第2話 勇者追放…(2)
王国騎士団とは、全国各地から力を認められた実力者だけが集う精鋭集団だ。
子供からは憧れられ、民衆からは尊敬され、王族からも厚い信頼を寄せられる様は、まさに騎士の頂点と言える。
「でも、まさかこんな田舎の冒険者に声が掛かるなんてね」
ここタルナーダは、どこにでもあるような平凡な田舎町だ。
王都エメラルドからは遥か遠く、町の名すら知らない国民がほとんどだろう。
広大な平原を利用した農業や酪農が盛んで、タルナーダ・チキンの骨付き肉は中々に美味いと評判だ。
クロードたちのパーティーも、このタルナーダ・チキン──もとい家畜たちを食い荒らす魔物を討伐するのが主な仕事だった。
全国各地を旅して、未開のダンジョンや上級クエストにも挑んでみたりしたが、気付けばタルナーダに帰って森の魔物や洞窟の魔物を狩っていた。つまるところ、皆この町が好きなのだった。
クロードたちのパーティー『ツインズ』が、隣村の木こりから魔物討伐を依頼されたのは数ヶ月前の事だ。
森の洞穴に大型の魔獣が住み着いて、木こり仲間や猟犬が犠牲になっているのだと言う。
結果として、二つ返事で引き受けた依頼は無事に遂行され、魔獣3匹を討ち取った。
この魔獣が実はかなり討伐ランクの高い魔獣だったらしいと知ったのは、地区ギルドに討伐報告書を出した時のことだった。
メンバーはみな「へぇ、そんなに強い魔獣だったのか」と驚いたが、そのあとは魔獣の角や皮をどう効率的に金に換えるかを考えるのに必死だった。パーティー『ツインズ』は、いつだって資金繰りがカツカツなのだ。
故に、まさか地区ギルドから州ギルドに申告が行き、州ギルドから南方統括ギルドに申告が行き、南方統括ギルドから王都ギルドへ申告が行き、そして王国騎士団へと話が伝わっているなど思いもしなかった。
魔獣の件などすっかり忘れている頃、パーティーのマスターであり、魔獣に直接トドメを刺したクロードへ、王国騎士団へ加入しないかと誘いが来たのであった。
どうやら洞窟の魔獣討伐が高い評価を得たらしい。もちろん、それまでギルドに申請してきた討伐成果も加味されてのことだろうが、最後の決定打に繋がったのだろう。
クロードは悩んだ。
長年苦労を共にした仲間たちを差し置いて、自分だけが栄転してよいものか。
生まれてからずっと愛し続けてきたこの故郷を離れてよいものか。
王国騎士団に入ることは誉れに違いないが、仲間と故郷を捨ててまで得る価値のあるものなのか?
自分にとって最良の選択は、本当に栄転することなのか?
自問自答していたクロードの背中を押したのは、他でもないパーティーのメンバーだった。
みな、ぜひ誘いを受けるべきだと口々に勧めた。こんなチャンスは二度とないのだから、なにを迷う必要があるのか、と。
アスールだけは「お前みたいな田舎騎士が選ばれるなんて、絶対に何かの手違いだ」と言い続けていたが、よくよく聞けば「手違いだとバレる前に加入してしまえ。契約さえ交わせばこっちのもんだ」ということらしい。本当に聖職者なのか疑うような暴論だが、賛成してくれているのだけはよく分かった。
そうして、クロードは王国騎士団への加入を決めたのだった。
王国騎士団にはいくつかの隊があり、隊は更に小隊に分かれ、その小隊ごとにパーティーを組んでいる。
つまり王国騎士団へ加入するためには、現状加入しているパーティーを抜ける必要がある。
よって、勇者クロードはパーティーを『追放』されたのである。
パーティーを抜けるのには、『解放』『離脱』『追放』の3つの方法がある。
『解放』は、主に双方が合意の上でパーティーを抜ける時に使われる方法だ。抜けた者は解放のあと12日間、他のパーティーに新加入することが出来ない。しかしその代わりに、登録してある地区ギルドから解放手当てを受け取ることが出来る。次のパーティー、あるいは別種の職を探す間、いわゆる就活の資金援助が得られるというわけだ。
それに対して『離脱』というのは、抜ける者がパーティーのマスターに許可を得ず、自らの判断のみで去る時の方法だ。地区ギルドから得られる手当ては解放手当てのそれより減額されるが、抜けて5日後には別パーティーに新加入することが出来る。
そして『追放』は離脱の逆で、パーティーのマスターが抜ける者に許可を得ず除籍してしまう時に使われる方法だ。地区ギルドから受け取れる手当てはほぼ無いに等しいが、抜けた一秒後にでも別パーティーに新加入することが出来るのだ。
これらの制度は、今まで無数の冒険者パーティーが繰り返してきた歴史によって創り上げられたものだ。パーティーを組むための契約を結ぶ『誓約教典』にも、この制度が深く深く刻まれており、全ての冒険者はこれに従わなければならない。
ではなぜクロードが『解放』ではなく『追放』されたのかというと、これは単に日程が合わなかったためである。
王国騎士団が指定してきたクロードの加入日時は、『解放』で脱退して12日経っても十分間に合う日付だった。しかし、こういう時に限って町にも隣村にも魔物が湧き、連日対処しているうちに気づけば指定日の3日前という有様だったのである。
今から『解放』を行ったのでは王国騎士団に入れない。『離脱』でも間に合わない。ならば『追放』して、即日加入できるようにするしかあるまい、というのが事の顛末だ。
制度を利用してあえて『追放』という形をとる、いわば円満追放という脱退の仕方も無いわけではない。抜けた者からすれば手当てが貰えない痛手は大きく、メリットが少ないためあまり使われることはないのだが、今回のような緊急事態には是非もない。
「寂しくなるよ、兄さん」
ユキがぼそりと呟いた声に、教会がしんと静まり返る。
みな、それぞれにクロードとの冒険を思い返していた。
「まぁ、みんな、そう落ち込むな!一生会えなくなるわけでもあるまいし!」
クロードも声を張って言ったが、その実どこか寂しそうなのは全員手に取るように分かった。
「向こうでの活躍、期待しとるぞ。達者でな」
「おう」
ラランジュの大きな手と握手を交わし、クロードは深く頷いた。
「たまには帰ってくるんでしょ」
「たまには、な」
「お土産……忘れないで」
「おう」
カメリアの小さな手と握手を交わし、クロードは微笑んだ。
「いいから早く行け。お前、方向音痴なんだから、どうせ着くのもギリギリになるだろ」
「ちゃんと地図持ったから大丈夫だ!」
「こないだ逆さまに見て迷っただろうが」
「だ、大丈夫だ!今度はちゃんと見る!」
「ふん……引き返して来るなよ、馬鹿が……」
アスールと握手を交わすことはなかった。それでも十分だった。
「兄さん……元気でね」
「お前もな、ユキ」
ユキと熱い抱擁を交わす。
生まれた瞬間からずっと一緒にいた兄弟であり片割れ。分身であり鏡でもある。
二人が遠く離れるのはこれが初めてだった。
だからこそ抱擁の間は言葉もなく、ただ互いの無事を祈り合った。
「じゃあ、行ってくる」
勇者クロードは教会を後にした。
一度も振り返る事なく去る後ろ姿を、ユキ、アスール、カメリア、ラランジュの4人はずっと見つめ続けていた。