第7話 坂の都…(1)
カンサスは別名『坂の都』と呼ばれており、街全体に数多くの急勾配が存在する。
レンガ造りの美しい町並みがまるで波打っているようなその地形は、観光客をひどく迷わせた。しかし、それさえ名物として取り上げられるほど、迷った先の小さな裏路地まで綺麗な人気のある土地だ。
そんなカンサスの中心部。すべての坂の頂上がそこに繋がっているのではと錯覚するほど高くそびえた丘の上に立つのが、【ヒューゲル大聖堂】である。
王国に点在する大聖堂の中でも屈指の大きさを誇るヒューゲル大聖堂は、丘の上にあることも相まって、街のどこにいても中心部の方を見上げるだけでその姿を確認することができる。故に、この街では「迷子になった時は大聖堂を見ろ」と言わているほどだ。
また、ヒューゲル大聖堂はその大きさに見合うほどの巨大な鐘を下げており、正午になると街中に鐘の音が響き渡る。その鐘の音を聞くと神の御加護が受けられるとも言われており、それを目当てに来る観光客も多かった。
ユキたちがカンサスに着いた頃、ちょうど鐘の音が鳴った。
朝方に魔王復活の知らせを聞き、タルナーダの町を発ってから休まずペガサスで駆け続けてようやく到着したのだった。
ひとまずペガサスをカンサスの馬屋に返し、一行は大聖堂のふもと付近へと向かう。
大聖堂のふもとは、坂の都でほぼ唯一と言える広い平地だ。
だからこそ露店を開くのに最も人気の場所であり、日夜様々な商社が入り乱れて活気に溢れている。
「うわ……!すごい人……!」
昼下がりの露店街は、人、人、人でごった返していた。
あちこちから商品を宣伝する露店主の声が聞こえ、それを値切る客の声も飛び交っている。
「さすが貿易都市……。魔王が復活したっていうのに、こんな時でも商売してる」
「だからこそだよ」
「え?」
「よく聞いてごらんよ、店主たちの売り文句」
ユキに言われてカメリアは耳をそば立てた。
「らっしゃい、らっしゃい!ここにあるは宝玉の剣!魔王討伐にもってこいだよ!」
「そこの冒険者さん、この薬草試してみなよ!魔王にやられた傷だってあっという間に治るよ!」
「四百年前、魔王を封印するのに使われたのがこの呪符さ!持ってて損はないぜ!」
魔王復活に恐怖するどころか、それをダシに品物を売ろうとしている様子に一行は思わず苦笑した。
「逞しすぎるでしょ……」
「商売人って、根性座ってるよね」
現に、魔王復活は金になる。
ユキたちは知らないが、過去に魔王が復活した際は例外なく、市場が大きく動いた。
避難する前に食糧を買い込む市民。
どうせ世界が終わるならと、有り金で豪遊する富裕層。
魔王討伐のために武器や薬草を揃える冒険者。
各々目的は違えど、魔王が復活すればみな金を惜しまなくなる。もちろん、どの時代においてもこの機を逃す商売人はいない。ここカンサスの商売人もしかり、だ。
「で、どうすんだ。俺たちにはあの偽物の剣を買う金すらないぞ」
アスールが宝玉の剣と謳われていた剣を指して言う。
「ここの地区ギルドに行ってみるか?大きい都市じゃから金になる依頼もあるじゃろ」
「でも討伐なんて行ってたら時間かかっちゃう」
「そうだね……僕たちには金も時間もない。だから、短時間で大金を稼ぐしかない」
普段は温厚なユキの目に、ギラリと光るものが見えた。
「あー……また嫌な予感がするのは俺だけかぁ……?」
頭を抱えるアスールに構わず、一行は露店街を抜けて街の西側へと足を運んだ。