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理由

挿絵(By みてみん)


 魔法省の省長ジルギスの指示はそれほど難しいものではなかった。

「負荷重量、転移範囲、どちらも問題ないはずだ。カイト、俺を連れて転移してみろ」


 ジルギスが言うとおり、ジルギスよりも宇宙服の方が重かったし、転移範囲も広げれば十人で手を繋いで輪を作った程度の範囲なら、一緒に跳躍できる。ここのところ、リルム王女と連日訓練三昧だったし、問題はないはず。


魔術跳躍(サルト)!!」


 が。いざ、ジルギスを連れて転移しようとしても、術は発動しなかった。もう一度。今度は副長のオリディアが編み出した詠唱で試してみる。


瑠璃(るり)の空を統べる精霊王エアリウスよ。琥珀(こはく)の地を統べる精霊王ラグリスよ。我に空地渡(そらちわた)りの力を与えん。魔術跳躍(サルト)!!」


 駄目だった。


「精霊王エアリウス! 精霊王ラグリス! 魔術跳躍(サルト)! 魔術跳躍(サルト)ぉ!! 魔術跳躍(サルト)ぉぉぉ!!!!」


 ジルギスは腕組みをしたまま、じっとカイトの様子を観察する。疲労が溜まっている時や集中力が欠けた状況以外で術が発動しないなんてことは初めてだった。カイトは焦りを隠せないでいた。


「なんで? なんで……」

「カイト。お前、十年前に姫殿下を救ったあの坊主だろう?」

 端正な顔立ちで鋭い眼差しを向けられ、カイトはすくんでしまった。今、ここできっぱりと否定しなければ。何かを言わなければ。

 しかし。今さら否定して無駄な時間を使わせるなよ、ジルギスの目がそう語っている。カイトは言葉が出ない。


「……」

「沈黙は肯定と取るぞ。まぁ、安心しろ。俺は別にそれを知ってお前にどうこうしたいわけじゃない。ただ、まぁ気になってな」


 ジルギスはカイトの緊張に気がついて、表情を和らげた。

「うーーん。残念ながら最悪の形で予想があたっちまったかな。お前はその時のトラウマで、人を連れて転移出来なくなっちまってるようだな」

「トラウマ……僕が?」

「自覚なかったか」


 カイトはこくりと頷いた。


「さて。こいつは、なんとかしないとな。姫殿下も俺も、お前に月まで連れてってもらうつもりでいるからな。まぁ、姫殿下にこんな危険なことをさせるわけにはいかないから、うまく諦めてもらわないと駄目だけどな」


 そう言うと、ジルギスは目を細め優しく笑った。


   ☆


 それからは、昼はリルム王女の指示に従って、転移魔法の実験。夜はジルギスと二人で秘密の特訓を行うことになった。

 昼間は主に課題である距離と転移範囲の制御を中心としたメニューだった。

 そして夜は人を連れて跳躍するための特訓。まず人に見立てた木型では問題なかった。布地に綿を詰めた、木型よりは人っぽい等身大の人形でも問題なかった。さらに人間以外の生き物でも。しかし、ジルギスを連れてとなると、まったく術が発動しない。こうして、成果のあがらぬまま数日が過ぎた。

 リルム王女がカイトの抱える問題に気づくのも時間の問題と思われた。


「なぁ、カイト。お前は何のために月へ行くんだ?」

「え……と。戦争にならない……ため?」


 突然投げかけられた質問に、どう答えれば正解なのかわからず、知らずカイトの答えは語尾が上がる。


「そんなんじゃ、だめだ」

「姫殿下の命令だから……」


 答えを探り探り、そう答えるカイトに対して、それまで静かだったジルギスの語調が急に鋭さを増した。


「カイト。そんなんじゃお前、生きて帰ってこれないぞ。それどころか、月へなんかたどり着けもしない。もっと自分の中に目的意識を、理由をもたないと駄目だ」


 カイトはわけがわからなかった。人を連れて転移出来ないことで怒られるならまだしも、目的意識とやらが足りないと言われても。

 実際、カイト自身は月に行きたいとは思っていない。ただ、戦争を回避するために月の石を持ち帰らなければならない。そう聞かされ、そしてその任を自分が期待されている。だから、なんとなく月へ行こうとしている、ただそれだけだった。


「今日は人を呼んでいる。もうすぐ来る頃合いだが……」

「よ、待たせた」


 その声に振り返ると、いつの間にそばまで近付いたのか、カイトの直ぐ後ろに銀髪の男が立っていた。ぶどう酒のような深い赤に黒いワンポイントをあしらったジャケットは、外務省直属の諜報部の制服だ。堅苦しい印象の制服だが、袖を捲くって涼しげに着こなしている。口元に張り付いたニヒルな笑みも相まって、妖艶という言葉がこれほど似合う男もそういない。

 ジルギスと共に、王宮勤めの女性たちの人気を二分するバルシアがそこにいた。


 明るいライトブルーの制服に黒髪のジルギスと並ぶとそのコントラストが不思議な調和をもたらし、見るものの目を釘付けにする。


 水と油。一見そう見えるのに、ジルギスとバルシアはとても仲が良かった。年齢が同じで入省したのも同じ年。互いに助け合って今の地位を得た。もっとも、ジルギスは前任者の不慮の事故もあって、今は省長。階級的には上なのだが、それでも、二人の関係は対等だった。


 脱線ついでに言い添えると、ジルギスとバルシアは、よく肩を並べて談笑する様子が王宮内で目撃されていた。これも女性たちの好奇心を刺激するらしい。人気を二分すると言ったが、「箱推し」派も少なくなかった。


「また人を食った登場だな」

「わりぃ。まぁ、なに。趣味みたいなもんだ。で。この坊やが例の?」

「ああ、カイトだ。カイト、こいつは……」

「諜報部のバルシアだ」


 流れるような柔らかな物腰で差し出された手を握り返しながら、

「カイトです……どうも」


 カイトは短く、それだけ言うと、その目的を測りかねて黙った。


「坊やに聞かせちゃって良いのか?」

 ――もちろん、そのつもりで呼んだんだろうがな。

 ――まぁな。


 バルシアとジルギスは声に出さず、目だけで互いの意志を確認した。


「さて。これから俺が話すことは、王国内でも限られた者しか知らない国家機密だ。他言無用。わかるな?」


 カイトは生唾を飲み込みながら、こくりと頷いた。それはジルギスも、数日前に渋るバルシアから聞き出したばかりの重大機密だった。


   ☆   ☆


 半年ほど時を遡る。

 城塞都市国家シュタークとガルス共和国の外交官のトップ同士による会談はのっけから波瀾含みだった。


 ガルス共和国の外交官が切り出したのはラクーアの()()。ラクーアは、肥沃な大地と温暖な気候、そして潤沢な水に恵まれたシュターク有数の穀倉地帯。隣接するガルス共和国の地方都市ガリンガとの通商も盛んに行われていたが、先代のバークレー王が国境を明確にするために、ラクーアとガルス共和国の境界に城壁を築いたのだった。

 「返還」という言葉にシュターク側の外交代表たちは色めき立った。しかし、ガルス側は意に介さない。地理的見地からも歴史的見地からも元来、ラクーアはガルスに属するのがあるべき姿である。

 あくまで平和的解決を望むと言いながら、言下に武力行使をも辞さないことを匂わせ、その会談は終わった。


 以降、度々会談の場が設けられた。その五回目。状況打開のために、シュタークからはクレダイン王の名代としてリルム王女が、ガルスからは宰相ミルガスがそれぞれ主座についた。

 その席上でリルム王女が、例の「月の石」の話を持ち出したのだ。建前とはいえ、()()()()事を運びたいと言っていたガルス共和国側の主張を逆手に取った妙手と言えた。

 この話に乗るか反るかでガルス共和国の真意を測ることもできる。

 平和的解決に乗らず、建前を捨てて武力行使に出ようものなら、シュタークとガルス、どちらに義のあるかは第三者にも明白。他国に支援を仰ぐことも可能だろう。

 逆に話に乗るならば、互いに準備不足なミッション。シュタークにとっては、貴重な時間が稼げる。第三国への根回しや防衛手段。いま、シュタークに必要なのは、時間だった。


 宰相ミルガスの顔が青ざめ、次にどす黒くなり、最後に真っ赤になって怒り出した。

 果たして。


 一時間の休憩ののち、外交長官と共に議場に戻ってきた宰相ミルガスは、先ほどの顔色はどこへやら。条件付きで話に乗っても良いと切り出した。


「我がガルス共和国が見事、先に月の石を持ち帰った暁には勝利の印としてリルム王女、あなたを私の三番目の妻に迎えることにしましょう。それが条件だ」


 ミルガスがそばに控える外交長官に耳打ちする。


「ふん。たかが十五の小娘の浅知恵なんぞに遅れをとるか。まして不具の者になど、まったく興味はないしな。だが、利用価値はたっぷりある」

「左様で」


 敢えてリルム王女に聞こえるように言う性根の悪い態度に、リルム王女は顔を真っ赤に染めて拳を震わせた。


 ミルガスは、リルム王女に個人的な興味があるわけではないという素振りではあったが、その舌なめずりせんばかりの下卑(げび)たニヤけ面を見れば、おおよそどんな想像を巡らせているかはわかる。


 しかも、リルム王女と婚姻関係を結ぶということは。勝てばラクーア地方どころか、シュターク全土を掌握するための足がかりを与えてしまうことになる。

 ミルガスはその打算から、この勝負を受けると言っているのだ。


 しかし、この話を持ちかけたのはシュターク側だ。引くに引けない。


「良いでしょう。月の石を持ち帰る勝負が決するまでは、ラクーアの件は棚上げ。ガルスからシュタークへ武力侵攻を仕掛けることも、一切を禁じます!」

「良いですとも。では、サインを……」


   ☆   ☆   ☆


 遠くから野生の翼狼(ウイング・ウルフ)の遠吠えが聞こえる。満月に向かって吠えているのだろう。呼応するように城内からも返す遠吠えが響き渡る。


「姫殿下の翼狼(ウイング・ウルフ)だな」

 バルシアが言うと、


「あぁ。プルルだな。あいつも姫殿下と同じくらい月に行きたいのさ」

 そう言ってジルギスはカイトを見た。


 カイトは、夜空にかかる満月を見上げながら、

「僕も。僕も月へ行きます」


 そういうカイトの目は、あの時の、十年前、月の魔術門(ゲート)が引き起こした嵐の中に飛び込んで、無我夢中で少女を助けた時の、あの少年の目だった。


 ――姫殿下は、絶対に僕が守る。


 そう、心に誓うのだった。


   ☆   ☆   ☆   ☆


「まぁ、こんな夜中に男ばかりで集まって。いったい何をこそこそやっておられるの?」

 翼狼(ウイング・ウルフ)のプルルを連れて月光の下に現れたのはリルム王女だった。


「これはこれは姫殿下。なぁに、男衆が夜中に集まって話すことなど、下世話な話と相場が決まっております。とてもお聞かせするような代物では……それよりも。夜風は体の芯が冷えます。お身体に良くないですよ」


 バルシアの軽口を無視して、リルムは車椅子をカイトの前に押し出した。


眼鏡(めがね)くん。あなた、私に何か隠し事してるでしょう?」


――――――――――――――――――――――――――――――

※一部登場人物に社会的、倫理的に不適切な発言をさせていますが、作者の考えを反映したものではありません。


次回『秘密』

2022/08/19 18:00 公開予定です。

#まほつき で応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] Σ(゜д゜ )トラウマ……! まさかそんなことがあろうとは思いもしませんでしたが、たしかに当人からすると同じことが起きたら恐いと思ってしまうでしょうね。 そして領土問題だけではなかった。こ…
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