第6話 出発
ユキたち一行は早々に町を離れた。
故郷に未練がなかったわけではないが、今はそうもいっていられない。
クロードに会うことが最優先であり、一分一秒でも惜しいのだ。
「ううむ……。やはり高いところは苦手だわい……」
ラランジュは弱音を吐いて、その大きな体を震わせた。
怖いもの無しのような風貌をしていながら、実は高いところが怖いのだ。
ここは地上から数十メートル上空の、ペガサスの背の上。
広げた両翼は全長4mあり、かなりのスピードで空を駆けている。
「やっぱりこうなると思ったんだ……!」
アスールの叫びに、ユキはこてんと首を傾げた。
「こうって?」
「だから!このペガサスのことだよ!お前、これいくら掛かったと思ってんだ!」
この世界において、基本的な移動手段は徒歩、あるいは乗馬だ。少し金を払えば馬車にも乗れるし、座り心地は悪いが二足走行の鳥獣も優秀だ。
その中でも最も速いとされるのが、空を行くペガサスである。
足場を気にすることなく猛スピードで移動できるのは、道の舗装が行き届いていない地方では何よりの利点だ。天候が悪い時には運休されることが多いが、それを除けばおおむね最良の移動手段だ。
ただ、このペガサス便は何より料金が高い。ざっと計算して馬車の8倍は金がかかるのだ。
「俺たちのパーティーが火の車ってことは、よぉ〜〜く知ってるよなあ?」
「でもしょうがないじゃん。これが一番速いんだから」
「うるさいカメリア!いつも胃に穴空けながら金勘定する俺の身にもなれ!」
「まぁまぁ、そう怒るなアスールよ」
「だいたいラランジュ!あんたが一番金食ってんだ!
ペガサスは2人乗りだから2頭で済むはずが……重量オーバーであんたに1頭!
計3頭も借りなきゃいけなかったんだぞ!」
「むぅ……面目ない……」
ラランジュで1頭、アスールで1頭、ユキとカメリアで1頭にまたがり、一同はやいのやいのと言い合いながら空を駆けた。
「で、この先はどうするんだ」
ひとしりき怒りをぶちまけたアスールが、ペガサスの上でふんぞり返って尋ねた。
「カンサスに着いたとして、どうやって王都まで行く」
カンサスは、タルナーダの町から一番近い貿易都市である。
多くの人や物が集まり、活気に溢れた大きな街だ。
ペガサスの運行料金はカンサスまでを払うのがやっとで、そこから王都への道程はとてもじゃないが手が出なかった。
一度カンサスへ降りたち、別の交通手段を考えなければならない。
「俺たちはもう、ほとんど一文無しだ。歩いて行くしかないぞ」
アスールが降ってみせた財布は、悲しいほどに空っぽだった。
しかし、徒歩で王都を目指せばゆうに数週間──あるいは、天候や魔獣との遭遇も考えると数ヶ月はかかってしまう。
「……転送通行を使いたい」
「はあ!?」
ユキの言葉に、あわやアスールはペガサスから落ちそうになった。
「ばっか、お前……んな金あるわけねぇだろ!」
転送通行とは、ペガサスをも凌ぐ究極の移動手段だ。
都市にある大規模な教会のみが運営する交通機関で、その名の通り【転送】する。
空間転移魔法は教会の専売特許であり、一瞬で他都市の教会へと移動することができるのだ。
ただし、その交通費はペガサス便のおよそ12倍。一般庶民が気軽に払える額ではない。
金持ちの貴族が旅行の時に利用することがほとんどであり、これが教会運営の大きな資金源にもなっている。
クロードが旅立つ先、入団の期限が迫っていることもあって転送通行の交通券を買ってやった。
パーティーが貯めていた資金を大きく崩しての、なけなしの餞別だった。
「4人分なんて、天地がひっくり返っても払えねぇっつの……!」
「でも、なんとかして転送通行で行かないと間に合わない」
天啓通知を目にしてから数時間。
事実確認から通知の決定までにかかった時間を考えると、クロードが魔王と認定されてから半日くらいだろうか。
今こうしている間にも、討伐隊が魔王を──クロードを殺そうと王都に詰めかけているかもしれない。
あるいは、クロードの顔をした魔王が王都を蹂躙しているかもしれない。
悠長に歩きで向かうなど、出来るはずもなかった。
「なんとかって……どうすんだよ……」
「それは着いてから考える」
雲一つない青空の中、景色に似合わぬほど険しい顔をした一行はただ一心にカンサスを目指した。