第8話 坂の都…(2)
露店街を抜けた先──カンサスの西側は特に坂が多く、幾度も急勾配を繰り返す地形になっている。
進めば進むほど道は細くなり、両側をレンガに挟まれた似たような路地が複雑に入り組む。
ユキたちは細い路地をずんずんと上へ進んだ。
坂道を登れば登るほど怪しい店が増えていき、貿易都市の裏側が見えてくる。
指定危険植物を乾燥させたものや、認可を受けていない魔道具、国外から密輸された魔獣の角──。
ここはカンサスの闇市だ。
「相変わらず、いかがわしいモノばっかり売っとるのぉ」
「でも意外と賑わってるね」
どの店も怪しげだが、珍品や掘り出し物を求めてここへ来る者も少なくない。
実際、ユキたちも過去に何度かここで買い物をしている。
偽物を掴まされたこともあるし、本物を破格で手に入れたこともある。
ただ、いま用があるのはこの闇市ではない。
一行は闇市を抜け、坂道の更に上へと進んでいく。
「おい……まさかアソコ行くつもりじゃねぇだろうな……」
見覚えのある景色にアスールが勘付き、ユキをなじる。
当の本人はにっこりと微笑むだけでなにも言葉を返さない。つまり、「YES」だ。
坂を登り切った先にあったのはレンガ造りの壁。行き止まりに見えるが、そうではないことを一行は知っている。
ユキが杖でコン、コンコンコン、コン、とリズムよく壁を叩く。
すると壁がゆっくりと内側へ開き、ひとりの男が顔を出した。
「……"カネ"は」
「鳴らすものじゃなく賭けるもの」
「……入れ」
中に入ると、そこには薄暗い通路が伸びていた。
突き当たりには薄らと明かりが見え、人の声も聞こえる。
「真っ直ぐ進め」
入り口の男にアゴで通路の先を示される。
言われるがまま、一行は通路を真っ直ぐに進んだ。と言っても、他に行く方向など無いのだが。
「ここに来るのもひさしぶりだのぉ」
「よく合言葉覚えてたね」
「いやぁ、四年前と同じ言葉で助かったよ」
キャイキャイとはしゃぐ3人を尻目に、アスールだけが溜め息をついている。
その理由は、この通路の先にあるのが賭博場だからだ。
四年前、一行は闇市で買い物をした時に店主からこの賭博場を紹介された。
闇市に珍品を買いに来るような富裕層は、金に糸目がなくギャンブル好きが多い。また、逆に金が無く正規品が買えずに闇市に来る冒険者は、一発逆転で資金を倍にしようと有り金を賭ける。闇市と賭博場の併設は実に効率的であった。
当時の一行は少し大きな討伐を終えたばかりで小遣いがあったため、打ち上げの代わりにと面白半分で賭博場へ寄ってみたのだった。
そこで、ユキは賭博場を出禁になった。
「お前、見つかったらヤバいぞ……!わかってんのか……!」
アスールが小声で諌める。
入り口の男はどうやら新人で四年前はいなかったらしいが、通路の先には古株の従業員もいるだろう。
「わかってるって。ちょっと見たらあとはみんなに任せて、僕はすぐに出てくよ」
「……まじですぐ出てけよ」
「うん」
本来なら羽交い締めにしてでもユキを止めるべきだと一行は分かっていたが、誰もそうはしなかった。
自体は一刻を争う。どうしても転送通行を使えるだけの金が欲しい。
そのためには今ここで、荒稼ぎを強行する他ないのだった。