13
"こんな事になったんだろう?"と、ミケーレがソフィーアを責め立てようとした時だった。
まるでスローモーションのように黒い影がミケーレの上から覆い被さろうとしている。
それを見たミケーレは息を呑んだ。
この闇に触れてしまえば"死ぬ"と本能的に理解したからかもしれない。
「ルゼット様」
ソフィーアが片手を上げてルゼットを制すと影はピタリと止まる。
ルゼットは不満そうに声を上げる。
「‥‥なんで?ソフィーア」
「ルゼット様の手を汚すほどではありませんわ」
「羽虫のくせにブンブンと目障りだから潰してやろうと思ったのに」
よく見るとラバンジールも腰にある剣の柄に手を掛けている。
ラバンジールの目は鋭くミケーレを射抜いている。
いつも笑顔のリマですらも真顔でミケーレを見ていた。
一触即発の空気の中、平然とソフィーアは言った。
「わたくしの不貞行為を疑っているのでしょうが、この身は綺麗なままですわ」
「‥っ」
「ルゼット様」
「ちっ‥」
真っ黒な影で後ろからミケーレの首を絞めようとしたルゼットに再び声を掛ける。
これでは話が進まないので、一旦大人しくしてもらうと、ルゼットの影に自らの光魔法をぶつけて打ち消した。
「――っ!!ああ‥ソフィーア、君の魔法は何度見ても素晴らしいよッ!」
「ありがとうございます」
「僕が唯一使えない光魔法を持つ君だから、僕は君が欲しかったんだ」
「ルゼット様、少し落ち着いて下さいませ。おいたがすぎると嫌いになりますよ?」
「‥‥はーい、分かったよ」
そう言いつつも、ルゼットは恍惚とした表情でソフィーアを見つめている。
「勘違いなさっているようなので、言わせて頂きますが‥‥私はソフィーア様の強さと剣捌きに惚れ込みました。ヘール王国最大の武術大会、女性部門で圧倒的な成績で優勝した貴女は、まるで女神ヘールのようだと思ったのです」
「ラバンジール様には負けますわ」
「力ではそうかもしれませんが、ソフィーアの繊細な剣捌きに敵うものはいませんよ」
「恐れ入ります」
「その場ですぐに婚約を申し込んだが"婚約者がいるから"と丁重に断られました」
ラバンジールはソフィーアに跪くと手を取り、そっと口付ける。
リマもソフィーアに熱い視線を送りながら言った。
「俺は不治の病だったんだ‥‥世界中から色んな医師を呼んだが、どの医師も匙を投げた。あと数年も生きられないだろうと言われたんだ。けれど偶々アバン帝国にレンドルター伯爵が自国の商品を紹介する時に、共に居たのがソフィーアだった」
「あら、懐かしいお話ですね」
「そうだろう?そんな時にフラリと倒れ込んだ俺を介抱してくれたソフィーアは、あっという間に光魔法を使って俺の命を救ったんだ。十何年と苦しんだ病を一瞬でだぞ?」
「偶々勉強していたのです。それにあまり良い理由では‥」
「ははっ、後から魔法の実験をしていたと聞いた時は驚いたが、病が良くなれば理由などは何でもいい」
「お恥ずかしい話ですわ」
「君はまだ幼かったんだ、それに君は俺の為に奇跡を見せてくれたじゃないか。ソフィーア、そしてレンドルター伯爵家をアバン帝国で受け入れる話も出ている。この婚約破棄は我々にとって吉報だった」
つまり暗黒の魔術師ルゼットはソフィーアの魔法の力をキッカケにソフィーアに惹かれた。
ラバンジールはヘール王国の武術大会に出場したソフィーアの姿に一目惚れ。
そしてリマのずっと苦しんでいた不治の病を治したことでアバン帝国から感謝されている。
「そういうことです、ミケーレ様」
「‥!!」
「残念ながらミケーレ様が思う理由とは、全く違いますわ」
「そ、そんな‥っ」