(7)望まぬ再会 後編
ブクマ、評価してくださった方ありがとうございます。
励みになります。
冷たい笑みさえ消して無表情になったエリーと、エリーへの接触を断固阻止する決意をこめて睨む私の視線を受け、マルクは小さく溜息をついた。
「はいはい。ったく、俺はここでも悪者かよ」
払われた手を大げさに痛そうに摩って、お手上げだといわんばかりにわざとらしく両手を軽く挙げてみせる。
「ここでもって…以前のはあなたがっ…」
「ん?ああ、プレスクールのことじゃない。前の学校の話だ」
あんなことをしたのは誰だと言おうとして、何故かエリーにはあの時されたことや魔力暴走させてしまったことを知られたくないと思ってしまった。
私の言いたいことが分かったのか、マルクが自分の発言を補足した。
元々商家の馬鹿息子だった頃も、態度が最悪なことと性格が最悪なことを除けば一応この学園の入試にパスする程度には頭の回る男ではある。
前の学校と聞いて、何か気になったようでエリーが少し尖った声で尋ねた。
「モンドールの学園ですか?まさか、子息は隣国で何か問題でも起こされたのですか?」
「まさか。俺のせいといえばそうかも知れないが、俺から何かしたわけじゃない」
私からしたらこの男は問題しか起こしてないだろうと思ったものの、それにしてはニュアンスがおかしい。
まるで自分の責任ではないが問題が起きたように聞こえてしまう。
「どういうこと?」
「さあ?俺の父親が馬鹿だっただけだな。俺が生まれても陰では自分の子とは限らないとか言いながら、お気に入りのうちの母と愛人継続する為に金だけ出してたくせに、俺に『呪い』とやらが出たからって慌てて認知したクソみたいな男だからな」
「ああ…なるほど、そういうことですか。確かにバイラー侯爵家には先々代王弟殿下の次女にあたる方が降嫁していたはずですね」
「ま、そういうこと。俺は呪いのことなんて何も知らずにいきなりあっちの学校の寮に入れられてたから、そりゃ最初は入れ食いで喜んだが…あれは面白くはないな」
呪いって昔の王太子殿下が受けたっていう呪い?
あまり詳しい内容は下位貴族では知らされていないんだよね。
確か王族の男子に関わる呪いってことぐらいしか知らないんだけど。
いわゆる王族でなくても王族と血が近いだけで呪われるの?一体どういうこと?
混乱してきた私が目線でエリーに問うと、優しい笑みと共に『あとで』と口パクとウインクが帰ってきた。
美人はウインクもできるんですね。
え?私?私はウインクしようとしても変顔にしかならない残念仕様ですが…今更だからそこは諦めましたよ。
それにしても、入れ食いって……女性は魚じゃあないんですが。
俺ってばモテすぎちゃって困っちゃう~って自慢なの?
はぁ…下半身も教育してもらってきたほうが良かったんじゃないんですかね。
そこそこ顔が良かったとしても、侯爵令息になったとしても、この男のこの性格と直近まで平民として過ごしていた庶子だったことを思えば、隣国の貴族女性達からそんなにモテるとは思えないのだけれど。
エリーが後で説明してくれることと何か関係あるのだろうか。
「それでこんな中途半端な時期にあちらの国から送り返されたということですか。……バイラー侯爵様も何を考えていらっしゃるのやら」
「まあ、箔付の為にこの学園を卒業させたかったってのもあるんだろうが、根本的にうちの父は何も考えてないだろうな。あいつはある意味俺と良く似てるからなぁ」
自分の父親のことなのに、さっきから散々な言いようだ。
確かに話を聞いただけでも、バイラー侯爵という方は女癖も悪く、決して良い親ではないだろうと分かるから仕方ないのだろうけれど。
そんな侯爵と似ていると自分で言うのだから、この男はやはりかなりの捻くれものだといえる。
まあ、私には関係ないけど!
関わりたくないから私にもエリーにも今後寄らないで欲しい。
「そういうことならば、何も問題起こさぬよう卒業までの期間を過ごされることをおすすめします。この国と学園はモンドールとは違ってそういった面ではかなり厳しいですからね」
「ご忠告どうも。できれば今後も色々と教えて頂けると大変助かるのですが」
そうそう、エリーの言うとおり。
この学園は何故か色々と問題が起こりやすい反面、それに対する対応がかなりきめ細やかであるようなのだ。
プレスクールがあることもそうだが、校内には生徒の安全と風紀の遵守の為の監視システムが様々なところに組み込まれているらしい。
もちろん、保安上生徒達にはどんなシステムがどこにあるのかは知らされていないのだけど。
まあ、それはそうだろう。
前世で考えても、防犯カメラがあるのを分かっていてわざわざ顔を晒して窃盗する馬鹿はいないだろうし、生徒指導室の目の前で喫煙する生徒もいないだろうから。
とにかく、この学園で問題行動が誰の前にも触れないという状況は殆ど考えられない。
昨年卒業した第二王子エルヴィン殿下には、子爵家の出ながら美しく聡明で聖女様でもある相思相愛な婚約者様がいらしたにも関わらず、多くの女生徒が無謀なアタックをしていたようだったが、遠巻きに憧れるぐらいでは何も問題視されないものの、驚くようなマナー違反をされた方々は体調不良による退学という形をとって、ひっそりと別の学校へと転校していかれたようだった。
中には問題行動を起こすまではむしろ気質も温厚で成績優秀だといった方が何人もいらして、私も寮で仲良くしていただいていた先輩も、最終学年を終えることなく転校してしまわれた。
公にはされていないけれど、どうやら再教育のための学校が王都の近くに存在するようで、その学校を卒業した生徒はかなり優秀な方が多い…らしい。
特別なカリキュラムを組んでいるのであれば、私もそこで学んでみたいと思ったりもするが、エリーと離れるのは嫌だし、実在するのかも分からないのでまずは確実にこの学園を卒業するべきだろう。
「お断りします。そこはご実家のバイラー侯爵家なり、学園の先生方に教えを請うなりなさるべきでしょう。それと…エタには必要以上に近づかないでくださいね」
「ん~、エタ?俺としてはむしろ貴女とお近づきになりたいんだが」
「こちらはご遠慮したいですね。ではごきげんよう」
笑顔でバッサリ切り捨てると、エリーにしては珍しく会話の途中で立ち上がり、目線で講堂へ向かおうと私に促しながらカフェテラスを出て行く。
私ももちろんこんな男と残されるは嫌なので、慌てて残っていた紅茶を品を損なわない程度に急いで飲み干して立ち上がる。
「綺麗な顔して厳しいねぇ。ま、あと半年よろしくってことで」
大して気にしたようにも見えない表情でヒラヒラと手を振るマルクに軽く会釈だけして背を向け、エリーの後を追おうとした私の腕が急に大きな手で掴まれて後ろに引かれた。
少し痛いぐらいの力で掴んでいるのはマルクの手だ。
転びそうになりながら睨んでやろうと顔をあげた私の耳に今にも触れそうな距離に、憎らしい顔が迫っていた。
「それにしてもお前、3年たってもガキのままかよ。こっちは少しぐらい大きくなったのか?」
「っ!?…最低っ」
こっち、と言ったマルクの視線は明らかに私の胸に向かっていて、所詮は10代のガキの言葉だと分かってはいても、前世からのコンプレックスを指摘されれば冷静ではいられるはずもない。
ニヤニヤと私を見下ろす表情は2年半まで頻繁に見ていた表情だ。
あの頃でさえ貧乏下位貴族を下に見ていたマルクにとって、侯爵家子息となった今は私など遊び飽きた玩具のようなものなのだろう。
怒りと恥辱で顔が熱くなるのを抑えきれず、頬を真っ赤にして叫んだ瞬間、先にテラスを出ようとしていたエリーが私の所へ駆け寄って来てくれた。
「エタ!どうしたの?!あの男に何かされた?何か言われたの?」
「大丈夫…大丈夫だよ!気にしないで。何でもないの」
「何でもないって顔じゃないよ…エタ」
「……うん、ごめんね。あとで話す」
こいつの暴言を聞いて一緒に怒って欲しい気もするけど、少なくとも今こいつの前で言いたくない。
なにより、少しでも早くマルクを視界から消してしまいたかった。
「分かった…行こう、エタ」
「ん…」
エリーはまるでエスコートでもするように、優しく私の片手をとり片手を背に添えてカフェテラスから連れ出してくれた。
いつもの温もりにほっとした私は、卒業までの半年間、できるだけマルクの近くに寄らないようにしようと心に決めたのだった。
「あの男、潰すか…」
私の半袖の袖口から少し覗く掴まれた跡を、痛ましげに視界に入れたエリーが呟いた声は私の耳に届いてはいなかった。
ようやく更新できました。
楽しんで頂けたら嬉しいです。