第1話 勇者追放…(1)
「これをもって、勇者クロードをパーティより追放する」
ステンドグラスから差し込む光が、教会を隅々まで明るく照らしている。
まるで神に祝福されいてるかのように美しく、あたたかな光景の中で、勇者クロードは10年連れ添ったパーティからひとり追放されたのだった。
◇
「これでお前ともおさらばだな」
「ふむ、実にせいせいするわい」
「もうその顔見なくて済むと思うと嬉しいよ」
「ちょっと、あんまり本当のこと言っちゃだめだよ」
メンバーが口々に零した言葉に、勇者クロードはひどく慌てた。
「お、お前ら、そんな言い方しなくたっていいだろ!?」
彼が声を荒げるのも無理はない。
ここに集う5人は、長年連れ添ってきたパーティーだ。辛い時も苦しい時も共に過ごしてた、いわば家族のようなものだった。
そんな仲間たちから辛辣な言葉を投げかけられ、クロードは眉尻を下げてオロオロとせずにいられなかった。
「もっと他に言うことがあるんじゃないのか……? ほら、別れを惜しむとか、引き留めるとか……」
大袈裟な身振り手振りまで交えて訴えたが、メンバーの態度は変わらなかった。
「うるさい。早く出ていけ」
「その慌てっぷり、情けないのぉ」
「今さら未練がましいんじゃない?」
「だからみんな、本当のこと言い過ぎだって」
クロードはショックでその場に座り込んだ。だって、こんなのあんまりだ。
いついかなる時も自分はパーティーのために体を張ってきたし、こう言っては何だが貢献してきた自信もある。何なら全員から愛され慕われているものだと思っていた。
それがどうだ。いま自分を見下ろしてくる視線はあまりに冷たい。心臓が凍えてしまいそうだ。
数え切れないほどの衝突を繰り返しながらも、信頼関係を築き上げてきた日々。命懸けの戦場で自分を呼ぶ声も──預け合った背中の温もりも──酌み交わした酒の味も──。何もかも覚えているというのに、全ては自分の独りよがりだったのだろうか?
今までの冒険が走馬灯のように頭を過ぎ去り、悲しみと共に思わず涙が込み上げる。それでもせめて泣くまいと、クロードは熱くなる目頭を押さえた。
その時──。
「ぷっ」
誰かが吹き出す間抜けな音がした。
クロードが顔を上げると、仲間の一人が手で口を覆っている。どうやら笑いを堪えているようだが、我慢できないのか肩が小刻みに揺れている。
「ちょっと、ユキ」
「ごめ……だって……」
その男──ユキの体の揺れは段々と大きくなり、ついに「ぶはっ」と息を吐いて堰を切ったように笑い出した。
「あっはははははは!無理!もう我慢できない!ははははは!」
腹を抱えて笑うユキを見て、クロードはぽかんと大口を開けた。これは一体どういうことだ?
戸惑うクロードを尻目に、ユキはひとり爆笑し続けている。他のメンバーたちは呆れたような顔をして、その様子を眺めていた。
「ひー、おもしろ……」
「笑いすぎ」
「ごめんごめん。ぷっ……ふふ、でも僕の言った通りに引っ掛かったでしょ?」
「言った通りすぎて怖いくらいだわい」
「んはははっ、ふふっ。はー、笑った」
ユキは笑うことに満足したのか、涙を拭いながらクロードの元へ歩み寄った。
「ユキ……これは、どういう……」
「もう。嘘に決まってるでしょ、兄さん」
ユキはクロードに手を差し伸べ、床から立ち上がらせる。その表情は先程の冷たいものと打って変わって、温和でにこやかな笑顔だった。
見渡すと他の仲間たちもニコニコと笑っており、クロードは自分が揶揄われていたのだと悟った。
「はぁ〜!なんだ……よかったぁ……!てっきり俺は嫌われたのかと……」
「馬鹿だなぁ。僕達が兄さんを嫌う要素なんてどこにあるの」
ユキ。白髪で細身の青年。
彼の第一魔法は『白魔術師』。
身の丈より少し低い杖を携えており、白いマントを羽織っている。
中性的な顔立ちに線の細さも相まって、女性とも見間違う優男だ。
勇者クロードの双子の弟であり、右目の下にある縦二連の涙ぼくろが特徴的だ。
兄を揶揄うこの茶番の主犯である。
「こんな猿芝居に騙されるなんて……。クロードのこれから先が心配だよ、あたしは」
カメリア。赤髪で小柄な少女。
彼女の第一魔法は『盗賊』。
黒づくめの服を身にまとい、天井に届かんばかりのパイプオルガンの中腹に起用に座っている。
仏頂面で言葉にも抑揚が無いが、パーティーの中では最年少で子供らしい一面もある。
現に、ユキにこの茶番を提案された時は誰よりも乗り気であった。
「まぁ、そこがクロードの人の良さでもあるんだがのぉ」
ラランジュ。上背が2mはあろうかという大柄なドワーフの男。
彼の第一魔法は『盾使い』。
背中には大きなリュックを背負い、更にその上から大きな盾と斧を背負っている。
巨体に加え、オレンジ色の髪やヒゲが伸び放題になっており顔がほとんど見えないため、一見すると強面である。
しかしその風貌に反して、本人は物腰柔らかで温厚なドワーフである。
「おい、俺は一言一句ぜんぶ本音だったぞ」
アスール。眼鏡をかけた中肉中背の青年。
彼の第一魔法は『司祭』。
紺色の髪を耳の横で編み、髪留めには十字架の飾りが光っている。
シワひとつない修道服を着ており、片手には分厚い誓約教典。
格好こそ敬虔な聖職者に見えるが、あろうことか講壇の上に座り足を組んでいる。
まるで司祭とは思えない冒涜っぷりだが、本人はどこ吹く風といった顔で気にする様子もない。
「あっはっは!アスは素直じゃないなあ!わかってるぞ、本当は俺のこと大好きなんだよな! な!」
「うっせぇ殺すぞクロ」
クロード。腰に剣を携えた筋肉質な青年。
彼の第一魔法は『勇者』。
このパーティー『ツインズ』の発起人であり、マスター。
ユキの双子の兄で、顔の作り自体は非常によく似ている。しかしクロードは右目ではなく左目の下に縦二連の涙ぼくろがあり、髪も白ではなく漆黒。加えて顔の真ん中に大きな横一文字の傷跡が目立っているため、二人を見分けるのに苦労はない。
先程まで座り込んでいたは思えないほど背筋がシャキッと伸びており、表情はハツラツとして発言も豪快だ。本来のクロードはこのような姿であり、まさに明朗快活を具現化したような人間である。
「おいおい、聖職者が『殺すぞ』って言っちゃあマズいだろう」
「今さら言うことかよ」
「まぁ、それもそうだな!アスは酒も飲むし言葉も汚いし、とんだ生臭坊主だもんな!」
「否定はせんが一発シバいていいか?」
「ははは!やめとけやめとけ!俺を殴るとアスの手の方が痛くなるからな!あと、講壇に座るのはよくないぞ!降りなさい!」
「あー、はいはい……」
すっかり元気を取り戻したクロードは、いつもの調子でハキハキと喋り出した。こうなると全てが彼のペースになってしまうことは、メンバー全員がよく知っていた。
「さて。じゃあここらへんで仕切り直して……」
ユキはクロードの前に立ち、コホンと咳払いをした。
「兄さん、改めて栄転おめでとう」
その言葉を機に、みなが壇上に集まりクロードを囲む。
「王国騎士団に勧誘されるなんて、やっぱりすごいよ」
「この町から騎士団に行くのはクロードが初めてだのぉ」
2週間前、勇者クロードはこの国──オズ王国の直属機関である王国騎士団に勧誘されたのだった。