ミディアムシールド
アイザックはゆっくりとその場に腰を下ろしました。
周囲には敵味方も分からない死体が多数横たわっていましたが、疲れ切ったアイザックには何の感情もわいてきませんでした。
(今回も生き残れたか……)
安堵にも似た大きなため息がアイザックの口から漏れます。
辺りでは早くも友軍の傭兵達が、武器や鎧を死者から剥ぎ取り始めていました。
連中に言わせれば、“勝者による当然の権利”とのことでしたが、アイザックにはどうしても死者の遺品を持ち帰る気が起きませんでした。
脱力したまま何気なく脇を見ると、アイザックと同い年くらいと思われる若い傭兵の死体が目につきました。
それほど酷い損傷も無いその傭兵の腕には大きめのシールドが身につけられています。
まだ真新しいそのシールドに、アイザックは妙に惹かれるものがありました。
(俺のシールドも大分ガタが来てるからな……たまには“当然の権利”とやらを行使してみるか)
アイザックは死体からシールドを引き離すと、自身の腕に通してみました。
持ち手を握ってみると、まるでアイザックのためにあつらえたかのようにしっくりと腕に馴染みます。
(こいつはいい!)
そのシールドを気に入ったアイザックは、新しいおもちゃを手に入れた子供のように嬉々としてシールドを眺め回しました。
すると、シールドの内側に小さく何かが刻まれていることに気が付きます。
少し顔を近づけてみると、そこには手彫りの字で「この子をお守りください」と刻まれていました。
凍えるような衝撃を受けると同時に、アイザックは故郷で働く母の姿を胸中に描き出しました。そしてそれは、父、兄夫婦、友人と絶え間なくつながっていきます。
足元に横たわる青年に自分自身を投影しながら、アイザックは幼い頃の思い出と、今日までの時間とに押しつぶされるような思いがしました。
勝利に沸き立つ戦場で、見知らぬ時間の残骸に囲まれたアイザックは天を仰ぎながら静かに涙を流していました。