方が想像している事が何か分からないけれど、私と同じ考えをしているならそうよ。------レティーシャはあの階段事故の時に命を落としたの。レティーシャはこの世界に居ないのよ」
グレンが頭の中で考えていたことが当たったのだろう。目を見開き動揺している。
「詳しく詳細に教えてください!」
「とりあえず座って話しましょう」
「分かりました」
「私も直接見た訳じゃない。レティーシャが見せてくれた幻なのかな?それしか知らないけど。あの日はそう、皇帝が仕事でこの城を空けていたの。グレンも傍に居なかったし、マリアは例の妹の病状が悪化したからと休みを取っていてここには居なかったの。それ以外は珍しいことも無いそんな日。いつも通りご飯をあさりに行って―――」
「ご飯をあさりに行くとはどういうことですか?」
「ほらレティーシャって魔力がないから、周りの人に嫌われているでしょう?2人がいなかったらご飯とか用意されていなかったの」
「そんな···」
グレンは驚愕で口を手で覆っていた。本当に知らなかったようだ。たぶんこの件については、マリアも知らなかっただろう。グレンから聞いたレティーシャの性格では、そんなことがあったと2人に伝えることはしなかったはずだ。
「外を歩いている時、ある噂を聞いたの」
「その噂とは?」
「この城にレティーシャ以外の皇女が存在していると。またその皇女は皇帝に寵愛されていて、日を開けずに一緒に食事をとっているとも」
「そんな話急には信じることは出来ませんね。皇女様以外で他に居るなら、我々もとうに知っているはずです」
「でもその侍女達が言うことには、女性用のドレスや物を後宮に運んでいるのを見た人がいるみたいなの」
「···俄には信じられませんが、見た人がいるのであれば信憑性は高くなりますね。後宮は現在封鎖されていますし、側室として入ってくる人も今の所はいませんし」
「レティーシャは気になって、無人の皇帝の執務室まで見に行ったの。机に置かれていたバインダーの1つに、噂になっていた皇女の情報が書かれていたの」
「!本当なのですか?!もう1人皇女が居るというのは」
「本当よ。でも正確にはこの国の法を借りると、皇女ではないの。皇帝がまだ皇太子の時に、交際していた女の子どもだから」
「私生児と言う事になりますね···」
「まぁ妊娠が発覚する前に妃になっていたら庶子になっていたかもしれないけど。でも妊娠が発覚した頃は、世間はバタバタしていたの」
「前皇帝殺害事件の頃でしょうか?」
「そうよ。それで皇帝に伝えることも出来ず、外で産んだそうよ」
「ですがあくまでその女は私生児です。皇女様の立場を揺るがすことはまず無いと思います」
「ううん。それがあるの。魔力があってしかも薄いけれど黄金眼持ちなの」
「!それは···」
「特例で庶子上がりになるかもしれないでしょう?で話を戻すけど、レティーシャはその後、後宮に向かったの。穴があいていて、そこから中に入ったの。じゃあそこに居たのよ。優雅にお茶を飲んでいたわ。
それからレティーシャは逃げて帰ったの。エントランスを駆け上がった時、頭を何かで殴られたの。でそのまま階段下まで落ちていって亡くなったわ。殴ったのは例の噂の皇女の侍女よ」
淡々と記憶から思い起こすように話した。もう数ヶ月も前のことだが昨日のことのようにも感じた。改めてこの世界に来てからだいぶ時が経ったのだと実感した。今までは実感する間もない程、生きるのに必死だった。やっと一息つける日が来たのだと物思いにふけった。
「···そうですか。護っているつもりだったのに、何一つ護れていませんでしたね。主人を死なせてしまうだなんて···。1つ聞きたいことがあります。貴方はどうして皇女様の体に入ったのですか?」
「私もどうしてなのか全くもって分からないの。でもレティーシャから頼まれて貰った命だから、長生きしないといけないの。まだ聞きたいことある?」
「いいえ、ありません」
「レティーシャはお母さんの元に行けるって笑ってた。でもレティーシャが殺されたことは許せない。必ず復讐してやると誓ったの」
「貴方が実際に夢でも見たということは、その女を如何なさいますか?命令さえしてくれれば何でも致します」
「ううん、何にもしないわ」
「何にもしないとはどういうことですか?」
「言葉の通りよ。何にもしないの。私の目標は皇女を辞めて慰謝料を貰うこと。例の彼女が皇太子になってもいい。でも易々と皇太子にならせない。裏から掻き乱すの。その為にグレン貴方には協力してもらいたいの」
「しかし復讐すると仰ったではありませんか」
「復讐は殺すことが全てではないということよ。惨めに生きさすことも復讐よ。
例えばだけれども、普通のりんごと新鮮なりんごが2つあるとするわ。その中から選んでって言われたら、皆が新鮮なりんごを選ぶの。でもよく考えてみて。新鮮なりんごが新鮮なりんごとして見えるのは、普通のりんごが傍に居るから。じゃあ普通のりんごが離れたらどうなると思う?」
私は身振り手振りで分かりやすく説明しようとした。グレンは顎に手を置き悩む仕草をした。
「普通のりんごに見えてくるということでしょうか?」
「やっぱり賢いわね。正解よ。普通のりんごがそばに居たお陰で、新鮮なりんごに見えてのよ。実際は普通のりんごだったのに。その逆も然りで、新鮮なりんごが側にいたせいで普通のりんごに見えていたとしても、新鮮なりんごが居なくなってしまえば、本当にそのりんごが普通のりんごだったのかは誰にも分からないでしょう」
「なるほど」
「いくらりんごの表面が綺麗でも、中が腐っているかもしれない。人で例えることも出来るわ。私が普通のりんごとして、あっちが新鮮なりんごね。そうやって例えてみたら、私の評判って良くないでしょう?」
「それはそうですが···」
「で性格が良さそうな子が出てきたら、私のおかげで余計に性格よく見える。性格がある程度悪くても、私の方が悪いという前提条件があれば、良くなくても良く見えてくる。私は魔力がない。けどその子には魔力があるってだけで、私より凄く見えてくる。でも私が居なくなったら、その子はただの普通の子になる。普通の子になることが最悪なの。私のおかげで良く見えていただけで、段々とその効果が消えていくから。
その子は自分を良く見せるために、私と何かと比べたがるわ。だからさっさと皇女を辞めたいの。目標は皇女をやめて大公女になることよ!ここに居ても利用されるだけ。こんな場所レティーシャのためにさっさと出て行くべき」
「!そうですね。私も協力致します。皇女様を護れなかった責任は私にもあります。これからは貴方を主君として扱います。何なりとご命令下さい」
「ありがとう。私が居た世界では、情報を制した者が勝つと言われていたの。他にも調べて欲しいことがいっぱいあるの。でもとりあえずは、グレンこれから宜しね」
「はい。これから宜しくお願い致します」
誤字脱字等あれば、ご報告下さい。たまに見回りしているので、誤字脱字あれば直しています。
また、内容を修正や変更をしたりしますが、予めご了承ください。




