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迷宮高校の陰キャクラン  作者: 多真樹
第1章 陰キャなるもの
6/25

姫になる

「知り合いから面白い魔術薬を手に入れたんだ」


 放課後、部屋に戻ってひとりでビクビクしているところに寿々木が戻ってきた。

 開口一番浮かれた様子で寿々木が取り出したのは、ピンク色の液体が入ったペットボトル。


「名無の悩みを全部解決できるアイテムかもしれない」

「……え、なに?」

「いいから出て来いって」


 二段ベッドの下からゆっくりと這い出た。

 寿々木が差し出してきたペットボトルを見て、思わず顔をしかめる。

 スライムが入っているのか、絵の具を混ぜたような色。


「なんか毒々しくない?」

「いや、これさえあればいろんな意味でみんなが救われると思う」

「みんなって誰だよ」

「まあまあ」


 手渡されたペットボトル。たぶん元はお茶が入ってたやつの再利用。

 この魔術薬が誰かの自作という可能性が高い。


「これ、飲んでも死なない?」

「ちゃんと検証済みだよ。なんたって『魔女(ウィッチ)秘薬(エリクサー)』から独自に卸してもらったものだしね」


 学内でも有名なアングラ店である。確かに薬学系で有名なところからの入手となれば、信頼はあるが……。


「あれでしょ? 媚薬作って風紀委員に一斉検挙された。まだ活動してたんだ? しかも魔女とは名ばかりで、九割男子部員じゃなかった?」

「発明は欲求の果てに生まれるんだからいいんだよ。男子生徒の欲望が一滴の奇跡をもたらす」


 一滴どころか噴き出す勢いの白い液じゃなければいいんだけど。


「『秘薬』方々は風紀委員の目に留まらないために、いまも地下に潜って活動を続けてる。俺は凄い情熱だと思うけどね」

「あ、そっち絡みね」


 寿々木が足繁く通う地下街。学校の闇。様々な禁制品が取引される地下競売。

 アングラネットワークにいつの間にか精通している寿々木が持ってきた魔術薬。

 絶対にいいものではないけども……。


「心配かけて悪いね」

「いいさ、こっちも好きでつるんでんだ」


 静かに拳をぶつけ合う。仲間っていいなって思う瞬間である。


「んじゃ、いただきます」

「あ、飲んだ」

「飲んだってなんだよ」


 ゴクゴクと喉を鳴らして飲みましたよ。見た目はピンクだったが普通にリンゴジュースの味だった。どちらかといえばオレンジジュースの方が好きだ。しかしこの色にしてリンゴとか、絶対に想像できない。

 あ、なんだか喉が熱く……。


「おおい! なにのまぜだっ!」

「なにって……TS薬。疑似性転換魔術薬」

「でぃ、でぃーえず……」


 てぃーえすってなんだっけ? 頭が働かない。頭痛が激しくなり、立ちくらみがひどい。視界が白や赤に明滅して……。


「おお、聞いてた通りの効果。いや……これは、それ以上か?」

「なんの、ごうが、なん……」


 喉がおかしい。熱いのに冷たい。意味が分からない。

 自分が一度ぐちゃぐちゃになって、作り変えられるような最低な気分だ。

 気づけばベッドに突っ伏していた。

 不愉快な気分は抜けていつも通りに戻っている。

 顔を上げればにこやかな寿々木の顔。なんだか気持ち悪いくらいの笑顔だった。


「ど、どうかな? 気分悪くない? 水飲む?」

「飲みたい……喉がムズムズする」


 裏声が出てしまったのか、いつもよりハイトーンの声だった。


「……は?」


 いや、誰の声だよ。女の声がする。


「僕の、声、え? あれ? なんか女みたいな……」

「生きるってことは、変わるってことさ、名無零士くん……いや、七波レイ君」

「え……」


 寿々木はにちゃっとする笑みで手鏡を向けてきた。

 そこに映るのは、自分だけどどこか輪郭が柔らかくなった別人だった。額の角はいつも鏡で見る間違いなく自分のもの。一角獣の獣人だが、周りには鬼系のハーフだと誤魔化している小さな角。

 鏡に映る自分は、双子の妹よりも可愛い。母親の若い頃を思わせる少女である。ちょっと芋臭いので美少女には届かないが、磨けば綺麗になりそうな原石ではある。


「ごめんなさい。こういうときどんな顔をすればいいかわからないの……じゃないし!」

「ノリがいいね。笑うしかないと思うよ」


 おまえはニヤニヤしてますよねえ。

 このネギ星人の頭をXガンでぶっ飛ばしたい。


「女になるって聞いてない! そもそも女になれんの? いや、なってるけど! なんでぇぇぇ?」

「この姿なら面倒な連中の目を欺けるでしょ。TSドリンクの試作品があるって聞いて、もうこのタイミングしかないよねって思ったのよ」

「え、どうやって戻れるの、これ」


 体をまさぐれば、どこも柔らかい。胸なんて初めて揉んだ。あれ? 意外と大きい。

 そう言えば母親は結構あるよな。背が低いけど女性らしい体つきで、確かトランジスタグラマーだったか。

 シャツの上からでもわかるぷにっとした揉み応え。先端部分を擦ったらなんだか落ち着かなくなったので手を離す。

 なんだかドキドキする……かと思いきや、股間のイチモツも玉袋氏も行方不明。滾るモノがなくなっていた。


「しばらくしたら戻るってよ。半日か、一日くらい」

「その間どうすんの? 女の状態で過ごすの?」

「とりあえず……迷宮行こうぜ」


 すべてを棚上げしてさわやかな笑顔でサムズアップしてみせる寿々木。頭の植物を燃やしてやりたい。しかし結局のところ、変装ができればいいわけで、女になってしまえば斑尾も風紀委員長も気づかない。

 戸惑うことばかりだが、とりあえず支度をして、小一時間後に僕らはダンジョンホールに集まった。


「え? 女?」

「……………」

「誰?」


 パーティメンバーの反応が素っ気なくてむしろ笑えてきた。女子への免疫のなさがまるわかりで、事情を知る寿々木は明後日の方を向きながら笑いを堪えている。


「な、七波レイです。名無零士くんの代わりに参加しました」

「というわけなんでみんなもよろしく。仲良くしてあげてね」


 寿々木がさりげなく仲良しアピールのつもりで背中をさわさわ触ってきたが、触り方が妙に粘着質で鳥肌が立った。

 おまえ、中身が男でもいいんかい。

 そもそもどっちでも行けそうなタイプだった。植物人族って割とそういうところあるよね。いや、寿々木だけだ。


 特に説明もなく二十階層へ向かい、狐に抓まれた顔の仲間たちはただただついてくるだけだった。どんだけ女子に緊張してるんだよ、と思うが、僕も急に女子がパーティメンバーになったら緊張して喋れなくなるだろう。









 二十一階層サバンナエリア――

 わずかな灌木と日照りの強い大地が延々と続くサバンナエリア。

 ここは通称アニマルパークと呼ばれ、獣系の魔物が多く出現する。特に危ないのがヒエラルキーの頂点に立つ獅子系の魔物だろう。嗅覚が鋭く、性格は獰猛。群れで狩りを行うので、瞬発力が高いので狙われたら容易には逃げられない。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ここは平地なので、田児氏が出向する『黒神鉄(ガルバンバン)』謹製のジープに寿々木の運転で移動することになった。

 近づく魔物は田児の用意した猟銃で狩っていくアトラクションとなっており、ドロップ品を回収するのが手間くらいか。しかし道中はお通夜かと思うほど静かだった。

 もう正直に話しちゃってもいい気がしてきた。斑尾たちが目を光らせる寮を出るときも、ダンジョンホールの傍で風紀委員長をやり過ごすときもバレなかったのだから、目的は果たしたことになる。いつまでも緊張状態を続けているほうが気疲れする。

 寿々木はこの状況を傍観者として楽しんでいるのか、運転席でずっとニヤニヤしている。


 それに格好が問題だった。

 女子用の装備ははっきり言って健全なDT男子には目の毒である。

 露出が多いわけではないが、身体のラインが純真男子の想像力を刺激してよろしくない。自分でもそう思う。

 これでもDTどもを刺激しないよう、露出は顔くらいで、ぴっちりしないように気を使ったのだ。

 それでも女子という存在に、愛すべき仲間どもは恐れおののいている。ひとりにちゃついているのでぶっ飛ばしたい。


 寮の部屋で、衣装のことでも寿々木とちょっとした口論になったのだ。

 それまでの僕の格好は、夏休みの少年のような半袖短パン。胸当てなど最小限の防御は付いているが、基本的に避けゲーなので、装甲はほとんど紙。

 関節部はプロテクターで固め、脛はがっちりしたロングブーツというものだ。

 ただその恰好をすると、色々肌が見えてしまい刺激が強すぎた。

 「色気がない!」と嘆く寿々木は無視した。


 「女子用の装備品ないでしょ、これ着てよ」と寿々木に手渡されたのは、上下の赤いアーマーだった。

 広げてみると、ビキニアーマーに腰巻。肩と頭しか守られていないクソ装備である。

 寿々木に死ねと言っておいたが、投げ捨てる前にちょっと思案した。

 全裸になった自分、プロポーション悪くない。むしろグラビアかと思う。顔は……前髪が長くて、もさっとした黒髪。芋っぽいが顔を写さないなら問題ないだろう。

 プロポーションの優れた女体があって、コスプレ衣装もある。うむ。

 男に戻った自分が後悔しないために、ここで着ておいた方がいいだろう。洗面所で着替え、一応いろんなポーズで自撮りで撮影しておいた。女の子にさせてみたいポーズも余さず。鏡に背中を向けながら、振り返りざまのお尻を突き出すポーズが個人的に好きだ。

 もはや丸一日自撮り撮影会に励んでも飽きない気がしたが、外には寿々木が待っている。


 母の遺伝を引き継いだようなゆっさゆっさの乳房。百六十五と男子にしては低めだが、女子だとそこそこの身長になり、引き締まった腰やむっちりしたお尻がキュート。コスプレ衣装を身にまとうことで、新たな美しさも装備したかのようだった。紫のカールしたカツラがあればもっとよかったのに……。

 そんな感じで色々取り揃えていた寿々木には疑いの目を向けつつ、まだまだ着替えはあった。

 ビキニアーマーに着替えている間に部屋を出て、どこかから調達してきたようだ。

 もちろんやつにはコスプレ姿を見せていない。


 次の衣装は、白と黒の重ね着するへそ出し肩出しのトップス。サスペンダー付きの黒革短スカート。

 ナックルグローブまで用意する周到さである。黒髪ロングならさぞ似合ったことだろう。

 鏡に映る自分。サスペンダーで胸が寄せられ、白地のトップスが胸部の凹凸感を強調するというか。

 スカートも短く、足蹴りのポーズをしたら白のショーツが丸見え。下着まで用意する寿々木のこだわりに脱帽である。それを躊躇いながらもどこかワクワクしながら履いてしまう自分にも失望である。楽しいけども。


 こんなの正面で見せらたら最後、DTの股間はバスターソードになってしまう。誇張しすぎか。まあ、仲間たちはダガーサイズもあれば十分だ。

 よくよく見ればコスプレ衣装だが、どれもステータス補正や追加効果のあるれっきとしたダンジョン装備だった。

 衣装作りを嬉々としてやる職人がいるのは知っていたが、ネットで販売品しているような量産型の安物とは一線を画すクオリティだ。

 細部までちゃちさがなく、裏地までしっかりしている。使っている素材がいいのだろうな。

 趣味に本気を出す輩が多くて困る。いい意味で。


 趣味に全振りするやつが多すぎて、この学校の将来は大丈夫だろうか。

 そのうちアニメキャラのコスプレをして学内を平然と歩き、写真撮影がそこここで行われるかもしれない。

 東京のドームシティは、休日になるとそんな感じだと田児が以前言っていた。

 一緒に同行した早河もコスプレしたようだ。バスターソードを肩に担いだ金髪ツンツン頭の主人公で。タル体型が無理すんなよ、常考。


 自撮りに満足した次には、メイド服を着てみる僕。もはやノリノリである。

 オフショルダーで胸の谷間が強調されたセクシーなデザインは、ダンジョン用ではない。愛玩用だよな。着る前からわかっていたけど、着ないという選択肢はなかった。

 どこもかしこもフリフリのレース付き。自然に膨らみを持つスカートは、丈が膝上短めなのも二次元メイドなればこそで、屈めばバッチリお尻が見えた。膝を曲げずに屈んだときのチラリズムが鼻血モノである。

 分離した黒袖を通し、右目ぱっつんの青ボブカツラを被れば、どこに出しても恥ずかしくない双子メイドの片割れだ。角生えてるからちょうどいい。


 盛らずしておっぱい大陸ができてしまうのが感動である。コルセットで下から持ち上げているせいもある。

 こんな女の子を彼女にしたい。でもこれ、悲しいけどあたしなのよね。鏡を見て涙が出てきた。


 双子の妹がこの胸のボリュームで童顔だったら人気もあったろう。しかし現実は残酷。最近は近くで見ていないが、顔はケバいし胸もお察し。なんであの母の血を引いてそのクオリティなのか。まあ、可愛くなさすぎて誘拐されないのだから良しとしよう。


 そんなこんなでひとり撮影会を堪能した後、最後に選んだのが全身黒の露出の少ない衣装だ。

 なんでこれがと思ったが、着てみると納得。現実世界にラグがあるMMOのチーター剣士の衣装だった。銃の世界で女装剣士をやる回だ。胸当て以外はコートまで黒である。まあこれがいちばん露出が少ない。

 というわけでこれを着て洗面所から出たところ、寿々木に大いに失望された。これ以外は外歩けねえよ。


 僕の格好はこんな感じ。

 なのに仲間たちの態度はつれない。

 伊東まで緊張して、いつもよりアップテンポでカクカクしている。


「ところでさあ、もうぶっちゃけちゃうけど」

「えー、言うの?」


 運転席からの不評は無視する。


「僕、性転換の魔術薬を飲んだ名無だから」


 事実が知れ渡った瞬間、僕はオタサーの姫になった。







「お腹空いてない? ボクチョコ持ってるよ。あ、お礼におっぱい見せてもらってもいい? 名無くんの生乳首が突然見たくなったんだよなぁ。デッサンするからさぁ」

「フハハ、魔物は我らに任されよww ナナナミ氏は大船に乗ったつもりでおっぱい出しておいてくれ給へww」

「……ふんふん!(にやり)」

「わー、すっごーい。君たちはキモオタのフレンズなんだねー。氏ねー」


 急に距離が近くなって気持ち悪さが普段の十倍増しである。


「みんなそんなあからさまじゃあ、レイ氏が見せたくても見せられないだろう? こういうときはね、日差しが暑くて大変だ、ほら、汗かくといけない。シャツをめくって」

「見せねえから。直球でクソだなおまえ」


 姫のような扱いでちやほやしてくれるのはいいが、僕が女になっているとわかった途端、その理由も一切聞かず、気易い感じで欲望が駄々洩れなのはどうなの?

 ノクターンならTSF物語になっていたことだろう。

 友人の棍棒を咥えるのは田子作氏の作品の中だけで良い。

 それに、迷宮で破けた処女膜は、迷宮を出れば何事もなかったように戻るというし。


 以前、レイプ問題を起こした獣人系のクランがあった。

 女の子を迷宮に連れ込んで無理やり……。

 胸糞悪くなる事件だったが、性犯罪者どもが風紀委員に御用となってからは、その後の姿を見たものはいないし、クランは跡形もなく抹消されていた。

 この学校、闇も深いが、正義の方もちょっと果断すぎる気がする。


 とはいえ、うちのパーティができることは、おっぱい見せてとお願いするくらいだろう。

 実力行使できる勇気があるのなら、今頃彼女だってできている。

 ヘタレの集まり。愛すべきDTども。ギラギラしたエロい目をしてるくせに、身の危険をこれっぽっちも感じないので逆に笑えてくる。


「お、笑った?」

「この俺様が笑わせたんだww おっぱい見てやってもいいぞww」

「頭の中ち○こでできてんの? いい加減うんざりなんですけど。このクソ陰キャども」


 凄んでみせたら言うこと聞くかなと思ったら、「ち○こだって」「ち○こ」「女の子の声でち○こって」と何やら反芻しており、股間をもぞもぞ居心地悪そうにしているではないか。高校男子は頭に精子が詰まっているに違いない。


 その後の迷宮攻略は順調。なにせ特段手こずるようなレベルではないから。本当なら四十階層くらいに挑める実力はあるのだ。それをしないのは、余裕のある時間が送れないから。上に行けば行くほど、身を削って進まねばならないほどに危険が跳ね上がる。

 何事も楽しくやろうというモットーなので、仲間のジョブやスキルが十二分に過ぎるほど成長してから先へ進むと決めている。それに、このエリアでしか出ない特殊なレア魔物もいたりして、そういう特殊個体を探して探索するのも楽しいのだ。クラン『解析(アナライズ)』に未確認情報を売ることで稼ぎにもなると寿々木が言っていた。


 陽も暮れると、探索という名のドライブも終了である。

 夜中に爆走するほど死に急いではいない。夜中の方が獣系の魔物が活発化するというのもある。

 筱原が《土魔術師(アース・ウィザード)》の〈土成構築(アースビルド)〉で寝床を砦化する。迷宮内は滅多に環境が変わらないが、雨が降らないということもないので、一応の屋根は必要だ。夜中に獣が忍び込まないように、空気穴は小さく、扉もきっちり閉まるようにドーム状に作る。

 空から魔物が襲ってくることもあるし,、起きたら隣で寝ていた早河だけが引きずられた痕跡とともにいなくなっていたこともあった。見張りはひとりでも立てておこうという教訓だ。


「ふひぃ、魔力切れだ。私はもう休ませてもらうよ」


 筱原が干からびている。元から骨と皮のスネ夫くんだったが、魔力が枯渇して顔が痩けて青白くなると、余計にミイラっぽい。しかし仕事をきっちりとこなしてくれており、雑魚寝するための大部屋に、テーブルと椅子まで用意してくれた。

 田児が取り出したカンテラ似の照明を部屋のあちこちに配置すれば、サーカステントのように広い空間の出来上がりである。

 伊東なんかは、早速足元を均して踊り始めている。

 今日の食事当番は僕だった。

 いつもは出来に文句を言うくせに、「女子が作ると愛情がこもっててうめえな」と口々に言い始める。誰も込めてねえ。


「しかしあの黒ネコちゃんが嗅ぎ回ってるのウザいな。パーティに女子が増えるならそれもいいかもって思うけど――」

「良くないよ!」

「――尾行するんなら敢えてつけさせて、こっちで叩こうぜww」


 早河がむっちりした手のひらにぱちんと拳を叩きつける。リアルの学生生活ではちょっと肩身の狭い僕らだ。迷宮内でオーディエンスがいない中で、心を折ったほうが楽っちゃ楽である。

 ちなみに早河と田児と筱原は、携帯ゲーム機を持ち込んで各々座り込んで対戦していた。オンラインだと電波が通ってないので、通信対戦である。


 寿々木は見張りで外にいた。

 伊東は振付の練習。僕もそれに倣うが、踊っているとチラチラと視線を感じた。

 それもそのはず、運動中は汗をかくから、寿々木から渡された白と黒の重ね着するへそ出し肩出しのトップスに、スパッツと短パンの重ね履きだ。

 女性の体だと大きく動くと胸がきついが、白黒のトップスが思ったよりもしっかり締め付けてくれた。ちなみにブラはしていない。仕方もわからない。

 伊東は部活動でも見慣れているからか、割と踊りに集中してスルーするのに、ゲーム勢のエロい視線が胸に集まっているのがわかる。可愛い女子って視線に敏感で大変だ。


「今回はエリアを特定されても、追ってこれないだろうね。車で二階層も移動しちゃったから」

「そのうち車で移動できないエリアに当たるさ。むしろそっちの方が多いし」


 普通は数日掛けて下層へ至る階段を見つける。

 しかしこちらは四輪駆動車を乗り回し、浅い階層をたった数時間でサクサク進むので、向こうが追いつこうにも徒歩では不可能だ。

 ただしそれは今回に限ったことで、坑道や山道、渓谷や熱帯雨林なら機動力は活かせない。


 いまのところ斑尾は、寮や教室で衆目を集めてまで捕まえようとはしていない。話が大きくなる前に自分たちでケリを付けたいとか、そんなところだろう。

 風紀委員長がときどき二年の階に現れるので、無茶ができないというのもある。

 彼女の方は個人的な用事らしく、部下を使って僕を探そうとはしていない。逃げるのは得意なほうなので、寮では斑尾から隠れてやり過ごし、教室の休憩時間などは気配遮断することで、いまのところ平穏に済んでいる。


 となると、いずれ迷宮で襲撃してくるだろうというのが僕らの結論だった。今日も監視の目があったし、女子になって誤魔化さなければ、絶対に同じエリアを特定したと思う。見つかったところで、今回は田児の車で爆走ブッチだったが。

 そっちの方は向こうからやってくるまでお預けである。風紀委員長も迷宮までは追ってこないし。

 ところで、踊っていてひとつ思いついたことがある。


「ねえ伊東さんや、いまの僕で萌えプリ(※萌え萌えプリンセス、チャーミングウィンクの意)の振り付けやったら、すごくない?」

「……なん、だと」


 ハッと何かに気づいた顔をする。そして、ぐっとサムズアップする伊東。

 手元のスマホをいじってスピーカーからピンク色の曲を流す。


「録画はこの俺様に任せろww」


 早河が目にも留まらぬ速さで動画配信用のビデオカメラを手に滑り込んできて、ローアングルからのポーズを決めていた。ポーズはいらない。

 イントロからテンポを上げる。伊東と並んで指先までシンクロする。

 振り付けは完璧。

 腰の振りも男子高校生なら直視に堪えないが、JKなら?

 そう、JKが踊ってみたら?

 もはやそれだけで再生数を稼ぐのではないだろうか。


「あなたのハートにウインク❤ 撃ち抜くの♪ キュンキュン♪」


 女の子のハニーボイスを付けた日にはもう、早河が「うぉぉぉ」と熱狂している。それでも手振れを極力抑えるのはさすがだった。余計な声が入っただろうが。

 何曲か伊東と合わせて踊り、ときに田児や筱原、撮影係を替えて早河も参戦。


 全身に汗をかいた。

 このために僕は女の体を手に入れたのではないかと思う。完全にやり切ったものの顔をしているだろう。

 早河の撮影した動画を見て、また感動。

 センターに僕を捉えた動画は、伊東の繊細なパフォーマンスさえ霞む圧倒的な存在感があった。腰のくびれや品を作る姿が、想像の中のイメージを完全に再現している。


「……俺も女になろうかな」


 動画をじっと見つつ、ぽつりと零した伊東の本気具合から見ても、女子の肉体で踊ることの意味をひしひしと感じる。

 やばい、女子楽しい。


「みんなで性転換ドリンク飲めばいいんじゃね? 寿々木から大量に仕入れて」

「いや、それ無理。まだ販売していないやつをナナ氏用にちょこっと融通してもらっただけだから。人数分も揃えらんないよ」


 見張りからいつの間にか合流していた寿々木が力なく首を振る。

 そう、彼だって可能性について希望を見たことだろう。しかし現実に奇跡の秘薬が手に入るかといえば、別問題なのだ。そこはチャンスがあれば、という程度に留めておくしかない。

 いまのところ元『魔女の秘薬』のメンバーと親しいのは寿々木だけみたいだし。








 いま、猛烈にお風呂に入りたい。

 でもないんだよなあ、お風呂。

 田児の実力をもってしてもお風呂は用意できなかった。毎日身綺麗にするという習慣が男どもにないせいだ。

 僕もそんな彼らの一員なのだが、いまは無性に体臭が気になってしまうのは、女性の体になった影響だろうか。

 でもすっごい汗かいて、髪が額に張り付いている。


「それじゃ、ちょっと体拭いてくるから」


 ざわっと音が聞こえた気がした。先ほどまで一緒になって踊っていた伊東からも聞こえた。

 伊東はいつの間にか上半身裸になり、汗と熱気を立ち昇らせながら、こちらを向いて右左と胸筋をピクピクさせて何やらアピールしてきた。なんのアピールだ。

 女児アニメのテーマソングを熱唱していた彼らが、途端にソワソワし始めている。

 やだ、覗かれちゃう。


「覗いたら目を潰すから」

「覗きではなく堂々と見ればよろしいでしょうかww」

「よろしくねえよ、氏ね」


 早河はある意味清々しいクソ野郎だった。とんちをしてるわけじゃないんだよ。


「男なんだからいいと思うけどねえ。胸見られたって減るもんじゃないよ」

「そういう目で見られるってのがゾワゾワして気色悪いの」


 筱原もなんだかんだ見たいらしい。枯れているように見えるのは見た目だけだ。


「名無くん、お願いがあるんだけどいい?」


 そんな中、田児がおずおずと聞いてくる。


「あのね、ボク、エッチなマンガ描いてるじゃない? でも実は生で見たことなくって。ディティールがいつも甘いなって思ってたの。それで、次の作品の参考にしたいから、できたら乳輪を見せてほしいんだけど、ダメかな?」

「許可しよう」

「やったー!」


 「ええなんで」「田児だけズルいぞ!」「……(中指立てる仕草)」その他の反応はそれはもう酷いものだ。

 しかし敢えて言おう。田吾作(田児のペンネーム)様。貴方様の作品は、いつも楽しみに拝見しております。高校生の欲望の捌け口を、嫌がりもせず、陰部にかかる黒線もなく、次々に生み出してくださるその仕事ぶりにいつも感謝し、また発射しております。処女はあげられませんが、おっぱいくらいで参考になるのでしたら是非。

 というわけである。


 別室へ移動し、そこで上半身裸になって体を拭く。

 田児はスケッチブックを手に、脇を上げて胸の横を濡らしたタオルで拭う僕を観察し、ペンを走らせている。そこには汚いオスの欲望はなく、ただただ職人の目で見て、作品に昇華させようとする情熱があった。裸婦のデッサンもこんな感じなんだろうなと思う。

 僕の爆乳とピンクの乳首で良作が生まれるのなら、この身を捧げること惜しむまい。アータシさくらんぼを指と指でくいっと開いて強調してみせるファンサービス付きである。


 つぶらな瞳の田児にじっと見られて、なんだか体が熱くなってきた。

 いや、興奮しているわけではない。ピンクの毒々しい飲み物を口にしたときと同じ症状だ。

 目眩がして壁に手を突く。


「ナナ氏くん? 大丈夫? え、どうしよ」


 「どうしたどうした!」「なんだ大丈夫か!」「…………!」狙いすましたかのように飛び込んでくる野郎ども。

 しかし彼らは次の瞬間、がっかりしたため息を吐く。


「男に戻ってんじゃん」


 上半身裸の男の僕がいた。

[陰キャメモ]

名無のこれまで今北産業。

○一年時にチュートリアルを寿々木・田児とクリア。

○伊東・早河・筱原とパーティを組む。

○クラン『白蠍』に勧誘されて入部。パーティを抜ける。

○半年のブラッククランで心を病む。

○元のパーティに救い出される。

○母親がいつの間にか再婚して同じ高校に姉ができる。

○TS転換薬でメスになる。(←いまここ)

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