チュートリアル・ヲタ・デイズ
それから半年が経ち、一年生の十月。
寮生活にも慣れ、友人や知り合いも増えた。
老婆から五千円で買わされた運命に導かれし青マスクだが、赤マスクを持っていたのはなんと同部屋の同級生だった! ざけんな。
世界に六つしか存在せず、お互いを強烈に引き合わせるという設定はどこへ行った。
老婆が新入生にランダムで配っている説が強まった。
同部屋の男子の名前は寿々(ず)木慶介という。
カメレオンのような見た目の寮長に近い、目がぎょろッとした同級生だ。
頭がネギっぽいツンツン頭で、顎がちょっとしゃくれている。
ネギっぽいではなく、本当に植物人族のヒガンバナ科のネギ族であった。
体臭がちょっとネギ臭いが、ひと月も同室だと慣れるものだ。
先輩に有名なタマネギ男がいて、その名前が永沢というらしい。ネギ界のカリスマだと寿々木は言っていたが、心底どうでもよろしい。
いかにも神経質っぽいのは間違いではなく、自分の机のスペースを許可なく荒らされることを死ぬほど嫌がった。
自分の椅子に誰かが座るのも許容できないらしい。
パーソナルスペースがめちゃめちゃ広いタイプだ。
入学から三カ月ほど経った頃の話である。
お互い気安くなってきたかと思ってつい彼の勉強机の椅子に座ったら、そんなことはなかった。
烈火のごとく掴みかかられ、危うく首を絞められ殺されるところだった。
そういう人間もいるよね、とひとつお利口になった僕である。二度とパーソナルスペースは侵さない。死にたくないから。
かくいう僕もぐいぐい来られるのは苦手なので、適切な距離感は大事だなと思った。
普段は面倒見がいいので朝起きるのに助かっているが、肩を叩かれるたびに首を絞められた記憶がよみがえってビクッとしていた時期もあった。
「異色の高校に入ったらさ、人生何か変わると思ったんだよ……」
「十分変わったと思うけど? というか、これから変わると思うんだけど?」
独り言のような呟きにも生真面目に返してくれる。根は良い奴だ。物知りで、繊毛のようにいろんな分野に手を伸ばし、知識が豊富だった。授業のわからないところも教えてくれる。
彼は朝の出掛ける前に忘れていた歯ブラシと歯磨き粉をわざわざ準備して手渡してくれる。
顔を洗えばタオルも用意してくれる。
……ここまで献身的だと男好きを疑いそうだが、そういうわけでもなく、何かしていないと落ち着かないタイプらしい。
入られるのは嫌いだが、相手の懐に入るのは嫌いじゃないと。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? それよりちゃんと荷物のチェックしてよ。食糧、携行品、回復アイテム云々、薬草を常備してないと生徒指導の先生がうるさいんだから。〈アイテムボックス〉に全部入るでしょ。最初は自分で管理するんだからね。後で何か言われても、ボク知らないからね」
土気色のずんぐりした同級生の田児直文が頼んでもいないのに急かしてくる。
彼自身はリュックサックを下ろして何度目になるかわからないくらい中身の確認をしている。
プレッシャーに極端に弱く、その所為か心配性なのだ。
スキルの〈アイテムボックス〉を職業にしたみたいな《荷役》を習得しているため、本来なら彼がパーティの荷物を一手に引き受けるのだが、彼がダンジョンでやられると途端に立ちいかなくなるので、荷物管理はとりあえずそれぞれでしようということになった。
僕らは三人でパーティを組み、これから学校の進級課題に挑もうとしていた。
入学当初から異彩を放っていたこの学校の実践的な授業。
僕ら一年は十月を迎えてようやくこの学校の一員になれる。
球場が学内の敷地にあるのかと思ってしまうようなドーム型の建物には、僕らはこれまで見学しか許されていなかった。
僕らを含めて周りの一年生はみんなそうだが、コスプレのような武装でドームのエントランスへと足を踏み出していく。
腰に剣を下げたり、槍を担いでいたり、ローブ姿に杖なんかもある。
目を惹くところでは大きな両刃斧なんてあるが、あれを近くで振り回されたらたまったもんじゃないなと思う。
僕は腰に短剣を提げていた。
寿々木は丸盾に長剣。田児の武器は細剣のみだ。
あまり前衛に向いてないパーティなのだが、寿々木がとりあえずのタンク役を買って出てくれた。
さすが責任感のひと。
一年が同じような格好なのは、売店で販売している初心者応援パックの共通アイテムであり、安価で大概の生徒がまずそれを購入するからだ。
防具なしの肌着もちらほら見受けられるが、担任からは「格好悪いから防具を付けないという考えは下の下、痛い目を見たい方だけどうぞご勝手に」と意味深に言われており、僕のクラスの生徒はほぼ購入している。
なにより実感がこもっていて、鼻で笑い飛ばす気になれなかったのだ。
「みんな覚悟はいい? 最初は三日くらいで戻ってくるからね。欲を出して死ぬのはごめんだから」
「死ぬ覚悟なんてできてないよ。できるわけもないし」
「でも慣れないといけないんだよね。ボクお腹痛くなってきたよ」
「トイレ行ってからにしよう」と寿々木が提案すると、お腹を押さえて田児が男子トイレへ駆け込んでいった。
格好がつかないが、つける格好もなかった。
なぜなら僕らはクラスでも陰キャに分類される面子だから。
隅に固まる僕らの横を颯爽と素通りしていく体育会系の見た目の同級生たち。
肩に担いだ槍が見栄えするのもさることながら、男2女1のパーティであることも驚きだ。
「初挑戦で十階層まで踏破してやろうぜ」と会話が聞こえてくる。
担任からは「食糧の残量を気にしつつ、戻る選択肢を選ぶのも勇気」とアドバイスをもらっている。
一階層から出入りするか、十階層のフロアボスを倒して戻ってくるかの二択しか、生きて迷宮を出る術がない。
あるいは全滅して死に戻りするかだが、最悪な死に戻りの仕方として、食糧が尽きて餓死することを担任はそれはもう恐ろし気に語っていた。
ひと思いに魔物に殺された方が楽とまで言わせる実体験が、僕らの想像を否応なくネガティブな方向へ膨らませてくれた。
「……向こう見ずなやつがパーティじゃなくてよかったよ」
「僕も言われなければ突破目指してたかもしんないな。寿々木が慎重派でよかった」
「組む相手を替えようかな……」
「えー、今更」
生来の楽天的な思考の所為である。
思慮深い寿々木や臆病な田児に引っ張られるようにしてパーティの方針を決めるが、あんまり我を通すほうでもないのだ。
田児がハンカチで手を拭きながら戻ってきた。すっきりというより、キレが悪かったような、モヤッとした顔をしている。緊張しているのか、無駄にそわそわしていた。
僕らはようやく、パリピたちが先陣切って潜っていった異空間へつながるゲートへと、覚悟を決めて踏み込んでいくのだった。
代わり映えのない坑道の一本道をひたすら歩く。
エンカウントしたいわゆる『魔物』というやつを、三人でボコる。
自分たちと同じくらいの身長の骨がカクカクしながら向かってくるのは正直ホラーだった。しかし意を決して立ち向かうと、ひと蹴りでボロボロと骨格が崩れるほどに弱かった。
二度目からは気味悪さが残るものの、あっさり慣れた。倒した魔物はそのまま残らずすぐに消えるのがゲーム感覚で気楽だ。
「具体的には人生に色がないんだよなあ」
「いきなりなにさ」
ぽつりと呟いた僕の愚痴を、骨の落とした魔石とともに寿々木が拾う。
「少人数でパーティ組むなら女子と仲良くなれると思って」
「諦めろ。最初は男子同士、女子同士で組む方が多いだろ」
僕らより先に意気揚々と迷宮へ挑んだ男2女1のパーティを嫌でも思い出してしまう。
寿々木も田児も女子にモテるような見た目ではないから、男で固まってしまうのは否めない。
だからなのか、なおさら女子と組むパーティを想像するのだ。ただし誘う度胸はない。
「そもそも気を遣うから俺は反対だな」
「ボクも気軽にうんちできないと便秘になって気疲れしちゃうよ」
確かに下手すれば数日間、迷宮で歩き詰めになるのに、クラスメイト以上の関係性を築けていない男女が寝食をともにするというハードルの高さはわかる。しかしそれを補って余りある女子との華やかな時間が、嫌でも欲求不満な高校生男子の目には魅力的に映るのだ。
「なにはともあれチュートリアルを突破しないことにはさ、残留か転科かもわからんのよ。こういうのって向き不向きがあるし、生き物殺し続けることをいつまでも引きずって、心を病んじゃう子も出てくるよ、きっと。折角パーティ組んだ女の子があっさり迷宮科辞めちゃったら、それはそれでショック大きくね?」
「一理ある」
「いや、真理しかないんだよ、おバカ」
迷宮科に残る女子が全員脳筋系とか嫌だ。できれば可憐な子もいてほしい。しかし清楚そうな子に限ってドSだったりするから、世の中ままならないものよね。
「そうだよなー。女子と仲良くなっても学校辞める可能性があるんだもんなー」
「上の学年は進級までに数十人辞めてるらしい。まぁ容赦ないほうが俺は燃えるけどね」
「それでも女子との交流は未練なんですよ」
そうは言っても高校生活も半年が過ぎている。
前提として、仲の良い女子の友だちが今日までいないことで、だいたいはお察しである。
「迷宮入っちゃえば頼りになるところをアピールできるのになー」
「名無くんは魔物殺すときも随分落ち着いてるよね。なんだか昔から生き物殺すのに慣れてたみたい。ボク、もう吐くものないんだけど……おぅえ」
「生き物バラシて遊ぶサイコマンみたいに言うんじゃないよ。人聞き悪いよ」
これまで会話に入ってこなかった田児の足元には、出したばかりのほかほか内容物が池を作っていた。それを見ないように話しているが、臭いはいかんともしがたい。
骨を相手に顔色を悪くする田児は、まさに不向きの子ではないだろうか。ゲロゲロしつつもボコす手を緩めることはしないので、たぶん大丈夫だと思うが。
生物を撲殺するという行為は、慣れないうちは気分が悪くなって当然だった。
迷宮に出現する魔物は厳密に分類すると生物ではないらしいのだが、ゴブリンのような人型は声を発して動き回るし、こちらを見て意地汚くゲラゲラ笑うこともある。
そういう生物を殴り殺すことの忌避感は、チュートリアルのうちに克服すべきだと担任から説明は受けている。
とはいえ座学と実践はやはり大きく違うものだ。
「慣れてるわけじゃないけど、僕さ、小さい頃、うっかり落ちた穴が迷宮に繋がってたことがあって、救助隊に助けてもらうまでの一週間、ずっと野良迷宮の中で生き繋いだことがあるんだ。ご飯はもちろん、地産地消ですよ」
「おうぇ……吐くものないから胃液出たぁ……」
僕の過去話を聞く余裕がないのか、田児は土気色の肌を更に黄色くしながら、傍でゲーゲーやっている。
気にせず話を続ける僕も大概だった。
「あのときのサバイバルのおかげで度胸もついたし、地味にレベルUPしてそこそこ強くなれたんだよな」
僕は抜き身の短剣をくるくると持ち替え、右から左へ手遊びするが、手元が狂って指を切った。
全然強そうに見えないだろうが、実際そこまで強くない。
落ちたという野良迷宮は、一般人でも踏破できるレベルの最弱なものだった。
子どものときに落ちたから、命の危機だったのだ。
迷宮といっても、チュートリアルの一階層から十階層までは、ほぼ一本道である。
二車線の道路くらいの道幅で、土を固めた壁や床、天井が延々と続いている。表面はガリガリと削れるが、すぐに岩のような硬さになって掘り進めるのは無理だ。
二日以上歩き詰めで、いまは四階層のどこかをぶらぶらと歩いていた。
段々と口数が減っていったのは、単に代わり映えしない光景に飽きているからだ。風呂にも入れず日常生活の生活レベルから隔離されて、ストレスをため込んでいるとも言える。
「こんなスケルトンを潰して終わる人生になんの価値があるんだろうか」
「まだ言ってるよ、この人」
最初に変化を見せたのは寿々木だった。
エンカウントする骨をひたすらボコって、俺たちは何をやっているんだと疑問に思い始めたのだ。
「何をやってるって、迷宮攻略だろ」と僕が言えば、「こんなの俺の知ってる迷宮じゃない」と返される。確かに、心浮かれるような宝箱も、危機を乗り越えるような戦闘もない。
階層が上がって骨が武器を持って襲ってきたり、一度の戦闘で戦う数が増えていたりという変化しかないのだ。
所詮は骨でしかなく、近寄ると気持ち悪いが、武器でぶっ叩けば簡単に崩れ落ちた。
「こんなことをして俺たちは強くなっているのだろうか。果たしてここでの経験に意味はあるのだろうか。骨相手に会話でもしろって?」
寿々木は《魔札師》と《調教師》のジョブを持っている。
カードキャプターだが、間違っても、封印が解かれるとこの世に災いが訪れるカードを回収することが使命の少女ではない。
倒した魔物が一定の確率でカード化ドロップし、そのカードを使いこなすだけである。肩辺りをふわふわと羽の生えたデフォルメ魔獣が飛んだりしないのである。
ともあれ魔物のカード化は、《魔札師》のようなレアジョブでしか入手できないアイテムだった。特定のジョブにより魔物のドロップ品が変わることがある。入手が限られるので、限定ドロップは売ればそこそこの稼ぎになるのだ。とはいっても骨カードは二束三文っぽいが。
それに、骨を仲間にしたところで薄気味悪いだけだ。
レアリティが低い所為か、スケルトンは十回に一回はカード化していた。
<顕現>させて骨軍団を作ろうとテンションが上がったときもあったが、大して強くないし骨に骨をぶつけるとどっちが味方の骨か判断つかないし、もはや自分らで倒した方が戦闘時間は圧倒的に早く済む。
そして片っ端から骨を呼び出してみたはいいものの、移動速度が自分たちの半分しかないのであっさりと置いてけぼりである。
思っていた冒険ができず、寿々木は早くも心が折れかけていた。
「もっといい声で鳴く魔物と仲良くなりたい……もういっそ……」
「目が怖いよ、こっちを見るな。性癖を受け止めてくれる魔物と遭遇しないからって諦めるなよ。オークを縛ってブヒブヒしたいんでしょ? どっかにいるよ、我慢のときだよ」
「なんだっけ? 触手プレイとリョナとスカト〇だっけ? うぇ……自分で言ってまた気持ち悪く……」
「ニッチすぎるよなあ、寿々木の趣味……」
時間を持て余せば各自のエピソードもぽつぽつと語るものだ。その中でも衝撃だったのが、寿々木の心の闇の部分だろうか。
寿々木を受け止め切れる女子が現れる日は、来る気がしない。逆に魔札化した魔物になら何をしてもOKというそれだけのために、《魔札師》と《調教師》のシナジー効果を狙って選んだ男である。こんな男がリーダーなのだ、パーティの中身はお察しである。
「田児っちは吐き続けてるけど大丈夫? 続けられそう?」
「もう何も出ないから平気」
「そういう問題でもない気がする」
元から土気色の肌のハーフドワーフだったが、いまは白っぽい黄色になっていた。どんどん霞んでいって消滅しそうな勢いで元気もない。
「骨を砕く感触がどうにも慣れないけど、いいんだ。ボク後衛系の職種だから。次は飛び道具を作って倒すようにするから」
「わお、前向きな発想。ご立派」
茶化すつもりはないが、口からはそんな軽口しか出てこない。頭の奥の方が疲れて、投げやりになっているのだ。
「さて、五階層にきたけど、どうする? 折り返し地点だけど、このまま同じ距離を歩くなら、食糧に不安がある。探索予定だった三日のうち、もう二日半だ」
「戻るに一票。この先絶対もっと長く歩かされる。担任も言ってたじゃん、『迷宮では楽観的に考えるな』って」
「ボクも戻った方がいいと思う。レベルも上がったし、次の挑戦で奥に進めばいいと思うよ」
寿々木が音頭を取れば、それぞれの意見が出揃った。満場一致で帰る、だ。日常世界のあれこれが早くも恋しくなっている。お風呂にも入りたいし、早くひとりきりの部屋でうふん♡な動画を見ていろいろ溜まったものを発散したい。
「この三人でチームを組んで良かったと思うのは、安全マージンを忘れないことだよ。ふたりが先へ行くって行っても、俺が全力で止めてたかな」
「パリピじゃないオタクは自分の実力を過小評価するんだよ。俺TUEEEできないと慎重になるんだ。マンガで言ってた」
「違いない」
田児の知識の大半は漫画である。漫画は人生の指導書だと思い込んでいる節もある。
「たぶんだけど、いけると思わせておいて実は一筋縄ではいかないように設定していると思うんだよね。じゃなきゃ十階層まで到達できなくて毎年留年する人がいるはずないもの」
寿々木の考察には同意だ。留年生を出す理由は十階層まで踏破できないからで、ここまでの様子から最後に難関があるのは十分に予想できた。だから次に来るときは、最後の難関まで難なく進めるようになってからだ。
「田児のジョブに《魔工士》ってあったじゃない? 三人乗りのオフロードバイクとか作れない?」
「素材があれば作ってみる」
「作るんかい。いや、できたら楽になるけども……なにか違うような……」
寿々木の心中は複雑なようだ。魔物相手に性癖を発散できないから疲れてしまったのだろう、きっと。
「それで、名無はなんでこんな高校選んだんだ?」
来た道を戻ることを決めると、まあ疲れたから休憩しようとなった。
束の間の食事をしながら、不意に寿々木が尋ねてきた。
「んー? まだわかんないなー」
「入ったのにわからないの?」
「農業か工業でもよかったんだけど、一番は勉強したくなかったからなー。体動かしてる方が性に合ってるし」
「ボクは運動きらいだなあ」
田児は見るからに運動苦手そうだ。そしてちょっと太っていて体型が寸胴である。ハーフドワーフ族だから仕方ないのかもしれないが。
「俺はここじゃなきゃできないことがあるって教えてもらったから来たんだ。真っ当な生活を送ってたら、絶対に経験できないこと」
「寿々木くんから犯罪臭がプンプンするよぉ。うわ、なんか本当に臭い!」
「それはきっと数日お風呂に入っていない男子高校生の臭いだぁ」
僕と田児からもプンプンしている。
「ひと相手にはできないことってたくさんあるだろう? 倫理とか常識が邪魔をしてできないこととか」
「寿々木くんに突っ込まない方がいい系かな?」
「むしろ突っ込む系の話かもしれんよ?」
お尻の穴がきゅんとなる話である。学校にはまだまだ知らない世界が広がっていて、寿々木を満足させる秘密倶楽部の存在もなんとなく噂で知っていた。
「そのうち知る機会もあるかもね」
「ボクはちょっと興味あるかも。ほら、何事も経験だって言うし」
「自分は御免被りますので何卒ご容赦を」
寿々木の笑顔がちょっぴり怖かったので、僕は居住まいを正して本気で遠慮した。田児はわかっていないのだ。寿々木の机には解剖図巻や死体図鑑といった、かなりヤバいジャンルの本が何気なく収められていることに。
寿々木が自分の机を荒らされるのを嫌う理由は、そんなところにあるのかもしれない。普段はいいやつなのだ。本当に。
僕たちは元来た道を返して、ポップしていた骨を背後から強襲した。骨集団が前方から歩いてくるので警戒したら、寿々木が作った骨軍団だったり。
それでもおおむね無難に探索を終えた。
この学校の不思議なところは、学校側が管理するこの迷宮が、体感時間五日以上も潜っていたにも関わらず、実際に経過している時間はほんの数分だということだ。
体の汚れや怪我は迷宮から出るとキレイさっぱりなくなっており、入ったときの状態に戻っている。
初期化されたのかと思ったが、食糧や消耗品は減っていたし、<アイテムボックス>の中には骨を倒したときに落とした素材の骨や魔石がしっかりと残っていた。
どういう仕組みか理解の範疇を超えている迷宮だが、こんなに初心者に手厚い迷宮は日本のどこを探してもここだけだ。死んでも戻ってこられるからこそ、高校の専門学科として確立している。
それでも中には青い顔をして項垂れる奴らもいる。
迷宮に併設された医務室をちらりと覗くと、この世のどん底に落とされたような真っ白い顔をしたパリピのふたりの男子と、泣き止まない女子の三人パーティがいた。おそらく初踏破を狙って後先考えずに進み続け、返り討ちに遭ったのだろう。
十階層に到達するまでに食糧が底を尽きて、苦しんだ挙句に餓死したとかだったらざまぁなのにと思った。僕も大概である。
迷宮とは確かに一筋縄ではいかない。
だが、それが面白いとも、僕は思った。
僕らは安全に進む。
[陰キャメモ]
僕こと陰キャ主人公・名無零士→種族「???族」青マスク。
頼れる同室・寿々木慶介→種族「植物人族(ネギ系)」赤マスク。
クラスメイトでパーティメンバー・田児直文→種族「ハーフドワーフ族」
この世界には様々な種族が住んでいる。純粋なヒト族もいるが、他種族より圧倒的に多いわけではない。