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ソフィーアはベルタ王国に婚約者が居るからと求婚を断っていた。
けれどソフィーアは、その時密かに種を蒔いていた。
数年後にいつでも花を咲かすことが出来るように少しずつ、少しずつ世話をしながら‥。
困惑するミケーレを庇うようにランドリゲス公爵が口を開いた。
「そういうことなら、我々は何も言えまい」
「なっ‥父上!!?必ずソフィーアを取り戻せと」
「元々はお前の所為なのだぞッ!!ミケーレ」
「俺は何も悪くないッ!その女が――んぐっ!」
ソリッドが直様ミケーレの口を塞ぐ。
周囲に満ちている殺気にも気付かないミケーレには殆呆れてしまう。
このままソフィーアを責め続ければ間違いなくミケーレの未来が消えてなくなってしまう。
「帰るぞ‥‥ソリッド、ミケーレ」
「‥‥はい」
「ッ!!」
「レンドルター伯爵、申し訳ないが書類は公爵家に送ってくれ」
「かしこまりました」
一段落ついた。
誰もがそう思った時だった。
「――やっぱり、婚約破棄はしない!」
納得出来ないのか、ソフィーアが惜しくなったのかは知らないが、3人の視線に怯えながらもミケーレは声を張る。
「俺たちはもう一度やり直せる!!そうだろう!?ソフィーア」
「‥‥は?」
「いい加減にしろ、ミケーレ!」
「この度は愚息が大変失礼を致しましたっ!」
ランドリゲス公爵が深く頭を下げる。
あのプライドが高いランドリゲス公爵が、だ。
その様子に思うところがあったのか、ミケーレは目を見張って戸惑っている。
ランドリゲス公爵は引き際を弁えている。
これ以上は国同士の揉め事に発展しかねないと判断したのだろう。
しかも相手はベルタ王国よりもずっとずっと大国で力を持つ王族と、視界に入るだけで「邪魔だから」と理由もなく殺されると噂の暗黒の魔術師。
自分達に残された道はただ一つ。
素早く身を引くこと‥それだけである。
引くに引けなくなってしまったミケーレが、ソフィーアに迫っていくのをソリッドが必死に止める。
「これは違うっ!何かの間違いだッ」
「‥‥」
「今のお前なら愛せるような気がするんだ!」
「何を‥おっしゃっているのですか?」
「俺の婚約者に戻ると言えばいいッ!そうすれば全て元通りだ」
「はぁ‥」
何を思ったのか、1人で盛り上がっているミケーレを冷めた目で見ながらソフィーアは溜息を吐いた。
よくこの空気の中、馬鹿なことを言い出せたものだ。
命知らずもここまで来ると勇敢とでも言うべきだろうか。
普通ならば、自分の身を案じてもう引くところだろうに。
「ご自分で言った事をお忘れですか?」
「お、覚えていない!」
「この紙にサインしたでしょう」
「知らないッ」
知らない、分からない、と子供のように繰り返すミケーレに、皆は引き攣った顔でミケーレを見ている。
リマに至っては「俺の末の妹すらこのような事を言った事がないのに」と言う始末である。
ちなみにリマの末の妹は8番目の妻が産んだ5歳の可愛い女の子である。
「‥‥ランドリゲス公爵、少し教育方法を考えた方がいいのでは?」
「お恥ずかしい限りです‥‥ラバンジール殿下の仰る通り、そうさせて頂きます」
「ヘール王国にどんな馬鹿でも真面目になるオススメの鍛錬場があるのだが、一度そこに送ってみては如何だろうか」
「はい‥」
真面目なラバンジールはミケーレの言動を見て、ランドリゲス公爵とソリッドに真剣に提案している。
どうやら度を越したミケーレの馬鹿さに、ラバンジールは哀れに思ったのか同情を示しているようだ。
怒りを通り越して、呆れているリマは手を上げて首を振る。
そんな精神年齢が低い子供のようなミケーレに、ソフィーアは溜息が止まらなかった。
ここまで理解力がないとは、正直思わなかったからだ。