(3)親友
ブクマ、評価してくださった方、ありがとうございます。
私が前世を思い出したあの日、目覚めて最初に目に飛び込んで来たのは流れるようなシルバーブロンドに縁取られた美しい親友エリーの顔だった。
澄んだ青空のような瞳を涙で潤ませていたエリーは、あまり得意ではないと言っていた治癒魔法を私に何度もかけてくれていたらしい。
「こ、このままっ…エタの目が覚めなかったらっ…どうしようと思った…良かったぁ…」
そう言って半分泣き出しそうな笑みを浮かべたエリーは、ちょっと同性でも中てられそうな色気を放っていた。
友人ながらあれはヤバイと思うよ、本当に。
「エリー、心配かけてごめんなさい。治癒魔法、いっぱい使わせちゃったね…ありがと」
「そんなの、エタの為だったら当たり前だから…ね?」
気にしないでというように私の頭をそっと撫でながらやわらかく微笑むエリーの目元はほんのり紅い。
瞳の潤んだフェロモン増し増しな美女の微笑み、ご馳走様です!
でも色々垂れ流されてて危険度高いので、むやみに出さないほうがいいコンボだと思います。
おかげ様で全身打撲の勢いで吹き飛ばされたはずだけど、今のところどこも痛くない。
もっとも、疲れと安堵で無防備なせいか、いつも以上に攻撃力マシマシなエリーのせいで、私はまさに今キュン死をしそうだけれども。
おかげで記憶を取り戻して一瞬混乱していた私は、一気に茹で上がった頬のおかげで逆に冷静になれたように思う。
あの日はエリーが魔法を暴走させた下級生や補習監督についていた教師への怒りで頬を赤くして、文句をいいながらもあれこれと私の世話を焼いてくれた。
寮に入らずタウンハウスから通学しているエリーが、なかなか私から離れようとしないのを見て、寮の部屋まで様子を見に来た保険医の先生や寮監先生も苦笑いしながら帰っていった。
『もう大丈夫みたいだけど、念のため明日は一日学校は休むように。それから、仲が良いのは良いけれど日暮れまでには帰宅しなさいね』と言い残して。
日暮れ過ぎても帰ろうとしなかったけど、寮監先生がエリーの屋敷に連絡を入れたようで、日が落ちて少し経った頃にエリーの家の執事が迎えに来た。
何度も振り返りながら、明日も来るからと言うエリーに『待ってるね』と言ったせいか、エリーが翌朝早い時間に部屋に現れたのには驚きつつも嬉しかった。
ツヴェルク家の領地は国の南部に位置していて、同じ伯爵家とはいえ高位貴族扱いになる辺境伯家のエリーの家とは、学園に入るまで殆ど付き合いがなかった。
学園に入って同じクラスになった日、机の前にしゃがみ込んで首をコテリと傾けながら『お友達になってくれる?』と言われたその時まで。
いつも私を子供扱いもマスコット扱いもすることなく、普通の友人として優しく接してくれてるエリーは私にとって特別な友人だ。
エリーがいなければこの学園でこの3年間、ここまで楽しい時間を過ごして来れなかっただろう。
少々どころでなく美人な親友に時折振り回されながらも、彼女のお願いに極端に弱い私はそんな彼女が大好きだった。
北の辺境伯家の嫡子なうえ、これだけ容姿に恵まれているにも関わらず、何故かエリーにもエタ同様婚約者がいなかった。
月の輝きを閉じ込めたかのような銀髪に、凛とした美しい顔立ち、令嬢にしては少し高すぎる背丈は相手を選ぶだろうが、それを差し引いても私の親友はこの学園でもトップクラスの美しさを誇っている。
時折一緒にお忍びで町に出かければ、私達の方をチラチラと見ながら頬を染める人は男女問わずいたほどだ。
私達とはいっても、もちろん視線は私の頭上を飛び越えて隣を歩く親友に向かっていたわけだが、己の外見にコンプレックスのある私ですらあまりにレベルが違いすぎて彼女に対しては嫉妬すらできない。
その上、そんな美女が私にだけやたら甘い笑顔を見せながら、嬉しそうに手を繋いで歩きたがるのだ。
私自身がエリーにしか視線が向かないのも仕方ないと思う。
他の人から同じように手を引かれれば、きっと子供扱いされているような気がしたに違いないが、エリーの首コテンからの『私がエタと手を繋ぎたいんだけど、ダメかな?』なんて攻撃に抗える人がいたら手を上げて教えて欲しい。
もちろんエリーに弱い私には到底無理である。
しかも彼女からお願いされてOKすると、幸せそうな華やかな笑みと良い香りの抱擁までついてくる。
これが計算でやっているあざと可愛さならば、他の令嬢たちもある程度やっているので私だって耐性もつくだろうが、エリーのは天然のようだからこそ厄介なのだ。
そんなわけで、この3年の間学外に一緒に出かける時は常にエリーと私は手を繋いでいる。
傍から見れば良くて姉妹、おそらくはご令嬢と侍女見習いの子供にしか見えていないだろう。
なにしろ姉妹というには顔立ちも持っている色合いも違いすぎる。
似ている所をあえて探せば……残念な胸元ぐらいかもしれない。
子供のような体形に相応しい私の胸と大差がないほどエリーはささやかな胸なので、胸は大きいほうが良いという殿方とはまぁご縁が薄いだろうか。
とにかくこれほどもてそうなエリーではあったが、何故か学園では遠巻きにされていた。
もしかすると美人過ぎると声も掛け辛いのかもしれない。
そういえば、お忍び中の異性からの声かけもまずは私の方に『君、可愛いね!一緒にいる美人はお姉さん?』といった風であった。
実家にも色々と縁談は来ているらしいけど、エリーの家では伝統的に伴侶は自分で選ぶものらしい。
一度まだ誰とも婚約しないのかと訊いてみたことがあったけど、少し悲しそうな笑みを浮かべながら『卒業するまでには分かるから、それまで秘密』と言われてしまった。
何か訊いて欲しくない事情があるのかもしれないと思うと、それ以来私の方が婚約や結婚の話を避けていてなんとなく訊けずにいる。
国境を護る辺境伯家なので、互いを信頼し合える人物でなければいけないという理由らしいが、かといって単純に惚れた腫れただけで結婚することもまた難しいだろう。
前世の記憶を思い出した私でも、貴族同士の派閥争いや派閥内でのしがらみや家柄のバランスなどはある程度分かっている。
しかもエリーと結婚すれば必然的に次期辺境伯の配偶者になれるのだ。
爵位を複数持つ高位貴族家ならともかく、継ぐ家のない下位貴族家の次男三男や一代限りの騎士爵家の子息たちからすれば、エリーは最優良物件に違いない。
おそらくある程度家柄や能力などで候補を絞り込んだ中から選ぶということなのだろうが、それにしてもこの3年、エリーが誰かに恋をしている様子もなければ、誰かと見合いをしたという話も聞いていない。
エリーほどの美女であればどんな高位貴族家の子息だろうが、なんなら王家だろうが望めば相手に困らないだろうと思うのに…私と違って。
もっとも、優秀だと評判のこの国の王太子殿下には幼い頃から相思相愛な王太子妃様がいらっしゃるし、学園在学中から勇者として名を馳せた第二王子殿下は、一昨年に一緒に大型魔族を討伐して瘴気を払った聖女様と盛大な婚礼をされたばかりだったので、もしかしてよっぽど理想が高いとか、ないとは思うけど実は好みが特殊すぎるとかだったりするのだろうか?
そんなことを徒然と考えながら、向かいの席で綺麗な動作でお茶を飲んでいる親友をぼんやりと眺めているとパチリと視線が重なり、花が綻ぶように微笑まれた。
不意打ちの攻撃に、思わず貴族令嬢らしからぬ『ふぐぅっ』という声が漏れそうになった私は、この3年で培った経験値のおかげで辛うじて赤面までで堪えた。
以前から彼女の男女問わない色気に中てられることはあったが、記憶が戻ってから更に耐性がなくなってしまっている気がする。
前世でいうならば、人気女優かトップアイドルかという美女が目の前にいるのだ。
今も昔も、鏡を覗いてもチビッコ小人しかいない私には眩しすぎると思うのは仕方ないだろう。
うう、この色気の半分でも私にあれば…私のこの姿でも、恋人ぐらいできるんじゃなかろうか。
神様は実に不公平だ。
百合百合しくてすみません。