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第5話 魔王の顔…(3)


「兄さんは生きたまま、魔王に体を乗っ取られている」


 放たれた推測に、みなが息を呑んだ。


「現実的に言って、一番可能性が高いと思う。

 魔王の体が脆くなっていたと仮定するなら、乗っ取るメリットが十分にあるからね。

 生きたままなら腐らないし、国王じゃなく兄さんを選んだ理由も分かる」

「そうか、国王は御年60……。クロードの方が若くて新鮮な肉体ってわけか」


 クロードはまだ20代と若く、【勇者】という肩書に相応しい鍛えられた肉体も持っている。

 今生で魔王が“使い倒す”としたら、最適な肉体と言えよう。


「もしそれが本当だとしたら、クロードも運が悪いのぉ……」

「運、か──。実はそうとも言い切れない」


 ユキの苦々しい物言いに一同は首を傾げた。


「どういう意味だ」

「だって、あまりにもタイミングが良すぎない?

 こんな田舎町から偶然騎士団に選ばれた人間が、偶然魔王が復活したときに偶然居合わせて、偶然体を乗っ取られるなんて。

 …………いま僕、何回偶然って言った?」

「でも、偶然以外の何があるっていうの」


 魔王の復活など誰が予測できただろうか。

 避けようとしても避けられないこれは、もはや天災だ。

 当たってしまえば「運が悪かった」と言う他ないではないか。


「アスがいつも言ってたじゃない。

 『お前みたいな田舎騎士が選ばれるなんて、絶対に何かの手違いだ』って」

「いや、それは冗談で──。

 ……冗談、だよな?」

「もし冗談じゃなかったとしたら?

 もしこれが、兄さんに仕掛けられた【罠】だとしたら……?」


 不穏な空気に(さいな)まれ、一同の顔が引き()る。


「僕もおかしいとは思ってたんだ。こんな田舎町から急に騎士団に勧誘されるなんて。

 他に有名な冒険者なんていくらでもいるのにね」


 クロードも腕の立つ勇者ではあったが、知名度と言えばタルナーダの町で顔が利くくらいだ。

 一歩外に出れば、数いる冒険者のひとりに過ぎなかった。


「でも、前例がないわけじゃない。

『大剣使いのグエン』や『隻眼のエリアス』は無名だったけど、騎士団に勧誘されて今や小隊長にまで上り詰めてる」


 大剣使いのグエンは、元はただの木こりだったと言う。

 あまりに巨大な樹をひとりで切り倒しているのを騎士団員に見初められ、勧誘されたのだという。

 隻眼のエリアスもしがない魔術師だったらしいが、今ではその名を知らない者はいないほど有名だ。


「無名でも、誰かのお眼鏡にかなって勧誘されることはある。

 だから兄さんも"そういう枠"で騎士団に呼ばれたんだと思ってた。

 でも……今となってはそうとは思えない」


 王国騎士団からの勧誘が来たとき、一同は飛び上がって喜んだ。

 やれ手違いだ、嘘に決まっているなどと軽口を言いながらも、みな勧誘が本物だと信じていたのは他でもない。クロードの強さを身をもって知っているからだった。

 実際、クロードは知名度に反して強かった。こんな田舎で燻っていいような才能ではないと思うことも度々あった。

 しかし当の本人はてんで出世欲がなく、富にも名声にも興味がなかった。ありふれた町のありふれた依頼を引き受け、コツコツと討伐をこなす事が彼とこのパーティの全てと言えた。

 だからこそ、ただ故郷の平穏な日常のために戦ってきたこの苦労を、どこかで誰かが見ていてくれたのだと思うと嬉しかった。

 王国騎士団に引き上げられ、クロードの実力が日の目を見ることが誇らしくもあった。

 その誇らしく思った気持ちですら、今となっては根底から覆されてしまったのだが。


「勧誘が偽物だったって言うのか」

「そう考えると納得がいく。兄さんはハメられたのかもしれない」


 みなの頭に、三日前の光景が浮かんだ。

 クロードの背中を見送ったあの時、引き留めておけばよかったのではと後悔がよぎる。

 しかしそれを口に出せるほど、誰もが気丈ではいられなかった。


「でも、待てよ……。ハメられたとすると、魔王は元からクロードの体を狙ってたってことか?」

「多分ね。どうしてこんな周りくどいことするのかは分からないけど、兄さんの体じゃなきゃいけない理由でもあったのかもしれない」


 ユキの推測を聞いて、ラランジュがふと顔を上げた。


「ワライモドシタケ……」

「え?」

「前にワライモドシタケを食ったことがあったろう」

「あ、ああ……。食べたら笑いが止まらなくなって、最後は全部戻して吐いちゃうキノコだっけ」


 遠くの都市まで旅をしている途中、路銀が尽きて渋々怪しげな店で食事を取ったことがあった。

 案の定使われていた食材はそこらへんで取れた適当なもので、その中にワライモドシタケがあったのだ。

 店中の客が突然笑い出し、そこかしこで吐いては大惨事になった。


「ワライモドシタケは森に染み込んだ魔力を吸い上げて育つ。三級危険植物として指定されとるくらいだから、普通の人間が食うもんじゃあない」


 ラランジュは副業(いや、本業と言うべきか──)で酪農と農業を営んでおり、動植物には詳しかった。


「人には誰しも、魔力の許容量が存在する。自分の許容量を超えた魔力を摂取すると、何らかの影響が出てしまうもんじゃ」

「ワライモドシタケもそうだったよね。許容量を超えたから、みんな吐いちゃうっていう」

「そう。でもあの時……クロードだけ平気な顔をしとった」


 嘔吐する店中の客、およびパーティーのメンバーを介抱したのはクロードだった。

 あまりにケロリとしているものだから、後日「また嫌いなシイタケ避けて食ったろ」と詰め寄った。

 本人は「ち、違う!ちゃんと一口食ったぞ!」と弁明していたが、それを信じる者はいなかった。


「あのワライモドシタケは数十年ものじゃった。森中の魔力を蓄えとったはずだ。

 もしクロードが本当に食っていたとしたら、あいつは魔力の許容量が多いのかもしれん」

「つまり……どういうこと?」

「つまり、あいつは魔王を受け入れるだけの許容量があったのかもしれんということじゃ」


 魔王というくらいなのだから、魔力量もそれなりにあると考えられる。

 それに対して、人はワライモドシタケで吐いてしまうほど脆弱だ。魔王を体に入れれば、四肢が吹き飛ぶくらいはするのかもしれない。


「はっ……。じゃあなにか?

 クロードは魔王の【器】として見初められた、ってことか……?」


 アスールの苦笑に、みな苦い顔をした。

 

 クロードは、魔王に体を差し出すため王都に向かったというのか?

 希望を胸に旅立った先は、栄光ではなく地獄だったとでも言うのか?


「そんなの、あんまりだよ……」


 カメリアのこぼした一言が全てだった。

 多くを望まず、ただ町の人々のために働いてきた勇者の受ける仕打ちがこれだとは、あんまりではないか。

 堅実に生きてきた一人の青年の人生が、最悪の形で踏み(にじ)られていいことなどあるものか。


「兄さんに会わなきゃ……」


 ユキの言葉に一同は顔をあげる。


「今僕が言ったことは全部憶測だ。可能性は高いと思ってるけど、本当かどうかは分からない。

 でも、だからこそ確かめたいんだ。兄さんが今、どういう状況にあるのか」


 その真っ直ぐな瞳は、驚くほどクロードそっくりであった。


「行くなら早い方がいい。この町も、もうじき混乱するじゃろう」


 先ほどから広場がにわかにザワついている。

 教会が通知書を複製し終え、あちこちに配り歩き始めたのだろう。


「クロードはこの町じゃ顔が知れてる。

 俺たちパーティにもあらぬ疑いがかかるかもしれん」


 淡々と告げるアスールの言葉に、カメリアが「ちょっと!」噛み付いた。


「クロードがどれだけこの町の人たち助けたと思ってるの?

 感謝こそされても、そんなすぐに手のひら返されるなんて許せない」

「人は感謝より恐怖に素直な生きもんだ。俺たちもじきに肩身が狭くなる」


 残念ながら、アスールの言うことには一理あった。

 事実、すでに遠巻きにヒソヒソと話し合う声が聞こえ、冷ややかな視線も感じる。


「とにかく、急いでここを出よう。それから王都に向かう」


 ユキの提案にみな首を縦に振ったが、ふと何かに気づいたアスールが眉をしかめた。


「おい、ちょっと待て。

 王都に行くったって、何日……いや、何週間かかるか分からんぞ」

「そんなに時間かけてらんないよ。僕は今すぐ兄さんに会いたいんだ」

「……嫌な予感がするのは俺だけか?」


 アスールの不安をよそに、一同は足早に広場を抜け出した。




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