(6)望まぬ再会 前編
ブクマ、評価ありがとうございます!
誤字脱字報告もありがとうございました。
事故の後すぐに夏季休暇に入った学園は、今日から後期の授業が始まるという活気でいつもより騒がしかった。
久しぶりに会った友人同士で、休暇中の過ごし方を語り合ったりお土産を渡したりしているのだろう。
私はといえば、休暇中に何度かエリーと買い物に行ったりお茶会をしたりしたぐらいで、あとは自領で薬草栽培や品種改良に精を出していた。
もちろん、エリーとお揃いのドレスを仕立てる為に仕立て屋をエリーのタウンハウスに呼んで採寸してもらったりもした。
どんなドレスが出来上がるのか知りたかったけれど、エリーに出来上がるまで内緒だと言われてしまったので、当日の楽しみにすることにしている。
センスの良いエリーのことだから、きっと素敵なドレスになるに違いない。
私は今日からまた大好きなエリーと一緒に過ごせることが嬉しくて、今朝はいつもより早めに目が覚めてしまい、かなり早い時間に身支度が終わってしまっていた。
そんな所へ、エリーが私が思っていたことと全く同じことを言って朝からに寮へ迎えに来てくれたことで、更にテンションがあがってしまったのは仕方ないだろう。
せっかくなので始業前に校内のカフェテラスでモーニングティーを楽しんでいた。
私もエリーも特に会話を交わさなくてもニコニコと微笑みあって再会を喜んでいたのだが、ふと気付くと私達のテーブルのすぐ脇に誰かが立っていた。
「よお、久しぶりだな?チビ妖精…じゃなくてエタ嬢か」
「……なんで、あなたがここに…」
テーブルに片手をついて、ニヤリと笑いながら顔を覗き込むように声をかけてきたのは、もう会うこともないだろうと思っていた男だった。
私が知っていた頃よりも良い服を着て、髪も手入れが行き届いているのか暗めの金髪は艶やかに光っている。
相変わらず勝手に人の名前を呼んでるし、嫌みったらしく妖精なんて言うのも腹が立つ。
せっかくのエリーとの爽やかな朝が台無しである。
「なんでかって?夏の休暇前までは隣国モンドールの学園に通ってたんだが、今日からこっちに転入することになった」
「そんな…でも…」
あの時私は先生に報告をしていなかったが、彼のしたことが表沙汰になればエタの評判にも傷がついただろうが、マルクとて入学資格を取り消されていただろう。
それどころか、魔力制限の紋を入れられていた可能性も高いだろう。
ということはこの男はプレスクールで留年して必要なマナーや知識を身につけぬまま、隣国の学園へ進学したのだろうか。
けれど、隣国モンドールの学園は貴族階級の者しか入学を認められていないと聞いている。
一体どういうことなのだろうか。
「エタ、彼と知り合いなの?」
訝しげなエリーに聞かれて小さくコクリと頷いた。
知り合いといえば知り合いだ。
もう会いたくも関わりあいたくもない類の知り合い。
そんな私の気持ちを無視するように、マルクは私の隣のエリーに視線を向けて一応は爽やかそうに見える笑みを浮かべる。
「これはこれは、美しい方にご挨拶もせずに申し訳ありません。俺の名はマルク・バイラー。バイラー侯爵の3男です」
「私はエリー。一応メルカッツ家の嫡子です」
「メルカッツ家の。なるほど…今後は同じ学園の生徒になりますので、仲良くしていただけると嬉しいですね」
美人のエリーが辺境伯家の嫡子と聞いたからか、マルクの笑みが深くなる。
これはどう見てもエリーを狙っているようにしか見えない。
マルク程度のレベルでエリーを狙おうなんて、身の程知らずにもほどがある。
エリーに早く婚約者ができればと思っていたけれど、こんな男は嫌だ。
絶対反対!YES、良縁、NO、マルクである。
優しくて美しいエリーの隣に立つならば、せめて容姿と勉学と剣術と魔術のいづれか二つぐらいは同じレベルであって欲しいと思うのだ。
それにしても、あのマルクが侯爵家の3男って…どういうことだろうか。
「え?バイラー侯爵って……あなた、マルク・クットでしょ?クット商会の…」
「確かに元、マルク・クットだ。俺の父はバイラー侯爵だが。まあ、侯爵家に引き取られたのは2年前だが国外にいたからこっちじゃ知られてないんだろ」
「そういえば…確かにバイラー侯爵家が、庶子を引き取ったらしいという話は聞いたことがありますね」
なるほど、彼のお母さんがクット商会の娘なのか。
傲慢で我侭なお坊ちゃんだと思っていたが、もしかしたら彼は彼なりに苦労していたのかもしれない。
この国では最近愛人や妾を持つ高位貴族は減っていると聞いていたのに、どうやら彼の父である侯爵は例外であるらしい。
「そうだったんだ…」
「庶子の俺にも金と地位を恵んでくれるらしいから、もらえるもんは貰っておくだけだ」
肩を竦めてみせたマルクが傷ついているように見えてしまう。
我が家の両親は暑苦しいぐらい私を愛してくれるし夫婦仲も良いので、彼や彼の母がどんな気持ちで過ごしていたのだろうと思うと少し胸が痛んだ。
マルクのくせに。
「はっ!なんだその辛気臭い顔は。まさか同情でもするつもりじゃないだろうな?」
「そんなつもりじゃ…」
「エタ嬢は、相変わらずおやさしーい妖精令嬢様……だなぁ?」
あの頃良く見ていた黒い笑みを私の方にだけ向けたマルクは、わざとゆっくり私に話しかけてきた。
以前から無駄にプライドの高い彼のことだ。
正式に貴族、しかも侯爵令息になったのなら、ますます他者に同情されたり見下されたりすることは我慢できないだろうし、我慢する機会も減っただろうと思う。
平民であった頃でさえ下に見ていた私から同情などされたら、腹をたてるに違いない。
家庭の事情が複雑だろうが、やっぱり嫌なやつだと改めて思う。
「バイラー侯爵令息様、それ以上エタに絡むのはおやめください」
エリーが私の表情を見て、私が困っていることに気付いたのだろう。
少し強めの口調でマルクを咎めてくれた。
家柄的には侯爵家と同格扱いになる辺境伯家だが、庶子の3男であるマルクと嫡子であるエリーではエリーの方が立場は上になる。
伯爵家の私からはマルクに強く出ることはできないのでほっとした。
「ああ、美人の怒った顔も悪くないですね?」
「エリーに絡むのもやめてっ!」
勝手にエリーの手をとり息を吐くように口説こうとするマルクに、私は反射的に声を上げてしまって慌てて口を手で押さえる。
そろそろ始業式も始まるとあって、こちらをチラチラと見ている視線を感じしまい、私は小さい身体を更に小さくした。
今更口を押さえても、縮こまっても、既に出てしまった声も集まった視線も元には戻せないのだが。
エリーはといえば、一瞬でマルクの手を払って少し怖いぐらいの氷を思わせる笑みで嫣然と微笑んでいる。
あの綺麗な手を勝手に触るなんていくら侯爵令息になったからって許されない。
誰が許さないって、とりあえず私が許さないんだけど。
私の中の裁判所では、協議中の全私が有罪の札を掲げている。
よし、マルク有罪。
少しずつ進んでおりますが、更新のんびりですみません。
ブクマ、評価励みになっています。