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迷宮高校の陰キャクラン  作者: 多真樹
第1章 陰キャなるもの
9/25

周回作業を続ける胆力

 最初に動物の死骸を見たのは小学校に上がる前だった。

 近所の道路で車に轢かれた猫を見つけた。それは、伏せていたとか、横たわっていたとかではなく、道路に落ちていた。

 最初は赤いボロ雑巾かと思った。

 よく目を凝らせば、何度となくタイヤに引き伸ばされた骨肉は、アスファルトのくぼみに埋まって毛皮だけがかろうじて猫に見えた。 


 最初は目を逸らした。

 次にはじっと観察していた。

 あれは猫か。それとも鼠か犬か。都市部に迷い込んだ狸か狐か。

 母親の手に引かれていたことなど忘れ、じっとその場にとどまった。

 猫の死骸に顔を歪める母とは対称的に、心惹かれる玩具を前にしたように、母が何度引っ張ろうともぐっと堪えてその場に根を生やした。


 人生の岐路(ターニングポイント)があるとすれば、間違いなくここだと断言できる。

 死に魅了され、外道に心惹かれた瞬間だった。

 母の顔を見て、それが望まれるものでないと幼心に理解する。

 客観的にものを考える子どもだった。

 常人と比べて異常だという自分をまざまざと認識する。

 だが、常人が顔をしかめるものにこそ価値を見出してしまった。


 両親に秘して趣味を堪能した。

 あの瞬間までは常人となんら変わりなかった。

 だからなにが優等生と呼ばれるかはわかっているつもりだ。利口な子を演じ、人に好かれる仮面を被るようにした。誰もが受け入れるような笑顔を意図的に作った。

 人から頼られる仮面。それが寿々木(俺)のペルソナである。

 田児の〈分身仮面(ペルソナ)〉はただの新陳代謝だが、自分のは心を覆い隠す膜。他人からは見抜けない本心である。


「知ってる? 女性って腋毛が生えるんだよ」

「ええ? 嘘だあ」


 焚火を見つめながら、寿々木がぽつりとつぶやいた。

 半信半疑なのは名無である。彼は女性に夢見がちな童貞である。

 女性のお尻の穴も花の香りがすると本気で信じているようなマンモーニだ。

 女だって尻穴の周りに毛が生えるんだぜ?

 伊東や早河と同じように。


「腋毛どころじゃない。すね毛も生えるんだ」

「そんなの男と一緒じゃん。気持ち悪っ!」

「親戚の叔母と一緒にお風呂に入ったときにね。あれは小学校高学年くらいだったかな。その叔母は結婚してなくて、ずっと独り身だったんだ。彼氏が一度もできたことがなかった。身体を洗うおばちゃんが腕をあげたら、そこは真っ黒な茂みになってて」

「うわぁ……」

「まあババアなら仕方なしww」

「あ、ごめんね、処理してなくて、って言いながら剃刀を出してきて、泡立てた石鹸を塗ってジョリジョリと」

「伊東氏くらいもじゃもじゃだった?」


 名無が水を向けると、伊東は速やかにシャツをまくり、力こぶと一緒に脇のもさもさも見せてきた。

 喋らないが、ノリはいい。


「さすがにそこまでではない(笑)」

「成年誌であえて熟女の腋毛だしてくる本あるよね。倒錯的なフェチというか」

「げぇぇ???」


 田児の所蔵する本棚には、もちろんこういった本が隠れて並んでいる。名無はフェチ系に疎いので、フィクションだと思っている節があった。

 寮長にバレたら没収&罰則間違いなしなので、カバーを替えてうまく隠している。


「僕は見たことないなあ。興奮するもんかね? 田児ちゃん、今度見せて」

「いいよ。その代わり綺麗に使ってね? ナニとは言わないけど、汚したら罰金一万円だからね?」

「へいへい」


 寿々木はこのパーティで部長と呼ばれ、リーダーを任されていた。

 人に頼られることには慣れていた。小中学校では委員長と呼ばれた。そうあるべしと人が望むような姿を体現してきた。

 自らの異常さをひた隠すための隠れ蓑にして。慣れてしまえばそれもまた自分だった。


「俺は叔母のムダ毛処理見て思ったね。綺麗なものにも汚い部分はある。そこに本当の魅力があるんじゃないかと」

「頭おかしいひとがここにいますよーっと」

「歪んだ性癖の芽生えを見てしまった……」


 しかしそれがここにきてひび割れ始めている。

 迷宮へ潜り出した頃から、少しずつ自分の中で求めていたものが輪郭を伴い始めた。

 自分という殻がひび割れて、内側から猥雑で醜悪な顔が覗いている。

 人型の魔物に槍を叩きつけ、脳髄を割ることへの開放感。


 生き物を殺して攻略していくという環境が受け入れられずに辞めていく同級生を何人も見てきた。

 それもまた、人間の在り方なのだと思う。

 車に轢かれた動物を見て、嫌悪するか、可哀想と思うか、死骸に興奮するかはそれぞれの自由。

 そう、自由だ。

 寿々木は迷宮という非日常で、自由を手に入れた。


「ここは楽園のような場所だよ」

「虫がいっぱいいるここがぁ?」


 早河がうんざりした顔をしている。朝から巨大化した虫の魔物を相手にしてきたからだろう。

 ここのエリアをピンポイントにいいと言いたいわけではないが、否定する気は起きなかった。広い目で見れば、あちこちで虫が湧くこの場所すら居心地がいいのだから。

 また明日も触手狩りである。







「広がって的を絞らせないように! 全体攻撃あるよ!」


 使役するデスマンティスの両鎌が素早く動き、ねばねばの触手を切り刻んだ。

 カマキリのような見た目で、切断系攻撃を繰り出している。

 二メートル以上もある体高は勇ましいが、正面のボスクラスの魔物と比べるとやはり見劣りしてしまう。

 一応戦闘を重ねて鍛えており、使役している魔物の中では触手とは相性がいい。

 いまは距離を置きつつ触手を切り裂いているが、一度でも足を絡め取られればあっという間に巻きつかれて絞殺される。

 《調教師》の能力で順化させた魔物は、召喚獣としてスキルスロットをひとつ埋める。出し入れ可能だが死亡するとスキルスロットから消滅する。だが、冒険者と同じでレベルも上がるしステータスも強くなる。

 しかしスキルスロットは基本的に、いちジョブにつき、三つしか枠がない。

 《魔札師》の能力はモンスター撃破時に確率でカード化した魔物がドロップする。こちらはいくつでもカードを手札として持っておけるし、〈顕現(リアライズ)〉のスキルさえスキルスロットに入っていればカードから魔物を呼び出し戦わせることができる。

 カードの魔物を殺されてもカードに戻るだけだが、こちらは手に入れたときのステータスから変動することはない。


 〈調教Lv.56〉

 〈デスマンティスLv.67〉

 〈ブラッドオークLv.72〉

 〈空きスロット〉

 〈顕現〉

 〈アイテムボックス〉

 

 念のために空きをひとつ作っているので、《調教師(トレーナー)》として懐柔できれば、白ローパーを入手した暁にはここに収まることになろう。

 楽しみである。

 先にカード化することもあるだろうが、それでもいい。

 白ローパーはイソギンチャクのようなシルエットだが、全体的にタールのような黒ずみの肌をして、触手のみが真っ白である。先端からこぼれる粘液も白く濁っている。


「なんだか栗の臭いがしそう」

「おいやめろ。思ってても言わないのがマナーだろ」


 ぬらぬらと体液がこぼれ落ちる。白ローパーは山肌のくぼみにできた泉に根を張っていた。その泉は体液が滲みだしているのか、白い体液に反してコールタールのように黒く濁っている。

 触手を何十本も伸ばして絡め取ろうとしてくるが、基本的に間合いから距離を取れば攻撃してこない。

 それは逆に言えば、二階建ての家くらいの大きさで、近づくものを容赦なく攻撃してくるということだ。間合いが広すぎて接近戦はかなり厳しい。

 しかしこういうときに頼りになるのが伊東だった。

 触手の軌道を読み切ってムーンウォークで避けながら、くるっと一回転して手元のダガーで触手を切断する。動きに無駄が多いが、どこか洗練したものも感じさせるという矛盾。おぎゃーと産声を上げるより先に静止(ロック)して助産師を驚かせた男である。 

 自然、触手のすべてが四方八方を塞ごうと伊東の行く手を塞ぐ。ステップを踏んで下がろうにも、足下に忍び寄る触手があった。

 伊東はフッと笑う。本望と言わんばかりの顔でポーズを決める。

 しかしその横合いから音もなく飛び出し、伊東に伸びようとしていた触手をまとめて断ち切った。

 名無が縦横無尽に動き回り、攻撃の手となる触手をことごとく切り捨てていた。《神速業師(トリックスター)》のジョブは伊達ではない。

 ただ足場が悪いので、着地に失敗して山肌を転げ落ちることもしばしば。水場に足を滑らせて白ローパーの黒い体表に頭から突っ込み、危うく窒息死しかけたアホウである。


「触手斬ってるだけで体力削れるの?」

「本体がでかすぎてちみちみ削っても倒せないだろうな。できればでかい攻撃を当てたいところだ」

「対ボス戦の一撃必殺を叩き込んで速攻したいわ」

「できるだけ早めに戦闘の最適化を組まないとね。これから何十戦もするんだから」

「もしくは何百戦?」


 げんなりな顔をするのはいつもの名無である。彼は周回作業が得意ではない。

 伊東は淡々と戦闘を行い、黙々とステップを踏むだけで文句を言ったこともないというのに。というかまともにしゃべったことがない。


 今回の目的は色違い白ローパーの入手である。

 所属パーティが魔物を倒したとき、低確率で魔物がカード化仕様。これが《魔札術師》がラストアタックのみ発動するスキルであったら、難易度はかなり上がっていたところだ。

 基本的にカード化は数パーセントの確率である。

 パーティ効果は何気に有用だった。


「ハム氏の水精霊は使えない?」

「タールのような水でも水精霊っているの?」

「うむ、呼吸困難でいまにも死にかけな精霊がいるわな」


 キリッとキメ顔を作り、顎肉をふるんと震わせるハム氏こと早河。

 ハーフエルフなのか、ハムエルフなのか、判断に迷う姿だ。

 かの美貌はドラム缶のような体型で相殺されているが、ハーフエルフの能力的にはエルフの《精霊術師》の下位互換で、一系統のみの精霊使役が使える。

 これがなかなかエグく、水場ならば水を自在に動かすことができる。


「触手を抑えてからの水精霊でトドメ、行ってみる?」

「水精霊にそこまでのパワーがあるかどうかわかんねww しかも何回も使えるもんでもなし」


 早河は水入りのペットボトルを二本持ち、これで仕留めるのだと言わんばかりにポーズを決める。

 《水幻術士(アクア・コンジュアラー)》だが、念のために攻撃魔術をひとつだけ用意していた。

 ペットボトルの中身は早河と親和性の高い水精霊が入っていた。

 外の水精霊を使役するより、すでに手足のように操れる水精霊を介したほうがパワーも上がるというからくりである。

 ちなみに田児の持ってきた小銃は白ローパーに致命傷を与えられず、無駄弾を考慮して早々にしまわれた。


「がんばれー」

「あんまり長引かないように済ましておくれ。リポップを考えると戦闘にあんまり時間は割けられないからね」


 田児と筱原のふたりは戦闘に参加せず、陣地で観戦を決め込んでいる。戦闘職ではないので仕方がないが、ふたりで対戦カードゲームを始めているのはいかがなものか。一応銃座を作っており、周りの警戒をしているのだろうが。


「じゃあ、一斉に触手を切り刻んで、禿げ山にしたところに早河が仕留めるよ。タイミングを合わせて」


 デスマンティスが左右に身体を揺らしながら寿々木の合図を待っている。

 名無は少し離れたところからしゃがんで溜めを作っていた。

 伊東はのらりくらりと触手を躱して注意を引きつけていた。

 早河はとぽとぽとペットボトルの水を地面にこぼしつつ、目を閉じて呪文を唱えている。

 そして少し離れたところで「ボクの勝ち~!」という暢気な声が聞こえてきた。田児うるさい。


「やれ!」


 号令一下、電光石火のように全員が動いた。

 頂点の触手は名無によって伐採され、正面は伊東が切り払った。

 デスマンティスが飛び上がってかまいたちを飛ばし、伸びていた触手があらかた地面に落ちた。


「『やってやる』と心の中で思ったならッ! そのときすでに行動は終わっているんだァァァッッ!」


 その瞬間を狙って早河が吼えた。操る水精霊がスライムのように動き、黒い泉に溶け込むと一瞬にしてローパーを内側から串刺しにした。

 内側から飛び出す黒いトゲに貫かれ、ローパーは絞り出すようなキリキリ声を発した。

 そしてゆっくりと溶けていき、動かなくなった。

 地面に溶けていって、最後に残ったのは、鈍色の魔石だけだった。


「さあ次の階層にいこう。戻ってきてまたローパー狩りだ」


 一回で手に入るとは思っていない。こういうのは根気が大事だ。

 ローパーを手に入れた後のことを思い、寿々木は口元がにやけるのを止められなかった。







 ローパー入手は苛烈を極めた。

 同じことの繰り返し。

 山頂へ上って次の階層へ進み、すぐに戻ってきて山裾を降りる。

 誰かひとりでも死に戻りすれば戦線を維持できないストレス下で、ただひとりやる気を漲らせている。

 熱意の落差に浮いていると気づいているが、このチャンスを絶対に逃すまいといつも以上に無理を強いていた。

 そんな中、伊東に新たな力が開眼していた。

 空中を踏みしめて跳んでいるのだ。

 《軽業師(アクロバットマン)》と《舞踏士(ダンサー)》のジョブを持っていた伊東だが、いつの間にか《軽業師》が《宙遊師(スカイウォーカー)》という聞いたこともないレアジョブに昇格していた。

 本人が何も言わないので、名無が食事中に「なんか空中歩いてなかった?」と尋ねたところ、「ジョブ、進化した」とぼそりと答えた。口調とは裏腹に、拳はぐるぐると顔の横を回っており、伊東は話せた嬉しさを表現していた。不器用な男なのだ。

 上位職へのレベルアップは、条件を満たした上で、校内の食堂に併設された転職屋で転職を行う。本来なら《軽業師》から《大道芸人(パフォーマー)》とか《妙技師(ヴィルトゥオーソ)》が有名だった。

 戦闘技能、レベル、条件達成が重なれば、通常ランクアップする方向性とは別の昇格先が現れるという。


「ハーフオーク族が空を翔る姿に違和感ぱねえっす……」

「空中でムーンウォークをやる意味あるかい?」

「無重力で踊ってるように見えるよねー。あれって落ちないのかな。ボク怖くてできないよ」

「何言ってんだ愚民ども。その目は節穴か。飛べない豚はただの豚。あれは空翔るオーク、オーク・スカイウォーカーやwww」


 「フォースを信じろ」と早河が力説するものだから、そういうことになった。

 今日から伊東のあだ名がオーク・スカイウォーカーである。


「ウォーカーでもよくない?」

「それってゾンビ映画にいたよね。そうなるとウォーカーに近いのは筱原じゃん」


 土気色の肌に骨と皮だけの見た目の筱原は、リビングデッド族と呼ばれている。

 決して死んでいる訳ではないが、体温は低いし、死体に近い見た目なのは間違いない。


「別にウォーカーって呼んでも良いけど、ゾンビと間違って私を攻撃したら噛んでやるからな」

「その場合って感染するの?」

「噛まれてみるかい?」


 筱原がにたりと笑い、田児が震え上がった。








「……はっ!」


 どれくらい時間が過ぎただろうか。

 休憩中、寿々木はふと我に返った。

 我に返ってしまった。

 そうして周りを見ると、ぐったりと壁にもたれかかる伊東だったり、死んだように眠る名無だったり、いつもの口調にキレのない早河と、うつらうつらする田児、お気に入りのフラスクボトルを煽ろうとして鼻の頭にかけてしまっている筱原がいる。

 仲間の疲労感が濃い。


「あれ、俺またやっちゃった?」


 陥るのは自責の念。普通であろうとして努力してきた、いままでの自分が水泡に帰してしまったかのような。


「ああ、みんな、ごめん。無理やり付き合わせて……」


 ローパーを手に入れたいがためにすでに八十回以上も繰り返し討伐している。

 もはや後戻りできないところに立っている。ここで諦めては本当に徒労に終わるし、かといってこれ以上付き合わせるのは仲間の心がすり減ってしまう。


「なに? 部長、急にどうした?」


 目を擦りながら名無が起きる。


「寿々木がやっと我に返ったみたいだぞww おかえり、糞喰らえな現実へww」

「我に返るってレベルのトリップじゃなかったでしょ。もうかれこれひと月も触手ばっかり狩ってて、全身ベトベトだよ。さすがにお風呂に入りたいね」


 早河と筱原の皮肉が胸に突き刺さる。


「俺がローパー手に入れたいがためにみんなを巻き込んで、本当にごめん。無駄な時間をかけてしまった」

「何が無駄って、その悩みそのものじゃねww」

「確かに」


 おおむね仲間たちは早河に同意して頷いていた。

 それでも一匹のモンスターを調伏、あるいはカード化するために、何十回も、ひどければ百回を超える討伐に付き合わせているのだ。


「無駄なことなんて何ひとつないでしょ。部長の戦力強化のために頑張ってるんだから」

「他にもレベルアップにもなるし、空き時間でダンスの練習もできるし、自主勉強だって捗るし。なにより伊東の進化ジョブの慣らしに最適じゃない」

「……(ぐっ)」


 伊東は力こぶを作り、口端だけにやりと笑って見せる。


「いちばんはさ、こんなに濃厚な高校生活送る学生って滅多にいないよね、ってことじゃないかな。僕ら、圧倒的に充実した青春送ってるよ」

「色なしの灰色な件についてww」

「あとみんな、臭いがひっどいことかな。くっせー青春もあったもんだよ」


 頭をボリボリと掻きながら、名無が肩をすくめて見せる。

 迷宮内でひと月過ごそうが、現実世界では一時間も過ぎていないのだ。

 迷宮内で筋トレして付けた筋肉が戻ってしまうという笑い話もあるが、たった三年という短い高校生活に比べ、迷宮では途方もない時間を共有する。

 確かに、そこらの高校生に比べて青春の時間は濃密で長かった。


「オレたちのチームならッ! あともうちょっとで食らいつけるってところで決して諦めたりはしねえッ! たとえ腕を飛ばされようが、足をもがれようともなッ!」

「いや、ハム様、そこまではちょっと……でもやっぱりさ、ちょっと欲張りのほうがここではうまくいくよ。でしょ?」

「ああ……うん、そうだな。ローパーを手に入れるまで、頼りにしてるよ、みんな」


 焚火がバチッと爆ぜる。

 不思議と暖かい空気に包まれ、寿々木は下を向いてそっと笑った。

 寿々木は車に轢かれた猫を思い出していた。

 あれは自分であり、仲間であり、迷宮で襲い来る魔物たちだった。

 死ねば肉塊。

 その事実に、母親は目を背けた。

 普通の人は目を背けるだろう。

 しかしここでは、とても身近で、隣り合わせのもの。

 死を感じるからこそ、生きていると思える。

 それだけではないが、すとんと胃に落ちるものがある。


 『フガッ』と眠たそうに漏らした田児の鼾すら、青春の一ページに感じた。その後に田児の方からプスッとガスが抜ける音が聞こえて、あまりの臭さにみんなが悶えた。全然青春じゃなかった。








 それは入学する一日前の話。

 寿々木はたくさんの荷物を持って寮を目指していた。

 学校の敷地まであと少しのところで、突然、人気が消え失せたように感じ、そして話し掛けられた。


「ちょいと待ちなされ、若者よ」

「……えっと、俺ですか?」

「そう、そなたに話しかけておる」


 そこに老婆がいたことにも気づかなかった。普段人の視線は嫌というほど気にしている寿々木だが、老婆には気づけなかった。

 それだけで警戒心が高まる。


「ふむ、そなたは二面性を持った特殊な人相をしておるのぉ。水晶にもはっきりと出ておる」


 頭の上に乗った水晶のことだろうか。突っ込んだら負けだろうか?


「己が世界は確立しており、他者を必要としておらぬようじゃ。それでよしとして理解者を求めず、周りを鬱陶しいものとして見ている。じゃから傍に置くものは、必然と文句をつけない輩になる。とても消極的なものじゃな」

「まぁ、確かに。そのとおりですけど」

「求めるものはすべて迷宮にある。そう、おぬしの選択は間違っておらん。ここにはそなたの求めるものがある。だが、注意が必要じゃ」

「注意?」

「そなたには常に危険がつきまとっておる。ある境界を越えた瞬間、すべてが水泡に帰すじゃろう。そなたの人生とは、泡沫のように曖昧で脆いものじゃ」

「曖昧ですか」

「闇を覗きすぎるでない。戻れなくなるぞい。おお、こんなにも深い心の闇はわしも初めてじゃ。恐ろしい子どもじゃ。その闇はさぞ心地よいじゃろうて。しかし、人間でありたいならブレーキが必要じゃ。まるでホラー映画のハ○ター博士じゃのう」

「別にム○デ人間作る気はないんですけど」

「似たようなもんじゃて。とかく仲間の言葉には耳を貸さねばならぬ。どれだけ落ちようと、聞く耳を失ってしもうたらおしまいじゃ。そなたは仲間と思っていないかもしれんが、傍にいてくれるのは仲間じゃ。心して認めよ。境界を誤ればなにもかも失うのう。ゆめゆめ忘れぬことじゃ。薄氷の上に立っていること。人としてありたいのならば、超えてはならぬ境界は常に己が足下にある。そこを越えたければ越えてしまえるが、しかしその瞬間、己が存在は平穏の中には許されぬ」

「それを聞いてむしろわくわくしてきましたよ。迷宮学校、楽しみだなあ」

「まあいい。そなたを止めるのは仲間の役目じゃ。要は本能的に求めすぎぬことじゃのう。チョコが好きでも主食で食わんじゃろ。ほんの小腹を満たす程度でええんじゃ。そなたの趣味は息抜きのチョコでええ。それしかない。うむ、それしかないのじゃ」

「……はぁ」


 曖昧に相槌を打ってはいるが、内心では冷や汗が止まらなかった。

 どこまで知っている? という疑念ばかりが頭に浮かぶ。こんな路上でいきなりひた隠しにしていた本性が筒抜けになるとは誰が思うだろう。

 始末するべきだろうか。しかし老婆をどこに隠せる?


「目が殺気立っておるぞ。老い先短いババの残りの楽しみを奪わんでおくれ」


 殺気が出ていただろうか。それをさらりとかわす老婆も相当な胆力である。


「もうひとつ助言じゃ。この世界には秘宝というものがある。たった六つだけ存在し、所持者を強烈に引き寄せるアイテムじゃ。このアイテムを持つものたちに包み隠さず話すがよい。他のものよりも受け入れてもらうことができるじゃろう。ただし、おぬしの中の衝動を飼い慣らしているうちは、じゃ」

「……いきなり言われましてもね」

「仲間が猫の死骸と同じようになったとき、笑っていじくれるのがそなたの本性じゃ。ゆめゆめ、ゆめゆめ人としての感性を手放すな」

「そんなに念を押さなくても……」

「誰に何を言われたところでそなたの心には響かぬ。じゃが言わずにはおれん。このアイテムは、そなたの趣味を少しでも理解する同志を見つけるために、いい手がかりになるじゃろうのう」


 懐から何かを取り出したのが見えた。

 布だろうか。


「ゆめゆめ忘れるでない。これはきっかけにすぎぬのじゃ。しかし仮初めでも、そうあろうとする心がそなたを人の形に押し留めるじゃろう。あと、闇討ちを考えているならやめておくことじゃ。いまのぬしは、ほれ、鬼の目をしておるわ」


 老婆が視線を逸らす。その先にはひとの気配があった。人目につく場所だということを意図しているのだろう。


「…………」

「ほい、五千円」


 口封じもできそうにない。

 学生には少し高めの金額が、口止め料ということか。

 しぶしぶながら財布から紙幣を取り出して手渡す。それと交換でパーティグッズみたいな赤いマスクをもらった。

 こんなものが本当に役立つのだろうか?


「信じるものは救われる」


 突然宗教勧誘みたいなことを言い出す老婆が途端に胡散臭くなった。

 「まいどあり」とホクホク顔の老婆。

 その顔をじっと観察していたが、マスクを手渡されて顔を上げると、そこには最初から誰もいなかったかのように老婆は忽然と消えてしまっていた。

[陰キャメモ]

オタサーの姫…異性慣れしていない野郎の巣窟に女性がひとり。

ちやほやする男どもにより神格化され、姫となる。

姫の気を引こうとするあまり、野郎どもの間でギスギスし始め、友情関係の悪化でサークルが崩壊へと向かうのが定番。

姫がビッチだと奥手なオタクを手玉に取る18禁展開になる。

M男子かわからせかでその後の展開が分岐する模様。

主人公(オレ)にしか股を開かない清純少女が棲む清流にしか生息できないオタクは、複人数プレイ竿多めの淀んだ水では心をやられ窒息死する。

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